皇女の決意
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―――イェンリンの様子を見に行き、紅蓮の屋敷まで戻ってきたシータとゴンドゥル。
それから終始浮かない表情をしているシータの気持ちを察しながらも、ゴンドゥルは何も言わなかった―――
「あら?―――戻ったの?」
屋敷の中に入った際にエントランスには紅蓮とフレイア、そしてランドグリーズが揃っているところへ出くわした。
「ええ。今戻りまし―――」
ゴンドゥルが帰還した挨拶を告げようとした時―――
「―――ッ」
―――突然その場でシータが両膝をつき、床に両手をついて土下座していた。
「シ、シータ!?」
流石のゴンドゥルもこんな展開を予想していなかったため、シータの行動に面食らって硬直してしまう。
それは紅蓮に同行していたランドグリーズも同様に驚いていた。
しかし紅蓮とフレイアは―――
―――ヴァーミリオン皇国第二皇女の土下座を前にしても眉一つ動かさない。
「……それは何の真似かしら?」
静かなエントランスに紅蓮の澄んだ声が響き渡る。
「―――お願いがございます!!」
紅蓮の言葉に透かさず頭を下げたままシータが声を上げる。
「どうか……どうか!わたくしを―――イェンリンの元へ行かせてください!!!」
最早それは叫び声に近いものだった。
「……イェンリンの元に……それは貴女にとって命を懸けることになりますよ?」
土下座するシータを紅の瞳が射抜くように、見下ろしながら訊ねた。
「わたくしは……恐ろしいです……」
「……命を落とすことが?」
「違います!!―――イェンリンに置いていかれることです!!!」
「―――ッ!」
それまで無表情だった紅蓮とフレイアが、この時のシータの言葉に初めて表情を動かした。
「……わたくしは……イェンリンと比べれば弱い存在です……きっと魔術を駆使しても、イェンリンに勝てないと……あの戦いを見れば分かります」
するとその言葉にフレイアが流し目を向けるが、途端に視線を逸らし責任逃れの素振りを見せるゴンドゥル。
「ですが!……ですが、このまま……恐れたままイェンリンに置いていかれたら、わたくしは……わたくしは二度とイェンリンの隣に立つことを許されません」
「この先も皇国の皇女殿下として、交友を続けることは出来ますよ?」
「―――わたくしは身分に笠を着た交友を望んでいるのではございません!」
「……皇女殿下。少し落ち着かれてくださいませ」
興奮が止まないシータを見るに見兼ねたランドグリーズが口を挟んだが、
「イェンリンの戦いを見て、落ち着いてなどいられません!わたくしも……戦いに参加出来ないなんて!―――」
そこでシータが息を大きく吸って―――
「―――イェンリンはズルいぃ!!!」
―――紅蓮達を前にそう言い放った。
「はい?……ズルい?」
悠久の時を生きてきた偉大なる『紅神龍』紅蓮が、目の前の人族の少女に虚を突かれて疑問符を浮かべさせられた。
(それが―――どれほど愉快なことか♪ この娘……)
「……シータ」
「―――はい!」
「イェンリンは私と契約したことで、私と同じ時を歩む不老の存在となりました。この言葉の意味が分かりますね?」
「ッ!―――それは……」
紅蓮の言葉だけでシータはすべてを悟ってしまった―――
―――人族としての寿命を超越した存在となったイェンリンと、只の人族である自分。
既に二人は明確に道が別れ、隣を歩く距離ですらない―――
―――誰しも訪れる時の流れにイェンリンは留まり、自分は押し流されていく。
自分だけが年を取り、いずれは隣に存在するには似つかわしくない老人へと変わり果てる自分を想像したシータ。
それは絶望という言葉では物足りないくらいの心理を超えた真理だった。
―――だが、
「……それは、本当にお寂しいことですわ」
「―――皇女殿下!?」
偉大なる『紅神龍』を目の前にして、その存在に寂しいなどという言葉を投げ掛けたシータにランドグリーズは気が気ではなくなる。
「……他人事だと割り切ったのかしら?」
再び無表情に変わった紅蓮がシータに問い掛けると、
「いいえ、そうではございません。永遠に歳を取らず、周りの者達も過ぎ去っていく……それをイェンリンが経験していくことが、どれだけ辛く哀しいものか……わたくしの想像など遠く及ばないものなのでしょう」
「……」
「―――ですが、だからこそ私はイェンリンの傍にいたいのです。この命を捧げても、友と名乗れる生を得たのであれば本望です。確かに人は紅神龍様から見られれば儚い寿命の存在でありましょう……ですが……だからこそ、その人に出来る永遠もございます」
「人の……永遠……」
初めて困惑の色を浮かべた紅蓮に、シータは真っ直ぐな視線を向けて答える―――
「それは―――人の心に生き続けること」
「―――ッ」
シータの言葉にこの場で一番驚愕していたのはゴンドゥルだった……
「人の心の中に……」
その言葉を噛みしめるように呟いた紅蓮は、跪くシータに背を向けると歩み始める。
「ではその心のままに、進んでみなさい―――イェンリンの心に貴女の心が刻まれるまで」
その言葉を残して紅蓮はフレイアを連れて屋敷の奥へと消えていった―――
―――そして、
「……あれが一眼鬼の群れ」
『魔物憑きの森』の奥地で、イェンリンは巨大な岩山を棲家とする一眼鬼の集団を補足した。
見晴らしのいい小高い丘に立つイェンリンは、『索敵』を発動して棲家の一眼鬼の数を把握しようとする―――
―――此処に辿り着くまでに遭遇した一眼鬼を、イェンリンは既に三体討伐している。
「……二十二体……先に倒した三体と合わせて二十五体の一眼鬼の群れ……」
そこにはこれまで森の中で遭遇した一眼鬼とは違い、巨大な岩を削ったものであろう巨大な棍棒を手にした個体も彼方此方で目にした。
その辺りの大木ではなく、加工した武器を持つ一眼鬼を初めて目にしたイェンリンは棲家を行き交う一眼鬼の観察を続ける。
(一眼鬼は日中活動している……夜は眠る習性なのか、それを確かめる)
生物である以上は必ず休息を取る。
イェンリンは確実に勝ち、生き残るために一眼鬼の生態を知ることへ全力を尽くす。
息を潜め、一眼鬼の生活習慣を理解するために真紅の瞳を鋭く尖らせ、それこそ一眼鬼の群れの中で自分も生活していると錯覚するくらいにまで集中して観察していった。
そして陽が沈んでいく―――
―――暗闇と化した森の奥で、眠ることなく見つめ続けるイェンリン。
「やっぱり一眼鬼も夜は眠りに就いている……それに人のような見張りを立てるなんて様子もない」
(それはそうか……この周囲で一眼鬼に勝てる魔物なんて、そうはいないものね……流石に私も……疲れた……)
一日中観察していたイェンリンにも疲れが押し寄せてきた。
「今夜は眠って……討伐は……明日の……夜……」
呟きながらイェンリンは重くなった瞼を閉じて一時の休息に入った―――
―――そして翌日になって、
イェンリンは今日も一眼鬼の観察を続けていたが、
「……あれは……狩りに出る?」
群れの中から三体の一眼鬼が棲家を離れていく姿が見える。
「……ッ!―――あっちは私が倒した一眼鬼がいた方向!帰ってこない仲間を探しに行く心算なの!?」
まさかとは思えたが、一眼鬼が仲間意識を持ち合わせている素振りに新たな驚きを得る。
「数を減らすのなら、あっちから討伐するのも手ね……」
そう考えたイェンリンは『身体加速』を発動すると―――
―――森の木々の間を風のように擦り抜けていく。
残像を生じる程の加速した世界の中で、『思考加速』を発動して目標の一眼鬼の三体に接近していくイェンリン―――
―――やがて群れから離れた三体の一眼鬼に迫ると、背後から回り込み三体の正面に回り込む。
木の陰に回り込んだイェンリンが三体の目の前に飛び出すと、
「―――『衝撃拳』!!!」
先頭を行く一眼鬼の眼を破壊する。
【GUBOOOO―――ッ!!!】
「―――『真空刃』!!!」
続けて手で目を覆った一眼鬼の額にある角を斬り飛ばした。
すると触角となっている角の感知能力まで失った一眼鬼が、完全に方向感覚と正気を失って暴れ始める。
すぐ傍にいる一眼鬼にまで襲い掛かり、互いに殴り合いを始めると、イェンリンは『身体加速』で戦場を駆け抜けて次の一眼鬼へ向けて、
「―――『衝撃拳!!!』
その巨大な眼球を狙って『衝撃拳』を放つ。
しかし―――
「ッ!―――読まれた!」
―――手にしている岩の棍棒で自らの眼球を護った一眼鬼は、そのまま捕捉したイェンリンに対して握りしめた棍棒を振り翳す。
「―――チイッ!」
殴り合う一眼鬼の横を潜り抜けてイェンリンに棍棒を振り下ろす一眼鬼の一撃を、ギリギリで躱し地面を転がる。
すぐに起ち上がり体勢を立て直しながら、
「―――『衝撃拳』!!!」
棍棒を振り下ろした一眼鬼の眼を破壊する。
【GYUAAAA―――ッ!!!】
「真空―――」
続けて『真空刃』を放とうとしたその時、
「グフウゥ―――ッ」
途轍もない衝撃がイェンリンの右側から襲い掛かり、森の中の大木次々と薙ぎ倒していく。
角を切断された一眼鬼を倒したもう一体の一眼鬼が、横からイェンリンに棍棒で襲撃したのだ。
「―――グハッ!」
(不味い!―――立て直さないと!!)
そう思ったイェンリンに三体目の一眼鬼が再び棍棒を振り上げた―――
―――その時、
「―――《炎爆》!!!」
突如巻き起こった業火にその一眼鬼が飲み込まれる―――
「―――これは!!」
目の前で巻き起こった大爆発に藻掻き苦しむ一眼鬼に驚いたイェンリンが更に驚く光景が空にある。
「シータ!!―――どうして!?」
空に浮かびイェンリンを見下ろしているのは、新たな決意を胸に抱いたヴァーミリオン皇国第二皇女―――
―――シータ=ヘイン・ヴァーミリオンだった。
「―――貴女に置いていかれないように、貴女の傍にいるために参りましたわ」
そう告げた空中の美少女はイェンリンに微笑みを向けるのだった―――
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