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紅神龍の御子になった少女の帝王学 ~剣聖イェンリン様のお気に召すまま~  作者: KAZ
第3章 強者への道編

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―――最後の首が地面に落下すると同時に、九頭蛇《ヒュドラ》の持ち上がっていた上半身がバタンッ!と地面に倒れ込む。


「……倒した……九頭蛇ヒュドラを……私が……」


自分のことながら、未だに現実味のない光景をイェンリンは静かに実感を覚えるまでの間、九頭蛇《ヒュドラ》の亡骸を眺めていると―――


イェンリンを睨みつける鋭い『殺気』を向けられて、思わず身体がビクッと震える。


「ッ!―――なに!?」


その『殺気』を覚えて周囲を見渡すが、目に入るのは九頭蛇《ヒュドラ》の亡骸と最後に斬り落した本体の首だけだ。


「首……ッ!まさか!!」


その首が見開いた眼が爛々と輝き、今にも飛び掛かりそうな憎悪を浮かべてイェンリンを睨んでいる。


「―――まだ生きているの!?」


胴体の部分は完全に沈黙しているが、生き残っている本体の首だけが今もイェンリンを狙っていた。


「そんな首だけになっても怒り狂って生きているなんて、アンタも相当しぶといわね……いいわ!どうせ殺せないなら、放置も出来ないし一旦此処に入っていて」


そう言い放ったイェンリンは『収納』スキルを発動すると、何とその首を『収納』へ仕舞ってしまった。


そうして仕舞い込むと同時に―――


―――突然その場に他者の気配が現れる。


「ッ!―――フレイア!?」


そこに姿を現したのは紅の戦乙女《クリムゾン・ヴァルキリー》筆頭―――


―――『女神』フレイアだった。


「どうやら九頭蛇《ヒュドラ》を倒せたようですね」


そこに転がっている九頭蛇《ヒュドラ》の亡骸を目にして無表情で告げるフレイアを、イェンリンは不思議そうに見つめる。


「フレイア……どうして、此処に?」


突然現れたフレイアに問い掛けるイェンリンへ


「九頭蛇《ヒュドラ》を倒せたなら、貴女に新たな技を授けようと思っていました。そのためにこうして参上致しました」


真剣な面持ちでフレイアは答えた。


「―――新たな技を!?」


新たな技の伝授に現れたというフレイアに驚きを隠せないイェンリンだったが、


「どんな技を教えてくれるの?!」


これまでにないほど前のめりに教えを乞う様子を見て、フレイアの視線が一瞬細められた。


(イェンリン……此処へ来た頃と比べても、この短期間に闘争心が高まっている……これが果たして良い結果を生み出すのか、それとも……)


イェンリンの心境の変化を察したフレイアは、静かに九頭蛇《ヒュドラ》の亡骸に身体を向け直すと―――


「見ていてください……」


―――肘を曲げた右腕をゆっくりと後ろに引く。


次の瞬間―――


「―――ッ!!」


―――繰り出された拳から凄まじい衝撃波が宙を駆けていき、そこにある九頭蛇《ヒュドラ》の亡骸に激突する。


ドォオンッ!と轟く鈍い衝突音と同時に、九頭蛇《ヒュドラ》の亡骸に穿ったような大きな穴が空いていた―――


「……凄い」


その技を見逃すまいと『思考加速』を発動して観察していたイェンリンだったが、その眼をもってしてもフレイアの拳の動きが捉えられず、気がついた時には弾けた九頭蛇《ヒュドラ》の身体に大きな穴が空いていたのだ。


「今のが―――『衝撃拳《ダムド・インパクト》』です」


「……『衝撃拳《ダムド・インパクト》』……拳が見えなかった……」


「そうでしょう……超高速の拳を繰り出して、空中に衝撃波を発生させて敵に撃ち込む技です。ですが只攻撃に使うだけではなく、様々な使い方が出来ます」


「撃ち出すだけじゃなくて?」


「それは貴女の創意工夫に掛かってきます。ですが、まずは自分の技にしなければ―――それも夢想に過ぎません」


僅かに語気を強くしたフレイアの言葉にイェンリンはゴクリと息を飲む。


「先に修得した『真空刃(ホロウ・ブレイド)』を応用すれば、今の貴女にはそれほど難しい技ではありません。イェンリン……貴女は強くなります」


「えっ?―――うん!ありがとう!頑張るわ」


そう答えたイェンリンをフレイアはジッと見つめる。


(そう……且つての御子達も、これほど短期間で技を修めた者はいなかった。だからこそイェンリン……貴女が貴女のままで強くなることを願っています)


「―――どうかした?」


突然黙り込んだフレイアへ首を傾げたイェンリンに、


「何でもありません……イェンリン、どうか自分を見失わないでください」


―――それだけ言い残してフレイアの姿はその場から掻き消えてしまった。


「えっ?……自分を……見失わない……」


その言葉は飛竜《ワイバーン》を討ち倒し、今こうして九頭蛇《ヒュドラ》を討ち倒した時に感じた自分の心境の変化に触れられたように感じたイェンリンは、


「確かに……力を身につけて、少し変わったのかも知れない……」


踏み留まって自分のこれまでのこと、そしてこれからの目的を改めて思い返していた―――






―――フレイアから技を教えられて、イェンリンの鍛錬が再び始まった。


「フレイアは『真空刃《ホロウ・ブレイド》』を修得したなら、それほど難しくないって言っていた……つまり原理は同じところにあるはず」


その考えに至ったイェンリンは―――


―――『身体強化』


―――『身体加速』


―――『思考加速』


身体強化の能力を発動すると同時に、『索敵』も発動して目の前の九頭蛇《ヒュドラ》の胴体へフレイアの様に拳を繰り出す―――


―――すると、ブオオンッ!という暴風が巻き起こったような風音が立ち、周囲で土煙を巻き上げるほどの衝撃が生じたがすぐに霧散して消えていく。


「……ハァアアッ!!―――やっぱり最初から上手くいく訳ないよねぇ!」


明らかな失敗にイェンリンはガクリッと両肩を落とす。


だがすぐに脳裏で先ほど見たフレイアの動きを思い出す―――


(今の私の拳は『思考加速』を使っていれば普通に捉えられる速度だった……フレイアの拳はまったく見えなかった。そこが私とフレイアの違い……)


―――手本として見せてくれたフレイアの拳は繰り出される動作そのものが見えなかったことを思い返す。


「私の手はフレイアよりも遅い……今はその差を埋めることが目標ね」


鍛錬の方向性を定めたイェンリンは『真空刃《ホロウ・ブレイド》』を闇雲に修得しようとしていた頃に比べて、至って冷静に技の完成に必要な段階を思考していた。


御子であろうと人の身で紅の戦乙女《クリムゾン・ヴァルキリー》の技を修得することは、並大抵の鍛錬で身に着くものではない―――


―――しかし今のイェンリンにとって、紅の戦乙女《クリムゾン・ヴァルキリー》の教えは自分のことを想ってのことだと理解している。


それだけでイェンリンが数え切れない程に拳を繰り出す意味がある―――


―――数十回


数百回―――


―――そして数千回と同じ様に拳を繰り出して、『衝撃拳《ダムド・インパクト》』の修得に向かって歯を食い縛る。


既に右腕は血管が浮き出して、肘関節は同じ動作に悲鳴を上げて風圧を何度も受けた拳は皮膚が裂け、血が流れていく―――


「ハァハァ……い、一万回……」


―――そう呟きながら繰り出した拳には、最早最初の頃の速度などまったく乗っていなかった。


途中何度も拳を放つ動作や体勢も変えてみたものの、多少変わっても結果は爆風のような土煙で足元の土を舞い上がらせるだけだった―――


その一撃を最後にイェンリンはその場に座り込むと、地面の上に四肢を広げて横たわる。


全身は汗に塗れ、額には金髪と紅髪が貼りつき、肩で息をする動作をゆっくりと落ち着かせていく……


「ハァハァ……やっぱり簡単にはいかないわよ……」


フレイアに言われたことを思い返しても、答えが分かる訳ではないが、実際に『真空刃(ホロウ・ブレイド)』を応用した拳には確かな手応えはあった。


「……速度は上がってきた……それに合わせて前に向かって衝撃も進んでいる……でも、まだ足元から離れたところくらいで、拳で直接殴った方が確実なくらい……」


今日の成果を思い返して、反省と改善を思考し続けていたイェンリンだったが、


「このままだと……此処で眠っちゃいそうだわ……せめてあそこまで戻ってから休まないと……」


そう呟きながら立ち上がったイェンリンは、疲労した身体を引き摺るようにしてキャンプ地へと戻るのだった―――






―――翌朝


キャンプ地で何とか身体を休めたイェンリンは、再び九頭蛇《ヒュドラ》を討伐した場所へ戻っているところで、


「―――ッ!」


突然ズシンッ!と地鳴りを覚えて何か重たい物が地面に落下したような衝撃に身構える。


すると―――


「―――あれは!?」


―――森の高い木々の天辺から巨大な頭が現れる。


その巨人の姿に呆然としたイェンリンの目の前で、巨人は肩にイェンリンの討伐した九頭蛇《ヒュドラ》の胴体を軽々と担ぎ上げて森の奥に向かって歩み出す。


その一歩一歩が地面に下りる度に地震のような衝撃が周囲に響き渡っていく。


その揺れを身体に受けながら、太い木の幹に身を潜めて巨人を見送るイェンリン。


すると不意にその巨人が周囲を警戒しているのか、徐に横を向いた時―――


「一つ目!?それに頭の角……あれが一眼鬼《サイクロプス》……」


―――その姿にイェンリンは生まれて初めて一眼鬼《サイクロプス》という魔物を目の当りにして慄いた。


(想像していたよりもデカイ!?……あれが群れを成してこの奥に……それを討伐するなんて……)


その時イェンリンはフレイアの告げた課題が、如何に人族にとって無謀な試練であるかを思い知っていた―――


そうしている間にも一眼鬼《サイクロプス》が森の奥に去っていき、足音が次第に遠くなっていく。


漸く元の森の静寂を取り戻したところで、息を潜めていたイェンリンは肩の力を抜いた。


「ハァアアッ……あんな化物見たことない……あれを倒すなんて……」


(何匹いるの?一体だけでも倒せる気がしない!)


今のままの自分では踏みつぶされて終わるのではないかとさえ思えてきたイェンリンの心は不安と恐怖と、そしてほんの僅かな闘志で満たされていく。


(あの巨体……筋肉はどのくらいの攻撃が通じるの?……『真空刃(ホロウ・ブレイド)』で切断出来る?……それより弱点は……)


その僅かだった闘志は次第に膨らみ広がると、イェンリンの脳裏に一眼鬼《サイクロプス》の攻略の糸口を探す思考を生み出していった。


しかしここで答えは出ない―――


「攻撃の手を増やすには―――あの『衝撃拳《ダムド・インパクト》』を身につけるしかない!そのためにも!!」


既に失われた九頭蛇《ヒュドラ》の胴体があった場所で、今度はそこに生えた大木に向けて拳を放つイェンリン―――


―――しかし結果は昨晩の光景と何ら変わることなく、地面を衝撃で抉り土煙を舞い上がらせるに過ぎない。


一晩経てば身についているという類いのものではない。


だが今は自分の『武器』を増やすために、拳を繰り出し続けるイェンリンだった―――



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