二人の討伐戦
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―――夕暮れから夜闇となっていく『魔物憑きの森』の最深部
一眼鬼の棲家となっている岩山の様子を伺うのは―――
「……行きましょう」
「―――ええ」
イェンリンとシータは小高い丘の木陰から、その棲家を見下ろして様子を伺っていたのだが、互いに立ち上がり岩山へ向かって歩み出す。
―――シータと合流する前に単独でイェンリンが討伐した一眼鬼は三体。
そしてシータと合流した際に討伐した一眼鬼が三体―――
―――二十五体の群れである一眼鬼の残りは十九体となっていた。
「……もうすぐ岩山のあの洞窟に入って眠りだすわ」
イェンリンが少し接近した位置で小声になってシータに告げる。
「そんなことをどうして知っていますの?」
「二日ほどずっと見ていたから。あいつ等が眠ることを知ったわ」
「ずっと見ていたって……貴女は休んでいましたの?」
魔物の棲家を二日間も監視していたと、平然とした顔で告げるイェンリンにシータは思わず顔が歪んだ。
「合間を見て眠っていたわよ。ヤツ等を襲おうなんて魔物はこの辺にはいないから、夜は平然と眠りに就いて見張りのようなヤツもいないわ」
「と言うことは夜になれば此方から仕掛け放題ということですわね」
「そういうことね……今入っていったヤツで十九体すべて洞窟に入った。もう少ししたら、行くわよ?」
「承知しましたわ」
陽が完全に地平線の森との境界へと沈んでいく中、イェンリンとシータは一眼鬼討伐の作戦を開始するのだった―――
―――完全に辺りは暗闇に包まれて、
「……」
夜闇に目が慣れてきたイェンリンとシータは月の薄明りだけを頼りに、一眼鬼の棲家である洞窟の前にイェンリンとシータは立つ。
そうして洞窟の中を覗き込む二人の鼻腔には、獣臭のような排泄物のような臭いが襲い掛かる。
「……ウゥ」
思わず口元と鼻を抑えるシータ。
「……我慢して」
そんなシータをイェンリンは平然とした顔で諫める。
過去に物乞いのような身分で下水溝を掃除していたイェンリンにとってはある意味で懐かしく、そして嫌悪する記憶が甦る臭いだ。
険しい表情を浮かべるイェンリンを見て、シータはゆっくりとイェンリンの手を握る。
「ッ……大丈夫。手筈は憶えているよね?」
「はい……まずは中に入り、一眼鬼の様子を確認するのよね」
思ったより冷静なシータの様子にイェンリンもホッとしつつ、
「―――行こう」
二人で洞窟の中へ足を踏み入れていく……
その足元は僅かに湿気を帯び、それでいて巨人である一眼鬼に日常から踏み締められて硬い通路と化している。
「―――《光灯》」
右手を顔の高さに上げたシータが仄かな光を放つ《光灯》の明かりを灯し、洞窟の中を照らし出す。
余り大きな《光灯》で照らすと一眼鬼に気がつかれてしまうかも知れない危険性がある。
そのため最小限の《光灯》で周囲を照らしながら進むイェンリンとシータは最大限の警戒をもって歩みを進めていた。
「……やはり一眼鬼が通れるだけあって……洞窟の入口から内部もかなり広いですわ」
小声でシータがイェンリンに話し掛ける。
シータの言う通り、巨人の一眼鬼が通るための通路はそれなりの高さと広さを有した通路で、イェンリン達からすれば巨大な闇の空間が天井高く続いているようなものだ。
暫く進んでいくと―――
「……此処が……ヤツ等の棲家……」
―――そこに広がるのは一際広くなっている地下空洞で、その壁には鉱山の採掘現場のような横穴が幾つも並んでいる景色が広がっていた。
「あの一つ一つに一眼鬼が……」
緊張した表情でシータが呟くと、
「いや……穴の数が多いわ。私達が討伐したヤツの穴は空のはずよ」
冷静なイェンリンの言葉にシータは緊張が解れていく気がした。
「それじゃあ……予定通りにいくわよ?もう一度訊くけど―――覚悟はいい?」
そう確かめるイェンリンの真紅の瞳がシータを写し撮る。
「……はい。貴女と共に」
一度瞼を閉じたシータがゆっくりと目を開くと、イェンリンに覚悟を捧げた。
「―――始めるわ」
シータの返事を確かめたイェンリンは、開始宣言をするとシータの傍から離れていく。
そして元来た通路へ向かい外に向かって出ていくと、
「……」
その場にはシータが一人取り残される。
……暗く広大な地下空洞の静寂の中で、シータは孤独に魔物の巣の中心で立っていた。
それは常人であれば恐怖で震え、立つ尽くすことも儘ならないほどの暗闇の世界……
(……六十、六十一、六十二)
シータはその場に立ち、頭の中で只管に数を数える。
(八十五、八十六、八十七……)
数字が増える度に冷静だったシータの緊張が再び高まっていく。
(九十八、九十九……百!!)
その場で百まで数えたシータはその手に母から贈られた魔術杖を掲げると、それに魔力を注ぎ込む―――
―――すると魔術杖の先端で発生した炎の球が次第に大きさを増す。
魔力が大きくなり、シータがキッと瞳を鋭く尖らせると―――
「―――《炎陣障壁》!!!」
―――火属性魔術『上位』《炎陣障壁》を発動する。
すると発生した火球の炎が周囲の横穴の入口にそれぞれ炎の壁を展開していった―――
【GUGAOッ!?】
【GUGYAAAッ!!!】
―――突然の襲撃に横穴で眠っていた一眼鬼が次々と目覚めて、入口で燃え盛る炎の壁を見て驚愕した。
そして同時に炎に遮られた寝床では一眼鬼の呼吸が苦しくなっていく―――
―――意図せず発動したシータの炎の壁は、一眼鬼の寝床の酸素を燃やして酸欠状態へと陥らせたのだ。
【GUHOッ!―――UGAAAAAッ!!!】
このままでは堪えられないと一眼鬼は意を決して炎の壁に突撃して外に飛び出す―――
「―――《炎爆》!!!」
【GYUOOOOO―――ッ!!!】
―――飛び出してきた一眼鬼へ間髪入れず、シータは火属性魔術『上位』《炎爆》を打ち込んでいく。
炎に追いつめられて飛び出してきた一眼鬼が、次々に《炎爆》の炎に包まれていく―――
―――しかし如何に鍛錬を積み上げたとはいえ、『上位』の魔術を連発し続けることにも限界が来る。
「クッ!―――もう……」
そろそろ魔力に限界が近いことを知ったシータは、その場で踵を返すと出口に向かって駆ける―――
―――しかしその背を見て一眼鬼も怒り狂って追い掛けてきた。
「ハァ!ハァ!―――此処で!!」
地下空洞から通路へ入ったその時―――
「―――《鉄陣障壁》!!」
―――シータはその外へ向かう出口の前に《鉄陣障壁》で鉄製の壁を築く。
そこには巨人の一眼鬼が何とか一体通れるほどの隙間を造ってある―――
「ハァ!ハァ!―――クッ!!」
―――魔力を消耗し、それでも独り外へ通じる通路を懸命に走るシータ。
そして通路の中程に来て―――
「―――《鉄陣障壁》!!」
―――二枚目の鉄の障壁を魔術で築き上げる。
「カハッ!―――ハァ!ハァ!」
更に乱れる息を切らせながら、それでも懸命に出口に向かって走るシータ―――
(外にはイェンリンが待っている!だから―――)
―――外で待つイェンリンの姿が見えて、シータは安心感と共に最後の力が漲ってくる。
「これで!!最後のぉおお!
―――《鉄陣障壁》!!!」
最後に残った魔力を使い、シータは洞窟の出口に三枚目の《鉄陣障壁》を築き上げたのだった―――
―――三枚目の鉄の壁を築き上げた途端に、その場に倒れ込むシータを、
「御見事……ありがとう……シータ」
その場で待っていたイェンリンが駆けつけて抱きしめ、受け止める。
「ハァハァ……イェンリン、わたくし……やりましたわ……」
「ええ。本当に頑張ってくれたわ……後は私に任せて」
そう告げたイェンリンはシータを横に抱き上げると、そこから離れた木陰へと運ぶ。
―――するとその時、
洞窟の奥から幾つも―――ドンッ!ドンッ!と激しく壁を打つ音が響く。
それは炎に巻かれ、怒りに狂った一眼鬼の群れが我先にとシータの築いた鉄の壁を通ろうとする激突音だった。
しかもそれは次から次へ近づいてくる―――
「―――此処からは私の番ね」
―――その衝撃音に向かって立つイェンリンは、手を何度か握って開いてを繰り返して待ち受ける。
すると―――
―――ドォオオオッ!!と一際大きな音と共に、三枚目の《鉄陣障壁》にある一体が通れるほどの隙間に身体をぶつけた一眼鬼が巨大な眼でイェンリンを睨みつける。
両肩を同時にぶつけたことで、隙間から覗き込むように飛び出した一眼鬼を睨みつけるイェンリンは―――
「―――『衝撃拳』!!!」
―――これまでの研鑽によって繰り出された強烈な『衝撃拳』で、その一眼鬼の瞳を貫いた。
【―――GYUBOAAッ!!!】
その眼を貫かれて一眼鬼が仰け反り隙間から離れると、二体目の一眼鬼が顔を出す―――
「―――『衝撃拳』!!!」
―――透かさず二体目に向けても『衝撃拳』を放つイェンリン。
この三枚目に辿り着くまでにシータが築いた二枚の《鉄陣障壁》がある―――
―――イェンリンは巨体である一眼鬼の群れをどうすれば各個撃破出来るのかと、それだけを考えていたところでシータが合流してくれたのだ。
それはイェンリンの戦い易い戦場を築き上げるために、最高の援軍だった―――
―――同じことを繰り返して、イェンリンは次々と顔を出した一眼鬼の眼を奪っていった。
「十八……残りは一体……」
確実に巨大な目玉を破壊した数を数えていたイェンリンは、最後に顔を出さない一眼鬼に警戒する。
すると最後の一体の気配が鉄の壁の向こう側に感じられた時―――
「―――きた!」
―――警戒していたイェンリンが構えを取り、
その顔を隙間から覗かせた一眼鬼の顔面に向かって『衝撃拳』を繰り出す。
「―――『衝撃拳』!!!」
だがその衝撃が激突した物は、一眼鬼の手にしていた岩の棍棒だった―――
「ッ!―――防がれた!!」
―――最後の一体は他の仲間の様子を見て、顔を出せば襲われることを学び棍棒で防ぐと隙間から身体を横にして外に出てきた。
「流石に最後の一体だけあって、少しは頭が良いみたいね……」
目の前に現れた山のような一眼鬼を見上げて、それでもイェンリンは冷静な様子で、それでいて不敵な笑みを浮かべるのだった―――
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