物語の始まり
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「―――昔むかし、あるところにとっても汚くて、惨めで、何も持っていない独りの女の子がいました」
その子は親もおらず、友達もいない。
ましてや助けてくれる人なんてひとりもいない女の子で、時に人から石を投げられ、時に何もしていないのに人から殴られ、時に人扱いされず馬車馬のように働かされ、そして泥のような食事しか与えて貰えませんでした……
女の子は思いました……
……ああ、どうして私が私だけが、こんな思いをしなければいけないのだろう。
どうして皆、自分を見る目がこれほどまで憎しみに染まっているのだろう……
……どうして誰も助けてくれないのだろう。
どうして、どうして、どうして―――少女はずっとそのことだけを自分自身に問い掛けて、しかしいつまでも答えは出ませんでした。
『ですが、そんな少女の前に―――突然一匹の龍が現れたのです』
その真紅の龍―――
―――『紅神龍』は少女に『御子』になって欲しいと伝えます。
少女は逆にどうして自分を『御子』にしたいのかを問い掛けます。
そこで『紅神龍』が伝えた理由に、少女は今までとは違う涙を流しました。
―――そこから『紅神龍』の『御子』になった少女は、その与えられた『御子』の力を使い様々な戦いを繰り広げていきました。
何度も死ぬほどの苦しみと痛み、傷を負いながらも、いつか自分の手に入れたい国を、理想の国を夢見て戦い走り続けました―――
―――そうして、いつの間にか彼女は『剣聖』とまで呼ばれるフロンテ大陸最強の剣士となり、この世界に並び立つ者のいない強者にまで昇り至りました。
それまでに長い長い年月が過ぎて、気がつけばもう百年の時が流れていました―――
―――その御子はヴァーミリオン皇国で後に王となる王子に見初められ、その後に王妃の位に立ちます。
ですが御子は龍の加護により、『龍と同じ寿命』を与えられるため愛した人も、仲良くなった友人も皆、寿命を迎えて彼女を置いて逝くのです。
そうして何度も大切な人達を看取った悲しみに暮れる彼女に、周辺国がこれ見よがしに戦争を仕掛けてきます。
―――彼女は誰かに自分を殺して欲しかった。
でも、彼女は強すぎた……
剣の腕も、生きることへの執着も。
それから彼女は皇国の皇帝の地位に就きます―――
「そう……余のことだ。余が産まれたのは、今はもう存在しない亡国の一地方にあった貧しい村だった」
『紅神龍の御子』となった少女―――
―――炎零=ロッソ・ヴァーミリオンの口から語られる自分語り。
この物語は『紅神龍』という神龍に出会い、『紅神龍の御子』となった少女の長く果てしない物語の序章―――
―――彼女の生い立ちを紐解き、集積される記憶。
今、ここにその物語が堂々と幕を上げる―――
―――これは昔むかしの物語。
どこかの世界にある大陸―――
―――フロンテ大陸
世界最強のドラゴン―――
―――四大神龍の縄張りとなっているフロンテ大陸で、人類は文明を築き文化を開花させていく。
その文明が始まった時代に一人の少女が運命の環に取り込まれ、様々な試練の波を巡り巡っていく物語があった―――
―――大陸歴293年
その日は激しく降り頻る雨が広大な海に注がれていた。
まるで天の器をひっくり返したかの様に横槍で降り注ぐ大雨は、容赦なく海面に無限の波紋を生み出してはそれが重なり消えていく。
「ハァハァ……クッ……」
その広大な海―――
―――フロンテ大陸の北西の位置にあるシニストラ帝国
その帝国との狭間にある広大な海峡で暗黒の夜空を《空中浮揚》魔術で飛翔する人影―――
―――シニストラからフロンテ大陸を目指す者がいた。
今日の朝陽が昇る前からシニストラを飛び立ち―――
―――海から昇ってくる朝陽に希望を抱き、飛び続けて夜を迎えても飛び続けている。
「……あうぅ……」
「ごめんね、イェンリン……もうすぐ、もうすぐ貴女を―――」
必死に魔術で海を飛行し、渡ろうとする者は―――
―――紅玉のような紅い瞳と銀色に輝く真っ直ぐで長いその髪は、一部に赤い髪のメッシュが入っている美女だった。
そしてフードを深く被る彼女が纏うローブの胸元には、まだ産まれたばかりのような乳飲み子が布に包まれていて、彼女は雨に晒されないようにと必死にローブで赤ん坊を覆い護っていた。
夜の荒れる海の上を只管に《空中浮揚》の魔術で飛行する女は、まだ遥かに遠い先で仄かに輝く街の光を目指して必死の飛行を続ける。
降り注ぐ激しい雨はフードを被った彼女に容赦なく降り注ぎ、頬を濡らして髪を白い額に貼りつかせていく……
だがローブで覆った赤ん坊だけは、濡れることがないようにと必死に護ろうと暗闇の中で恐怖に奥歯を噛みしめる。
しかし、その時―――
「ッ!―――来たか!!」
―――背後に多数の人影が追う様にして近づいてくるのを、優れた『索敵』能力で感知した彼女は気迫を込めて振り返った。
そこには―――
―――鎧と武装を纏い武装する男達の集団が近づいていた。
このまま振り切ることは出来ない―――
―――いや、むしろこの先にこの男達を案内する訳にはいかない。
そう決意した女は空中で翻ると、追ってくる男達と対峙する。
「―――虎零=ロッソ・シニストラ公爵夫人!!!」
追ってきた男達の中から、一人の男が前に出ると空中に浮かぶ美女に向かって叫ぶ。
「大人しく城へ御戻り頂きたい!―――今なら陛下も恩情をもって接してくださるでしょう!!」
公爵夫人と呼ばれた女―――
―――虎零=ロッソ・シニストラはその紅い瞳を鋭く尖らせると、
「フッ……お前達、そんなことを言っているが……城の近衛兵ではないだろう?」
視線を突き刺す男達に向かって言い放った―――
「……」
その言葉を聴いた瞬間、男達の顔つきが変わる。
「皇后に雇われた暗殺者といったところか?……儂が陛下の子を産んだことに、あの女は相当驚いていたからな。何しろ、この世に産まれてから三百年近く生きてきた『ロッソの魔女』の子供だ。己の子を失脚させられて、帝国を掠め取られるのではないかと、気が気ではないのだろう」
「―――黙れ!……しかし、そこまで御存知であれば、このままその子と共に海の藻屑となってもらう……」
「この子のみならず、儂まで命を奪おうという腹か……まあ、それはそうだろうな。あの嫉妬深い皇后のことだ。陛下が儂に御執心だったことにも相当な業腹だったことだろうからな」
「最早これ以上―――語ることなどない!!!」
数にして二十人はいる武装した男達がフーリンの周囲を取り囲むようにして広がると、その手に剣、槍、弓を持って狙いを定めた。
「女一人と赤ん坊相手でも容赦なしか……ならば、此方も遠慮はいらんな」
フーリンが呟く言葉が終わらぬうちに周囲から一斉に襲い掛かる暗殺者達―――
―――しかし此処は空中だ。
フーリンは突然その場から急上昇を開始すると、それを追う様に暗殺者達も次々と上空へ舞い上がる―――
―――その様子を見て、フーリンはその手に魔力を迸らせた。
「―――《炎槍》!!」
背後を追って上昇してくる暗殺者達に向かって属性魔術の一つ火属性魔術・下位の《炎槍》を放ったフーリン―――
「―――ギャアアアア!!!」
―――上昇するフーリンを追ったことでほぼ一列になって追いかけてきた暗殺者達は、その炎の槍に撃たれて全身を炎に包まれて、次々と夜の海に向かって落下していく。
様子を見てフーリンの策に気がついた暗殺者達は、散開して魔術の狙いを逸らそうと動き回る―――
「まあ、それがお前達の取るべき戦法だな……魔術師相手には分が悪いと」
―――暗殺者が散開して周囲から改めて襲い掛かろうとする。
(だが、此処での戦闘が長引けば、如何に魔力が膨大な儂といえどもフロンテ大陸に到達する前で海に落ちるかも知れん。その前に―――)
空中を縫うように飛翔するフーリンと、それを追い旋回を繰り返す暗殺者達―――
「―――フンッ!」
―――飛翔する中で暗殺者達から放たれる無数の矢が、フーリンの飛行軌道を読み襲い掛かる。
その矢をアクロバティックに旋回しながら回避するフーリン―――
―――しかし赤子を抱きながら襲い掛かる無数の矢を回避し続けることは困難だ。
「―――ウグッ?!」
フーリンの細い手足に矢が掠めて、美しい肌に裂傷が走るとそこから流血を引き起こしていく―――
(このままでは本当にイェンリンを殺される!それだけは……)
「―――それだけは絶対にさせない!!!」
―――そう叫び海面へと低空飛行へ入るフーリン。
その身に《水属性魔術基礎》を発動して海水をその身の周囲で取り巻く様に纏った―――
―――この場には無限にある海水をその身に障壁のように纏ったフーリン。
それに対して、警戒を強めた暗殺者達だが魔術師に対しては遠距離で戦うか超近接で直接攻撃を行うのが定石である―――
―――暗殺者が続けて放つ無数の矢がフーリンに襲い掛かるが、その身に纏った海水が水流を起こして回転し、障壁となって中のフーリンに届くことはない。
「剣と槍を持て!!―――直接ヤツを貫くぞぉ!!!」
暗殺者達の指揮を執る男が配下に向かって号令を下すと、次々に得物を剣や槍に持ち替えて一斉にフーリンへ襲い掛かる―――
「ハァハァ……来るか!!」
―――突撃してきた暗殺者達を海水の障壁の中から睨みつけたフーリンは、
「―――《氷槍》!!!」
その海水の障壁から水属性魔術・上位の《氷槍》を造り出すと、全方位に向けて一斉発射する―――
「―――グアアアアッ!!!」
「ギャアアア―――ッ!!!」
「うわぁ!避け―――グフウゥ!!!」
―――近接戦闘に切り替えて接近していたことで、高速で放たれた氷で出来た槍の群れを回避する術がなかった暗殺者達は、腹部、胸部、頭部を次々と貫かれて断末魔を上げると成す術なく海へと落ちていく。
指揮を執っていた男も腹部に二本、右肩に一本の氷の槍が突き刺さり、今にも墜ちそうになりながらフーリンを吐血しながら睨みつけていた。
「ゲホッ!ゴボォ!……ハァハァ……こ、公爵……夫人……この、このまま、逃げ果せると、本気で御思いか?」
唯一人残った男の前で海水の障壁を解除したフーリンが姿を現す。
「本気で姿を眩ました魔術師を見つけることが……本気で出来ると思っているのか?」
紅い瞳が鋭くなって視線が突き刺さる男は、
「なるほど……ゴボッ!……ハァハァ……貴女を……貴女様と皇女を狙った罪……此処で……償う……」
遂に力尽きて真っ逆さまに夜の海の闇が広がる海面へ、飲み込まれるように消えていった。
「償うべきは貴方達ではなかったでしょう……本当に償うべき者は……」
そう呟いたフーリンはこれまで飛んできたシニストラ帝国の地に振り返り、『殺意』を込めた視線を向けた。
―――その時、
「あぶぅ……ばぶぅ♪」
「ッ―――イェンリン……」
―――ずっと胸に抱き抱えていた赤ん坊の笑顔。
激しい戦闘の最中に泣くこともなく共にいてくれた娘の嬉しそうな笑顔を見て、フーリンの緊張は一気に解け、自然とその瞳には熱い気持ちが込み上げてくる。
瞼を閉じれば、もうそこに溜まっていた涙が零れ伝う頬をそっとイェンリンのプニプニとした柔らかい赤子の頬に触れさせた。
我が子に対して命を懸けて護る母―――
「ああ……イェンリン……貴女のことは絶対に護るわ……この世界……転生したこの世界で、きっと私は……貴女を護り続けると誓う。だから……どうか幸せになって……」
―――フーリンの口から語られた彼女が転生者という真実。
「さあ、貴女の新しい大陸へ行きましょう。貴女はそこで人として幸せに生きて」
傷つきながらも夜の海の暗い空に浮かんだフーリンは対岸に見える街の光を導にして、再び《空中浮揚》で海を渡る飛行を続けていくのだった―――
黒神龍の御子になった異世界冒険譚外伝
遂に始まりました!
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