ヴァンウルフ自治領区へ
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―――シータ皇女が紅龍城を訪れてから十日ほどの時間が過ぎた。
その間のイェンリンはこれまでと同様に紅の戦乙女から鍛錬を受ける毎日を送る……はずだった―――
「イェンリン……これから貴女には、人族の限界を超えて頂きます」
中庭で向き合うイェンリンにフレイアが突然言い放つ。
魔剣=業炎を授けられてからイェンリンには業炎の斬れ味に身体を慣らせるための試し斬りを繰り返してきたフレイアだが、次の段階へ進むためにイェンリンへ告げる。
「……人族を……超える?それって……」
「―――言葉の意味そのままです。これまでの鍛錬は人であっても到達することは出来る領域でした。しかし……此処からは『御子の領域』です」
淡々と述べるフレイアの言葉にイェンリンは途轍もない不安が胸に押し寄せてきた。
「これまで我等、紅の戦乙女から様々な武器や戦闘についての基礎は学んできたことだと思います」
そう告げたフレイアはイェンリンをジッと見つめて、
「―――ですので、これからは場所を変えて鍛錬を行います」
「えっ!?―――場所を変える?……それはどこに?」
益々不安が募るイェンリンにフレイアは―――
「それは―――ヴァンウルフ自治領区です」
―――ヴァーミリオン皇国から北方にある位置する国の名を告げた。
「……ヴァンウルフ自治領区ですって?」
そう呟いたイェンリンの脳裏にはこの城で教えられた北部ノルドの地図が浮かぶ―――
―――ヴァンウルフ自治領区
北部ノルドの北方の海に面した国家であり、多くの部族が纏まり一つの国家を成した歴史をもつ。
海に面した国家であるにも関わらず、海洋を利用した狩猟や航路は乏しい。
それは北部ノルドの北方では他の国家以上に魔物が異常発生するという自然の驚異が常に国民を脅かしている。
その魔物の発生が重なると暴走を引き起こし、南下して他国にまで至ることもある。
―――ヴァーミリオン皇国の隣国とはいえ、この首都レッドから向かうとしても相当な旅路となることはイェンリンにも分かる。
「―――でもどうしてヴァンウルフ自治領区まで行く必要があるの?」
当然の疑問が浮かんだイェンリンはフレイアに問い掛けた。
「ヴァンウルフ自治領区は大陸創造以来、魔物が異常に発生しやすい土地なのです」
「―――魔物が?どうして?」
「それは分かりません。森林が多く餌も豊富ではありますが、それだけでは納得出来ないほどの大量の魔物が湧き出てくるのです」
「……そうなのね」
イェンリンが考えても答えが出る訳ではないが、そのことが妙に引っ掛かる。
「それに魔物が異常に発生するのはヴァンウルフ自治領区だけではありません。その隣にあるヴィオレ公国も同じく魔物が大量発生する土地柄でもあります」
「そんなに魔物が多いなら、そこに住む人達は大変でしょうね……」
イェンリンがその土地の民のことを憂いていると、
「確かにヴァンウルフ自治領区の民は常に魔物を警戒して生きていますが、ヴィオレ公国の民はそうでもありません」
「えっ?そうなの?とっても強いとか?」
そう言って首を傾げるイェンリンに、フレイアはフッと笑みを浮かべながら、
「ヴィオレ公国には―――『浮遊岩』と呼ばれる空に浮かんだ土地があるのです。人々はその空に浮かぶ土地に根を張り、そこで生活を送ることで魔物の脅威から難を逃れているのです」
ヴィオレ公国について語った。
「空に浮かぶ土地!?―――凄い!そんなものがあるのね!!」
まるで物語の中に出てくるような話を聞いて、イェンリンの瞳が途端に輝き始める。
「空に浮かぶ浮遊岩の上で生活を営むのは、長い年月でヴィオレ公国の民が考え出した知恵です。人は生きるために、その地に応じた生き方を考えます。それはとても尊いものです」
フレイアの言葉はイェンリンの心に響いていく。
「生きるために……」
「そうです。それが人の素晴らしさ、強さでもあります」
その言葉に頷いたイェンリンは、
「それでヴァンウルフ自治領区に行って、魔物と戦うってこと?」
今回の最初の話に戻ってフレイアに問い掛ける。
「そうです。我々との訓練も大事ですが、それはあくまでも基礎、戦い方を知る学習期間に過ぎません。ここからは実際に実戦を積むことでイェンリンは更に強くなります」
「実戦……それって、魔物を殺すってことだよね?」
その問いにフレイアの紅い瞳が鋭く変わる。
「……そうです。その様に命を奪うことを躊躇うということは尊い御気持ちと言えるでしょう。ですが、一瞬でもその選択を誤った時……後悔しなければならない事態に陥ることもあります」
「……」
(後悔……私はゴルゴダ村で拭い切れない後悔をしている……それは魔物ではなく人の手で起こされたものだった……もしまた、あんな状況になったとしたら、Levelが上がった今の私は敵を斬れるの?)
ここにきてイェンリンは鍛錬によって強くなることの意味を―――
―――強さの先にある真価を見た気がした。
「―――ヴァンウルフ自治領区には、我等が確保している場所があります。明日そこへ向かって、そこからは向こうで新たな鍛錬を開始します」
フレイアはそう言って明日の出発の準備をイェンリンに促すのだった―――
―――部屋に戻るとそこには、
「あら♪ 鍛錬は終わったのかしら?」
皇女シータがイェンリンの自室でランドグリーズに紅茶を淹れてもらいながら問い掛けてくる姿があった。
「ハァ……」
その姿を見て思わず溜め息を漏らしてしまうイェンリン。
―――あれからシータは皇女の立場を利用して親交を深めると言い訳をしつつ、三日を空かずにイェンリンの元を訪ねてきていた。
始めは驚いていたイェンリンだったが、こうも部屋に押し掛けられてしまっては軽く溜め息を吐くくらいに親近感を抱いていた―――
「シータ……こう何度も紅龍城にやってきて、皇帝陛下や皇妃様は御心配されているんじゃない?」
「あら♪ イェンリンもそのようなことを気にするのですね♪ ご心配には及びませんわ。御父様も御母様もわたくしがこうして紅神龍の御子様と交流することを、とても喜んでくださっておいでです」
「何をどう考えて喜んでいるの?私と仲良くしても得なんてないでしょう?」
真面目な顔でそう告げたイェンリンにシータは、
「―――損得ではございませんわ♪ わたくしは貴女と御友達になりたくて、こうして遊びに来ているのですもの♪」
「うっ……おともだち……」
まだ知り合って十日余りのイェンリンにとって、一国の皇女のこのような発言にはいつまで経っても慣れないものだ。
しかし会話の言葉遣いや仕草など、そこは年相応に崩れていくことは自他共に認められるものだった。
そうして自分もシータの腰掛けるテーブルの席に着くと、ランドグリーズから紅茶を配膳してもらう。
その紅茶を一口含んでから―――
「あっ!そう言えば、明日からだけど私いないわよ?」
―――思い出したようにシータへ告げた。
「えっ?どういうことですの?」
「実は今日、フレイアから―――」
そこでイェンリンはフレイアから告げられたヴァンウルフ自治領区へ旅立つことをシータへ語っていく―――
―――それを聴いていたシータは、
「―――わたくしも参ります!」
突然イェンリンに同行する意志を口にした―――
「エエェ―――ッ!?」
その発言にはイェンリンだけではなく、傍で控えていたランドグリーズも驚きの表情で固まってしまう。
「いや、無理でしょ?皇女殿下が明日すぐに隣国へ出発しようなんて……」
流石に村育ちのイェンリンでもそのくらいのことは想像が出来た。
「フフン♪ それがそうでもございませんの♪」
しかし何故か得意気なシータがイェンリンの前に人差し指を立てて、次のような話を始める。
「我が皇国とヴァンウルフ自治領区には昔から魔物の対処について―――協定が結ばれているのです」
「協定?それって何?」
「国と国とが協力することを約定としたものです。ヴァンウルフ自治領区には定期的に発生する『魔物暴走』の対処について、国境を越えて皇国にまで襲ってくるそれ等は此方で対処する協定を結んでいるのです」
「魔物暴走……そう言えばフレイアもヴァンウルフ自治領区は魔物の発生が異常だって言っていたわね……」
イェンリンは先ほどフレイアから聞いた話を思い返す。
「でもそれと、シータがヴァンウルフ自治領区へ向かうのと、どう関係があるの?」
「ウフフッ♪ ですから代々のヴァーミリオン皇族はヴァンウルフ自治領区で魔物を相手に己を鍛える慣習があるのですわ♪ わたくしはまだ行ったことはございませんでしたが、いつかは行かなければならないと決まっておりましたの」
「そんな慣習があるの!?……皇族っていつも贅沢三昧で暮らしている訳じゃないのね……」
「―――そう思われていても仕方ございませんが、皇国の皇族は国母様の建国以来、この国を支えるために高潔な血と意志を受け継いでいくことを定められています」
国母という言葉が出てイェンリンは思わずランドグリーズへ顔を向ける―――
―――それは龍牙人として紅蓮に生み出された彼女達は、遥か太古の時代から生きてきて国母アルタニア=ヴァン・ヴァーミリオンにも会ったことがある貴重な存在なのだ。
「わたくしも宮廷魔術師に師事して魔術は得意なのです。ですから今回のイェンリンの鍛錬に、わたくしも同行させて頂いて皇族の義務を果たそうという訳ですわ」
「でも、だからと言って明日いきなり出発っていうのは無理じゃないの?」
急な計画により皇女の公務について問題がないのかとイェンリンは問い掛けた。
「確かに急な御話ではありますけど、事情を説明すればきっと御父様も御母様も御納得して頂けますわ!」
(その自信はどこから湧いてくるの……)
根拠の見えないシータの言葉に、イェンリンは呆れ顔で見つめることしか出来ない。
「こうしてはいられません!今から城に戻って、早速お話をしてきますわ♪ ではイェンリン、また明日♪」
笑顔でそう言い残したシータは、ビュン!と音が聞こえてきそうな勢いでイェンリンの部屋を飛び出していくのだった―――
―――翌朝
「―――おはようございます!お待たせ致しました♪」
紅龍城に姿を現したシータは微笑みを浮かべてイェンリンに挨拶をした。
その姿は普段のドレス姿ではなく―――
―――手足に装備された黄金の装飾が美しい白い手甲足甲。
腰には細剣を帯びて―――
―――肩当てと胸当て型の動きやすい鎧を装備している。
膝上の動きやすいスカートを纏い―――
―――紅い外套を上着として纏っていた。
「―――随分立派な装備ね?」
これまでのシータのドレス姿しか見たことがないイェンリンは、まるで上級冒険者のような装備を纏うその姿に驚いていた。
「これは皇族に伝わる伝統的な装備ですわ♪ わたくしの御母様も昔、これを纏って慣習の伝統を達成されたとか伺いましたわ」
「皇妃様も!?想像出来ないわね……」
朝から驚きの連続だったイェンリンだったが、そこへフレイアと共に紅蓮が姿を現した。
「二人とも、準備はいいかしら?」
そう問い掛ける紅蓮にイェンリンは―――
「ええ♪―――大丈夫よ!」
―――元気に返事を返して、
同じくシータは―――
「わたくしも問題ございません♪」
―――紅蓮に笑顔で答えた。
「いいでしょう。では、ヴァンウルフ自治領区へは私が送るわ―――」
そう告げた途端、紅蓮の身体は巨大な真紅の『龍気』を纏って、真の姿を現した。
【さあ、私の背中に乗りなさい】
真紅の巨大なドラゴンの姿に変わった紅蓮は、地面のイェンリンとシータを見下ろしながら、その声を響かせるのだった―――
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