それぞれの試練へ
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―――『魔物憑きの森』に足を踏み入れたイェンリンとフレイアにゲイラホズ、レギンレイヴの一団はこれまでよりも更に森の奥へ向かって進んでいく。
「……昨日までの森よりも奥に入るのね?」
先を歩むフレイアにイェンリンは気がついたことを問い掛ける―――
「はい。本日からは特別な鍛錬に入ります」
「はい?―――特別な鍛錬……」
これまでとは違うやり方にすると言い出したフレイアに、イェンリンは何か妙に不穏なものを感じ取る。
そのイェンリンの不安をどう思っているのか、ゲイラホズもレギンレイヴも平然とした表情でその後に続く。
そうして鬱蒼とした森の奥に進んでいくと、その先に開けた場所が見えてくる。
草原の広がるその場に来て、フレイアは漸く振り返りイェンリンに向かい合った。
「それでは……これより特別な鍛錬を開始致します」
「は、はい!よろしく……お願いします……」
緊張で声が尻窄みになっていくイェンリンにゲイラホズが流し目を向けながら、
「なんだ?随分と元気がないな?」
声が小さくなったイェンリンに無神経な声を掛けた。
「えっ?元気がない!?どこか不調を来たしているのですか!!」
その言葉をそのまま受けて、過保護のレギンレイヴが過敏に反応を示す。
「―――そ、そうじゃないから!!」
流石にレギンレイヴの過剰な反応には、イェンリンも正気に戻って宥めるしかない。
「レギンレイヴの出番はまだです」
そんなレギンレイヴをフレイアの一言が一蹴した。
「さあ、イェンリン……まずは『業炎』を出してください」
「えっ?……はい」
フレイアに言われた通り『業炎』を『収納』スキルから取り出したイェンリンは、鞘を握ってそれをフレイアに差し出す―――
―――すると黙ってそれを受け取ったフレイアは、自分の『収納』へと『業炎』を仕舞った。
「これで準備は整いました」
「……はい?」
意味が分からず首を傾げたイェンリンを見つめるフレイアの空気が冷たく変わっていく。
「―――貴女には此処から先……武器を持たずに魔物を討伐して頂きます」
「武器無しって!?―――この『魔物憑きの森』を!?」
仰天したイェンリンだが、話を聴いていたゲイラホズは何故そのように驚くのかと逆にそのことを驚いていた。
「何をそんなに驚くことがある?別にこの程度の森の魔物など、武器無しでも特に問題ないだろう?」
(―――ゲイラホズのレベルで物事を見ないで!!)
細めた鋭い視線でゲイラホズを睨むイェンリンだが、
「安心してください。これからイェンリンには我等紅の戦乙女の技を伝授致します」
「―――紅の戦乙女の技!?それってどんな技!?」
突然フレイアの口から告げられた紅神龍の使徒である『紅の戦乙女』の技を伝授すると聞き、興味が膨らむイェンリンにフレイアが間合いを取る。
「……よく見ておいてください」
そう告げたフレイアは右手の指を真っ直ぐに広げて揃えると―――
「―――フンッ!」
―――その手刀を一気に振り抜いた。
「なぁ!!―――なに!?」
フレイアが手刀を振り抜くと同時に原野の土が横一直線に引き裂かれ、草むらに大きな斬撃の傷痕が刻まれていた―――
「こ……これは……」
「―――『真空刃』です」
「……『真空刃』……これが紅の戦乙女の技……」
―――『真空刃』
手刀を振り抜くと同時に真空の刃を空中に生じ、敵に向かって放つ技である。
本来は剣の刀身を使って放つ技だが、手刀であってもその斬撃を繰り出す技の原理は同じであり、対象を斬り裂くことが出来る。
「―――身につけて鍛錬をより積み重ねれば、指先の動きだけで対象に傷を負わせることも可能になる技です」
そう言ったフレイアが試しにとばかりに小指をピンと弾くと同時に、傍に生えていた木の幹に斜めの傷が走った。
「……凄い……こんなことが出来るなんて……」
「―――貴女も出来るようになるのです。そうしなければ、この『魔物憑きの森』で生き残ることは出来ません」
「こ、此処でその技を身につけろということ?」
「そうです。さっき見た通りにすれば出来ます」
「―――いや出来ないわよ!?見て出来るなら苦労しないわよ」
無茶苦茶なことを言ってきたフレイアへ流石に我慢出来ずイェンリンが言い返すと、
「試してみたのですか?何度試しました?出来ない根拠は?―――」
「い、いやそれは、まだ試してはいないけど……」
「―――ではやりなさい。此処で生き残りたければ、最低でもこの技を身につけるより他に生き残る術はありません」
「でもゲイラホズとレギンレイヴはつき合ってくれるのよね?」
「―――二人も引き上げさせます」
「引き上げる?……それってまさか……森に私だけ、残すつもり?」
「ええ、そうです。これから貴女にはこの森の奥に潜む大型魔物―――『一眼鬼』の群れを討伐してもらいます」
真紅の瞳を鋭く細めてフレイアがイェンリンに言い渡した。
「一眼鬼って……あの巨体に一つ目で角が生えた魔物のことよね!?」
「ええ―――その認識で合っています」
「それを素手で倒せって言っているの!?」
「はい―――そう言っています」
「……」
余りにも想定外のことを言い渡されて、イェンリンは空いた口が塞がらない。
(フレイアはこんな冗談を言わない……本気で言っているんだわ……)
「それに、素手ではありません。『真空刃』があります」
「―――それも身につけないと素手と同じじゃない!!」
「では身につけなさい。生きるために身につけて―――そして戦いなさい」
それだけ告げるとフレイアは踵を返して森の外へと向かっていく。
「……サイクロプスを倒したら、戻ってきなさい」
途中、それだけを言い残してゲイラホズも共にフレイアの後を追う。
そこで立ち止まったレギンレイヴが何度も振り返って心配の視線を送るが、
「―――レギンレイヴ」
先を行くフレイアが彼女を呼び戸惑いを掻き消すと、もう其処に残ったのはイェンリン唯一人だった―――
―――その一方で、
「さあ皇女殿下♪―――此処からは私の弟子だよ」
イェンリンが森の奥へ足を踏み入れた頃、同じ森の屋敷に近い位置ではゴンドゥルと向き合うシータの姿があった。
その傍にはヒルドも控えているが、そのやり方には口出ししないという約束をゴンドゥルと交わしているため、シータの安全だけを担う御目付といった立場だ。
「はい!―――よろしくお願い致します!」
昨日の落ち込み様が嘘のように元気な声を上げるシータを見て、ゴンドゥルはニコニコと笑顔を向ける。
「いいねぇ♪ 元気な子は大好きだよ♪ では、まず皇女殿下の実力を御見せ頂きましょうか」
「その前に……わたくしはゴンドゥル様を師と仰いでおります。どうか、わたくしのことはシータと呼び捨てくださいませ」
「ほう……なるほど。ではシータ、その実力を見せてもらうよ」
「―――はい!」
そう言って『収納』スキルから魔術杖を取り出したシータは―――
―――ヴァーミリオンを出た時の手足に装備された黄金の装飾が美しい白い手甲足甲。
腰には細剣を帯びており―――
―――肩当てと胸当て型の動きやすい鎧を装備している。
膝上の動きやすいスカートを纏い―――
―――紅い外套を上着として纏っている。
その手に持つ魔術杖は赤、青、金、白の四色の魔法石を備えられ、銀色のロッドに黄金の装飾が施された物だった―――
「―――その魔術杖は皇妃様の物だね?」
「ゴンドゥル様はこの魔術杖を御存知なのですか?」
手にしている魔術杖が皇妃ネメリアの物だと言い当てたゴンドゥルに、シータは驚きの顔を向けた。
「知っているとも♪ 何しろ、その魔術杖を贈ったのは―――私だからね」
「えっ!?―――ゴンドゥル様がこの杖を、御母様に?」
そのような話は知らされていなかったシータは驚きが続いていた。
「もう別にいいだろうから話すけど、ネメリアがこの『魔物憑きの森』へ来た時に、彼女に魔術を指導したのは私さ」
「ゴンドゥル様が、御母様の御師匠様だったのですか!?」
「―――その通り。そして無事に此処での試練を終えたネメリアにその魔術杖を贈ったのさ」
「そのような大切な物だったなんて……」
手にした魔術杖を見つめながら、シータは母親の顔を思い浮かべる。
「大切な物だからこそ、お前に贈ったのよ。その母の想いをお前は背負う覚悟をしなければならない」
先ほどまでの軽快な言い回しではない、重みのある声でゴンドゥルがシータに告げた。
「シータ……これからお前には酷なことを話すよ」
「……」
突然そんなことを言い出したゴンドゥルに身構えるシータだったが、それ以上にその空気を読み動いたのはヒルドだった―――
「―――ゴンドゥル、お前……何を話そうとしている?」
―――傍観していたヒルドが、いつの間にかゴンドゥルの背後に立って真紅の双剣を手にしていた。
「おいおい……そんなに焦ってどうしたんだい?ヒルド」
その動きに驚いたシータの前で、ゴンドゥルは動じることもなく告げる。
「私は只これからイェンリンの生い立ちについて話そうかと思っただけだよ?」
その返事を聞いたヒルドの手から双剣が輝くとゴンドゥルの首筋に当てられる。
「お前……やっと牢獄から出てきたかと思えば、またそのような愚行を……」
「―――随分と勇み足だね?『先駆者』……このことは紅蓮様にも御許しを頂いてのことだよ」
「なんだと!?……紅蓮様が……」
そう聞いてはヒルドもゴンドゥルから剣を退くしかない。
「首が残って良かったよ♪……さてと、次はシータだ。これから話すことは皇帝も皇妃も、勿論だけど皇太子だって知らない話だ」
そう告げながら黙って見つめることしかできないシータを見下ろす。
「―――お前がこれから私の指導を受けるに足る者であるか、そしてイェンリンの友を名乗るのに十分な存在なのか……それを見極めさせてもらう」
「わ、わたくしは……何をすれば……認めて頂けますの?」
ゆっくりと問い返したシータに、ゴンドゥルは不敵な笑みを浮かべる。
「頭の良い子は嫌いじゃないよ♪ 我等の主である『紅神龍の御子』……その御子の友と成り得る存在であるのか……それをこれから試すのさ」
「何を試しますの?」
「難しい話じゃない。お前の実力を見るのさ……我が御子に相応しい実力を持ち合わせていれば、認めてあげよう」
そう告げたゴンドゥルは森の奥を睨みつける―――
―――すると奥から何かが飛び出してくる気配がして、
「―――あれは?」
草の茂みから姿を現したのは―――
【GURURURU……】
―――獅子の胴体に人の顔がついた二頭の魔物だった。
「まさか……『人面獅子』!?」
―――『人面獅子』
獅子のような胴体と人のような顔をもつ怪物で、怖しい人喰いと伝えられる魔物である。
顔や耳が人間に似ており淡青色の眼を持ち、体は獅子で紅毛と三列に並ぶ鋭い牙を持ち、人間を食らうとされる。
蠍のような尾をもち毒針がついていて、それで相手を刺したり、相手に槍のように発射したり出来るという。
走るのが非常に速く、人間を好んで食べると大陸では有名な魔物だった。
【GURUAAAA―――ッ!!】
シータ達を見つけると、途端に牙を剥きだして唸り始める『人面獅子』。
「―――ヒィ!?」
その恐ろしい形相に、シータは思わず小さな悲鳴を上げる。
「お前の魔術であの魔物共を倒すのさ♪ その程度のこと出来なければ……お前に御子の友を名乗る資格はない」
狂暴な魔物と対峙しても尚、ゴンドゥルは冷静にシータへそう告げる。
言葉の重さと目の前の魔物への恐怖で、シータの身体は震えることしか出来なかった―――
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