懐かしき景色
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―――漸く妹の行方を探す旅に出るイェンリンは、
出発前に計画した旅路をゴンドゥル、ブリュンヒルデ、アルヴィトと共に進む―――
紅龍城からフロックとその工房のドワーフ達が製造した金属製の大型馬車に乗り、四頭曳きで街道を進んでいたイェンリンは、馬車の椅子に座りながら目的の地に想いを馳せた。
北部ノルドで隣国ハリタス海洋自治領を占領し、併合したことで倍程の領土にまで広がったカウスラー王国。
紅龍城のあるヴァーミリオン皇国へ迫る勢いの国家となったカウスラー王国で、妹エリシラと幼馴染マルクを探すために旅立ったイェンリンだったが、
「三人とも……まず、どうしても行きたいところがあるの」
ゴンドゥル達に向かって告げる。
「分かっているよ……村へ……行きたいんだね?」
静かに告げたゴンドゥルにイェンリンは黙って頷いた。
その様子に馭者台にいたブリュンヒルデは俯き、そしてアルヴィトは一人険しい表情を浮かべる……
「私……取る物も取り敢えず村を飛び出してエリシラ達の後を追ったから……お墓も……」
滅んだ村を目にして、村長の家にあった物を持って村を飛び出したイェンリンは両親の墓を作る間もないほど焦り、恐怖し、そして哀しみに駆り立てられてしまった。
それだけに後悔の念は常にその胸にあり、そこにもう村が存在していないとしても、せめて両親の墓だけは作りたかったのだ。
「そうだね……この旅はイェンリンの旅なんだ。イェンリンが行きたいところを決めればいい。私達はお前の供としてどこへでもついて行く」
「ありがとう……ゴンドゥル」
その言葉を聞き、ブリュンヒルデは街道の分かれ道に来て、元ゴルゴダ村のあった道へ馬車を向けるのだった―――
―――ヴァーミリオン皇国から三日の時が過ぎて、
現在のイェンリン達は、
「―――そろそろ元ハリタス海洋自治領に入るところだよ」
ヴァーミリオン皇国とカウスラー王国の国境を超える位置にある。
ゴンドゥルの言葉にイェンリンは、且つての故郷だったハリタス海洋自治領へ遂にその足を踏み入れたのだ。
馬車から窓の外を見つめながらイェンリンは、幼い頃に当時『紅い魔術師』と呼ばれていたゴンドゥルの元を訪れた時のことを思い出していた。
「―――どうしたんだい?」
どこか上の空に見えたイェンリンにゴンドゥルが話し掛ける。
「えっ?……うん。子供の頃にゴンドゥルを訪ねていった時のことを思い出していて」
「懐かしいねぇ♪ あの時はなんて可愛い子が訪ねてきたんだ!って、思わず心が躍ったのを憶えているよ」
「あら?それじゃあ、今は可愛くないってこと?」
少し膨れ面を見せたイェンリンにゴンドゥルは思わず吹き出す。
「プフッ♪……いやいや♪ 今も私にとっては可愛らしいよ♪」
「それなら許してあげる♪ それで……どれくらいでゴルゴダ村に着けるのかしら?」
「そうだねぇ……国境は越えたから、もう少し行けばメイローズが見えてくるはずさ」
―――メイローズ
元ハリタス海洋自治領の首都だった街であり、ゴンドゥルが居を構えていた街である。
イェンリンが村を出て初めて訪れた都市だった。
「―――今もメイローズは健在なの?」
「ああ。ヒルドの話によるとカウスラー王国の侵攻で一時は酷い有様になっていたようだけど、あれから七年……今は落ち着きを取り戻してきたそうだよ」
「戦争……ねぇ?どうして戦争をするの?」
思いも寄らぬイェンリンの問いにゴンドゥルは一瞬、その瞳を見開いたが、
「それを人ではない私に訊くのかい?」
逆にイェンリンへ問い返した。
「人じゃないから、人の戦争のことをどう思っているのか教えてほしくて……ダメだった?」
「別にダメ!って訳じゃないさ。でもね?イェンリン……戦争は人の立場によって見える景色が変わる。景色が変わればそれに思うところも変わるのさ」
「難しいことは分からないわ……」
ゴンドゥルの言葉の意味が今は分からないと言うイェンリンの肩に、そっと手を差し伸ばす。
「本当に難しいことだよ……結局のところは戦争を起こす者、戦争に巻き込まれる者、そして戦争に関わらない者の三者になる」
イェンリンは黙ってゴンドゥルの言葉に耳を傾ける。
「―――戦争を決断するのは、いつの時代、歴史を見ても殆どが王族さ。その理由は様々だけどカウスラー王国のように領土拡大の欲望に駆られて、身の丈に合わない欲を抱いたことが切掛けになるのさ」
「身の丈に合わない?でもカウスラー王国は国を大きくしたのよね?」
思わずゴンドゥルの言葉に首を傾げるイェンリン。
すると傍で話を聞いていたアルヴィトが口を開く。
「―――確かに国は大きくなりました。ですが……そこへ住む人々がすぐにカウスラー王国の国民になるかと言えば、そうではありません」
「どういうこと?」
アルヴィトの言葉に益々イェンリンは困惑した。
すると再びゴンドゥルが語り始める。
「人は弱い生き物さ。国が攻め込まれて乗っ取られて、王も代わったとなれば民はそれに従うしかない。でもね?心まですぐに変わる訳じゃないんだよ。イェンリンだってそうだろう?」
「……うん」
その言葉は確かにイェンリンの心に響く何かがあった気がした。
そうして過ごしている間にも―――
―――イェンリン達を乗せた馬車は、且つての首都メイローズへと到着する。
「―――止まれ!」
メイローズを覆う外壁の門番に馬車を止められる。
「此処へは何の用で来た?」
門番に問われて、馭者台のブリュンヒルデが答える。
「―――此処へはこの先にある村へ行く途中で立ち寄ったのだ。先を行くにはこの時間からでは夜になる。そうなれば危険しかない」
「この先の村?―――ああ、コノ村のことか。確かに今からコノ村に向かっていったら、到着する前に夜になっちまうだろうな」
「そのために立ち寄ったのだ」
「分かった。しかし通行料は納めて貰わなければならない」
「通行料……確か昔とは金額が上がったと聞いたが?」
その言葉を聞いて門番は難しい顔に変わる。
「それは……カウスラー王国領に変わってから、各街に入場する際には今の通行料が定められたのだ。払えないというなら、街での労働で支払うという手はあるが……正直に言って、若い女には勧められない」
親切心から教えてくれた門番の気持ちを察したブリュンヒルデは、
「ありがとう。しっかりと人数分の通行料を払われてもらうよ」
素直に通行料を払うことを伝えた。
「それがいい―――それで何人いるんだ?」
「私を入れて四人だ」
「だったら一人辺り銀貨二枚で八枚だ」
「銀貨八枚!?……随分と値が張るのだな」
ブリュンヒルデの言葉の意味は門番も理解していた。
何しろ以前は大銅貨一枚、つまり十分の一の値段で入場出来ていたのだ。
「分かるよ……銀貨一枚あれば三日は宿に泊まれるくらいだからな。だけど、これも王からの命令なんだ」
「……支払うよ」
そう言ってブリュンヒルデは銀貨を八枚、門番へ渡した。
「よし!―――通れ!!」
門番の掛け声と同時にブリュンヒルデが馬車を門の中へと進めていく。
窓の外の景色を眺めながらイェンリンは―――
「……欲望か」
―――先ほどのゴンドゥルの話に出てきた、戦争まで引き起こす人の欲望を見せられた気がした。
街を通り抜けて―――
―――暫く行くとイェンリンの記憶にも朧気ながら憶えている景色が目に入る。
「この道って……」
「―――そうだよ。私の家に向かう道さ♪」
「やっぱりそうなんだ!懐かしい……このまま真っ直ぐに通りを行くと道が二手に別れて、その道を右側に進んで暫く行くと赤いレンガの壁で造られたお家があるのよね」
「よく憶えているねぇ?そうだよ。屋敷は私の持ち物だからね♪ 特殊な魔術で侵入したり出来ないようにしてあったのさ♪」
「魔術で!?それじゃあ盗賊が来ても安心ね♪」
すると―――
―――進んで行くうちに生垣に囲まれた立派な赤いレンガ造りの屋敷が見えてきた。
「うわぁ……あの時と何も変わっていないわ……」
七年前―――
―――当時十歳だったイェンリンが父の部下だったメテロとロドスと共に訪れた高名な魔術師の屋敷。
それは少女時代の鮮明ない思い出であると同時に、その後の悲劇の前に眩しく輝く幸せだった頃の残滓―――
複雑な気持ちが押し寄せながら、イェンリンは屋敷の前に立つ。
「―――さあ、今日は此処で休むとしよう。明日からは野宿ばかりになってしまうだろうからね」
ゴンドゥルに促されて屋敷の中に入ると―――
「……思った以上に綺麗ね?埃もないわ」
―――屋敷の中を見渡して、塵一つ無い様に見えることがイェンリンに違和感を覚えさせる。
「旅立つ話が出た時、此処で休めるように紅の戦乙女の子達に掃除を頼んでおいたのさ」
紅の戦乙女は上位十二名だけで構成されている訳ではない。
『紅神龍の牙』から生み出される紅の戦乙女は、紅龍城に数知れず存在している。
ゴンドゥルはその序列外の者達に、この屋敷の清掃を依頼しておいたのだ―――
「―――自分が同行するって分かっていたってこと?」
「エリシラとマルクの顔を知っているのは私とブリュンヒルデだけだろう?だったら選ばれることは想像出来る。そして、旅に出ればイェンリンは村に帰りたがるってこともね」
「そこまで予想していたの……ゴンドゥルには本当に敵わないわね♪」
「フフン♪ もっと敬いなさい♪」
「―――でもそれでメテロとロドスに脅す様な真似をして、ブリュンヒルデに頭を叩かれていたわよね?」
「一生反省しろ」
「―――ちょっと!?余計なことまで思い出さなくていいから!」
そう言って笑い合うイェンリン達を、アルヴィトはどこか寂しそうに眺めていた―――
―――イェンリンが旅だった後
紅龍城を訪れたシータは紅蓮に謁見を願い、応接の間に通されていた。
「―――イェンリンなら旅立ったわよ」
フレイアの淹れた紅茶を口に含み、紅蓮はシータに告げる。
「それはイェンリンから予め聴いていましたので、承知しています。ですが本日は紅蓮様に御話があって罷り越しましたの」
「私に話って何かしら?」
ティーカップをテーブルに置き、紅蓮はシータへ問い掛ける。
「ヴァーミリオン皇国は……皇族はわたくしと御兄様との派閥に分断してしまうかも知れません」
シータの言葉に紅蓮は無表情のままだ。
「先日の『魔物憑きの森』からの凱旋から、わたくしの周辺では皇太子からわたくしの派閥に乗り換える皇族や貴族が後を絶ちません……」
「それで?」
「ですが皇位継承権は第一位である御兄様です。ですが……『一眼鬼王』の討伐の件で状況が変わってきました」
「貴女の場合、紅神龍の御子との交友や『皇族の慣習』を達成する際に紅の戦乙女の教えを受けたことが問題となっているのね?」
「問題……と言うより、他の者達の目には紅蓮様がわたくしの側についたと勘違いをしている者が多く出てきたのです。御母様も紅蓮様と交友があることで現実味がより強くなってしまったのです」
「ネメリアはそんなこと望んでいないでしょう。貴女もそうではなくて?」
「―――はい。わたくしは今でも次期皇帝は御兄様が相応しいと思っています。ですが……あの時……玉座の間でわたくしに向けられた御兄様の眼は……」
シータの脳裏には報告を行った玉座の間で、父の傍に立ち此方に鋭く暗い視線を送っていたカイザエルの表情が焼きついて離れない。
「……今まで通り、私は国の政には関わる心算はないわ。それはつまり皇女側に力を貸すなど有り得ないということ。でも……何かあれば、貴女とネメリアをこの城で護ってあげるくらいのことは約束してあげる。可愛い御子の友である以上、放ってはおけないもの」
紅蓮の言葉は今のシータにとって、何よりも救いの言葉だ。
「ありがとうございます!……イェンリンは妹を見つけることが出来るでしょうか?」
そこでイェンリンの話題をシータが持ち出した。
「妹……ね。シータ……貴女はイェンリンのことをどこまで聞いているのかしら?」
「イェンリンのこと……何も……」
そこで暗い表情に変わったシータを見て、紅蓮は何も聞いていないことを察した。
「あの子はハリタス海洋自治領の出身なの」
「―――ハリタス海洋自治領!では先の侵攻で」
「ええ。そこで家族を失い、妹を兵士に攫われたのよ」
「ッ!……だからイェンリンはその攫われた妹を探すために……」
「あの子を強くするために、あの森へ向かったのも妹を探す旅に向けて力を持たせるため」
「そう……だったのですね……イェンリン……」
哀しげな表情を浮かべるシータを見てから紅蓮は、
「あの子にとって、それは癒えることのない心の傷……貴女も詳しい話を聞きたいのであれば、覚悟をして訊くことです」
「はい……教えて頂いて、ありがとうございました」
シータは紅蓮に礼を述べると席を立ち、紅龍城を後にするのだった―――
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