紅龍城へ入城
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―――蒼白い月が輝く夜空を飛翔する巨大な影
その真紅の鱗に覆われた体躯が、時々翼を羽ばたかせるだけで信じられない加速を重ねていく―――
その背に乗ったイェンリンは加速する度にフレイアに背中を支えられながら、星が近く感じる夜空を滑るように進んでいく『紅神龍』紅蓮に見惚れていた。
【―――大丈夫かしら?イェンリン】
飛行しながら長い首で後方に振り返り、背中のイェンリンに問い掛ける紅蓮。
「は、はい?!―――だ、大丈夫です!」
巨大なドラゴンの眼で見つめられて夜空に響く大きな声で訊かれた瞬間、ビクッと身体を震わせたイェンリンが慌てて答える。
【高いところを飛べば気温が下がって身体が冷えてしまうから、『防御障壁』は張っているけれど】
「そ、そうなんですか!?……で、でも確かに寒さは感じません」
【これから貴女には様々なことを学んでもらうわ。そのためにも、貴女をこれから私の城に連れて行きます】
「紅神龍様の……お城?」
【もう契約を結んだのだから、様はいらないわ。貴女のつけてくれた名前で呼んでくれるかしら?】
「そ、そんな恐れ多いこと!?……お、怒って食べられたりしませんか?」
【何故自分の御子に名を呼ばれただけで怒るのよ……食べたりしないから呼んでみて】
獰猛なドラゴンの姿からは想像もつかない優しい声音で促されて、イェンリンは恐る恐る―――
「……紅蓮」
―――先ほど自分が名づけたその名を口にする。
【ええ♪ これからはそう呼んでね―――さあ!ヴァーミリオンの我が家に帰るわ。もっと速度を上げるから、落ちないようにしてね♪】
「えっ?落ち―――キャァアアッ!!!」
イェンリンが言い終える前に紅蓮が真紅の巨大な翼を空中でバサッ!と大きく羽ばたかせると、その瞬間にイェンリンへ猛烈な圧が圧し掛かってきた―――
―――その加速にフレイアは平然とした顔を見せながら、後ろ倒れになりそうだったイェンリンの背中を支えた。
夜空に浮かぶ蒼白い月に重なったドラゴンの影が、北東の空に向かって飛翔するのだった―――
―――それからどれほどの時が経ったのか、
【―――イェンリン……起きなさい。イェンリン】
「……うぅん……もう……朝?……母さん……」
硬い岩の上に寝転がったような感覚で、それにより身体に痛みを感じたイェンリンが寝惚けながら身体を起こしたが、
「……ハッ!?」
そこで自分が口走ってしまった言葉を思い返して、辺りが朝陽に照らされてきた中で思わず口に手を差し伸ばして固まってしまった。
【……起こしてしまってごめんなさい。もうすぐ城に着くわ】
イェンリンの言葉を耳にして、湖の畔で彼女の生い立ちを一通り聞いた紅蓮はそのことには触れずにいた。
「城に……紅蓮のお城……」
【ええ、そうよ。我が城―――『紅龍城』へ間もなく到着するわ】
紅蓮から城の名を聞かされた時、フレイアがイェンリンの隣から腕を差し伸ばして示すと、
「イェンリン様。あれがヴァーミリオン皇国の首都レッドです」
その先の地上にはイェンリンが生まれてから一度も見たことがない巨大な都市―――
―――北部ノルドでも指折りの巨大都市であるレッドが広がっていた。
「……凄い……此処が……ヴァーミリオン皇国……」
数年前に自分の村から出たイェンリンには、自分の知らなかった世界が目の前に広がっていることに気持ちが高揚していく。
「イェンリン様、あそこです。あそこに見える紅い城壁の城が『紅龍城』です」
「あれが……紅蓮のお城……大きい……でも、あっちにも大きなお城があるけれど?」
そう言ってイェンリンは紅龍城とは別の場所に聳え立つ城を指差す。
【あれはヴァーミリオンの皇族が住んでいる『セキト城』よ……】
イェンリンの示した城が誰のものかを教える紅蓮の声が僅かに暗くなっていたことを、イェンリンは感じ取った。
ゴルゴダ村を出て酷い生活を送っていたイェンリンにとって、幼い時に比べて他人の機微には過敏になっていた。
そのことから紅蓮の声色で、あの皇族の城に何か思うところがあるということが伝わってくる。
だが今のイェンリンには紅蓮の心情を慮るだけの余裕も知識もない。
(私は……知らないことが多すぎる……この国のことも、この世界のことも……こんな大きな街だって見るのは初めてなくらい……そんな私に紅蓮の気持ちなんて……でも、今は分からなくても―――)
キュッと唇を結んで前を向いたイェンリン―――
―――その決意を固めたイェンリンを乗せた紅蓮が地上の紅龍城に向かって旋回飛行で滑空する。
羽ばたきながら紅龍城の中庭にゆっくり下り立つと、そこでフレイアとイェンリンを背中から降ろす。
すると真紅の『龍気』に覆われた紅神龍のドラゴンの姿が―――
―――初めて出会った時の真紅の長い髪を靡かせて、着物調の衣装を纏う美女の姿へと戻っていった。
そして中庭から城内へ通じる開かれた扉の奥から、フレイアと同じ真紅の鎧に手甲足甲を纏い、羽根飾りを取りつけた兜を被る女性達が近づいてくる。
「―――お帰りなさいませ。紅神龍様」
中庭に立つ紅蓮へ跪き頭を深く下げた女性達の中で、濃紫のストレートロングな髪をして瞳が藍色の美女が紅蓮にそう告げると、
「ただいま、スクルド。貴女達にお願いしておくわ。私の名は今日から―――『紅蓮』と決まったわ」
「―――ッ!」
その言葉を聴いてスクルドを含め四人の美女達が一斉に顔を上げる。
紅神龍が名乗るその意味を眷属である彼女達が知らぬ訳がない―――
―――それが『紅神龍の御子』を迎えたことの証明であり、そして紅蓮の隣に立っている少女が御子であることは明らかだ。
「おめでとうございます!―――紅蓮様」
スクルドの祝いの言葉と共に美女達が再び頭を下げる。
イェンリンはそのような畏まった光景を見たことがなかったので、まるで別世界に迷い込んだ気持ちになる。
「この子は私の御子になった炎零=ロッソよ。改めて皆と挨拶をする場を設けるから、今はイェンリンをもてなしてあげてくれるかしら?」
「―――畏まりました。それではレギンレイヴ、頼んでもいいかしら?」
振り返ったスクルドが後ろに控えていた『紅の戦乙女』の一人―――
―――レギンレイヴと呼ばれた銀髪のセミロングに蒼い瞳の美少女へ声を掛けた。
「承知しました―――さあ、御子様。此方へどうぞ♪」
立ち上がったレギンレイヴに招かれると、
「いってらっしゃい♪ まずは……御風呂に行ってきなさいな。着替えは用意させるわ」
紅蓮は闇夜を逃げ回り、ドロドロに汚れたままのイェンリンにそう勧めた。
「は、はい……分かりました」
まだ来たばかりで緊張が抜けないイェンリンだったが、此処で遠慮をしてもこの美しい城の中を汚してしまうことになるのはいけないと、勧められるままレギンレイヴに従って城の中へ向かう。
庭に残った者達は紅蓮を中心にして集うと、
「―――思った通りヴァーミリオンはカウスラー王国へ打って出たわね」
紅蓮がフレイアを含めた四人に向かって告げた。
「はい―――まったく……戦争などと生命と金の無駄にしかならない行為を繰り返す人族の気が知れませんね」
そう言ってスクルドは肩を竦めて理解出来ないといった様子で言い放つ。
「ヒルド―――ヴァーミリオンがカウスラーに出兵している間、他国はどうなのかしら?」
するとヒルドと呼ばれた金髪のセミロングで緑色の瞳をした褐色肌の美女が答える。
「はい。私の部下達も各地に潜入させておりますが―――」
―――ヒルドの報告によれば、
ヴァンウルフ自治領区では自国の魔物暴走の対策に奔走する状況にあり、他国に構っている暇はないとのことだった。
「―――あそこは魔物が発生しやすい地方だったわね」
「はい―――その魔物が繁殖の時期に入り、国を挙げてその対応に追われております」
ヴァーミリオン皇国の東にある国―――ウスラ王国では、
「ウスラはグリュ―ン王国との睨み合いが長く続いています。今も互いに領土問題を抱えて、此方には目を向ける余裕はないかと」
「そう……シュタインベルクは元々ヴァーミリオンとは旧知の間柄だから、敵対行為は今のところないでしょう」
紅蓮の口にしたシュタインベルク自治領区とは―――
―――ヴァーミリオン皇国の南に隣接する国であり、これまでの歴史の中でヴァーミリオン皇国を敬い協力体制を強める国である。
その国情を知っている紅蓮が見ても、この国が背中をナイフで刺すような侵略行為は起こさないだろうと睨んでいた―――
「―――いずれにしてもこれまで通り、人の政に関わる心算はないわ。だけどこの城に被害が及ぶことがあれば、その時は貴女達の力を示しなさい……」
そう告げた紅蓮が最後に視線を合わせた『紅の戦乙女』は―――
―――長い黒髪の瞳が蒼く白い肌が際立った美女だ。
「ラーズグリーズ―――少し気になることがあるの。貴女にはイェンリンの御披露目の後にお願いしたいことがあるから、私のところへ来てくれるかしら」
「―――承知致しました」
ラーズグリーズが美しく艶のある黒髪を垂らしながら頭を下げると、
「さて……ではお披露目の準備をスルーズにお願いしてきてくれるかしら。イェンリンは随分真面な食事をしていないようだから……」
「―――では私からスルーズにそのことを踏まえて伝えておきましょう」
紅蓮の言葉からイェンリンが貧しい生活を送っていたことは読み取れるが、詳しいことはこの場で問い質すことをスルーズ達は行わない。
それは主であり、生みの親である紅蓮のことを誰よりも、何よりも信頼している証である。
紅蓮が数百年振りに迎えた御子のことを疑い詮索する者など『紅の戦乙女』の中にはいなかった―――
―――レギンレイヴの案内を受けて、
紅龍城の広い浴場へ案内されたイェンリンは、着ている物を脱がされてそこへ案内されてきた。
その時に脱ぎ捨てた服の下から現れたガリガリに痩せた身体と、何かを激しくぶつけられた傷痕が数多く残る様子にレギンレイヴの瞳が細められてジッと見つめていた。
「あの……傷だらけで、汚いわよね?」
余りにジッと見つめられてイェンリンは、今も生々しい傷の刻まれた身体を抱きすくめるように隠して告げると―――
「そのまま動かないでください……」
―――そう言ったレギンレイヴの翳した掌から、仄かなライトグリーンの光が放たれてイェンリンの全身を包み込む。
「―――ッ!?」
何をされているのか分からないイェンリンが表情を強張らせていたが、気がつくと今も痛みを与えてきていた傷がスッと消えていく。
「貴女は……『回復』の加護持ちだったの?」
恐る恐る問い掛けたイェンリンにレギンレイヴはニコリと笑みを浮かべて、
「はい♪ 私はレギンレイヴです。紅蓮様の牙より生み出された『紅の戦乙女』第十一位です」
そう言って自分の名を名乗ったのだった―――
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