街の灯に誓いを
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―――地下牢獄から地上へと戻り、先ほどまでいた玉座の間とは別の広間に通されるイェンリン。
その開かれた扉の向こうにはイェンリンの思いも寄らない景色が広がっていた―――
「うわぁ……」
足を踏み入れたその広間には数多くのテーブルが並べられ、そのテーブルの上にははみ出しそうなほど載せられた豪華な料理が並んでいたのだ。
「す、凄い……私こんなに豪華な料理、見たことない……」
料理を前に素直な意見を述べるイェンリンを見て、紅蓮はクスッと笑みを零した。
「これは貴女を迎えたことに対する宴なのよ?だから、好きにお食べなさい」
「た、食べて、いいんですか?」
驚きと同時にそのような魅力的な言葉を掛けられて、イェンリンの常に空腹な腹が―――
―――ぐきゅるるるぅ~と先に返事をしていた。
「ご、ごめんなさい?!……その、最近は殆ど食べていなかったから……」
街で汚れ仕事等を貰って何とか食繋いできたイェンリンは、目の前の豪華な料理に現実味はなくとも漂ってくる香りに身体が反応してしまった。
「ウフフッ♪ 此処では貴女の食べ物を奪うような者もいないわ。安心して好きなだけお食べなさい」
イェンリンの肩を抱きながら紅蓮がそう告げると、
「ありがとう……紅蓮……私を、御子にしてくれて……/////」
「……いいのよ。さあ、皆とも話してあげてね」
少し間のあった紅蓮の返事だったが、イェンリンは気にすることなく料理に向かっていった―――
―――紅の戦乙女第六位スルーズの拵えた料理は、イェンリンにとってはどれも初めて食べるような物ばかりで、そのどれもが感動するほどの美味しさだった。
並べられたテーブルは立食形式の配置で椅子はなく、そのテーブルを次々と渡り歩いていくイェンリンの目に映ったのは―――
―――牛肉のステーキとバターソース添え
どう持ち込んだのか海の魚のソテーと貝のスープ―――
―――色とりどりの野菜を用いたサラダ
焼き上げて、テカテカと皮が飴色に光る鶏の丸焼き―――
―――手に取りやすく小振りのサイズで並べられたケーキ
大きな硝子の器に注がれた白ワインに果物を漬けた飲み物―――
―――それ以外にも前菜やスープが何種類もあり、肉料理も様々に手の込んだ料理とデザートもケーキから焼き菓子まで幅広く用意されていた。
「―――う~ん♪ 美味しいぃ~♡/////」
最初は遠慮気味だったイェンリンだったが、フォークが進むにつれて次第に次々と口にして喜びと感動の声を上げていく。
同席している紅の戦乙女達も、皿を手に料理を取り分けて上品に口に運んでは談笑していた。
そこへ広間の扉を開いて、その場に入室してくる人影があった―――
「……ゴンドゥル!」
―――その影の一人はブリュンヒルデ、そしてもう一人はゴンドゥルだった。
「良かった♪ 漸く牢から解放されたのね♪ ゴンドゥル」
ランドグリーズがゴンドゥルにワイングラスを渡しながら笑顔で喜びを伝える。
「心配を掛けたねぇ。ランドグリーズ……」
「貴女のことだから、いつか出てくると思っていたわよ♪」
侍従長のランドグリーズからお気軽な言葉を掛けられて、苦笑いするしかないゴンドゥルだったが、
「……この大馬鹿野郎め……紅蓮様の意向に反するなど一体何を考えている?」
そこに悪態を吐きながら近づいたのは鋭い視線でゴンドゥルを貫く美女―――
―――ゲイラホズだった。
「厳しいねぇ、ゲイラホズは……」
厳しい言葉にゴンドゥルは苦笑いで答えるに留まっていると、
「まあまあ♪ こうして『杖を振るう者』が戻ってきたんだから、喜んで迎えるのが筋ってもんだろう?」
そこへ現れたフロックが、ニカッと眩しい笑顔を浮かべて現れる。
「……フンッ」
フロックが現れたことでゲイラホズもそれ以上の叱責はやめて、その場から離れていった。
「助かったよ……フロック」
「なぁに、お安い御用さ♪ けど、次に同じようなことがあった時は……」
そう言って凄むフロックにゴンドゥルは顔を歪ませながら、
「もうしないから!今回のことで凝りました!!」
大声でそう宣言すると、睨んでいたフロックも再び笑みを浮かべる。
「信用してあげましょう♪ それで?御子様にはもう御目通りしたのかい?」
「えっ?ああ……まあ、一応ね……」
らしくはないゴンドゥルの返事にフロックは訝しんでいたが、
「まあ、アンタは魔術が得意なんだから、これから魔術について御子様に指導することもあるだろうし、余り厳しくするんじゃないよ!」
そんな台詞を残してフロックも他の者達に混ざりに向かった。
すると次にゴンドゥルの前に現れたのは―――
「……」
「……アルヴィト」
―――七年前にゴンドゥルを『全知』の能力で捕えたアルヴィトだった。
「ゴンドゥル……あの……」
アルヴィトが重い口を開いた時―――
「―――まったく!魔術師の私をあんな容易く抑えるなんて、アルヴィトのことを優しいお嬢様くらいに思って油断していた自分を恥じ入るばかりさ」
「そんなことは!あの時、私が貴女を……」
「でも―――おかげで七年も新たな魔術を生み出すことに集中出来たこと♪ あんなに集中出来たのもアルヴィトのおかげだねぇ」
「……私は……謝りませんよ?」
無表情でゴンドゥルにそう言い放ったアルヴィトを見つめて、微笑みながらゴンドズルが答える。
「ああ……お前はそれでいいんだよ。お前は間違っていなかったし、むしろ謝るのは私の方さ。アンタが私を捕えたことを悩んでいないはずがないものね」
「ッ……ゴンドゥル」
「何万年アンタと姉妹をやっていると思っているんだい?こう見えても私は龍牙人の姉妹達のこと信じているよ。だからアルヴィトのことだって恨んじゃいないさ」
その言葉を聞いてアルヴィトは唇をキュッと噛みしめてから、
「私も姉妹を信じています……だから、次にこんなことがあったら、本気で許しませんから」
ゴンドゥルにそれだけ告げて背中を向けて離れていく。
「アルヴィトは手厳しいねぇ……」
独りそう呟くゴンドゥル―――
―――その頃イェンリンは、
「ふわぁ~♪ これも、これも美味しい♡ こんな美味しい物食べたことない」
盛られている料理の山を渡り歩き、あれこれと味を確かめてはそのテーブルの前で感動の声を上げていた。
「―――お気に召して頂けて何よりよ♪」
背後からそう声を掛けてきたのは、城の厨房を預かっていると言っていたスルーズと、
「御口に合って良かったです♪」
ニコニコと笑みを浮かべたレギンレイヴの二人だ。
「ええ♪ 本当にどれも美味しいわ!私の村でこんな豪華で綺麗で、美味しい料理なんて見たことなかったもの♪」
微笑んでまた次の料理を口に放り込むイェンリンにレギンレイヴ達は半ば呆れ顔をしながら、それでも笑顔を浮かべる。
「イェンリン様の村ってどちらに?」
そう問い掛けたレギンレイヴに、それまで笑顔だったイェンリンは急に暗く表情を曇らせると、
「私の村は……ハリタス海洋自治領にあった村で……」
「ハリタス海洋自治領……ごめんなさい。きっと言いたくないことを訊いてしまったのですね……謝罪致します」
レギンレイヴはイェンリンの表情を見ただけで、既にこの北部ノルドから亡きものとなったハリタス海洋自治領の悲劇に見舞われたのだと察して謝罪する。
「い、いえ!もう何年も前の話だから……だけど、私は妹と幼馴染だけは探し出したいの」
「妹さんと幼馴染を?その方々は……」
「カウスラー王国の兵士に連れていかれたの……でも、私は二人が生きているって信じているから」
「そうですか……」
イェンリンの気持ちを慮れば必ず見つかると告げることが優しさかも知れない。
だが太古の時代からこのような悲劇を何度も見聞きしてきたレギンレイヴにとって、無責任に期待を持たせる言葉を投げ掛けることは出来なかった。
それはイェンリンも感じていたことだったので、レギンレイヴのそれが優しさの形なのだと漠然とそう理解することにする。
するとそこへゴンドゥルとブリュンヒルデがやってきた―――
「―――どうだい?スルーズ自慢の料理ばかりだから、どれも美味しいでしょう♪」
ゴンドゥルが我が事のように自慢げに胸を張って告げるゴンドゥルに向けて、イェンリンは思わずプッと噴き出してしまう。
「フフッ♪ どうして、そこでゴンドゥルさんが得意気な顔をするの?」
「そりゃあ我が姉妹の料理が褒められているということは、その腕を信じている私も喜ばしいことだからねぇ♪」
「―――余り調子に乗るなよ?ゴンドゥル。また牢屋に逆戻りだけは勘弁してくれ」
呆れた態度でそう言い放つブリュンヒルデに、
「アンタに捕まるのなら、別に逃げも隠れもしないよ。でも、まあこれからはイェンリンのために力を尽くすと誓ったからねぇ……あと、イェンリン。さっきはゴンドゥルって呼んでくれたのに、さん付けに戻っているよ?」
今度は矛先を変えてイェンリンに向けるゴンドゥル。
「えっ!?いや、その……やっぱり呼び捨てはちょっと……」
突然話を振られて言葉がしどろもどろになるイェンリンに、
「私は、私達はもうイェンリンの臣下なんだ。そこのところはしっかりと区別しておかないとね」
『紅神龍の御子』となったイェンリンに一線は守ることを促した。
「……が、頑張ります……/////」
そう答えることしか、今は出来ないイェンリンに皆が微笑みを贈っていた―――
―――宴が終わりを迎える頃
「―――では後は皆好きにお休みなさい。私はイェンリンと少し話があるから」
そう宣言したのは紅蓮だった。
「話……私と?」
何も聞いていないイェンリンは紅蓮の言葉に緊張が走ったが、
「ゴンドゥル、ブリュンヒルデも一緒に来なさい」
そこで二人にも紅蓮から指名が掛かったことで、頷いてイェンリンと共に紅蓮の後を追う。
廊下に出てそこから見えるヴァーミリオン皇国の首都レッドの街に光る灯に目を向けるイェンリンは、
「……綺麗」
素直にその灯の輝きに魅入られていた。
「あの輝きの一つ一つに人々の営みがあるわ。この首都レッドは北部ノルドにある国々の中でも最大と言っていいくらい大きな都市よ」
「北部で一番大きな街……」
廊下を歩きながら、その廊下に吹き抜ける夜風に長い髪を靡かせてイェンリンは紅蓮の言葉の意味を噛みしめていた。
遠くに輝く街の灯の下に、数多くの家族が生きている……
そう思って見ていれば、思い浮かぶのはゴルゴダ村の懐かしくも温かい家族のことだ。
(エリシラ……マルク……もしも……もしも貴女達がもう……この世にいなかったとしても、私は二人のことを探すわ)
街の灯を目に焼きつけて少しだけ冷たい夜風に髪を流されながら、イェンリンは母の最期の願いを思い出すと、改めてその灯に誓うのだった―――
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