狂気の男
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―――ブラッセンの講釈は窒息状態のカリオラの耳に響いているが、思考が上手く働かず朦朧としていく。
剛腕の力で吊り上げられたカリオラは、その手からゆっくりと魔術杖が地面に落ちていき、それを見ていたルメイは―――
「―――カリオラァアッ!!!」
顔色からも危険な状態だと分かるカリオラの名を叫んだ。
「さあ、それじゃあ楽しい処刑を始めようかぁ」
虫の息のカリオラを睨みながらブラッセンはニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
だが、その時―――
「―――団長ぉ!!!」
―――そこへ馬を走らせて接近してくる兵士がブラッセンを呼ぶ。
「あん?……何事だ?」
その声にブラッセンはカリオラの首を絞めていた手の力を緩める。
駆け寄ってきた兵士に視線を向けると、馬から降りた兵士が近づいてくる。
「お前は……確か村の反対側に配置した待ち伏せ部隊にいたな?」
「はい。その村外で職人風の男と遭遇したんですが―――」
兵士の口から出た『職人風の男』という言葉にルメイはビクッと反応した。
「―――その男の荷物の中に大量の魔法薬がありました」
魔法薬と聞いて朦朧としていたカリオラ意識が現実世界に戻ってきた。
「魔法薬だと?」
「はい!……この村には魔法薬が作れる魔術師がいるものと、うちの隊長がそれを伝える様に伝令を飛ばしたって訳です」
その話を聴き終えてブラッセンはジロリと胸座を掴んだカリオラの顔の目の前に自分の顔を近づけると、
「―――お前が……その魔術師だな?」
威圧の込められた言葉を投げ掛けた。
「ち、違うわ!!」
即座に否定するカリオラは魔法薬が軍事利用に重宝されることを誰よりも知っているのだ。
「そうか……違うのかぁ」
わざとらしい口調でカリオラを掴んだ手とは逆の手に握っていた剣を、左右から二人掛かりで捕らえられているルメイに向ける。
「もう一度聞くが……お前が魔法薬を作れる魔術師だよなぁ?」
「―――クッ!」
キッと睨みつけたカリオラを睨み返すブラッセンだったが、その時ルメイが叫ぶ。
「お、お願いします!教えてください!!―――さっき言っていた……職人風の男の人は……どうなりましたか?」
伝令に来た兵士に視線を向けて問い掛けたその声は、最後は震え声に変わっていた。
「あん?……そうかぁ……あれ、お前の亭主だったんだな?」
兵士はルメイの問い掛けた内容から、この目の前の女があの男の妻なのだと睨んだのだ。
「残念だったなぁ♪ もう首と胴がサヨナラして『冥府』に逝っちまったよ!」
無情な兵士の告知にルメイは顔面蒼白になり、またカリオラも一緒にいたはずのイェンリンの顔が脳裏を過ぎる。
「ッ!―――う、うそ……嘘よ!!!メ、メイスン!メイスンがそんな!!!イヤアアアア―――ッ!!!」
発狂したように泣き叫ぶルメイだったが、
「む、息子は!?―――マ、マルク……マルクも一緒に殺したの!!!この、人でなしぃ!!!」
「―――はぁ?息子だぁ?」
ルメイから出た息子という言葉に心当たりのない兵士は、
「まさか……あの時、どこかに隠れていたのか!」
周囲にそんな姿がなかったことを口にすると、それを聞いたカリオラは希望を抱く。
(きっとメイスンがイェンリンとマルクを逃がしてくれたのね……メイスン……ありがとう……)
そこでメイスンに感謝の思いを胸に抱きながら、カリオラは目頭が熱くなる。
「ガキを取り逃がしたのか?……まあ、いい。どうせガキの一匹くらいすぐに見つかる。今はそれよりも―――」
そう告げたブラッセンは剣の切先をルメイの腹に向けた。
「―――最後の機会だ。正直に答えろよ。お前が魔法薬を作れる魔術師だな?」
問い掛けると同時に剣の切先がルメイの服の上から腹を押す。
「―――ヒイイィ!」
腹に当たった切先にルメイは短い悲鳴を上げた。
「やめて!!!―――そうよ!!!私が魔法薬を作ったわ!これでいいでしょう!!!だからこれ以上ルメイには―――」
―――彼女の解放を願い出ようとしたその時、
ズブリッ!という鈍い音がその場で響いた―――
「あ“っ”!……ア”ア”ァ“!!……イヤアアアア―――ッ!!!ア”ァ”ア”ア”ア”イ“ィ”イ“イ”ッ!!!赤ちゃんがぁああ!!!」
―――ブラッセンの握る剣がそのままルメイの腹部に突き刺さり、誰の目にも腹の子が助かる見込みのない残虐な行為にカリオラが呆然とする。
「妊婦は後々面倒になるからな。もう此処で処分していく」
剣を深く突き刺したブラッセンは一辺の罪悪感を見せる様子もなくカリオラに目を向ける。
その外道な行いにカリオラは身体の芯から凍りつくような恐怖を覚えた。
「この家に魔法薬はあるのか?」
腹を貫いていた剣を抜き去り、その場にルメイを投げ捨てるようにしてカリオラに問い掛けるブラッセンだったが、
「い、いやぁあああ!!!―――ルメイ!ルメイィイイッ!!!」
地面に横たわり、間もなく息を引き取りそうなルメイに駆け寄ろうとするカリオラを強引に引き戻す。
「もう助かりゃしねぇよ。もう死ぬヤツより俺の質問に答えろ。まだ魔法薬はあるのか?」
「―――そんなものないわよ!!!」
泣きながら叫ぶカリオラの様子を眺めていたブラッセンだったが、
「おい―――この家の中を隈なく調べろ!」
配下の兵士達に家の中の捜索を命じた。
「やめてっ!!!―――本当に魔法薬はないのよ!メイスンに全部渡してあったから!!!」
「―――それを俺が信じるとでも思っているのか?あるか無いかは調べれば分かる」
そう言ってブラッセンはカリオラの腕を掴んだまま家の中へ先に押し入った兵士達の後に続く―――
―――家に入った途端、兵士達は家の中の彼方此方をひっくり返して、食器が割れ、棚が投げ倒されていく。
「やめてぇええ!!!」
家の中を無茶苦茶にされていく様子を見ていることしか出来ないカリオラは、泣きながら叫び続ける―――
―――その時、
「……」
無言で家の中を見渡していたブラッセンが、足元の床にある木目の筋に気がつく。
無言でそこへ近づいていくと、
「そこは只の物置よ!!!」
カリオラが必死にブラッセンへ向けて叫んだ。
「そうか、そうか……」
カリオラを兵士に抑えさせて、ブラッセンはゆっくりとその床の扉を開くと―――
「―――ヒッ!いや、イヤァアアアッ!!」
―――幼い悲鳴を上げたエリシラが捕まり、その地下室から引き摺り出されてきた。
「エリシラ!!―――やめてっ!その子には手を出さないで!!魔法薬でも何でもするから!!お願いよ!!!」
「―――お母さぁん!!」
泣きながら懇願するカリオラを見下ろしながら、ブラッセンはニヤリと歪んだ笑みを浮かべる……
「漸く従う気になったか……お前が命令に従うと誓うなら、俺の足に口づけをしてみせろ」
「―――ッ!」
冷淡な声色で命じるブラッセンの濁った瞳には、一切の情が感じられない。
「くっ!……します……しますから、エリシラには手を出さないで!!!」
「―――早くしろ。じゃないとガキ好きの好色な貴族にこの娘を売りさばくぞ?」
「ッ!―――待って!!……」
ブラッセンがカリオラを拘束していた兵士に目配せすると、二人はその手を放す。
するとその場で跪いたカリオラは、ゆっくりとブラッセンの差し出した革靴に顔を近づけていく……
これまでの行軍で泥だらけになり、洗われることもなかっただろう革靴の表面に向かって唇を差し出すカリオラ……
「……ウクッ」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、その光景を見ている兵士達に囲まれながらカリオラはブラッセンの足に口づけを落としたのだった―――
―――そこから家中を無茶苦茶にされて捜索されたが、
「団長―――材料らしき物は地下にありましたが、魔法薬はありませんぜ」
捜索から戻ってきた兵士達の一人が外でカリオラとエリシラを拘束させたブラッセンの元へ報告に来た。
「そうか……これ以上、此処に留まっていても時間の無駄だな」
家に背を向けて移動を始めるブラッセンが馬に跨ると、
「―――燃やせ」
兵士にそう命じた次の瞬間、
「―――《火球》!!」
数名の兵士達が家に向かって一斉に火属性魔術を仕掛けた。
「やめて!!!―――なにをするの!!」
目の前で家に火を着けられて、カリオラが叫ぶがブラッセンは冷たい目を向けて、
「二度と戻ることがないんだ……残しても仕方ないだろう?」
当たり前だと言わんばかりの態度でそう言い放った。
(こ、この男は……狂っている!!)
人の所業とは思えないその行為にカリオラは奥歯を噛みしめることしか反抗の態度を示すことが出来ない。
「あぁ……お家が……」
カリオラの傍で燃え盛る我が家を見つめるエリシラは、涙が止まらなかった……
「よし……そろそろ行く―――」
ブラッセンがそう命じようとした時―――
「―――団長!!村の外から突然どこかの兵士がぁ!!!」
―――そこへ報せに来た兵士がブラッセンに奇襲を受けたことを報告した。
「なにぃ?こんな村に俺達以外の兵士だとぉ!?」
「は、はい!今、村の東側の入口から雪崩れ込んで来たそいつ等に、戦士団が応戦しています!!どうしますか!?」
「―――向こうはどのくらいの戦力なんだ?」
「見た限りは百ほどですが、どこかに伏兵が潜んでいるかも……」
その兵士の進言はブラッセンの判断を鈍らせた。
(どこかで逃げたヤツに侵攻されていることを知らされて、メイローズの兵士が此処まで到着したってことか?だとすると村の中での戦闘はこっちも避けたいところだ……)
「チッ!―――おい!前の村まで後退だぁ!!!」
その深読みがブラッセンに後退を決断させた。
「全軍!後退ぃ!!―――団長命令だぁ!!!」
外道の集団であってもブラッセンの統率により、こういった場合の後退命令は絶対だ。
最終的にはそれが自分の命を護ることになると兵士達も弁えているのだ。
村で虐殺の限りを尽くし、家財を持ち出して狂気を顔に浮かべていた兵士達も統率を取り戻し、一斉に南西側の村の出口に向かって移動を開始するのだった―――
―――襲い掛かるカウスラー王国守護戦士団の兵士達を次々に斬り倒していくダンクとロドス。
そこへ伝令らしき兵士が向こうにやってくると、
「撤収だぁ!―――団長命令だぞぉ!!」
そう大声を出して屈強な兵士達に呼び掛けていく。
「ッ!―――敵が退くのか!?」
ダンクは突然の撤退命令に妙な疑いを持つが、目の前の兵士達が一斉に退いていく様を見せられて、
「追撃する!!―――少なくとも村からは確実に追い出すぞ!!!」
「オォオオオオッ!!!」
引き連れた自警団と共に追撃を開始するのだった―――
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