謁見の準備を
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―――玉座の間から引っ張り出されたイェンリン。
その手を取って引っ張りながら前を進むのはランドグリーズだ―――
「ど、どこに向かっているの?」
「服飾のための特別なお部屋ですよ♪」
振り返ってにこやかに答えるランドグリーズに、イェンリンは益々意味が分からずにいる。
「服飾?それって、服を着替えるってこと?」
「それもありますが、やはり皇帝の御前に立つとなれば装飾品も選ばなければいけませんから♪」
笑顔を向けながらドンドン先に進んでいくランドグリーズに手を引かれてやってきた場所は、紅龍城の端に位置する部屋の入口だった。
「此処が……その特別な部屋なの?」
イェンリンの問いにランドグリーズがコクリと頷いて、部屋の扉を開く―――
「ええっ?!―――此処は!」
―――驚きの声を上げたイェンリンの目の前に広がっているのは、数え切れないほどの美しいドレスや金銀で飾られた身に纏うための装飾品の数々だった。
「こ、此処にあるのって……」
「ウフフッ♪ 此処に納められた物は、我々紅の戦乙女や紅蓮様が纏われる衣装を保管している部屋ですわ」
ランドグリーズの言葉に乗って部屋を見渡したイェンリン―――
―――色とりどりの煌びやかなドレス
ドレス以外の日常で着こなせるような服―――
―――黄金や銀で出来た指輪やネックレスにはキラキラと輝く宝石が鏤められていた。
それだけではなく革靴やブーツ、外套まで数え切れないほどの服飾品がその広間で服飾の吊るしに掛けられて、所狭しに並べられている光景に見惚れていく―――
「さあ♪―――では三日後に向けて選びますよ♪」
「えっ?選ぶって?……何を?」
「何って、勿論♪―――三日後の皇帝謁見にイェンリン様が着ていくドレスのことですよ♪」
「へっ?……ドレス?……いや、私は別にこの恰好で―――」
「―――いけません!!!」
「ウヒャアッ!?」
今までにないランドグリーズの大声に、思わず肩を竦めるイェンリン。
「いいですか!!―――皇帝の招致を受けた以上、紅蓮様の御子様として恥ずかしくないレディーの恰好で向かわれなければ、紅蓮様が嘲笑を向けられます!!」
「ヒャアッ!?……そ、そうなの?」
貴族と関わった経験などない村娘だったイェンリンの想像力では、皇帝や皇族の前に出ることに見栄えを良くするなどという考えに至ることなど出来ない。
「そ、それにしても……こんなヒラヒラしたドレスなんて……私には似合わないわよ……」
「そんなこと―――」
「―――そんなことはありません!!!」
「ッ!?―――レ、レギンレイヴ!?どうして此処に?」
そこでランドグリーズの声に被せて大声を上げたのは、レギンレイヴだった。
「ランドグリーズと貴女が、この部屋に入るのを偶々見ていたのです。イェンリンのドレスを選ぶと言う時に、どうして私に声を掛けてくれなかったのですか?」
「えっ、えっとぉ……貴女も忙しいかと思いまして……」
レギンレイヴの問いに何故か目を泳がせて、ゴニョゴニョと言葉を濁すランドグリーズのらしくない態度を見てイェンリンは首を傾げた。
「大丈夫です!今は何も用事はありません!ですから―――イェンリンに似合う服は私に御任せください♪」
眩しいくらいの笑みを浮かべて宣言したレギンレイヴに、ランドグリーズはもう何も言えなくなってしまう。
「こうなったら仕方ありませんね……イェンリン……諦めてください」
「―――何を!?」
突然終わりを告げられたイェンリンは事態がまったく飲み込めていなかったが、
「さあ♪―――行きますよ♪ イェンリン、百着くらいは着替えてもらいますけど、問題ありませんね?」
「へっ?……百着って?一体何を―――」
「―――問題ありませんね♪」
凄まじい『圧』を放ちながらの笑顔を浮かべるレギンレイヴに、イェンリンは顔を引き攣らせながら、
「あっ……はい……」
答えはその一択しかなかった―――
―――そこからは、
「次にこれも着てみてください―――」
「―――その次はこれです♪」
「う~ん……これは少し可愛いが過ぎますね……」
もう何着と着替えてきたイェンリンだったが、三十着を越えた辺りで数えるのを止めた……
―――最初は見たこともないような煌びやかなドレスを身に纏うだけで、イェンリンの心も舞い躍るような気分だったが、
「ハァ……」
そこから何十着と着替えていけば、如何に身体が鍛えられてステータスも上がっているイェンリンと言えども溜め息の一つも吐いてしまうほど疲弊していた……
「おやぁ……これはまた、派手に脱ぎ散らかしましたねぇ」
そこに姿を現した者を見て―――
「あっ……ラーズグリーズ……」
―――イェンリンは力ない声で、その名を呼んだ。
紅の戦乙女第十位
―――『計画を壊す者』ラーズグリーズ
長いストレートの黒髪―――
―――蒼い瞳をした白い肌の美女
その美女が黒地に赤いラインの入ったワンピースを纏い、妖艶な笑みを浮かべたラーズグリーズが広間をイェンリンに向かって歩み出す―――
「フム……レギンレイヴ? 貴女、イェンリンにしっかりと休憩を与えているのですか?」
イェンリンの疲れた顔を覗き込んで、レギンレイヴに問い掛ける。
「えっ?あっ!……す、すみません!イェンリン……夢中になっていて貴女が疲れていることに気がつかないなんて……」
「いいよ♪ 私のために一生懸命選んでくれていたのに、文句なんてないわ♪ それにしてもレギンレイヴは本当に衣装選びが好きなのね♪」
申し訳なさそうにしているレギンレイヴにイェンリンは笑みを浮かべてそう告げると、
「私は様々な衣装を見たり、作ってもらったりというのが好きなのです♪」
レギンレイヴが自分の趣向を話す。
「作ってもらう?」
そんな彼女の言葉にイェンリンは誰が?という疑問が浮かび問い掛ける。
するとそこでラーズグリーズが答える。
「ああ、イェンリンは知らなかったのですか?此処にある衣装や装飾品はすべて、この紅龍城で作られた物なのですよ」
「ええっ!?この城で?!それって、誰が作っているの?」
「―――それは勿論、この城にいる紅の戦乙女ですよ。金銀の装飾品はフロックの工房のドワーフ達の作です」
「紅の戦乙女がこのドレスや衣装を!?凄いわね……」
「我等のように序列入りしている者達以外にも、様々な才能を持った姉妹達がいます。その中には服飾を作ることに長けた者もいるのです」
「そうなんだ……見てみたいなぁ」
そう呟いたイェンリンの言葉に、レギンレイヴの瞳がキラン☆ と輝く。
「では見に行ってみますか?」
「えっ?いいの?邪魔にならないなら、見てみたい♪」
するとそこでラーズグリーズが、
「謁見の儀のドレスはもうよいのですか?」
此処に来た最初の理由を口にした。
「ああ、それならもう決めてありますから問題ありません」
平然と答えたレギンレイヴにイェンリンがギョッとして、
「いつの間に決めたの!?というか、どのドレスだったの?」
着替え過ぎてどのドレスに決まっていたのか、把握する間もなく事は終わっていたと聞いて驚くイェンリンにレギンレイヴは、
「それは―――当日までのお楽しみです♪」
ウインクをしてそれに応えるのだった―――
―――そこから城を出て、敷地内にある別の城郭へ向かうイェンリン。
ランドグリーズと共についてきたラーズグリーズと三人でその城郭に入ってみると、中からは熱くも寒くもない空気が漏れ出てきた。
開かれた扉の先に足を踏み入れると、そこには―――
「こ、これは!?―――」
―――驚きの声を上げたイェンリンの視線の先には、
胴体の両側に独特の斑点模様を持ち―――
―――巨大な葉を敷き詰められた敷居の中でモゾモゾと動いて、
時折頭を見上げる様に上に向けている―――
―――凡そ体長一mはある巨大な蚕の群れだった。
その城郭の中には広大な面積があり、数多くの飼育柵を左右に設けられた城内を歩むイェンリン達。
「これって……魔物なの?」
恐る恐るラーズグリーズに問い掛けるイェンリンはそう告げながら柵の中で、モキュモキュ♪ と強大な葉を食べる蚕を見つめていた。
「この蚕の魔物は―――大魔蚕と言います。この子達が生み出す糸を紡いで絹を作るのですよ」
「この虫が出す糸で絹を!?―――凄い!」
一度は最底辺の身分にまで堕ちたイェンリンであっても、絹という生地がどれだけ高級な品物であるかは知っていた。
「―――では、これからこの養蚕場の中とシルクの抽出をどの様に行っているのか御案内致しましょう」
ラーズグリーズが振り返りながらイェンリンへ告げる。
そして養蚕場から更に奥へと向かっていくと、大魔蚕と呼ばれる体長一mはある巨大な蚕がモシャモシャ♪ と身体に見合った巨大な葉を貪っていた。
「この様に巨大な桑の葉を餌にして脱皮をさせます。何度も脱皮をしますと―――」
イェンリンの視線の先には真っ白で楕円形をした大きな物体―――沢山の繭が転がっているのが見えた。
「これはあの子達の寝床です」
「寝床!?と言うことは……あの中で眠っているの?」
「はい。そしてこの繭を―――」
ラーズグリーズが視線を向けると既にその大きな繭を、そこで働いている紅の戦乙女達が持ち上げて扉の向こうへと運んでいた。
「―――では、彼方に向かいましょうか」
ラーズグリーズに続いていき、繭が運ばれた次の扉が開かれると、
「なっ!?―――あれは!!!」
―――あり得ないくらい巨大な鍋が設置されて、グツグツと茹っている。
そして先ほどの巨大な繭を抱えた紅の戦乙女達が、その中へと繭を落としていく―――
「―――表面にあるのは最初に吐き出した硬い糸があります。それを取り除いたら一本の糸が出てきます。それを糸巻機で巻き取ります。普通の蚕からでは千五百mも取れたら良い方ですが、大魔蚕の場合は、その百倍ほどの長さが取れるのです」
「そ、そうなんだ……でも、あの蚕達はそれで命を……」
大鍋で煮られて命を落とした蚕達のことを思うと、イェンリンの心は複雑だった……
次の部屋に入るとそこはカタカタカタカタッと軽快なリズムと共に大きな糸巻機が回転している作業が目に入った。
「こうして絹の糸が出来上がっていきます」
説明していくラーズグリーズについていくと―――
糸を巻き取り終えた繭の中から元気に胸を張る大魔蚕がまるで挨拶する様に鳴き声を上げた。
【GYU~ッ!】
「あっ♪ よかったぁ♪ 生きていたんだぁ!」
その平気そうな姿を見て、イェンリンは思わず微笑んでしまう。
「大魔蚕はあの程度のお湯では死にませんよ?お風呂に入った程度の感覚でしょう」
「そうなんだ♪ でも、こんな風に絹が出来るのね……」
ちょっとした工場の見学に来たような新鮮な気分になるイェンリンの笑みを見て、ラーズグリーズも含み笑いを浮かべる。
「フフッ……御子の学びとなったのであれば、良かったです」
「とっても勉強になったわ♪ ありがとう、ラーズグリーズ♪」
―――そうして、
絹糸が作られ、そこから服飾専門の紅の戦乙女達の仕事風景を見学してイェンリンの見学は終わりを迎えた。
「でも……三日後が不安だわ……」
養蚕場の見学を終えて、イェンリンは再び三日後の謁見のことを考えると不安に襲われていた。
「考えても三日後は必ず訪れます。今はそれまでに何が出来るのかを考える方が優先でしょう」
落ち込んだイェンリンにラーズグリーズが冷静な口調で考え方を説いた。
「そうよね……うん!兎に角、今は強くなることだけに集中するわ!」
余計なことを考えるのは止めて、イェンリンはそれまでの間に出来る鍛錬に励むことを決めたのだった―――
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