ビュラー侯爵領
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―――翌日のゴルゴダ村の廃村跡
朝陽を受けて眼を覚ましたイェンリン達は、昨日の彷徨霊の件は触れずに起きて今日すべきことを進める―――
「―――《土属性基礎》」
家の傍にある開けた土地でゴンドゥルが《土属性基礎》を発動し、そこへ地中の石が盛り上がってくると粘度のように形を変えていき、見た目にも立派な墓石がそこに現れた。
「これでいいかい?」
その作業を見ていたイェンリンに優しい微笑みを浮かべながら、ゴンドゥルが出来栄えを訊いた。
「こんな立派な御墓を立ててくれて、ありがとう」
まだ弱々しい声だったが、その真紅の瞳は台座に大きな墓石が載り、ダンクとカリオラの名まで刻んでくれていることに感動の色を見せている。
そこへアルヴィトが周辺から見つけてきてくれた花を花束にして、イェンリンに手渡すと優しく告げる。
「御父様と御母様へ供えてあげてください」
「花まで用意してくれたの?ありがとう……アルヴィト」
花束を見て先ほどより血色のよくなってきたイェンリンは、墓石の前に跪くとそれぞれの台座に花を供える。
そして両手を組み、両親のために祈りを捧げるイェンリンの後ろでゴンドゥル、ブリュンヒルデ、アルヴィトも黙祷をしていた。
祈りながらもイェンリンの脳裏には―――
『―――お前を預からなければ!!こんな最後を迎えることはなかったのにぃ!!!』
―――ダンクの姿をした彷徨霊が叫んだ断末魔が過ぎり、ハッと両目を見開く。
その言葉はどう考えてもイェンリンが血の繋がらない、誰かから預かった子供だという意味としか思えない。
するとゴンドゥルがその様子に気がついて、
「よく聞いておくれ。彷徨霊は人を仲間に引き込むために嘘を吐くんだ。人の心は愛する人から心無い言葉を浴びせられたら戸惑う。ヤツ等はそれにつけ込んでくるんだ。決して彷徨霊の言葉に耳を傾けてはいけないよ?」
諭すように彷徨霊の言葉を聞くなと伝えた。
「……分かったわ」
口では納得したような返事をしているが、本心では気にしていない訳がない。
そう分かってはいても、これ以上の無理強いのような言葉は逆に疑念しか生まないと判断したゴンドゥルは様子を見ることにする。
「―――暗い話ばかりではありませんよ」
そこでアルヴィトが三人に向かって告げる。
「なんだい♪ 何か良い話でもあるのかい~?」
ゴンドゥルがあからさまに、お道化た口調でアルヴィトに問い掛けた。
「ええ。さっき花を摘みに行った時にこの村のことを『全知』で視ました」
「それで?」
ブリュンヒルデがアルヴィトの様子に何か手掛かりを掴んだと確信して先を促す。
「この先の道から七年前に馬で駆けて村を出る者達の幻影を捉えました……その馬には、子供が二人捕まっていました」
「ッ!―――それは女の子と男の子だった?」
アルヴィトに掴み掛りそうな勢いで前に出たイェンリンの表情は、先ほどまでの消沈した様子から力が漲るようだった。
「はい。兵士の腕に捕らえられて、この先の道をカウスラー王国方面へ向かって駆けていく様子が私には見えました」
『紅の戦乙女 』第十二位
―――『全知』アルヴィト
全盲で生まれてきたが、『全知』のスキルを所持していたため、心の目で色までわかるくらいに感知出来る。
また身体変化の魔術などで変装していても、アルヴィトの心の目には真実の姿が映し出される。
そして自身のいる位置で過去に起こったことを遡り、映像としてその見えない目に映し出すことも可能だった。
「―――エリシラとマルクだわ!やっぱり此処から攫われていたのね!!アルヴィト、その行き先を探ることは出来る?」
逸る気持ちを抑えながらイェンリンはアルヴィトに追跡が可能か問い掛けた。
「私は自身のいる場所の光景しか見ることは出来ません。ですからその兵士が駆けていった方角へ追い掛けていけば、どこを通って、どこに向かったかは分かるはずです」
「そうと分かればすぐに此処を出発するわ!」
すっかり気力を取り戻したイェンリンが三人へ言い放つと、両親の墓石の前に立つ。
「父さん、母さん……今度こそ、必ずエリシラを見つけてみせるから。だからお願い……あの子を見守っていて」
そう告げて祈ると、振り返ったイェンリンは廃村を出発するのだった―――
―――ゴルゴダ村の廃村から南方へと進むイェンリン達。
途中の道で野営したり、またある時は立ち寄った村や町で休ませてもらったりを繰り返して追跡の旅を続けていき、
元々のカウスラー王国領土で最北端に位置していた地へと近づく。
―――そうして且つてのハリタス海洋自治領へ侵攻する急先鋒を勤めたマイベン=ビュラー侯爵の治めるビュラー侯爵領の都ビュラードへ向かっていた。
「もうすぐ侯爵領の都が見えてくるよ」
ブリュンヒルデと交代で馭者台に乗るゴンドゥルが荷台のイェンリンへ伝えると、その身を乗り出して馭者台へと移ってきて、
「侯爵ってどんな人なの?」
隣で手綱を握るゴンドゥルへイェンリンは徐に問い掛ける。
「詳しいことはヒルドに訊くのが一番なんだけど、マイベン=ビュラー侯爵は元々カウスラー王国の最北端、ハリタス海洋自治領とは国境を挟んだ位置に領地を持つ侯爵なのさ」
手綱を操りながらゴンドゥルが説明を続ける。
「七年前の侵攻の際に急先鋒として活躍したことで、元ハリタス海洋自治領だった土地を領地として広げられた貴族だよ」
「戦争で……活躍した……」
その話はハリタス海洋自治領で生きていたイェンリンにとって、仇と言っても差し支えない存在なのだと認識する。
「……気持ちは分かるよ。でも、今はエリシラ達のことが最優先―――そうだろう?」
イェンリンの感情を読み取ったゴンドゥルが、彼女の怒りを汲み取りつつ、それでも優先すべきことを示す。
「そうね……その通りだわ!エリシラとマルクのことが最優先よね」
そんなゴンドゥルの気遣いを察したイェンリンが、黒くドロドロとした感情に覆われそうになっていた心の闇を振り払い、馭者台から真っ直ぐに正面を見つめる。
そうして暫く進んで行く先に大きな城壁が近づくに連れて地平線から現れて、遂にはその巨大な壁と都市が全貌を現した。
―――ビュラー侯爵領の都『ビュラード』
現在はカウスラー王国の領土となった元ハリタス海洋自治領との交易の要となっており、そのような重要拠点となったのはマイベン=ビュラー侯爵の手腕である。
ハリタス侵攻と同時に王国の首都から商人を多数引き入れて、侵攻と同時に領土が広がる度に要所を押さえていった。
そうして実績を積み上げてカウスラー王国の王ボードカリバン=カウスラーに取り入ったマイベンは、その領土拡大の成果を戦果の恩賞として受け取ったのだった。
―――イェンリンは気がついていなかったが、此処に到着するまでに立ち寄った村や町も領地拡大されたビュラー侯爵領だったのだ。
「凄い……此処までに立ち寄った町なんか比べ物にならないくらい大きい街ね……」
近づいてくる巨大な城壁を見つめながらイェンリンが呟くと、隣のゴンドゥルが口を開く。
「人族はあんな大きな都市を築く力を持っている。その点については本当に感心するよ」
「そうね……私もあんな城壁を作れ!なんて言われたって簡単には出来ないもの。職人の人達は本当に凄いわね」
「そうだよ。人の偉大さは人が評価してこそ、初めてその価値が生まれる。自分以外の者を尊重する気持ちを忘れちゃいけない」
そう告げたゴンドゥルを驚いた表情のイェンリンがジッと見つめてくることを訝しんで問い掛ける。
「なんだい?変な顔をして」
「ゴンドゥルが真面なことを言っている……明日は槍が降るのかしら?」
「本当に降らせてやろうか?物理的に……」
「ちょっと!?洒落になっていないわよ!!」
(ゴンドゥルの魔術なら本当に出来てしまうから、下手なことは言えないわね……)
『紅い魔術師』と称されるゴンドゥルがその気になれば、空から魔術で鉄の槍を降らすことくらい簡単に出来るだろうとイェンリンは想像すると、背筋にゾクリと冷たいものが走った。
「そんなことより、そろそろ城門に近づくよ。段取りは分かっているでしょうね?」
「―――大丈夫♪ 段取りはバッチリよ!」
ゴンドゥルの確認にイェンリンはニヤリと微笑みながら答える。
そうして『ビュラード』の外壁門まで到着すると、
「―――止まれぇええ!」
門番達に馬車を止められた。
「お前達。この都市へ何をしに来たんだ?」
馬車に近づいた門番から都へとやってきた理由を問われる。
「はい~♪ 私達は此処から北の街で品物を仕入れてきた者でぇ♪」
ゴンドゥルがいつになく陽気で軽快な声を上げて答える。
「仕入れだと?お前達……女ばかりで?」
門番の目には美しいゴンドゥル達の姿に見惚れながらも、それだけに魔物まで出る街道をこの街まで辿り着けたことを疑っていた。
「私はこう見えても魔術師なんですよ♪ 荷台の中の彼女は凄腕の剣士でもありまして♪」
「魔術師に剣士?……そっちの娘はどうなんだ?」
すると門番は馭者台でゴンドゥルの隣に座るイェンリンを指差して問い掛ける。
「この子も剣士ですよ♪ まだ見習いですけれどね!」
何故か意味深に見習いのところで語尾を強めたゴンドゥルへ、イェンリンはジト目を向ける。
「なるほど……『ビュラード』へ入場するためには入場料が必要だが、払えるのか?」
「はい~♪ それは当然払わせて頂きますよぉ~♪ それでお幾らですかぁ?」
猫撫で声を上げてゴンドゥルが問い掛けると、
「―――ああ、一人銀貨五枚だ」
門番にとっては当たり前なのであろう入場料を口にした。
「ヒュッ!?―――銀貨五枚!?」
ゴンドゥルは驚きで変な声が飛び出し、その入場料が四人で銀貨二十枚となって、メイローズの時の一人銀貨二枚より更に高くなったことに心底驚いた。
「因みに……王国の首都になると、更にお高いので?」
門番に銀貨を数えて渡すイェンリンの隣で、ゴンドゥルが興味本位で訊いてみる。
「首都に入るには一人銀貨七枚必要になる」
「オウ……ある意味で予想通り……」
その返事にゴンドゥルは半ば呆れてしまった。
「十八……十九……二十!―――よし!確かに二十枚だ。それとお前達、入場料が高いのならギルドに所属することをお薦めするぞ」
「ギルドへ?それはまたどうして?」
すると門番が厳つい見た目とは違い、丁寧に教えてくれる。
「我が国のどこかのギルドへ所属していれば、それだけで国民として認められる。そうなれば如何なる街の入場料も銀貨一枚で許される」
「そうなんだ!?この先のことを考えると、それも一つの手段だねぇ」
「この街にもそれぞれのギルドがある。考えてみるといい」
そう告げて門番は馬車を門の中へと通してくれた。
「さっきの門番が言っていたみたいに、ギルドに所属した方がお得みたいね?」
通り過ぎてイェンリンがゴンドゥルへ告げる。
「こっちはスクルドからの資金が少なくて、道途中で出た魔物を狩って此処までの町や村で売ってきたくらいだ。値引きしてくれるならそれも悪くない」
「それじゃあ、今後のことも考えてギルドへ行きましょう!」
そのイェンリンの判断に三人は頷いて馬車を訊いていたギルドの建物がある方向へ向けるのだった―――
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