魔物憑きの森の本領
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―――鍛錬を続けていた森の中で、
「ハァ……ハァ……」
シータは地面に膝と両手をつき、荒い息を繰り返していく―――
ゴンドゥルの提案で『対人戦』を経験した方がいいと言われたシータに、相手となったゲイラホズは小さく溜め息を吐く。
結果は当然だがゲイラホズの圧勝だった。
(ハァハァ……ゲイラホズ様の動きすら見えていなかったわ……今日何度命を落としたのかも分かりません……)
息を整えながらシータは先ほどまでのゲイラホズとの鍛錬で、その白い首元に突きつけられた槍の冷たい穂先のことを思い浮かべては身震いがする。
そこへゴンドゥルが静かに近づく。
「―――どうだい?これが超越者との鍛錬だよ」
「ハァハァ……確かに……ゲイラホズ様の動きすら、わたくしには見えませんでした……」
「うん、それはそうだよ。何しろゲイラホズの動きが見えるくらいなら、シータは今頃イェンリンと同じ森の奥へ向かえるはずだからねぇ」
「―――ッ!」
ゴンドゥルの口から放たれたその一言は、シータの胸を抉るようだった。
「あの子は私達―――紅の戦乙女がそれぞれの得意な戦闘方法で相手をされています。イェンリンは何度も命に関わるほどの大怪我を負ってきました」
「……」
「私達に勝てる人族はいないと断言しましょう。だからこそ、今の貴女は貴重な経験を積んだのです」
「……えっ?」
その言葉に理解が追いついていないシータだったが、ゲイラホズは構わずに続ける。
「超越した存在の動きや攻撃を『見る』という経験は、何物にも代えがたい貴重な経験値なのです。先ほど貴女はゲイラホズの槍に翻弄されました。動きを追うことすらも出来ませんでした」
「……はい」
「―――ですがそのような体験をしている者と、無知な者では何かが起こった時に取れる行動が違ってきます。貴女は落ち込みながら、それでもゲイラホズの動きを止める方法や反撃するにはどうすればいいのかを考えていましたね?」
「ッ!……はい」
確かにシータは不甲斐ない自分と向き合いながら、それでも突破口を頭の中で考え続けていた。
そのことを見ていただけのゴンドゥルに見透かされたことに驚いたが、
「これから先でわたくしは不測の事態が襲い掛かって来た時に、何か打開する手段を考えることが出来ると?」
冷静さを取り戻してきたシータが思ったことをゴンドゥルに告げた。
「それで解決するかどうかは別として、何をしなければならないかを考える癖をつけることは悪いことじゃない」
「はい。今まで城で過ごしていたわたくしでは、このようなことを考えることもありませんでした」
そう言ってゆっくりと立ち上がるシータに、ゴンドゥルは笑みを向ける。
「生きることへの渇望を忘れないことだ。どんな強敵が目の前に現れても、諦めずに前に出ることが出来れば、生き残ればシータの勝ちさ」
「はい!あの……ゲイラホズ様……本日はありがとうございました!」
鍛錬につき合ってくれたゲイラホズにペコリと頭を下げて礼を述べるシータに、
「……皇女殿下は、イェンリンの隣に並びたいのだろう?」
無愛想だがしっかりと通る声でそう問い掛けてくる。
「はい!わたくしは……そうなりたいと思っています」
「そうか……それならば日々の研鑽を怠らないことだ。初日に此処へ来た時よりも自分が変わってきていることを感じているだろう?」
「ッ!―――はい……これまで魔物など倒したこともありませんでしたから」
「その『成長』の感覚を忘れないことだ。だが、人族は必ずどこかで頭打ちを感じる時が来る。限界だと思ってしまう時が……だが、それを乗り越えることが出来たなら、イェンリンの隣に立ち、友となれるだろう」
「……ありがとうございます。ゲイラホズ様」
それだけ告げるとゲイラホズは鍛錬に使用した槍を『収納』スキルへ仕舞い込み、どこかへ向かって歩み出した。
その背を見送っているシータに、今度はレギンレイヴが近づくとシータの身体を確認する。
「―――怪我などはないようですね。流石はゲイラホズ」
「何度も死んだと思いましたけど……」
怪我の有無を確認してくれたレギンレイヴにシータは苦笑いを浮かべた。
「さあ、それじゃあ今度はさっきの戦闘の反省会をしようかね」
「―――はい!」
ゴンドゥルの提案にシータは気合いを入れて返事をするのだった―――
―――その頃、
イェンリンはキャンプ地の傍の川辺にある岩を、身につけた『真空刃』で只管に斬撃を繰り出していく。
「ハァアアア―――ッ!!!」
振り抜いた右手の軌道に沿って繰り出される斬撃が、岩石に到達すると深い亀裂を刻みつける。
「ハァ……ハァ……始めた頃よりも……深く斬り裂いているけど、それでも……」
(―――それでも、あの九頭蛇の本体の首を斬り落すことは出来ない)
未だにあの硬い首を切断するイメージが想像出来ない。
前に進んでいる感覚は確かにある―――
―――しかしそれが望む高みに届かないもどかしさが、イェンリンの心をジワジワと蝕んでいくようだった。
だがこのまま手を拱いていても、あの九頭蛇を倒すことは出来ない―――
「―――『真空刃』の斬味を上げるのもだけど、戦闘中にそれを放つことが出来るのか……」
今の相手は動くことのない岩が相手だ。
「ここからは魔物を相手にしていかないと……本当に必要な時に最高の一撃を放つなんて無理」
そう結論づけたイェンリンは、再び森へ視線を向ける。
それと同時に『索敵』に集中して森の中の魔物を補足する。
「フゥ……この森の魔物をすべて倒したとしても、必ず九頭蛇を倒せる技を身につけてみせる!」
全身に気迫を込めて、イェンリンは森へ向かうのだった―――
―――『索敵』で見つけた魔物は、
「これは―――オーガ!」
発見したのは人族よりも大柄の体格をして、額には二本の角が生えた人型魔物のオーガだった。
オーガは群れを成して獲物を狩る魔物であり、イェンリンの発見したオーガは全部で五体だ。
まずは先手必勝とばかりに飛び出すと同時に一番手前にいるオーガを『真空刃』で斬り裂く―――
【UGAAA―――ッ!?】
【―――人族だとっ!?】
―――そこで一体のオーガが人の言葉を叫んだことにイェンリンは驚く。
「お前達は人の言葉を話すの!?」
思わずそう叫んだイェンリンを睨みつけていたオーガ達だったが、
【クックックッ!―――そんなことも知らずにこの森へ来たのか!!】
【我等のような知能のある種族であれば、人族の言葉くらい話せるぞ!】
そう告げてイェンリンを嘲笑う。
これまでゴブリンやオークのような魔物しか見ていないイェンリンにとって、人型魔物の知能と対話という場面に遭遇したのは人生で初だった。
しかし、対話が出来るからといって既に戦端は切られている。
【この小娘ぇ……何も持っていないのにこいつを斬ったぞ?】
【魔術じゃないのか?どちらにしても……仲間を殺されて、このまま逃がす訳にはいかないよなぁ!!】
そう言い放ったオーガが一斉に動き出す―――
―――四体のオーガの動きは包囲しようとする動きだと察したイェンリンは、すぐさま『身体加速』で位置を移動すると、
【コイツ!!―――速いぞ!!!】
掻き消えるように移動するイェンリンの動きにオーガは油断していた表情が一気に変わる―――
―――鋭い視線でイェンリンの動きを追うが、今のイェンリンの『身体加速』を追えるほどの能力は持ち合わせていなかった。
「―――ハァアアッ!!」
加速した世界で『真空刃』を繰り出すイェンリン―――
【ハビュウッ!?】
―――次の瞬間、二体目のオーガの首が宙を舞う。
残り三体のオーガには既に表情に余裕はなく、手にしている岩の棍棒と巨大な剣を振り回して森を駆けるイェンリンを必死に追いかけた―――
―――しかし、やはりイェンリンを捉えることは出来ずに呆気なく三体目のオーガの胴体が腰から切断されて地面に倒れ込む。
次々に倒れる仲間達を見た残り二体のオーガは顔を向け合うと―――
―――なんと背を向けてその場から逃げ出した。
「ッ!―――逃がさない!!」
森の中を逃げ出したオーガの背中を追っていくイェンリン―――
―――しかし相手は森に棲む魔物だ。
障害となる木々の間を風のように、その脚力で逃走するオーガに僅かだが地の利があった―――
―――木々に爪を立て、急な旋回にも対応して森を駆けるオーガ達は丁度森の切れ目に飛び出すと、そこには草原が広がっていた。
森から飛び出したオーガ達が草原を駆けていた、その時―――
「ッ!?―――えっ!!」
―――同じく森から飛び出してきたイェンリンの目の前で、二体のオーガのうちの一体は巨大な爪に身体を引き裂かれて、最後の一体は大きな口に捕まり、胴体を巨大な顎の力で噛み砕かれる光景が広がっていた。
オーガを簡単に葬ったその存在とは―――
「あれは!―――飛竜!!」
―――開けた森の隙間に舞い降りてきた巨大な魔物。
飛竜が地上に降り立ちオーガを餌にしたのだ。
「遠くから飛んでいるのを見たくらいしかないけど……この森にもいたのね……」
九頭蛇を相手にする前に、同じく巨大で強力な魔物である飛竜が飛来したことにイェンリンの中で、恐怖と闘気が入り混じり身震いする。
「……九頭蛇を倒すなら、飛竜くらい倒せないと……勝てる訳がないわよね!!!」
恐怖を闘気で塗りつぶして、飛竜の飛来した草原に足を踏み入れる。
―――大陸でも突然飛来して人族を襲う飛竜は、どの国でも最悪の厄災であり、各国の騎士団や軍も警戒する魔物である。
その討伐には大軍を用いて、大多数の包囲と魔術攻撃で討伐するほど危険な魔物なのだ―――
―――その魔物を相手に唯一人で立ち向かうイェンリン。
全身に身体強化系の力を発動すると、
「―――必ず倒す!!!」
気迫を込め、一気に『身体加速』で飛竜へ向かっていくのだった―――
―――イェンリンが突撃した時、
『索敵』から身を隠しながら再びイェンリンの様子を見ていたヒルドは、
「ランドグリーズのヤツ……飛竜まで『調教』していたのか」
『調教師』ランドグリーズの手腕に改めて感服していた。
「しかし……いくらLevelが上がってきたとはいえ、飛竜を相手にするのは分が悪いぞ。どうする心算だ……イェンリン」
飛竜の危険度を認識しているヒルドは、まだ戦闘経験の少ないイェンリンの身を案じるのだった―――
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