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『黒神龍の御子外伝』紅神龍の御子になった少女の帝王学 ~剣聖イェンリン様のお気に召すまま~  作者: KAZ
第2章 真紅の誕生編

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騒動の渦中で

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―――髭の警備兵が気づいた時には頬に見知らぬ娘の拳がメリ込み、そのまま全身が一瞬で上下反転して頭部がズドォン!と地面に激突した。


「ッ!?―――き、貴様ぁ!!警備兵に手を出したなぁ!!!」


地面に激突してピクピクと痙攣する髭の警備兵を見て、他の警備兵が槍や剣を構えて飛び出してきた者を取り囲む―――


「あいつ……やってしまった……」


―――ブリュンヒルデは右手を顔に当ててそう呟く。


屋台街の一角で起こった姉妹を傷つける所業の警備兵に向けて、イェンリンの怒りの炎が激しく燃え上がる。


「小娘ぇ!!―――俺達はヴァーミリオン皇国軍だぞ!その俺達に手を出すということが、どういう意味か分かっているんだろうなぁ!!!」


屋台街の大きな通りで地面に転がる警備兵を前に佇むイェンリンを、他の警備兵達が包囲して剣や槍を突き出す。


その数は二十名ほどの警備隊で、誰もが警備隊用の揃えられた鎧を纏い、体格も屈強な者が目立っている。


そんな男達に囲まれて、以前までのイェンリンなら震えて動くことも出来なかっただろう……


「……」


「おいっ!!―――何とか言ったらどうなんだ!!!」


しかし少し無視されただけで怒鳴りつける警備兵達を見ていても、イェンリンの心で怒りの炎はそのままに、しかし冷静に男達を見つめる。


「コイツ……舐めやがってぇ!!」


我慢が切れた警備兵の一人が剣を振り被ってイェンリンに飛び掛かる―――


―――しかしその光景をジッと見つめながら、


イェンリンは取得した『思考加速』スキルを発動する―――


―――その瞬間、


(まるで時が止まったみたいに……でもゆっくりと流れていく……)


加速した思考の中でイェンリンの視る世界は、時の流れが遅延したような光景が広がっている。


―――襲い掛かってきた警備兵の剣もゆっくりと振り被られ、それが折り返し振り下ろされてくるまでに欠伸が出そうになったイェンリン。


そして迫ってきた剣を―――


「―――なっ!?なにいいぃ!!!」


―――顔の前ギリギリでその右手に掴み、両手で握った剣がビクともしない警備兵はまるで壁に剣が埋まったかのような錯覚を覚える。


その様子を見た他の警備兵達も、右腕一本で迫りくる剣を摘まんで止めるイェンリンの異様な力に慄いていた―――


「……す、すごぃ……」


「―――メニーナお姉ちゃん!!」


髭の警備兵に髪を掴まれていたメニーナの元へ幼いアーニャが泣きながら抱きつく。


「アーニャ……」


怖い思いをした妹を慰めるように頭を撫でるメニーナだったが、先ほど自分自身も恐ろしい目に遭い、今も安心出来る状況ではないことに身体が震えていた。


「こ、このぉ!!―――放せぇ!!!」


剣を掴まれた警備兵は、冷や汗が浮かんだ顔を歪ませながらイェンリンに向かって剣を押し込むように体重を掛けると―――


「―――フン」


―――その重さを利用してイェンリンは身体を捻り、そのまま剣を躱すと同時に警備兵の胴体へ膝蹴りを打ち込んだ。


「―――ゲボォ!?」


丸太にでも殴られたような重い一撃が内臓を駆け抜けて、膝を打ち込まれた警備兵はそのまま地面に倒れ込んでいく―――


―――二人も警備兵が小娘に倒されたことに、残りの警備兵達は困惑と怒りで混乱する。


「……こっちが手を抜いている間に消えた方がいいわ」


初めて口を開いたイェンリンの声とまるで刃のように鋭く尖った真紅の瞳に乗せられた『威圧』が、警備兵達の背中にゾクリと冷たいものを走らせる―――


―――それは今まさに警備兵に対するイェンリンの怒りによって能力に発現した新たなスキルだ。




―――『威圧』


『殺気』により恐慌状態へ堕とす。

Levelの低い対象では死に繋がる。




スキルの発動を感じてイェンリンが脳裏に自分の能力値を確かめると、その一覧の中に見たことがなかった『威圧』スキルが記録されているのが見えた―――


「うぅ……こ、こいつ……只者じゃねぇ……」


先ほどまで肩で風を切り、我が物顔で通りを歩いていた警備兵達が、今はガクガクと小鹿のように膝を震わせて地面に崩れ落ちていく様をイェンリンは氷のような冷たい視線で只見下ろしていた……


「いかん!……これ以上は―――」


これ以上の事を起こせばイェンリンが只では済まないと考えたブリュンヒルデが止めに入ろうとしたその時―――


「―――これは何事だ!!」


―――騒ぎに群がる人集りを掻き分けて、別の警備隊がそこに姿を現したのだ。


「チッ!―――面倒なことに!」


広大な都市であるヴァーミリオン皇国首都レッドには、幾つもの警備隊が常駐、巡回を行っている。


この騒ぎを聞きつけて、他の地区を巡回していた警備兵が応援に駆けつけてしまったのだ。


そのことにブリュンヒルデは思わず舌打ちしてしまうが、隣でゴンドゥルはニヤニヤとした笑みを浮かべながら、


(面白い展開になってきたねぇ♪ さて、この後にどうなるのか……)


イェンリンがどのような判断を下すのか、見物だと考えていた。


「これは一体……何をしている?」


そこには地面に顔を埋めんばかりに倒れ込んだ髭の警備兵と―――


―――腹部を腕で覆いながら倒れ込んだ警備兵の姿があり、駆けつけた警備隊の隊長らしき若者も困惑した表情を浮かべる。


「レグルス隊長!!!―――こ、この小娘が二人を!うちの隊の二人に手を出して!!」


そこで『威圧』によって恐慌状態だった警備兵の一人から、レグルスと呼ばれた警備隊長にイェンリンを指差しながら報告が上がる。


「何?……この二人を、その娘が?」


報告を受けたレグルスは無言のまま佇むイェンリンに視線を向けると、ジッと彼女を確かめるように見つめる。


―――艶のある長い金髪に紅い髪が混じり、その鋭い眼光は真紅の瞳から力強い何かが伝わるほどの存在感がある。


この一ヵ月で体格もガリガリだった頃から女性らしい体型になり、本来の美しさを取り戻したその姿は初見の者からすれば相当の美しさに映った―――


「お前達……警備の仕事をサボって、何を適当なことを言っている!!」


そこでレグルスが下した判断は普段から素行の悪い隊の者達が、適当な理由をつけて警備をサボっているのだという判断を下したのだった。


「ち、違います!!レグルス隊長!この女が本当にこの二人を―――」


「―――どうせ屋台街で些細なことで喧嘩でもしたのだろう?警備隊が街で騒ぎを起こすなど、厳罰ものだから誤魔化しているのだな?」


有無を言わせぬレグルスの勘違いに、傍で見ていたゴンドゥルは内心で腹を抱えて笑ってしまう―――


(―――あの隊長さん!いい具合に勘違いしてくれているねぇ♪ このままなら、お咎めなしでイェンリンも解放されるか)


―――この流れなら安心かとゴンドゥルが思っていた時、


「―――この街の警備兵は、街で女の子を捕えて貴族に売り払うの?」


「イェンリン!?」


まさかのイェンリンから再び場を炎上させる発言が、今度は後から現れたレグルスに向かって言い放たれたのだ。


「何だと?……どういうことだ?」


怪訝な表情を浮かべたレグルスはイェンリンと倒れ込んでいる警備兵を介抱する者達を交互に見渡す。


「そ、その娘が言っていることは嘘です!!レグルス隊長!俺達は本当に何もしちゃいやせんぜ!その娘が突然襲い掛かってきたんです!!!」


イェンリンがそのような発言をするとは考えてもいなかった警備兵の一人は慌てた様子でそう言い放つ。


「この街の皆も見ていたわ。それにこの子達が売られそうになって髪を掴まれていたのを私が助けたの」


「なに?……ということは、この倒れている警備兵に手を出したというのは……真実なのか?」


そこでレグルスの視線が厳しいものへと変わる―――


「ええ……本当のことよ」


―――そのイェンリンの返事を聞いて、レグルスが連れていた警備兵達が素早い動きで一斉にイェンリンを取り囲む。


(こっちの警備隊はよく訓練しているみたい……)


取り囲まれていても、イェンリンの気持ちは以前とは違い穏やかで静かだった。


その冷静な眼でレグルスの隊の動きを観察し、その動きも先ほどの迷惑警備隊とは打って変わり訓練を怠っていないことを感じ取る。


「警備隊に手を出したのであれば、見過ごすことは出来ない……」


静かに宣言するレグルスにイェンリンは、


「―――警備兵の誘拐は見過ごしているのに?」


まるで煽るような口調で言い返す。


「―――貴様ぁ!レグルス隊長に向かってぇ!!」


レグルスの隣にいた警備兵がイェンリンに向かって前に出ようとしたところで、レグルスがその兵の前に腕を伸ばして止める。


「よせ―――お前達では、そこに倒れた者達と同じ目に遭うぞ」


「えっ!?―――隊長?」


鋭いレグルスの視線は、この状況でも冷静なままでいるイェンリンの実力に勘づき部下を止めた。


「へぇ……あの隊長さん……イェンリンの実力を見抜いたか」


遠巻きに眺めていたゴンドゥルはレグルスの眼力に感心していた。


「感心している場合ではないぞ……どうする?このままではイェンリンを回収して逃げる訳にもいかないぞ?」


そんなゴンドゥルに小声で言い返すブリュンヒルデをチラリと見ると、


「いっそのことブリュンヒルデが鎧姿で名乗り出て、イェンリンを助け出せばいいんじゃない?そうすれば警備兵も退くだろうよ♪」


冗談口調でそう告げた。


「そのような真似が出来るか……紅龍城に皇国軍が押し寄せてくるような事態に陥り兼ねんのだぞ」


ブリュンヒルデの返事にゴンドゥルもその構図は脳裏に浮かんでいた。


「この事態を御子は一体どう切り抜ける心算かしらねぇ♪」


それでもゴンドゥルの笑みは、面白いことが起こりそうな予感に軽く歪んでいるのだった―――






―――その間もイェンリンと対峙するレグルスは、


「名を訊いていなかったな……名は何という?」


メニーナとアーニャを庇うように堂々と立ち塞がるイェンリンに名を問う。


「私は―――炎零イェンリン=ロッソ」


「この街では何をしている?」


事情聴取のように身分を一つずつ問い掛けるレグルスだが、そこでイェンリンはハッと思い出したようにブリュンヒルデとゴンドゥルへ視線を送った―――


「―――フン!フン!」


「―――ウン♪ ウン♪」


―――その先ではブリュンヒルデが口をへの字に曲げて首を横にブンブンッと振り、


その隣ではゴンドゥルがニコニコ♪ と笑みを浮かべながら軽快に頷いていた……


(えっ?……それってどっちなの?)


まったく対照的な二人の行動に困惑したイェンリンだったが、


「―――どうした?正直に答えろ」


やや威圧的になったレグルスの声が困惑するイェンリンに突き刺さる。


その言葉にグッと奥歯を一度噛みしめたイェンリンは―――


「私は!―――『紅神龍の御子』になった炎零イェンリン=ロッソよ!!!」


―――堂々とそのまま名乗りを上げた。


「ああ……」


その光景に顔を両手で覆い溜め息を漏らすブリュンヒルデ―――


「―――よし!」


―――これで益々面白くなるといった笑顔を浮かべるゴンドゥル。


「ッ!?―――なに!!紅神龍様の御子だと!?」


そして誰よりもレグルスがイェンリンの名乗りに驚愕の表情を浮かべるのだった―――



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