飛竜との決戦
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―――頭上で羽ばたく巨大な魔物
飛竜の鋭い眼光が地上に立つイェンリンを見下ろす―――
今此処で逃亡していたオーガを二体仕留め、まるで狩りを楽しむような素振りに見える飛竜の雄姿に思わず息を飲む。
だが、すぐに自分を奮い立たせて全身に身体強化系の力を発動すると、
「―――必ず倒す!!!」
気迫を込め、一気に飛竜ワイバーンへ向かっていく。
―――『身体強化』
―――『身体加速』
―――『思考加速』
三つの身体強化系能力を発動し、大地を加速して駆けるイェンリンの残像が飛竜の足元へ到達した瞬間―――
「ハァアアア―――ッ!!!」
―――グッと膝を屈伸させたかと思うと、直下から頭上の飛竜へ向かって跳躍する。
高速の塊と化して突撃するイェンリンに向かって、飛竜は巨大な翼で勢いよく羽ばたくと突風が巻き起こり、イェンリンの体勢が一瞬崩れる―――
「―――クッ!!それでもぉ!!!」
―――空中で右腕を構えたイェンリンが体勢を崩しながら、右手から高速の一閃を放つ。
放たれた『真空刃』は一直線に飛竜の太い首に目掛けて空を翔ける―――
―――そして、
【GYUAAAッ!?】
飛竜の首から鮮血が噴き出す―――
―――しかし、
「ッ!―――浅い!!」
イェンリンがそう呟いた通り飛竜の首は確かに傷が刻まれたが、それは致命傷となるまでに至っていなかった―――
(―――不味い!!)
―――空中で『真空刃』を放ち、その反動とワイバーンの羽ばたきによる突風で完全に体勢を崩したイェンリンのことを見逃すほど、空の魔物は甘くない。
当然空中で動くことも儘ならないイェンリンに、飛竜の開かれた巨大な顎が襲い掛かり、巨大な牙が迫る―――
「―――クウウッ!!」
―――『思考加速』が発動していることにより、その動きはゆっくりと見えているとはいえ、空中で足場のないイェンリンには回避する手段がない。
目の前に迫る巨大な牙にイェンリンは―――
「ハィイイ―――ッ!!!」
―――何とその牙の一本に目掛け、全身の力を込めた拳を繰り出した。
【GYUHAAAA―――ッ!!!】
拳と激突した牙に亀裂が走り、その激突の衝撃でイェンリンは後方へ一気に飛ばされる―――
―――牙を砕かれた痛みで、飛竜は首を引っ込めるように空中で身を翻す。
弾かれるように地面に向けて落下するイェンリンは、地上すれすれで何とか体勢を立て直し着地した―――
「ハァハァ……危なかった……」
(でも空中に上がると、また同じことになる……飛竜を地上に落とさないと勝ち目がないわ!)
そう考えたイェンリンは、突然森の木々の間を幹に足を掛けながら飛び交い、木の先端近くの枝に飛び乗ると空中を旋回する飛竜に向かって―――
「―――『真空刃』!!!」
―――『身体加速』から無数の『真空刃』を繰り出す。
その斬撃が旋回する飛竜の全身に次々と傷を刻んでいくが、距離も離れていて空中を移動する飛竜に致命的な傷を負わせることは出来ない―――
【GURUU……】
―――擦り傷ほどの傷でしかない斬撃だが、そのイェンリンの姿を高い木の先端に見つけた飛竜は、その攻撃が気に入らない様子で空中から襲い掛かってくる。
「―――来い!!」
一直線に突撃してくる飛竜が巨大な顎を開いてイェンリンに再び襲い掛かる―――
―――そして木の天辺ごとその口で噛みついた。
バキボキッ!バキッ!とその木と共に周囲の大木まで薙ぎ倒していく飛竜―――
―――しかしその時、
飛竜の背には襲われたイェンリンが飛び乗っていた―――
「此処なら……直接『真空刃』を叩き込めるわ」
飛竜の背中で静かに立ち上がったイェンリンは、右腕を構えて渾身の『真空刃』を飛竜の首へ放つ―――
―――太い首が左肩から右肩に向かって深い斬撃の傷が刻まれていく。
【GYUAAAAAAA―――ッ!!!】
首を後ろから深く斬りつけられた飛竜は、地上近くの空中で痙攣するように身悶え、長い首を背中に回してイェンリンに怨嗟の眼光を向ける―――
(まだ飛竜の首を落とすまでに至っていない!)
―――イェンリンは己の未熟さを痛感するが、
「―――だったら!!」
そこで左右に向かって『真空刃』を繰り出すと、首よりは細い翼に向かって斬撃を飛ばす―――
―――次の瞬間、
ほぼ同時に飛竜の翼が切断され、イェンリンが背に乗る巨体の胴体が地面に向かって落下する―――
―――そして地面の木々を薙ぎ払い土煙を上げて墜落した。
イェンリンが切断した巨大な翼が空中を舞う様に後から地上へと落下するのだった―――
―――大地に落とした飛竜の傍で、地面に直撃する寸前で背中から飛び退いたイェンリンは、ゆっくりと翼を失った魔物に近づく。
【GURURURUUUU……GOAAAAAッ!!!】
翼を失って首だけを振り回し周囲を睨みつけた飛竜がイェンリンの姿を眼にして、翼を奪った相手に怒涛の咆哮を放つ。
「ッ!―――まだ動けるの!?」
イェンリンの姿を見つけた飛竜は後ろ足で大地を蹴り、短い腕を大地について四足歩行の魔物のように大地を這って迫ってきた―――
―――しかし、
空中ならいざ知らず、地上であればそれはイェンリンの『領域』だ―――
―――噛みつきながら木々を薙ぎ倒し迫る飛竜に対して、バックステップしてそれらの攻撃を回避するイェンリンは、やがて小さな草原に飛び出す。
その直後に木を薙ぎ倒して草原に飛び出した翼のない飛竜が、イェンリンに向かって再び大きく顎を開くと喉奥に赤く光る炎の塊が見える―――
「あれは?!―――まさか!!」
―――イェンリンがハッとその炎に気がつくと同時に、
【GOHAAAAA―――ッ!!!】
地面を這う飛竜の開かれた顎から膨大な炎が一直線を描いてイェンリンに吐き出される―――
「―――クウウッ!!」
―――その炎を真横に飛び回避するイェンリンだが、相手は炎だ。
無形の炎の塊が直線状に噴き出されたのだ―――
―――完璧に回避したと思っていても、その熱線は空気を伝わりイェンリンの肌を焼く。
「グゥ!あ、熱いっ!!―――このまま長期戦になったら、こっちの身がもたない!!!」
肌にヒリヒリとした火傷の痛みを感じながらイェンリンは草原を駆け抜け、後ろに迫る飛竜を確かめると―――
「―――フンッ!!」
―――背後から襲い掛かる飛竜にイェンリンは空中へ飛び上がり、後方宙返りで再び飛竜の巨大な背中に乗り込む。
「これで決める!!―――『真空刃』!!!」
背中越しに渾身の『真空刃』を放つイェンリン―――
―――これまでで最大の『真空刃』が飛竜の首裏に命中すると、
【GYAUAAAAA―――ッ!!!】
凄まじい飛竜の悲鳴が上がり、そして次の瞬間―――
―――バツンッ!と地面にまで『真空刃』の斬撃が刻まれると、切断された飛竜の首が大地に落ちる。
そうして大空を舞い、その後に地上を這いずり回っていた飛竜は、そこで漸く動きを止めたのだった―――
―――距離を取りイェンリンの様子を見ていたヒルドは、飛竜の首が落ちて沈黙したところで漸く息を吐いた。
「フウゥ……何とか討伐出来たか……」
(正直イェンリンが命を落とすのではないかと冷や冷やしたわ……)
イェンリンの無事な姿を確認して、ヒルドはそこで危険な飛竜を差し向けたランドグリーズに沸々と怒りが湧いていた。
「……『伝心』で一言文句を言っておかないと、納まりがつかないな」
表情は冷静だが、その目は怒りに燃えるヒルドが『伝心』をランドグリーズへと繋ぐ―――
【―――ランドグリーズ】
【ヒルド?どうしましたか?】
恐らく屋敷で紅蓮の傍にいるだろうランドグリーズに、ヒルドは怒りに満ちた声を伝える。
【お前!!―――九頭蛇に続いて飛竜まで差し向けるというのはやり過ぎだぞ!!!】
続けて大型魔物をイェンリンへ差し向けたランドグリーズへの怒りをそこでぶつけた。
【―――飛竜?一体何のことです?】
しかし返ってきたランドグリーズの言葉には、本気の困惑が込められていることがヒルドにもすぐに伝わる。
【……イェンリンを襲ってきた飛竜は、お前が『調教』した魔物ではないのか?】
【飛竜が!?―――それはわたくしではありません!!それで!イェンリン様はどうなったのです!!!】
慌てた声でイェンリンの安否を問うランドグリーズの声を聞き、ヒルドはあの飛竜が正真正銘の野生の飛竜だったことを確信した。
【―――イェンリンなら大丈夫だ。火傷は負っていたが、飛竜を見事に打倒した】
【火傷を!?―――それは大丈夫なのですか!!】
【―――いや、大した傷ではない。それより……まさかあの飛竜が野生のものだったとは……私もお前の『調教』した魔物だと思い込んでしまったことは落ち度だ】
【い、いえ……ヒルドはイェンリンを見守ってくれているのですから、『調教』した魔物かどうかを見分ける術はありませんし、責任はありません】
【ランドグリーズ……九頭蛇以外にこの付近で『調教』している魔物は他にいるのか?】
ヒルドは今後の監視と護衛について必要な情報をランドグリーズに求めた。
【この屋敷の付近を警護させている魔物以外で、九頭蛇のいる森の奥地で『調教』した魔物は他にいません】
【―――それは一眼鬼も『調教』していないということでいいのか?】
イェンリンの目的である森の奥に棲息する一眼鬼について念を押して確認するヒルド。
【はい……わたくしは一眼鬼も『調教』しようとしたのですが、フレイアに止められまして】
その話を聞いてヒルドはフレイアの御子育成に非情さを感じていたが、それだけイェンリンに期待していることも伺えた。
【―――分かった。それを踏まえてイェンリンの護衛に戻る】
ヒルドはそれだけ伝えてランドグリーズとの『伝心』を切った―――
―――イェンリンは討伐した飛竜を前にして、無言のまま佇んでいた。
「……勝った」
そう独り呟くが、目の前の亡骸を見て喜びを感じるより命を奪ったことへの喪失感の方が今は強い。
―――いつの間にか強敵と闘い、その相手を倒すまでの闘争心がイェンリンに力を与える働きをしていたのだが、それは敵を討ち倒すと共に強敵を失った喪失感を知るまでになっていた。
「こんな気持ちになるなんて……御子になる前には、こんな気持ち、知らなかったのに……」
最早動かない亡骸となった飛竜を見つめながら、イェンリンは森の奥へと視線を移す。
「……次は……あの九頭蛇を……」
疲労が浮かぶ表情の中、その真紅の瞳だけは燃えるように力強い輝きを放つのだった―――
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