九頭蛇との死闘
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―――九頭蛇と対峙するイェンリンは、
「一気に勝負をつける!!!」
イェンリンの全身が残像を残すほどの速度で動く―――
目の前の不死身の魔物を相手に、イェンリンは全身に力を漲らせる。
時の流れが緩やかになったように見える『思考加速』の発動により、『身体加速』で高速の動きを見せると―――
「―――『真空刃!!!』
―――全身を強化する『身体強化』と的確な『索敵』による照準を合わせた『真空刃』が一気に九頭蛇の首を切断した。
次々に跳ね飛ばされるヒュドラの首―――
―――しかし中央にある一本だけは、『真空刃』で切断することが出来なかった。
「ッ!―――あの首だけ斬れない?!」
自信がつきだしていた『真空刃』で切断出来ない首を見つけたと同時に、イェンリンはその首が怪しいと訝しんだ。
(―――あの首がもしかして本体?)
全身全霊を懸けて切断した他の首達は、再び斬り口から血の泡がボコボコと浮かび上がったかと思うとすぐに頭を再生する。
「これじゃいくら斬っても倒せない!どうすれば……」
討伐の手が見えないイェンリンだったが、九頭蛇は敵の戸惑いに手を抜くようなことはない。
むしろ魔物としての野生の本能が、今のイェンリンの状況は狙うべき隙だと感じ取り、
【SYAAAAAAA―――ッ!!!】
【BUWAAAAA―――ッ!!!】
次々と顎を大きく開いて、その喉奥から紫色の液体を吐きかけてくる。
「―――ッ?!」
一斉に襲い掛かってくる怪しい液体に対して、身を翻し回避するイェンリン。
すると避けた場所に降り注いだその液体が注いだ地面や周囲の木々からシュウッ!と白煙が立ち昇り、ドロドロと溶解していくのが目に映った。
「あれは!?……身体に掛かったら……」
目の前の溶解液から立ち昇る白煙により、鼻を刺すような悪臭が立ち込めてきて思わず顔を手で抑える。
(―――今の私の力じゃ、あの中央の首は斬り落せない!)
噛みつきで襲い掛かり続ける九頭蛇の攻撃を回避し、辺りの木々の枝に飛び乗り、木々を蹴って飛び交うイェンリンだったが、今もまだ攻略の手段が見えない。
すると九つの首の一つが傍に生えていた木に嚙みついたかと思うと、木を引き抜いてブンッ!と振り回してからイェンリンに向かって投げつける―――
―――ここで木を道具のように飛ばしてきた九頭蛇の知能にイェンリンは驚きながらも、凄まじい速さで迫る木を飛び跳ねて回避する。
しかし―――
「―――アアッ!!」
―――その回避したところに別の首が、そこへ飛んできた木の向こうから現れて空中のイェンリンに襲い掛かる。
目の前に迫る大きな口を空けた大蛇が、バクンッ!と噛みつくその瞬間に何とか身を退いて回避したイェンリンは、その閉じられた口の上で鼻先を蹴り後方へ飛んだ―――
「―――クッ!」
―――そうして距離を取ったイェンリンは地面に着地する。
その瞬間―――
「キャアアアアア―――ッ!!!」
―――まるで大木のような影が真横からイェンリンに襲い掛かり、激しい衝撃と共に身体を森の中へと吹き飛ばされていく。
全身に走る激痛と衝撃―――
―――何本かの木々を圧し折り、木々の間を吹き飛んでいく。
『身体強化』をもってしても、その衝撃は身体に多大なダメージを負わせる―――
「―――カハッ!!」
―――ゴロゴロと森の地面を転がり、漸く止まったところでイェンリンの息はすべて肺から吐き出され、痛いほどの収縮を感じる。
(こ、このままだと……死ぬ)
一瞬意識が飛びかけたイェンリンは、痛みの走る身体を何とか起こして歯を食い縛る―――
「ハァハァ……ハァハァ……」
何とか息を整えようとするイェンリンは、暗闇の広がる森の影の中を蠢く九頭蛇に意識を集中した。
だが、そこでイェンリンの思いも寄らない行動を九頭蛇が見せる。
「……どうして……追ってこない」
このまま追撃してくると思っていた九頭蛇に警戒していたイェンリンの『索敵』には、この場から離れていく反応が脳裏に浮かんでいた。
辺りは今も魔物がいつ飛び出してくるか分からない森だが、九頭蛇の気配がそうしているのか、他の魔物の気配もまったく感じられなかった。
「……見逃された?……それとも他に何か……」
九頭蛇の行動の意味などイェンリンに分かるはずもない。
しかし、今この危機から逃れたことだけは確かだった―――
―――九頭蛇の現れた位置から一旦退いたイェンリン。
昨夜過ごしたキャンプ地まで戻ってきたイェンリンは、
「あの九頭蛇を倒せなければ、その先にいる一眼鬼を倒すなんて無理よね……どうすれば……」
先ほど体験した命のやり取りを思い出し、既に九頭蛇を攻略する方法について思案していた。
(あの斬れなかった首が本体という可能性が一番高いわ……でも今の私の『真空刃』ではあの首を落とすことは出来ない……)
他の八本は今でも切断する実力を持っているイェンリンだが、あの本体と思しき九本目は実力が足りない。
「今の私に武器はない……いえ、この手から放つ『真空刃』という武器だけ……それなら―――」
見つめていた手をグッと握りしめたイェンリンは、
「―――今の刃を名剣、魔剣の域まで磨き上げるだけ!!」
全身に気迫を漲らせるのだった―――
―――そこからのイェンリンは森の奥へ進むことなく、
「ハァアアア―――ッ!!」
只管に周囲の木々を『真空刃』で何十、何百本と伐採していく。
更にその倒木を杭のように斬って形を整え、キャンプ地の周囲に突き刺すと堅い護りを築き魔物にも対処していった。
三重の杭の壁を築き、すぐには中心のイェンリンの元へは近づけない場所を築くと、今度は川辺に向かってそこに点在する大きな岩に視線を向ける―――
「―――『真空刃』!!」
―――大きさで二m程ある岩石に向かって『真空刃』を放つ。
繰り出された斬撃が岩石に激突すると―――
―――その表面に亀裂を走らせる。
しかしその岩石を完全に切断するところまではいかなかった―――
「……これが今の私の限界ってことね」
その岩に近づき、自らが刻みつけた傷痕を確かめたイェンリンは、
「此処の岩をすべて斬り裂けるまで、『真空刃』を研ぎ澄ますだけ!」
そこから無心となって『真空刃』を放ち続けるのだった―――
―――そのイェンリンの様子を観察する視線があった。
「……」
イェンリンは今も『索敵』を発動し続けているが、それでも木陰から向けられる視線の主であるヒルドの存在を察することは出来ない。
『紅神龍』紅蓮のために諜報活動を行う部隊のトップであるヒルドは、『索敵』に気取られない能力を身につけている。
無言のままイェンリンの鍛錬の様子を観察していたヒルドだったが、
「……ッ!」
次の瞬間にその木陰から姿を掻き消す。
そうして次に姿を現してから、紫電の如く神速の動きをもって屋敷に向かって駆ける。
屋敷に戻ったヒルドは―――
屋敷の中庭でティーカップを手にする紅蓮の前にその姿を現した。
「―――失礼致します。紅蓮様」
紅蓮に一礼したヒルドを流し目で見つめた紅蓮は、
「イェンリンの様子はどうでしたか?」
ヒルドに報告を促す。
「はい。森の奥で遭遇した九頭蛇と戦闘に入りましたが、やはり現状では討伐することは叶わず、今は後退した先で『真空刃』の研鑽に励んでおられます」
詳細を聞いた紅蓮は傍に控えるランドグリーズが淹れてくれた紅茶を一口含み、コクリと飲み干すと、
「―――貴女が『調教』したのでしょう?ランドグリーズ」
ランドグリーズに九頭蛇のことを問い質す。
「紅蓮様にはお見通しですわね♪ 確かに九頭蛇はわたくしがフレイアに指示されて『調教』した魔物でございます」
その問いに対してにこやかに答えるランドグリーズに、ヒルドは呆れた表情を向けるが、
「でも、今のイェンリンに九頭蛇は荷が重いのではなくて?」
紅蓮は冷静に続けて問い掛けた。
「わたくしもそう思ってフレイアにそう告げたのですが……九頭蛇の能力がイェンリン様を更なる高みへと導くのだとしか答えてくれませんでした」
「……そう。でもフレイアがそう言っているのだから、何か考えがあるのでしょう。引き続きお願いね?」
「―――畏まりました」
紅蓮の言葉にランドグリーズがスカートの裾を摘まみ、片足を後ろに退いて頭を下げるカーテシーを返していた―――
―――イェンリンが自らの鍛錬を定めた頃、
屋敷からそう遠くない森の中では、
「―――《風刃》!」
母である皇妃から譲られた魔術杖から風の刃を無数に生じさせて、森で遭遇した灰色熊へ放つシータの姿があった。
空中を駆け抜ける《風刃》は灰色熊の身体をすり抜けていき、その後にそこから手足や首が跳ね飛ばされた状態で崩れ落ちていく様子が広がる。
(随分と覚悟が定まったみたいだね……これまでとは魔術発動までの時間、精度、操作のどれを取っても雲泥の差だ)
紅蓮と会話出来たことがシータの中で何かを吹っ切る切掛けになったのだろうとゴンドゥルは推測しながら、シータの魔術の向上に師として喜びを感じた。
今日はヒルドがイェンリンの状況確認のために離れているので、此方にはゴンドゥルと共にゲイラホズ、レギンレイヴが同行している。
「……なかなか筋がいいようだな。魔術師としての基礎も身につけている」
シータの様子を見ていたゲイラホズは、彼女の魔術師としての資質を推し量る。
無愛想であるが面倒見が良いことはイェンリンの世話を焼いていたことからも読み取れるゲイラホズの言葉に、
「そうだねぇ♪ 魔物討伐にも慣れてきたようだし―――この辺で対人戦闘にも慣れておこうか」
突然ゴンドゥルがシータに言い放つ。
「えっ!?―――対人戦……ですか?」
突然そんなことを言い出したゴンドゥルに、シータがギョッとして見つめる。
「ああ、そうだよ。皇族である以上、暗殺者といった者に襲われることもあるかも知れない。そんな時のために慣れておくに越したことはない」
そう言ってゴンドゥルはゲイラホズに視線を向ける。
「……ハァ」
するとゲイラホズは仕方がないといった風に小さな溜め息を吐いてから、『収納』から一本の槍を取り出す。
鋼鉄の槍を静かに構えたゲイラホズを見て、シータの鼓動が今よりも更に早くなるのを感じていた―――
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