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『黒神龍の御子外伝』紅神龍の御子になった少女の帝王学 ~剣聖イェンリン様のお気に召すまま~  作者: KAZ
第1章 運命の子編

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少女時代の終幕

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―――暖かな日差しが指す丘の草原


その草原は太陽の輝きを集めるかのように輝き、イェンリンの瞳を思わず細めさせる―――


「……」


その草原はまだイェンリンが五つになったばかりの頃に、両親とエリシラと共に訪れた村外にある丘だ。


そこには父ダンクと母カリオラの姿があって、そのカリオラの足元には幼い頃のエリシラがスカートに掴まっている姿が見える……


……その光景を見てイェンリンは思わず自分も駆け出して、その丘の頂上を目指していく。


漸く辿り着いた丘の上で父も母も、そして妹も幸せそうな笑みを浮かべていた。


そして―――


「……イェンリン……エリシラを……お願い……ね」


―――母カリオラの哀しみを湛えた最後の言葉が丘の頂上で響いた時、


「―――ッ!」


そこでビクッと身体を震わせ、ゆっくりと覚醒し始めたイェンリンの頬に空の暗雲から降り始めた雨が当たって伝い落ちていく。


「ゴホッ……ハァ……焦げ臭い……」


倒れ込む身体に痛みを感じながらも、周囲に覆い被さるようにして崩れた木炭のような柱や梁から焼け跡の臭いを感じて呟くイェンリン……


先に梁が落ちて壁に引っ掛かったところへ次々に柱が折り重なり、上手くイェンリンへの直撃は避けられたのだ。


だが、目覚めたばかりのイェンリンにその奇跡を喜んでいる余裕はなかった。


「……私……どうして……此処は……家……燃えちゃった……」


その目の前に倒れ掛かっていた柱に刻まれた傷を見て、それが毎日家で目にしていた自分とエリシラの背比べの傷だと気がついた時、徐々に現実がイェンリンに重く圧し掛かってくる。


「……くっ!」


梁に護られていたスペースから這い出し、二階まで完全に吹き飛んだように崩壊した家を見て、イェンリンの表情が引き攣っていった。


「……母さん……父さん!!!」


且つては玄関だったところから家の前に飛び出したところで、イェンリンはその目の前に積み重なった消し炭のようなものを見つめる。


そこはイェンリン達を護るため、ブラッセンと戦っていた父と母がいた最後の場所だった。


「……」


無言のまま雨に打たれて、ゆっくりとそこへ近づき、膝をつくとその黒い炭にそっと触れる。


「……うっ……うぐっ……う“ぅ”……あ“く”う“う”ぅ“!」


何も残っていないその場で雨に濡れながら、イェンリンの頬には温かい別のものが流れ濡らしていく。


すると炭の山についた手をギュッと握りしめた時―――


「ッ!……こ、これは……」


―――その手に当たった硬い感触を追って、そっと炭を除けてみると銀色と金色に輝く何かが目に入る。


それは―――


「……父さん……かあ……さん……」


―――父ダンクが身につけていた黄金の指輪と、


母カリオラが身につけていた銀色の指輪―――


―――二人に聞いていた結婚の際に二人で誓いを立てたという指輪だった。


その二つの指輪をギュッと握りしめて、イェンリンはまた涙が溢れ出す……


一頻りその場で泣き崩れたイェンリンだったが、そこでカリオラの最後の言葉が脳裏を過ぎっていった。


「……エリシラ……エリシラ!!」


そこで辺りを見渡しながら妹の名を叫ぶイェンリンは、立ち上がると探し始める。


「エリシラァアア!!!―――うっ?!」


立ち上がって改めて辺りを見ていくと、そこで地面に倒れ雨に打たれるルメイの亡骸を見てしまった。


「……ルメイ……さん」


イェンリンはゆっくりとその遺体の傍に向かうと、命を奪われたルメイは哀しみに濡れた表情のまま息絶えているその姿に一瞬息が止まる。


「……ごめん……なさい……」


そう呟きながらイェンリンは目を見開いていたルメイの瞼を、震える手でそっと閉じる。


ルメイの夫であるメイスンの亡骸も街道に置き去りにして、必死で助けを呼びに向かったにも関わらず、間に合わずに腹の赤ん坊と共に命を奪われたルメイにイェンリンは謝りながら奥歯を食い縛る。


そして再び周囲を調べると、世話になった魔術師のギューネ―――


―――自警団の『回復』の加護をもつ団員フロップスの遺体も、あの戦闘の時のまま放置されていた。


しかし、妹のエリシラも幼馴染のマルクの姿はどこにも見当たらない。


「……探さないと」


イェンリンは何かに憑つかれたようにフラフラと歩きながら、まだ煙の立ち昇っているところもある村の中心に向かうのだった―――






―――村は何処も彼処も、それは見るも無残な景色に変えられていた。


殆どの家屋には火が掛けられ、燃え落ちている家ばかりか地面に倒れている村人達も放置されたままだった。


「……」


よく知る村人達が、今は笑うことも、ものを言うことも出来ない亡骸と変わり果てて地面に投げ出されている……


その光景はまだ十歳のイェンリンには不安と恐怖と絶望の光景でしかない。


だが、それでも生き残った者はいないか?エリシラとマルクの行方を知る者がいないか?と焦燥感を膨らませながら先に進む。


そして、いつしか村長の大きな家の前にまで辿り着いて、


「……村長?……誰か、いますか?」


開いたままの扉から家の中に入り、誰かいないのか声を掛けるが―――


「ッ!?―――村長!……そんな……」


―――家から入ってすぐのリビングで血を流して息絶えているコビック村長を見つけたイェンリンは、更に絶望という闇が心を染めていった。


燃やされなかった村長の家で、膝をついて暫く悲嘆に暮れるイェンリンだったが、


「……村長……私……妹達を……探しにいくね……」


やがてコビックの亡骸に誓いを立てるように呟いた。


「だから……ごめんなさい……」


そう謝りながら立ち上がったイェンリンは、村長の家の中を物色し始める―――


―――落ち着いたイェンリンは自分が意識を失っていた時間がどのくらいかを努めて冷静に考え始める。


(マルクと練習場に行った時から考えると……朝陽が出る側に太陽があるってことは、父さんと母さんの最期から……少なくても一日は経っているかも)


先ほど目を覚ました時に毎朝見ている東側の太陽を確認していたイェンリンは、あの惨劇から少なくとも一日は経過していると考えていた―――


―――村長の家にある床下収納のことを以前コビックから教えてもらっていたイェンリンは、絨毯の下にある隠し扉を開き、地下室に下りていく。


薄暗い地下室には壁際に三段の棚が並び、其処には干し肉や瓶に入った酒など保存食が豊富に残されていた―――


「ごめんなさい村長……妹を探しに行くから……貰っていきます」


―――上の床に倒れているコビックに謝罪しながら、イェンリンは魔術は苦手だが、『収納』スキルだけは使えるため、その別空間へ保存食や瓶の酒を仕舞っていく。


それでも年齢の幼いイェンリンの『収納』の大きさはそこまで広くないため、すぐに満載になった感覚が伝わってきた―――


「これだけじゃ心細いわね……」


―――そう呟き、一度一階に戻ったイェンリンは家の中にある肩掛けの革鞄を二つ持ち出して、重くならない程度に保存食の残りと地下に仕舞われていた現金を鞄に仕舞い込んでいった。


「……やっていることそのまんま泥棒よね……これって」


自分の行動を冷静に分析する程度には落ち着きを取り戻したイェンリン―――


―――こうして準備を終えたイェンリンは再び考え込んだ。


(エリシラとマルクが連れ去られて丸一日経っているとしたら……私の足で追いかけてもすぐには追いつかないわ。それなら時間が掛かっても確実に後を追うようにしないと)


これは父ダンクの教えで、


『―――緊急事態であるほど冷静に物事を考えなさい』


そう言われ続けてきたことが身についているからこそ、歳とは不相応な行動原理に基づく判断が出来ていた。


そして今度はコビックの書斎らしき部屋を見つけると、


「……これは!」


そこでイェンリンは周辺地域の詳細が書かれた地図を見つけた。


「これで行き先の目途がつくかも」


書斎でその智頭を改めて見つめるイェンリンに、耳にして憶えている『カウスラー王国』の国名が書かれた土地があるのを確かめた。


「……もしかすると此処にエリシラとマルクが」


連れ去られたと思しき二人の行き先を考えると、本国に連れ去られた可能性が高いと踏んだイェンリンは―――


「―――行こう!カウスラー王国へ」


―――幼い身体では辿り着くまでどれほど掛かるのか想像も出来ない隣国へ向かうことを決意する。


再びコビックの遺体の前に立ったイェンリンは、


「ごめんなさい村長……きっと一人で行くって言ったら、村長なら止めたよね。でも私……行くわ。だって母さんに……頼まれたの」


母カリオラの最期の時に聞こえた声が今もイェンリンの心に刻まれている。


コビックにペコリと一礼すると、イェンリンは荷物をしっかりと握り村長の家を出るのだった―――






―――イェンリンが村を出てから三日後のこと


「……こ、これは……こんな……」


ゴルゴダ村の惨状を目にして、紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーの一人ゴンドゥルは絶句していた……


先の『発明家インベンター』との戦闘で『地脈』の魔力より生み出された異様な魔物のことを調査するため、ブリュンヒルデと新たなに『全知』のスキルを持つアルヴィトを連れて調査に訪れたのだが、つい先日までの長閑な村の様子とはまったく変わってしまった様子に三人とも言葉が出ない。


だが紅神龍の使徒として永き時を生きているゴンドゥル達は、このような光景を何度も目にしてきている。


それは―――


―――いつの世も同じ、戦場跡である。


「……ゴンドゥル、あれを」


アルヴィトが指差しながらゴンドゥルを呼び、その示した方向に転がっている遺体に目を向けると、


「これは……カウスラー王国の……」


そこには装備にカウスラー王国の紋章が記された兵士の亡骸が転がっており、その紋章からゴンドゥルは村の惨劇を引き起こしたのがカウスラー王国による侵攻だと確信していた。


「アルヴィト……『全知』で生存者がいるか探してくれるか?」


「はい。分かりました……」


ブリュンヒルデからの申し出にアルヴィトは両手を身体の前にもってくると―――


―――次に全身を仄かな白い輝きが包み込んでいく。


その輝きが空気に溶け込むように光を放ち続けると、やがて―――


「……生存者は……いません」


―――少し俯きながらアルヴィトは残念そうに二人に告げた。


その瞬間―――


「ッ!―――待てっ!ゴンドゥル!!」


―――ブリュンヒルデはゴンドゥルの全身から立ち昇る膨大な魔力を感知して、今すぐにでもカウスラー王国へ乗り込んで壊滅させる気だと悟り止める。


「……生存者はいない……ブリュンヒルデ……この言葉の意味が分からないのか?」


光が消えた深い緑の瞳がブリュンヒルデに振り返って睨みつけると、猛烈な『殺気』がブリュンヒルデを包み込む。


「―――だとしても!!!……そうだとしても、紅神龍様は北部ノルドの国々による政には関わらぬとお決めになられている!」


「そうです!……冷静になってください、ゴンドゥル。貴女がそこまで怒りに駆られるのは理由があるのでしょう……でも、私達は、それでも……」


ブリュンヒルデとアルヴィトの悲痛な声がゴンドゥルに突き刺さる。


「……アルヴィト……頼みがある」


先ほどより冷静さを取り戻したゴンドゥルがアルヴィトに告げた。


「はい……何でしょうか?」


「お前の『全知』の力で……ダンクとカリオラの行方を追ってくれないか?」


「……やってみましょう」


再び『全知』の力を発動したアルヴィトは、何かに魅かれるように歩みを始める。


無言のまま、彼女の背についていくゴンドゥルとブリュンヒルデ。


その道は見知ったダンクの家がある方角だと、黙って歩きながらゴンドゥルは胸が締めつけられていく。


そして―――


「ッ!―――そんな……此処まで」


―――やがて目の前に現れたのは、幼い姉妹と楽しい一時を過ごしたあの家とは似ても似つかない、燃え落ちた家の光景だった。


絶句するゴンドゥルとブリュンヒルデを置き去りにして、哀しげな瞳で地面にある炭のようなものが山積みになったところで跪くアルヴィトを見て、最初は何をしているのかと思った二人だったが、


「……」


無言のままゴンドゥルを哀しげな瞳を向けて見つめるアルヴィト。


「おい……まさか……」


顔色を青くするゴンドゥルにそこでアルヴィトは哀しい宣告をする。


「貴女が言った御二人は……此処で……家族を護るため、敵の将と相討ちとなったようです」


その地面には消し炭のようなものが黒く山になって残っているだけだ……


「団長さん……カリオラ……子供達は?幼い姉妹が此処にいたはずなんだ」


瞳を細めて問い掛けるゴンドゥルにアルヴィトは続ける。


「小さな女の子と男の子は……カウスラー王国の兵士に連れ去られて、その後にもう一人の娘が……それを追ったみたいです」


まるで見ていたかのように答えるアルヴィトの『全知』の力は絶対だと知っているゴンドゥルはすぐにカウスラー王国へ向かおうとするが、


「―――どこへ行く!ゴンドゥル!!」


それをブリュンヒルデが呼び止めた。


「……分かっているだろう?このままにはしておけない」


「ダメだ。このままにしておくのだ。我等は人々の政に関わることはしない。それが紅神龍様の御意思だと分かっているだろう……もしもお前が行くというのなら……」


「―――だったら、どうするんだい?」


ゴンドゥルの意志を曲げることなどない瞳がブリュンヒルデを貫くと、


「……アルヴィト」


彼女がアルヴィトの名を呼ぶと同時に、ゴンドゥルがその場で地面に倒れ込んだ。


「……」


瞳からは光を失い、まるで人形のように受け身も取らず倒れ込んだゴンドゥルを見下ろしながらブリュンヒルデは告げる―――


紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第五位ゴンドゥル―――紅神龍様の御意思に逆らう行為は投獄の罰を受けることになる。紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリー第二位ブリュンヒルデが……ゴンドゥルに紅龍城で投獄を命じる」


ゴンドゥルが答えることはない……


「アルヴィトの『全知』の反転……『無知』に掛かれば何人たりとも知覚を得ることは出来ない。このままお前を拘束する」


優れた魔術師であるゴンドゥルであろうと、アルヴィトの『全知』スキルを反転させることで全身と精神を『無知』に変換する能力からは何人も逃れることは出来ない。


「……お前の気持ちは私にも分かる……私も共にあの家族と過ごしたのだ。だが……それでも、我等紅の戦乙女クリムゾン・ヴァルキリーが紅神龍様の秩序を乱すことだけは―――あってはならない」


ブリュンヒルデのその言葉が伝わっているのかどうか、感覚をすべて奪われたゴンドゥルから知ることは出来ないが、その瞳の奥には渦巻く哀しみと怒りが見えているような気がした。


―――こうして、ゴンドゥルはこれより紅龍城にて拘束される運命を辿る。


イェンリンは妹と幼馴染を救うことを胸に誓い、カウスラー王国へ向かう―――


―――この二人が再び巡り合うのは、


この時から七年後のことになる―――


―――運命の子イェンリン=ロッソはここから凄惨な運命を辿っていく。


少女の時代を終えて、新たな章へ後の剣聖の物語は続くのだった―――



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