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『黒神龍の御子外伝』紅神龍の御子になった少女の帝王学 ~剣聖イェンリン様のお気に召すまま~  作者: KAZ
第1章 運命の子

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―――ダンクとカリオラの家でイェンリンと一夜を過ごしたフーリンは、まだ朝靄の濃い早朝に家の外へ出る。


フーリンに続いてダンクと、まだスヤスヤと眠っているイェンリンを抱き抱えるカリオラが出てきた―――


「フーリン様……せめて、もう一日くらいお休みになられたら如何ですか?」


「そうです。せめてもう一晩でもイェンリンさ……イェンリンと一緒に過ごされては?」


ダンクとカリオラはフーリンへ思いやりの言葉を掛けるが、


「いや、このまま長居しては未練が残る……だが、ありがとう……二人とも、どうか息災で」


「フーリン様……」


ダンクはもうこれ以上は止まる気がないことを察して、これ以上は何も言わなかった。


「イェンリン……愛しい我が子……どうか、元気で……幸せに生きて……」


カリオラが抱えるイェンリンの寝顔を覗き込みながら、優しいキスをその小さな額に落とすと、


「……もう会うことはないでしょう……人として人生を健やかに過ごして」


イェンリンに優しい声で囁くと、フーリンは奥歯を噛みしめて魔力を迸らせる。


だがすぐにその場を飛び立つことが出来ない……


腹を痛めて産んだ我が子との別れは、三百年を生きてきたフーリンにとっても想像を絶する苦しみを与えたのだ。


しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない―――


「―――さらばだ!」


―――意を決して《空中浮揚レビテーション》を発動し、まだ朝靄の立ち込める空へとフーリンは飛び立つ。


白い朝靄の中を高速で飛翔するフーリンの頬を熱い涙が伝っていた―――






―――転生者であるフーリンがこの世界に生まれたのは今から凡そ三百年前だった。


『神の加護』を持ち、十八歳になった時に『不老』の加護が発動、そこからは姿が変わらず三百年を生きてきた。


そしてこれからもフーリンの寿命は永遠のように続いていく。


まるでエルフのようにその容姿が変わらず、シニストラ帝国で『魔術師の大家』と認識され始めていたロッソ家の奇跡の存在であり、畏怖の対象とされてきたフーリンは近年になって興味を抱いたシニストラ皇帝からの求婚を受けた。


だが如何に権力を持ち始めたロッソ家といえども、皇帝の召喚に反対することは出来ずフーリン自ら皇帝の下へと輿入れした。


しかしフーリンが『不老』の加護により、これからも生き続けることを知った皇后派の皇族達は、その長寿によるフーリンの支配を勝手に恐れる。


それがイェンリンの誕生により皇帝の血筋を残した魔女に、皇后派は遂に堪えられなくなった。


それを逸早く察知したフーリンは、イェンリンの保護のため分家で可愛がっていたダンクとカリオラに事情を打ち明け協力者となってもらったのだ。


―――それ故に永久に年を取らないフーリンは、人として生きるイェンリンとはもう会うことはないと思っていた。


「……イェンリン」


海上を飛翔してシニストラ島に向かうフーリン―――


―――だがフーリンの向かう先は本島にある、皇帝の住まうグレイストルス城ではない。


「これからは―――自分の身を護らないといけないわね」


我が子に二度と会えぬと思いながら、身を隠すために隠れ家へ向かって飛翔するフーリン―――


―――しかし、これから数百年先にフーリンはイェンリンと再会する運命にある。


フーリンの運命はここからイェンリンとは違う道を進み、その長い時を刻んでいくことになるのだった―――






―――フーリンが去って、


「さあ、カリオラ。ここからは村の人達にイェンリンを紹介しないとな」


「ええ、そうね―――そのために、これまで準備してきたのだもの」


カリオラの言った準備とは?


それは事前に赤ん坊を引き取ることになったという事実を、村人達に周知しておくことだった。


それはありもしないカリオラの架空の実家を作り出し、それをアスタ家と名づけて村人に周知させてから、その実家から親を失った赤ん坊を引き取るという作り話を広めておいたのだ。


「―――まずはルメイのところへ行こうか」


「そうね。イェンリンも起きたらお腹を空かせているだろうし、ルメイにお乳を貰わないと」


―――ルメイというのは同じ村に住む赤ん坊を生んだばかりの女性で、当然だが子を授かっておらず乳の出ないカリオラの代わりにイェンリンへ乳を与えてくれることを約束しておいた人物だった。


「だったら昨日狩りで獲っておいた鹿肉を持っていこう。旦那のメイスンも喜んでくれるだろう」


そう言ってダンクは予めルメイへの御礼のために用意していた鹿肉を準備しに家の離れに向かうのだった―――






―――それから二人でメイスンとルメイ夫妻の元を訪れる。


「あらぁ~♪ カリオラ、それにダンクも♪ もしかして……話していた赤ん坊を引き取ったの?」


家を訪れたダンクとカリオラを出迎えてくれたのは、藍色のフワフワした長い髪をしたおっとりとした雰囲気の女性だ。


「おはよう♪ ルメイ、早速で悪いのだけど、この子が起きたらお乳をお願いしたいの」


「ええ♪ うちの坊やはさっきお腹いっぱいになったから、御機嫌で眠っているから大丈夫よ」


微笑みながら答えるルメイに、ダンクは手にした鹿肉の包を差し出しながら、


「これは昨日の獲物の鹿肉だよ。これからお世話になるからね」


「あら~♪ そんなに気を使わなくていいのに……こっちだってカリオラのお薬にはいつも助けられているわ……」


最初は喜んだルメイだが、優秀な薬師であるカリオラの薬には病の際に村の誰もが助けられている。


ダンクにも自警団を纏めて村を魔物から護ってもらっている恩があるのだ。


「―――そうだぞ、ダンク。この村でお前達に助けてもらっていないヤツなんていないんだ」


「メイスン、おはよう」


そこに現れたのはルメイの旦那であるメイスンだ。


―――メイスン=ラジウム


この村の道具屋として農具から小物、家具まで手掛ける職人である。


茶色い短髪で顎髭を生やして蒼い瞳をした外見で、歳はダンクより一つ年上の二十三を数える逞しい身体つきの男だ。


―――ルメイ=ラジウム


メイスンの妻となり、カリオラと同じく二十歳のおっとりとした空気を纏う女性でつい最近、息子のマルクを生んだばかりだった。


藍色のフワフワした長い髪をしてブラウンの瞳をしたルメイは、その穏やかな性格から村でも人気の人物で、ダンクとカリオラがこの村に来た時、真っ先に手を差し伸べてくれたのも彼女だった。


歳も近いメイスンとルメイの紹介で他の村人達ともすぐに打ち解けたダンクとカリオラは、この二人に感謝してもし切れない。


「―――おっ♪ 鹿肉の差し入れとはダンクも分かっているじゃないか」


「これはルメイのために持ってきたんだ。お前の酒の肴にするためじゃないぞ?」


「堅いこと言うなよ!それで?その子が話していた、実家から引き取ってきた赤ん坊か?」


メイスンが興味深そうにカリオラが抱える赤ん坊を覗き込んだ。


「ええ♪ 名前はイェンリン―――今日からイェンリン=ロッソよ」


「へぇ~♪ イェンリンっていうのか。女の子かい?」


「ええ、そうよ♪ きっと美人になるわ♪」


カリオラは実の母親であるフーリンの美貌を思い浮かべながら答えた。


「だったら、うちのマルクと恋仲になるかも知れないなぁ♪」


「―――何言っているんだ!イェンリンは絶対に渡さないぞ!!」


「うわぁ!?―――ビックリするじゃないか!なんだぁ?もう父親に目覚めて娘を渡さないってヤツか?」


突然大声を上げたダンクに驚きながら笑って流すメイスンに、ハッとしたダンクが言い繕う言葉を探している時―――


「ふぇ……あうぅ……おぎゃあうぅ!おぎゃあ!」


―――突然の大声に目を覚ましたイェンリンが驚いて泣きだした。


「ほらぁ!赤ん坊がいるのに突然大声なんて上げるからだぞ」


呆れた表情でダンクをジト目で睨むメイスンに、


「うっ!?す、すまない……」


罰が悪そうに頭を掻きながら謝罪するダンクを、メイスンもルメイもカリオラも笑って見ている。


「さあ、イェンリンちゃんをこっちに♪ きっとお腹が空いているのねぇ」


カリオラからイェンリンを受け取ると、自分の息子が眠っている奥の部屋に向かうルメイ。


その間にメイスンは真剣な表情になると、


「しかし……お前達もまだ若いのに、赤ん坊を引き取るなんてな。俺達もそうだが赤ん坊がいる生活は想像以上に大変だぞ?」


自分達とそう歳も変わらないダンクとカリオラが、赤ん坊を引き取ったことに覚悟を確かめるような言葉を投げ掛ける。


「分かっている……と口で言っても信用には足らないだろう。だけど、俺達は親を失った赤ん坊を見捨てるような真似だけは出来ない」


「まあ、それがお前達の良いところだけどな♪ だけど何でも二人で抱え込むことだけはやめろよ。俺達は同じ村に住む仲間なんだから、何か困ったことがあったらいつでも相談に乗るぞ」


「ありがとう、メイスン―――」


「―――だったら!早速お願いしたい物があるんだけど♪」


メイスンの言葉に感激していたダンクの隣から、遠慮なくカリオラが声を上げた。


「おう♪ 何でも言ってみな!鹿肉の分の仕事はするぜ♪」


威勢よく答えるメイスンにカリオラは、


「赤ちゃんのベッドを作って欲しいの!」


今一番欲しいと思った家具を願った。


するとメイスンは―――


「フフンッ♪ そんなことだろうと思って、こっちに来てみろよ」


―――得意気な顔で二人を隣の部屋へ誘う。


そこには丁度赤ん坊用の木製のベビーベッドが置いてあった。


「必要になるだろうと思って、うちのマルクの分と一緒に作っておいたのさ♪ これなら手直しも俺がすぐ出来るからな」


「うわぁ♪ 可愛いベッドね!ありがとう、メイスン♪」


それを見たカリオラは喜びの笑みをメイスンに向けて礼を伝える。


「これは鹿肉だけじゃ足りない仕事だな。ちゃんと値段を言ってくれ。支払うよ」


見事なその品にダンクはメイスンの気遣いに鹿肉だけでは足りないと、見積りを出すように願った。


「子供が出来た祝いの品に値段なんかつけるバカがいるかよ!怒るぞ!!」


「いや、しかし―――」


メイスンの剣幕に驚いたダンクだったが、


「―――うちの人を怒らせちゃダメだよ♪ いいから貰ってあげて」


そこへ満足そうな顔をしたイェンリンと、もう一人の赤ん坊を抱いたルメイが戻ってきてダンクに告げた。


「マルクも起きちゃったのね♪ ごめんなさい、ダンクが余計なことを言って」


「いいのよ♪ 真面目なところはダンクの良いところだもの♪」


両腕にイェンリンとマルクを抱いたルメイが笑顔でそう答えると、


「二人ともありがとう。改めてこのベッドは受け取らせてもらうよ」


ダンクも納得して二人に感謝の言葉を伝えたことで、メイスンも漸く陽気な空気に変わる。


「よし!赤ん坊達が腹いっぱいになったところで、二人とも朝食はまだだろう?一緒に食べようぜ」


「あら♪ いいわね♪ それじゃあ、新しい家族を迎えて皆で食事にしましょう♪」


ルメイの誘いにダンクとカリオラは笑みを浮かべて同意すると、四人は同じ食卓を囲みルメイはマルクを、カリオラはイェンリンを抱いて食事を楽しんだ―――


―――こうして、まだ何も分からないイェンリンの幸福な生活が始まった。


そして幸福な日々は何事もなく過ぎていくのだった―――



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