紅龍城に近づく影
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―――屋台街の騒動から『ヴァーミリオン皇国軍』では、
首都警備隊の第十三部隊長レグルス=ルターンがすぐに上官へイェンリンについての報告を上げていた―――
「なに!?―――紅神龍様が、御子を迎えられただと!!」
驚きの声を上げたのは、ヴァーミリオン皇国軍の将軍の一人だった。
「―――はい。同行されておられた紅の戦乙女の御二方から御子と呼ばれ、傅く姿も民衆の前に見せられました」
「ウムゥ……あの伝説の紅の戦乙女が……人に傅くとは……」
銀髪で蒼い瞳をした皇国軍将軍の名は―――
―――ジャックス=ダーストンという。
イェンリン達に誠実な対応をしたレグルスの直属の上官であり、彼の誠実さはこのジャックスから学んだものだ。
「私も目の前にあの真紅の鎧を纏う戦乙女が現れた時は、驚きを通り越して叫びたいほどでした。泣きそうになるのを我慢するのに精一杯でしたよ……」
両手を左右に広げて溜め息混じりに報告するレグルスにジャックスは思わず吹き出す。
「フフッ!……貴公の部下達も上官の泣顔を見ずに済んだのであれば、気まずい思いをせず良かっただろう」
「将軍……」
皮肉で返されたことにレグルスは何とも言えない表情を浮かべていると、
「それよりも……紅神龍様の御子は、どの様な人物だったのだ?」
ジャックスは素に戻った表情でレグルスに問い掛けた。
「そう……ですな……見た目は若い娘で、金色の髪には真紅の髪が混ざっていて顔立ちも整った美しい御子でした。見ず知らずの幼い娘達が売り飛ばされそうになっているところを黙って見過ごせない性分……そんな風に見えました」
「なるほど……それなりの人徳者ではあるみたいだな。まあ、でなければ紅神龍様が御子になど選ぶこともないか」
「そうですね。それで……紅の戦乙女より言伝された件と、あの誘拐を企てた警備隊の者達の処分ですが……」
その言葉に執務机の椅子に腰掛けたまま、肘を机について顔の前に組みながら眼を細めるジャックスは、
「……件の警備隊は当然だが軍規に則り処刑する。そうしておかねば紅の戦乙女も世間も納得するまい」
メニーナとアーニャを襲った警備兵に極刑を言い渡す。
「―――承知致しました。そのように致します」
レグルスは異論を唱える訳でもなく処断を受け入れた。
「問題は……紅の戦乙女第五位……ゴンドゥル殿の言われた方だ」
そこでジャックスの眼が更に鋭く変わる。
「紅神龍様が人の政に関与しないことは建国の祖である国母アルタニア様の頃より伝え知らされてきたこと……ゴンドゥル殿の言う通りであれば、今回のことは御子が義憤に駆られて飛び出したという言葉通りだと見ていいだろう」
「―――私の目にもその様に映りました」
レグルスの相槌にジャックスも頷いて返す。
「そうなれば、御子を人の政に関わらせる気はないのだろう。だとしても、お前の前で名乗ったということはゴンドゥル殿もこのことが皇帝陛下の御耳に入ることを見越しているはず……」
「態々そのように伝えたということは、それもお見通しということでしょう……」
レグルスがゴンドゥルの言葉から察したことは、まさにこの点である。
だからこそ、あの時レグルスは上官に報告すると答えたのだ。
「―――確かにお前だけでは判断出来ぬ内容だな。だが、これは私の胸の内に仕舞っておくには大きすぎる問題だし、既に街中で名乗った以上は広まるのは時間の問題だ」
「ですな……あの場では多くの民が目撃しておりました。陛下や皇族の方々の御耳に入るのも時間の問題かと」
「―――だったら!こっちもサッサと動くに限る」
そう言い放ったジャックスは椅子から立ち上がると、将軍の執務室から廊下に出ていく。
その後ろ姿を見送りながらレグルスは、
(……将軍も問題を皇帝陛下に投げようとなさっておりますが)
ジャックスの考えを察して、独り溜め息を吐くのだった―――
―――それから数日後、
紅龍城では今日もイェンリンが朝から紅の戦乙女を相手に鍛錬を行っていた。
「ハァアアア―――ッ!!!」
手にしたロングソードを振り翳して、その一閃を放つ相手は―――
「―――フンッ!」
―――巨大な戦鎚を手にしたフロックである。
紅の戦乙女第七位にして『武器を轟かせる者』の二つ名を持ち、『紅神龍の鍛冶師』と呼ばれる彼女だが、
「オオ~♪ なかなか良い腕になってきたねぇ♪」
Levelが上がり高速の剣技を繰り出すまでに成長したイェンリンの剣技を、巨大なハンマーヘッドを持つ戦鎚をグルグルと高速で回転させながら受け流していくフロック。
「フロックこそ!全力で斬り掛かっても、全然剣が通る気がしないわ!!」
戦鎚のヘッド部分や柄の部分まで隈なく利用して、イェンリンの剣を受けながら合間を見て攻撃に転じるフロックの動きが徐々に鋭さを増していく。
何よりも―――
「クッ!―――お、重い!!」
―――その一撃一撃が腕の骨に響く程の衝撃が放たれ、軽々と振り回していることが不思議に見えるその戦鎚の重さにイェンリンの顔が歪む。
「この世界にはこんな武器を使う相手だっているんだよ!さあ、どうするんだい!!」
ブンッ!ブンッ!と風を切って襲いくる戦鎚に対して―――
「―――クオォのぉおおお!!!」
―――歯を食い縛りイェンリンは一度バックステップを挟むと、
「オオオオオ―――ッ!!!」
その全身に―――
―――『身体強化』
―――『身体加速』
―――『思考加速』
それらを同時に展開して発動すると、時間がゆっくりと流れるようになった世界で誰よりも速く突進する―――
―――強化された肉体を加速に乗せて、目の前に迫るフロックへ向けて全身全霊の一撃で斬りつける。
「悪くないよ♪―――でも、まだまだだねぇ!」
『思考加速』の世界でニヤリと笑みを浮かべたフロックは―――
「オオリャアア―――ッ!!!」
―――『思考加速』の世界に身を置いたイェンリンの眼をもってしても、
「グクァアアアア―――ッ!!!」
フロックの戦鎚の速度を捉えることが出来ず、辛うじて身体の前に身構えた剣でその攻撃を受けるのがやっとだ―――
―――勢いのまま中庭の土の上を吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がされたイェンリンは漸く止まると、その手の剣が中程からボッキリと折れてしまっていた。
「またやり過ぎですよ!―――大丈夫ですか!?イェンリン!!」
倒れ込んだイェンリンの元へ駆けつけるレギンレイヴは、膝をつくとすぐに『回復』の加護を発動させる。
見た目には打撲だけのように見えるイェンリンだったが―――
「ガハッ!ゴホッ―――」
―――口からは吐血が零れ落ち、その体内ではフロックの放った一撃によって内臓が傷つき、肋骨から鎖骨、上腕骨といった骨にまで骨折を受けるほどのものだった。
「ハアハア……あぁ……剣……折れちゃった……」
引いていく痛みの後に、自らの手に残った剣の柄を持ち上げたイェンリンは、これまで大事に扱ってきた剣の最期に切なさを感じていた。
「―――そいつはうちの工房のドワーフ達の数打ちの剣だったからねぇ……逆にここまでよくもった方だと思うよ」
「そうなのかな?でも……フロックの工房のドワーフには悪いことをしたわね」
そう言って立ち上がるイェンリン。
―――フロックの工房
四大神龍にはそれぞれ専属鍛冶師となる眷属が存在していた。
フロックは紅神龍の鍛冶師であり、各神龍の鍛冶師は己の工房に優秀なドワーフを抱えている。
その工房の生み出す武具や道具は、この世界では超一級の品で市場に出された際には高値で売買されるほどである。
「―――そろそろイェンリンの武器も、ちゃんとした物を持たせないといけないね」
「えっ?―――武器?」
フロックのその言葉に首を傾げたイェンリン。
しかしその時、中庭にやってくる人影が見えた。
「御鍛練中に失礼致します」
「―――ランドグリーズ?どうしたの?」
長いピンクの巻き髪を靡かせながら現れたのは、紅の戦乙女第九位―――
―――『盾を壊す者』ランドグリーズだった。
「イェンリン様―――紅蓮様がお呼びでございます」
「紅蓮が?……私、何かしたかな?」
見に憶えのないイェンリンだったが、紅蓮に呼ばれるということが何故か母親に叱られる前のように身構えてしまう。
「叱られるようなことをしていなければ大丈夫ですよ♪ それに本日は……別件です」
「別件?……何だかよく分からないけれど、紅蓮が呼んでいるのなら行ってくるね♪」
立ち上がったイェンリンは、そう言い残して中庭から紅龍城の中へと向かっていった。
「ハアァ……いいのかい?」
そこに残ったフロックがランドグリーズへ問い掛ける。
「何のことでしょうか?」
澄ました顔でフロックに言い返したランドグリーズに、フロックは続けて問う。
「門の外に来ているヤツ等……皇帝の近衛軍だろう?」
「どうやらそのようです。紅蓮様がイェンリンを呼んだのも恐らくは御子との謁見を願う皇帝の意向を報せにきたものかと……」
ランドグリーズの言葉に、フロックは自らの『索敵』スキルを最大限に精度を上げて皇帝近衛軍を観察する―――
「―――これは……早いところイェンリンに、あれを渡しておいた方がいいかも知れないねぇ」
―――鋭い眼つきに変わったフロックが、髪を揺らしながら城の敷地内にある自らの工房へと向かっていった。
「あらあら♪ フロックも随分と過保護になりましたねぇ」
右手を頬に当てながら、少し呆れたような声を上げたランドグリーズだったが、
「いや、貴女も大概な過保護でしょう……」
その場に残っていたレギンレイヴがツッコミを入れた。
「私はこの城のことを任されている身ですから♪ その中にはイェンリン様の御世話も入っておりますもの♪」
紅龍城の侍従長ランドグリーズにとっては、それが当たり前のことだった。
「さてと……いつまでも門前で皇国の近衛軍をお待たせする訳にもいきません」
「では入城させるの?」
そう問い掛けたレギンレイヴに、ビクッと肩を揺らしたランドグリーズは―――
「……紅蓮様の崇高なこの城に、アルタニア様の時代の皇国軍であれば兎も角……あの頃とは違う腐敗臭のする皇国軍をこの城に?……あり得ませんね」
輝きを失った青い瞳を向けるランドグリーズの顔は、狂気の色を浮かばせて醜悪に歪む。
「そうでしたね……では、イェンリンの方に急いでもらうとしましょうか」
(そうしないとランドグリーズの我慢が限界を迎えて、城門の前にいる兵士達を全員磨り潰してしまうかも知れません……)
そんな理不尽なことを思い浮かべながら、レギンレイヴもランドグリーズと共に城内へ向かっていくのだった―――
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