御子のために
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―――堂々とその場で、
「私は!―――『紅神龍の御子』になった炎零=ロッソよ!!!」
名乗りを上げたイェンリンに対して同行していた二人は対照的な顔を見せる―――
「ああ……」
その光景に顔を両手で覆い溜め息を漏らすブリュンヒルデの切ない溜め息の声が漏れる。
「―――よし!」
これで益々面白いことになるといった笑顔を浮かべるゴンドゥル。
「ッ!?―――なに!!紅神龍様の御子だと!?」
しかし此処ではレグルスがイェンリンの名乗りに誰よりも驚愕の表情を浮かべていた。
「ええ、そうよ。何か文句があるの?」
そんな驚きに飲み込まれたレグルスに不遜な態度で臨むイェンリンの姿を目にして、街の者達もヒソヒソと話し始める……
「……紅神龍様の御子だって?」
「……確か紅神龍様には、今御子はおられなかったはずだが」
「嘘じゃないの?紅神龍様の御子を騙っているんじゃ?」
街の者達の様々な憶測の声がイェンリンとレグルス達を囲んでいくうちに、驚いてしまっていたレグルスがハッと正気に戻り、
「おい!―――恐れ多くも紅神龍様の御子を名乗るなど!」
声を張り詰めてイェンリンに言い放つ。
「嘘なんて言っていないわ。だって―――そこに紅の戦乙女達だっているもの」
そう告げて指を伸ばすと、そこに立っているブリュンヒルデとゴンドゥルを指差す。
「―――ちょっ!?」
「おやおや?……これはとんだ巻き込まれ方だねぇ……」
その指先で示された二人の美女を見て、周囲の者達が一歩後ろに退くと余計にその存在感が目立っていた。
「馬鹿な……本当に紅の戦乙女なのか……」
そこでレグルスは思案する―――
(紅の戦乙女と言えば紅神龍様の眷属で、その強さは人成らざる者達だと聞く……しかし紅神龍様が紅龍城から出て来られなくなって、紅の戦乙女も城外に出てくることはないと聞いていたが……)
―――決め手となるものがないレグルスは、目の前の三人が言っている通りの者達なのか判断がつかないでいた。
「おい……紅神龍様の御子なんて、本当にそんなことあるか?」
その傍で最初メニーナとアーニャに絡んできた警備兵達が仲間内でボソボソとイェンリンを疑う声を上げていた。
「こんな場所に紅神龍様の御子が来て堪るかよ!」
「だとすると……やっぱりアイツは偽物か?」
「―――だったら、小娘とあのガキ二人を始末しないとな……」
そうと決まれば悪い顔をした警備兵達がそっと剣を手にしながら―――
「ハッ!おい!勝手な真似を―――」
―――レグルスが気づき、止める間にもイェンリン、メニーナ、アーニャの周りから一斉に襲い掛かる。
「キャアアアッ!」
「―――おねぇちゃん!!」
襲い掛かる大柄な警備兵達の姿を目にして悲鳴を上げるメニーナと叫ぶアーニャを庇うイェンリン―――
―――だが、その狂気の剣が三人に届くことはなかった。
「……お前達……それでもアルタニアの建国した皇国の兵か!」
イェンリン達の前に立ち、その手に鋼鉄のロングソードを握ったブリュンヒルデが呟くと同時に四方から襲い掛かってきた兵士達が一斉に弾き飛ばされる―――
「凄い……」
―――Levelが上がり、多少の素早い動きにも『思考加速』を用いることで捉えることが出来るようになっていたイェンリンにも、今のブリュンヒルデの動きがまるで見えなかったのだ。
そのことに驚愕していたのはイェンリンだけではない―――
「……あの一瞬で、警備兵を吹き飛ばした……だと」
―――レグルスもまたブリュンヒルデの影すら見ることを許されず、気がつけば襲い掛かった警備兵が吹き飛ばされたことに驚きを隠すこともなく目を見開いていた。
「あ~あぁ……あれだけイェンリンに失望した態度を取っておいて、結局は自分も暴れるんだからさぁ♪」
静まり返った街中に、独りニヤけた顔でブリュンヒルデに言い放ったのはゴンドゥルだ。
「だ、黙れ!あのままではイェンリンは兎も角、あの二人が怪我をしていただろう!!/////」
ゴンドゥルの揶揄口調に顔を赤くして言い返すブリュンヒルデだったが、
「ありがとう♪ ブリュンヒルデのおかげで、二人も怪我をすることはなかったわ」
笑顔で礼を述べるイェンリンの言葉にその場でスッと瞼を閉じると―――
「……仕方がない」
―――次の瞬間、
身に纏っていた服が一瞬で紅の戦乙女の真紅の鎧と入れ替わり、神々しい清浄な空気を纏い全身から真紅の『龍気』を立ち昇らせていった―――
「……」
そして無言のままイェンリンの前に進み出る。
「……ブリュンヒルデ?」
何をする心算なのか分からないイェンリンが首を傾げていると―――
「―――我が御子」
―――仰々しい態度でイェンリンに向かって片膝をつき、深々と頭を下げた。
それはまるで一枚の絵画のように、美しい戦乙女が最大の敬意を示した光景だった―――
―――真紅の神々しい戦乙女の鎧を全身に纏ったブリュンヒルデが頭を下げる姿は、レッドの民にイェンリンが『紅神龍の御子』であることを理解させるには十分な行為だった。
「……本物の……紅の戦乙女だ……」
「お、俺達の屋台に……紅の戦乙女が……」
先ほどまで買い食いをしていた娘が『紅神龍の御子』と『紅の戦乙女』だと知った屋台の店主達も困惑と畏敬が混ざり合い、言葉が繋げない。
そこで黙っていたゴンドゥルがレグルスの前に立つ―――
「―――私は紅の戦乙女第五位のゴンドゥルだ」
「ッ?!―――第五位……紅の戦乙女の……序列持ちの御方だと言われるのか?」
―――その名乗りに慄くレグルスだが、巷の民でも紅の戦乙女の中に序列があることは遥か昔から知られていることで、特にその上位十二位までの存在は『紅神龍』紅蓮の側近中の側近だということも有名な話だった。
「分かったのなら貴殿も名乗られよ」
「ハッ!―――『ヴァーミリオン皇国軍』首都警備隊の第十三部隊長レグルス=ルターンと申します」
先ほどまでのニヤけた態度とは違い、真剣な面持ちでレグルスに向き合ったゴンドゥルの全身からも仄かに真紅の『龍気』が迸る様子を見てレグルスがその場に片膝をついて名乗りを上げる。
するとそれと同時にレグルスの第十三部隊の警備兵達も一斉に膝をついて平伏した。
「そう畏まることはない。レグルス殿……あの者達が彼方の娘二人を貴族の誰かに売り払おうとしていたことは―――我等も聞いていた事実だ」
「ッ!―――なんと、それは……」
ゴンドゥルの言葉に倒れ込んだ仲間を引き摺って逃げようとする警備兵達を睨みつけるレグルス。
「―――奴等を捕えよ!!街を守護する警備兵としてあってはならぬ所業!一人も逃がすな!!!」
レグルスの号令を聞き、一斉に立ち上がった第十三部隊の警備兵が逃げようとしていた誘拐魔の警備兵達を取り囲み拘束していく。
「街を守護する警備兵の立場にありながら、民を攫い売り払うなどといった行為……必ず厳罰に処します」
一人残らず拘束されたことを確かめてレグルスはゴンドゥルに告げた。
「貴殿も御存知かと思うが、紅神龍様は北部ノルドを縄張りとされていても、人の政に関わることはない。今回は我が御子が攫われそうになっていた少女達を救ったことで表に出ただけのこと……そのことも努々お忘れなきよう、お願いしておく」
「承知致しました……そのことも含めて、私の上官にも報告させて頂きましょう」
「よろしく頼むわね♪」
レグルスの機転でゴンドゥルの真意を察してくれたことに感謝を込めて笑顔で頷いた。
(これで、この場でのことは大事にはならずに済んだけど……)
そう考えながらゴンドゥルは遥か遠くに見える『セキト城』を見つめる……
手前にある建物の屋根の上に見える、白壁の高い塔が聳え立つ巨大な城には当代のヴァーミリオン皇帝と皇族がいる。
(これでイェンリンの存在が皇族達と、誰よりも皇帝に知られてしまうことになった……紅蓮様はどうなさるのか……)
この先に待つ皇帝からの接触に、ゴンドゥルは一抹の不安を覚えるのだった―――
―――こうして騒動は幕を下ろした。
「……お前……私がイェンリン達を護るために前に出ると分かっていたんだな?」
恐ろしい形相をしたブリュンヒルデが、平然とした顔のゴンドゥルに迫ると、
「ブリュンヒルデなら、あの場面で幼子を見捨てるような真似はしないだろう♪ だから私は私に出来ることを立ち回っただけさ♪」
驚異的な力を示したブリュンヒルデ―――
―――それを見て警備隊を宥める役に回ったゴンドゥル。
この二人の歪だが確かな連携で屋台街は平穏を取り戻した。
そして―――
「あ、あの!御子様!!―――ありがとうございました!!!」
―――腰に抱き着いたアーニャを庇いながら、メニーナはイェンリンに深々と頭を下げて礼を述べる。
「いいのよ♪ 自分より弱い相手にしか力を示せないようなヤツ等なんて、もう今の私は許さないから」
その言葉の深い意味までは分からないメニーナだったが、イェンリンには言葉に出来ない自分達と同じ様な空気を感じ取っていた。
「―――この実、まだ食べられるわね。全部買うわ♪」
「えっ!?―――御子様が全部!?」
拾い集めていた散らばった果物の実を見たイェンリンの言葉に驚いたメニーナだったが、
「―――お姉ちゃん!この実はね!私と、お姉ちゃんと、お父さんとお母さんと一緒に育てたんだよ♪」
アーニャがニコニコと自慢げにイェンリンに語り切ると、最後にムフーと満足げな鼻息を吐いた。
その様子にイェンリンは、その瞳に幼い頃のエリシラの姿を重ねて見てしまう。
(……エリシラ)
その思いはゴルゴダ村で一時でも過ごしたことがあるゴンドゥルとブリュンヒルデには伝わってきていた。
するとイェンリンはそっと手を伸ばしてアーニャの頭を撫でる。
「そうなんだ♪ だったら―――きっと、この実は美味しいわね!」
「―――うん!」
アーニャの返事を聞いて、微笑みを浮かべるイェンリンは、こうして二人の売っていた果物をすべて買って紅龍城へと戻るのだった―――
―――しかし、
これから後に、イェンリンが思いもしなかった展開が待ち受けていることに今の彼女が気づくことはなかった―――
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