九頭蛇との決戦
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―――陽が落ちた紅蓮の屋敷では、
食事の間に集う紅蓮とシータが同じ食卓で運ばれてくる料理を食べていた―――
「ゴンドゥルとの修行はどうかしら?」
紅蓮が徐にシータへ問い掛ける。
「はい♪ ゴンドゥル様に師事してから、これまで自分がどれほど甘やかされてきていたのか身に沁みて分かりました」
「あら♪ それはネメリアが喜びそうなことね♪……ねぇ、シータ……貴女はどうしてイェンリンの友になりたいと思ったの?」
紅蓮はセキト城でイェンリンに堂々とそう宣言したシータの意図を知りたかった。
「どうして……そうですわね……イェンリンと初めて御会いした時に、とても強い力と同時に……とても儚い脆さ……のようなものを感じたのです。何かの切掛けで消えてしまいそうな……」
「……」
シータのイェンリンに対する印象に紅蓮は黙って耳を傾ける。
「その時、わたくしはイェンリンの手を繋ぎ止めておかなければいけない……そんな気がしました。わたくしなどに何が出来るのかと思いますけれど……」
そう言って俯いたシータに紅蓮は微笑む。
「貴女なら、きっと―――イェンリンを人として繋ぎ止める軛となれるでしょう」
「軛……ですか?」
「神龍の御子はそれぞれ神龍から加護を授かり、その力に翻弄されてしまう者がいるわ。私のこれまでの御子達も最後はそうだった……」
「これまでの紅神龍様の御子様が……」
それはシータにとって初めて耳にする話だが、それはこれまで秘匿されてきた『紅神龍の御子』の過去であり、世の中の誰も知らない話だ。
「あの子は……イェンリンはきっとこれまでの私の御子の中でも一番強くなるわ。でもそれは同時に人としての心を失っていくことにも繋がり兼ねないものなの」
「わたくしには……皇族とはいえ只の人族であるわたくしには思いも寄りません……」
「それでいいのよ」
「……えっ?」
「御子の傍に寄り添う者が只の人族である……それは人としての心を失わないための標の役割を持つわ。貴女がイェンリンを見て、あの子に手を差し伸ばしたいと思ったのであれば、それは貴女の運命が導いた出会いよ」
「運命の……出会い……」
紅蓮の言葉に理解が及ばないシータだったが、紅蓮は微笑んで続ける。
「その答えは貴女がイェンリンと過ごす時が長くなれば分かることでしょう」
(そう……初めて出会った時に私の手を取り、笑って友になりたいと言った貴女の母親―――ネメリアのようにね)
―――紅蓮の脳裏には初めて謁見した時の皇妃ネメリアの行動が鮮明に思い出されていた。
「そうなれるように……わたくしはわたくしで、イェンリンの隣に立てるように精進致します」
「あら♪ 良い覚悟ね♪ イェンリンは今日、あの森で襲ってきた飛竜を素手で倒したそうよ♪」
「……へっ!?」
紅蓮の口から告げられた驚愕の事実に、シータの息が一瞬止まって思わず変な声が出た。
「貴女もそのくらいは出来るようにならないとね♪」
冗談で言っているのか本気なのか分からない紅蓮の微笑みを見つめながら、
「あ、ハイ……ガンバリマス……」
シータは片言の言葉で返事をするのがやっとだった―――
―――その頃
イェンリンはキャンプ地とした場所で夜に備えて火を起こすと、先ほどの戦闘で討伐した飛竜を解体し、その肉を手持ちのフライパンで焼いていた。
飛竜の遺体はその素材の価値も高く、『収納』スキルで仕舞っておき、その一部は『真空刃』で解体して食糧にした。
《火属性魔術基礎》で起こした焚火にフライパンを掛けると、その上に置いた肉から脂と肉汁が溢れて周囲に肉の焼ける匂いを漂わせていく。
「流石にお腹が空くのはどうにもならないわね……塩は『収納』に入れておいて良かった」
そう言って摘まみ上げた塩を肉の上から振り掛けると、
「―――よっと!」
フライパンをブンッと素早く持ち上げて飛竜のステーキが宙を舞うと、イェンリンは素早く『真空刃』を操ってステーキ肉を一口サイズへ切り分けた。
ナイフもフォークも手持ちがないため、手で食べるしか手がないので行儀が悪いと思いながらも焼けた肉を一切れ摘まみ、そっと口に運ぶ。
「あ~ん、モグモグ……これ……美味しい!!!」
塩だけで味付けされた飛竜肉のステーキは、イェンリンが思っていた以上に肉汁豊富で柔らかな歯応えだ。
「スルーズが言っていた通りね♪ 飛竜肉は美味しいって話は♪」
紅の戦乙女第六位
―――『強き者』スルーズ
紅龍城で『紅神龍の料理番』をしている彼女に色々な料理の作り方やその歴史について話を聞いていたイェンリンは、その中で飛竜の肉の話についての話があったことを思い出した。
「―――ああ~♪ 美味しかった♪ でも……飛竜の肉を食べたら何か力が湧いてくるような気がするのは……気のせい?」
イェンリンは気のせいかと思っているが―――
―――この世界では強力な魔物を食することで、その身に魔物の力を取り込み、能力を向上させる効果のある魔物がいる。
この飛竜も本来、人に討ち取られるようなLevelの魔物ではない。
そのような魔物を討伐し、そしてその肉を食するまでに至ったイェンリンは、ゴルゴダ村の狩人に教えてもらったことを実践しているに過ぎない―――
―――それは、
『―――狩猟した獲物はその命に感謝し、責任をもって食べなければならない』
その言葉を憶えているイェンリンは、懐かしい狩人の面影を思い出しながら飛竜を食べていった―――
「フゥ~!お腹も膨れたし、残りは紅龍城に帰ったらスルーズに渡して、もっと美味しい料理にしてもらおう♪」
周囲に『真空刃』で伐採した木々を杭にして防御壁にしただけのキャンプ地の中心で、イェンリンは夜空の星を見上げながら明日のことを考える。
「次はあの九頭蛇を相手に勝つには……今分かっていることは、あの中心の硬い首が本体だとして倒すこと。あれが本体じゃなかったら……」
これまではそこまでの戦略など考えたこともないイェンリンだったが、あの飛竜との戦闘がイェンリンの中でまるで歯車を動かし始めたように心境の変化を起こしていた。
―――それは少女だったイェンリンが、紅神龍の御子としての強さを意識するようになった瞬間だった。
一通りの手段を考えて、イェンリンは眠りに就く。
明日の決戦に備えて、今は少しでも体力を温存するために―――
―――翌朝
周囲にはある程度の警戒をしていたが、昨夜も魔物の襲撃は無かった。
しかしそれは魔物を『調教』したランドグリーズによるものだということをイェンリンは知らない。
目覚めたイェンリンは立ち上がると、
「……さあ、それじゃあ再戦といきましょうか」
森の奥を睨みつけて己を鼓舞する。
そしてキャンプ地から出ると、再びあの九頭蛇と遭遇した場所まで森の奥へと進んでいく―――
―――暫く森を進み、その場所へ辿り着くと暗がりの中であの九頭蛇の姿を見つける。
(あれから殆ど場所を変えていない……此処が縄張りなのかしら?)
その行動範囲の狭さに少し疑いを持ったイェンリンだったが、
(―――昨日考えた作戦を最初から試す!)
そう決意したイェンリンは木陰から身を乗り出すと、右手を振り被り『真空刃』を放つ―――
―――空を斬り裂き九頭蛇に迫る斬撃が、一度に二本の首を斬り飛ばす。
【GYUSYAAAA―――ッ!?】
突然二つの首が切断されたことに、朝陽を浴びて眠気に囚われていた九頭蛇が悲鳴を上げる―――
「昨日より首が軽い!これなら!!」
―――ゴボゴボと首の斬り口で湧き起こる血が、新たな首を再生しようとしているその時、
「―――《火球》!!」
次にイェンリンの手から放たれたのは、火属性魔術・下位《火球》だった―――
―――魔術が不得意なイェンリンであっても下位クラスの魔術は操ることが出来る。
それに魔力自体は常人よりも多く持っているイェンリンにとっては、その魔術に込める魔力量を増加させることくらいは可能だ―――
―――魔力を多く込められた《火球》は、切断した首元へ着弾すると、その傷口を燃やして首の再生を阻害した。
【SYAAAAA―――ッ!!!】
「やっぱり!―――思った通り、傷口を焼けば首が生えてこない!!」
そう叫ぶイェンリンの脳裏に再びあの狩人の教えが浮かんでくる。
『―――薬がない状況で深い傷を負った時、傷口を火で焼いて止血する』
本来なら、この方法は火傷による正常な皮膚の組織を破壊し、余計に重度の火傷傷を負わせる行為である。
しかし『回復』の加護を持つ者が傍にいない際に、四肢を切断するような大怪我を負った時に止む無く傷口を焼いて止血しなければ怪我人が失血死する危険があるため、火傷で傷が酷くなることを差し引いても対処として古代から伝わっていた。
―――そのことを応用してイェンリンは切断した首を炎で焼き、すぐに再生出来ないように火傷を負わせる作戦を立てたのだ。
「次!―――『真空刃』!!」
考案した作戦の効果を確かめて、イェンリンはすぐに次の首を狙って『真空刃』を放つ―――
―――イェンリンの姿を捉え、迫ってきていた九頭蛇の首が更に三つ跳ね飛ばされると、
「―――《火球》!!!」
その首元の血が溢れる傷口に《火球》を繰り出して傷口を燃やしていく―――
―――そうして次の斬撃を次々と放ち、残っていた二本の首が飛ぶとすぐに続いて更に一本の首が飛び、残るはあの本体らしき硬い鱗で覆われた首だけとなった。
それら三本の傷口にも《火球》を放ちながら、反撃を狙う九頭蛇の丸太のような尻尾の襲撃にも跳躍して回避するイェンリンは―――
「―――これで!後はお前だけだぁあああ!!!」
―――空中から渾身の『真空刃』を最後の一本に向かって放つ。
その斬撃が硬い首元に命中すると、ギュルギュル!と何か金属が擦れるような音を上げて傷が広がる―――
【KISYAAAAA―――ッ!!!】
―――これまで護り続けてきた首が切断されそうになっている状況に、九頭蛇は怒号を上げてイェンリンへ尻尾の攻撃と同時に毒液を吐き出す。
「―――それはもう見た!!!」
前回の戦闘で熔解させる強力な毒液の存在を知ったイェンリンが、そのことを警戒していない訳がなかった―――
―――それを躱すとイェンリンの立っていた周囲に毒液が掛かり、白煙を上げて熔解していく。
回避しながら先ほどの首の傷を確かめるイェンリン―――
「一度で斬り落せないならぁ!!
―――『真空刃』」!!!」
―――渾身の『真空刃』を再び放ち、
「―――オリャアアアッ!!!」
それに続いて発動していた『身体加速』で次々と『真空刃』を立て続けに繰り出していく―――
―――幾重にも重なり放たれた『真空刃』は、最初に傷つけた首の位置へと正確に命中していく。
【―――OGYOOOAAAッ?!】
重なった『真空刃』が、己の身を斬り裂いていく感覚を覚えた九頭蛇は口から血を吐き、それでも首を斬り裂こうとするイェンリンの斬撃から響く鱗を切断していく音に生まれて初めて感じる恐れを抱いていた―――
―――そして、
「これで!―――最後だぁあああ!!!」
叫びながら放たれた渾身の『真空刃』が首に達した瞬間―――
【―――SYUHYUッ!!】
―――短い断末魔と共に、最後の一本だった首が遂に宙を舞った。
「―――やった!!」
その首が宙を舞う姿を見たイェンリンは、思い出したように最後の首元にも《火球》を放ち傷口を焼いていく。
そして最後の首が地面に落下すると同時に、九頭蛇の持ち上がっていた上半身がバタンッ!と地面に倒れ込む。
「……倒した……九頭蛇を……私が……」
自分のことながら、未だに現実味のない光景をイェンリンは静かに実感を覚えるまでの間、九頭蛇の亡骸を眺めていたのだった―――
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