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『黒神龍の御子外伝』紅神龍の御子になった少女の帝王学 ~剣聖イェンリン様のお気に召すまま~  作者: KAZ
第1章 運命の子

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―――フロンテ大陸の北部ノルド


無数の国家が乱立する時代―――



挿絵(By みてみん)



逸早く国家の体制を整えた国は人心を掌握した元首が起ち、隣国に対して牽制の姿勢を取るまでになっていったが、それもまだ発展途上の国々は未だに豪族といった地方権力者が群雄割拠する時代だった。


そして北部ノルドから海を越えたシニストラ帝国は、祖先に海賊を持つ荒くれ者達が逸早く帝国を築き上げ、それにより本島を統一し皇帝が帝国を起こした。


その国で皇帝に見初められた『ロッソの魔女』と呼ばれた美女―――


―――虎零フーリン=ロッソ・ヴァーミリオンは今、



挿絵(By みてみん)



暗殺を企てた追手を返り討ちにして、懐の赤子―――


―――イェンリン=ロッソを護りながら海を渡る。


「ハァハァ……もうすぐだ、イェンリン。もうすぐ、お前の生きることが出来る大地へ」


暗闇の海上を必死に魔術で飛行するフーリンは、幼子の確かな息遣いを感じながら只管に東の大陸にあるハリタス海洋自治領区を目指していた―――






―――フロンテ大陸北部ノルドにあるハリタス海洋自治領区。


暗闇の広がる海岸線に魔法石のランプを手にしながら、その海を眺める男女が立っている。


「ねぇ……ダンク……本当に、今夜フーリン様がいらっしゃるの?」


隣に立つ茶髪の髪を後ろに纏めて縛っている紅い瞳をした若い男に声を掛けたのは、金髪の長い髪と蒼い瞳をした若い女だった。


「ああ、そのはずだ。見つからないようにフーリン様は灯りを持たずに此方に向かうと報せにあったから、俺達の灯りを目指して来られるはずだ」


「でも……この雨と風の中……魔術だけで海を飛び越えてくるなんて無茶よ」


彼女は瞳に不安を浮かべてダンクに告げる。


「分かっているよ、カリオラ……しかし、そうしなければいけないほど、フーリン様も追いつめられておられたことを忘れてはいけない」


「……」


ダンクの言葉にカリオラはその場で黙り込み、それでも赤子を抱いたフーリンが暗い海に落ちる姿を想像してしまい身震いした。


二人の立つ海岸は手元のランプの灯りが照らす範囲には波が打ち寄せている様子が伺えるが、それより遠いところは闇が広がるだけの世界だ。


そんな場所にダンクがいなければ、カリオラはきっと一瞬でも立ち止まっていられないような場所だと思った。


―――その時、


「ッ―――カリオラ!あれを!」


ダンクが暗闇を見つめ続けて、闇に慣れてきた目が捉えたものを指差した。


「ッ!―――フーリン様!!」


雲で月明りも星の瞬きもない暗闇の空から、ダンク達のいる海岸に舞い降りてきた者は海上で追手を倒し、身体中に傷を負ったフーリンだった。


「ハァハァ……ダンク……カリオラ……」


「―――フーリン様!その傷は!?……まさか追手が!」


「大丈夫だ……それよりも……」


着地と同時に屈みこんでいたフーリンが静かに立ち上がると、纏っているローブの前を開けて布に覆われた寝息を立てる赤ん坊を二人に見せる。


「この御子が……シニストラ皇帝陛下の……」


「御無事だったのですね!……よかった……本当に……」


ダンクもカリオラもイェンリンの出自については知っていた。


「ダンク、カリオラ……今より、この子はお前達の子だ」


「フーリン様……今更このようなことを問うことを、どうか御許しください。本当にこのまま、イェンリン様と離別されてよろしいのですか?」


「……」


ダンクからのその問いに隣のカリオラは、黙って彼と共にフーリンを見つめていた。


「ダンク……カリオラ……同じロッソ家の者でありながら、儂の都合で海を渡らせて此方でイェンリンが生きる土地を確保してくれたこと……本当に心から感謝している」


「―――何を言われますか!私もカリオラもフーリン様と同じロッソ家と言っても分家の末席だった身分の者です。そんな我等を幼い頃から見守り、そして護ってくださってきたのはフーリン様です。その恩人のために少しでも恩を返すことが出来たとしたら、私達にとってそれは幸運なのです」




―――その男の名はダンク=ロッソ。


フーリンの生まれた本家から分家した家の五男であり、現在は二十二歳になる。


長子以外は家を継ぐことも出来ずに自ら生きる道を探さなければならないこの時代で、幼い頃より可愛がってくれていたフーリンの願いに応じて先に海を渡っていた男だ。




「わたくしもダンクと同じです。フーリン様……わたくしもダンク同様に末娘というだけで家のために良家に嫁がされ、家のために人生を終えることしか選択肢はございませんでした。それを、こうしてダンクと一緒に信頼して頂けたこと……感謝し切れません」




―――その女の名はカリオラ=ロッソ。


ダンクとは別のロッソ家の分家に生まれた三女であり、現在は二十歳となった美しい女だった。


幼い頃からダンクとは仲が良く、しかし家の都合で権力者へ縁談が持ち出された頃にダンクと同じくフーリンからイェンリンの養い親となる話を受け、先に海を渡りダンクと共に生活が出来る場所を確保していたのだ。




「―――ダンク、カリオラ……お前達のその気持ちに儂こそ心から感謝する」


そう述べたフーリンは胸元から帯を外すと眠っているイェンリンをそっとカリオラに手渡す。


その小さな命を抱き、安らかに眠っている赤ん坊の顔を覗き見てカリオラが微笑む。


「さあ、お疲れでしょう。今宵は我等の家で疲れを癒してください。それに傷の手当も」


ダンクは今にも倒れそうなフーリンにそう告げると、


「すまんな……世話を掛ける」


フーリンも力尽きたようにダンクの肩に腕を回した。


「―――彼方です。カリオラ、足元に気をつけるんだぞ」


イェンリンを抱いているカリオラに注意を促しながら、ダンクはフーリンの身体を支えて道を急ぐのだった―――






―――ハリタス海洋自治領区


その自治領区を統べる領主のいる中心的な街のすぐ傍にある小さな村に、ダンクとカリオラは居を構えていた。


ハリタス海洋自治領区は海岸沿いに住む漁を生業とする民と、内陸で農耕を営む民が、互いにとって必要な物資を交換することで自治を続けてきた土地だ。


領主と言っても権限はそれほど大きくはなく、自治領の中で争いが起こった際に仲裁をする役目を担っている程度の存在で、ある程度は民に自由権のある国だった。


そのような土地柄であるからこそ、海を渡ってきた余所者のダンクとカリオラも村にはすぐに打ち解けていた。


村の者達からすれば、若い夫婦が移住してきてくれたなら村にとって有難いことだと思う村人が殆どで、ダンクとカリオラもその思いに答えるように村に貢献してきたのだ。


魔術の家系であるロッソ家で、分家とはいえ優れた魔術師である二人の力は小さな村にとっては歓迎するレベルのものだったことで、ダンクは村の自警団に就き、カリオラはその知識から薬草を用いた薬師として貢献していた。


―――そんな二人が海を渡ってから此方で生きるための資金については、フーリンが支援したものだった。


そして二人の家に案内されると、木造でありながら大きな佇まいをした家に到着する。


「此方です―――カリオラはイェンリン様を頼む」


「ええ、分かったわ」


扉を開き中に案内されたフーリンは、応接の間に通じた廊下をダンクに支えながら歩き、やがて置いてあるソファーに漸く腰掛ける。


「ハァ……漸く落ち着いた気分だ。それにしても……良い家じゃないか」


支援や手紙のやり取りは行っていても、二人の家には初めて足を踏み入れたフーリンは思った以上に広い家に少し驚いていた。


(元いた世界なら、4LDKといったところかしら?でも二階もあるし、さっき見た時は外に離れもあったみたいだから……相当な家ね)


フーリンは転生前に生きていた日本の住宅についての知識を思い出しながら見渡していく。


「お恥ずかしいです。此方に来た頃はもっと小さな家に住んでいたのですが、私が自警団を纏める立場になり、カリオラの薬師としての実力が認められた頃に村長から此方の家を紹介されたのです」


「なるほどな……村長の気持ちが分かるぞ」


「と申されますと?」


ダンクは村長に何か意図するものがあったのかと、フーリンに問い掛ける。


「ダンク……お前は子供の頃から懸命なところがあっても、抜けているところもあるのは相変わらずのようだな。村にとってそれほどの実力をもった夫婦が来てくれたのだ。であれば……子供が生まれた後もこの地に留まって欲しいから、こうして大きな家を紹介したのだろう」


「―――子供!?私と……カリオラの……/////」


フーリンの説明を聴いて思わず顔を赤くしたダンクだったが、想い返せば村長の言葉の端々でそのようなことを臭わせる言葉があったことを思い出す。


「あの時の言葉は……そういう意味だったのか……」


「―――本当にダンクは鈍いわね♪」


そこへどこからか話を聴いていたカリオラが戻ってくる。


「なんだと!?だったらカリオラは気がついていたのか!」


「大きな声を出さないで!……今、隣の部屋でイェンリン様がお眠りになっているのよ?」


「―――おっと!?」


カリオラの鋭い視線に貫かれ、ダンクが思わず口を抑える。


「それだ―――二人とも。これからはイェンリンのことを呼び捨てにするように」


「えっ?……ですが、確かにその通りですね……承知しました」


「畏まりました。さあ、フーリン様は傷の手当を」


薬師として愛用している薬箱を抱えてきたカリオラは、その箱を開いて中身を取り出してくる。


「ほう……カリオラはまた腕を上げたようだな。薬の出来を見れば分かるぞ」


フーリンはカリオラの出してきた傷を癒す魔法薬を見て、感心した笑みで褒める。


「そんな……フーリン様に比べれば、まだまだでございます/////」


謙遜しつつ頬を少し赤らめたカリオラに隣のダンクも笑みが零れる。


そうしてカリオラの手で治療を終えたフーリンは、改めて二人と応接のソファーに向かい合って座った。


「先に手紙で伝えていた通り、イェンリンは此方で二人の養子として育ててやって欲しい。普通の子供として、普通の人生をどうか送らせてやって欲しい」


そう言ってフーリンは二人に頭を下げる。


「そんな!―――どうか頭をお上げください。我等二人がこうして新天地で幸せに暮らせているのもすべてはフーリン様の御力添えあってのこと」


「―――そうです!……わたくしも顔も知らぬ相手と婚姻を進められるところを、フーリン様のおかげでこうして幼い頃より想っていたダンクと暮らせるようにして頂きました。そのフーリン様のためでしたら、何でも致します」


「ダンク……カリオラ……お前達の元にイェンリンを預けるのなら、儂も安心だ。それとこれを受け取ってくれ―――」


そう告げたフーリンは物体を別空間へ仕舞う事が出来る『収納』の能力を用いると、中から大きな革袋と何冊かの本を取り出してテーブルの上に置いた。


革袋はダンクに手渡し、積み上げた本はカリオラへと渡す。


「これは……ッ!フーリン様!!」


ダンクの受け取ったその革袋の中身は大量の金貨だった。


「もしも困ったことがあれば、遠慮なく使ってくれ。お前達が安心して暮らせることがイェンリンの安全にも通じるのだから」


「はい……承知致しました!」


感謝するダンクの隣では受け取った本を開くカリオラが声を上げる。


「フーリン様!?こ、これは―――」


「―――城の書庫で眠っていた魔法薬関連の魔導書だ」


「こ、このような貴重な本!頂けません!!」


魔術師の家系に生まれた者だけあってカリオラは中身を少し読んだだけで、それがどれほど貴重な魔導書であるかすぐに理解した。


しかしそれだけに価値の計り知れないその魔導書を受け取ることに躊躇したのだ。


「どうせ誰も読まぬ書庫の肥やしになるところだったのだ。此処でお前に活かしてもらった方が魔導書も喜ぶ。それに、この本から学び得たことでお前が多くの人を助けることが出来たのなら、儂も嬉しい」


「……フーリン様」


その言葉にカリオラは嬉しさが込み上げてきて思わず涙ぐんでいた。


「今夜はもう遅いですから、フーリン様は隣のイェンリンさ……イェンリンと一緒にお休みください」


イェンリンを呼び捨てに言い直してダンクが休むようにと気遣ってくれると、


「ありがとう……そうさせてもらうよ」


フーリンは立ち上がり、イェンリンの眠っている部屋へと向かうのだった―――






―――ベッドでスヤスヤと眠るイェンリンをそっと覗き込んだフーリン。


「イェンリン……これから此処で、どうか幸せに生きて……」


そっと柔らかな頬を撫でながら、フーリンは我が子に幸せな人生を望む。


一頻りイェンリンの感触を手に憶えると、フーリンもまた強行突破した海での疲れからベッドに崩れるように倒れ込み、そのまま眠りに就くのだった―――



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