第3曲 客寄せの為のフルートソロ
優乃絵と出会った翌日。ついに、部活動見学・体験入部期間が始まった。
この楽木高校は、部活動見学のほかに、"体験入部"という制度がある。それは、1日だけ、希望の部活で活動ができるというものだ。
初心者であっても、初心者でも出来る技術を教えたり、部の雰囲気を知ってもらったりと、入部に一歩近づく制度である。
静寂 アスの案は、その"体験入部制度"を駆使して、新1年生を勧誘するというものだった。
だが、ユラムは違った。
「………吹部で体験入部する人は、よほど興味があるか、あるいは経験者か。だから、何も知らない初心者を狙う作戦も必要だな」
ユラムはひとり、1年生を勧誘する作戦を立案していた。
アスの案を否定はしない。
どうすれば、彼女の案がより有効になるか?それを彼は、脳内で考えを巡らせる。
その時、入室してきた3年生が、ユラムへ無茶振りをふっかける。
「ユラム、あなたは、1年生がリクエストしてきた曲を吹いて」
3年生の先輩は、淡々と言った。
まるで、
『簡単にできるでしょ?』
とでも言うかのように……。
「えっ?」
彼は、無茶振りのような言葉と、先輩の高慢さに、何度も瞬きを繰り返した。
いや、待て!
できるのか?
イヤフォンで原曲とメトロノーム流せば、まぁ、できるか!
楽勝だろ!
…………ほんの少しミスっても、いいのなら。
ユラムは圧倒的な演奏技術を有している。
故に、これくらいの願い事。言われたとて、笑顔で返事ができる程度だ。
もちろん、慢心などではない。
(ユラム、また絡まれてる)
アスは可哀想……なんて思わなかった。
どんな曲であろうと、ユラムなら吹き切ってしまう、そう信じているからだ。
「………えっと……ですね……?つまり、僕は1年生の客寄せパンダくんをやれ……と?」
ユラムは、お困り口調で問う。
「そうゆうこと」
「な、なるほど……」
「できっしょ?」
「まぁ……、できる限りは」
ユラムは、"いちおう"保険をかけた。
できないから……ではない。
あとで、嫌になった時に抜け出す為だ。
こうして、部活動見学が始まった。もちろん、競合相手は他の部だ。ほかの部活の部員に、1年生を取られないよう、必死そうだ。
「………よし、これつけろ!」
「先生、この看板って……」
段ボール製の紐で下げた看板。
〈どんな曲でも なんでも吹きます!〉
馬鹿みたいに大きな文字。
ユラムは読み上げたあと、頬を真っ赤に染めた。
超恥ずかしい!!
なにこれ!?
それに、なんでも吹くって……トランペット以外にも吹かせる気!?
まぁ、フルートとかなら、やってもいいか……。
ユラムは恥ずかしかったが、音楽室前の廊下へ立ち止まり、適当に曲を吹くことにした。
一応、チューニング済みの、フルート、アルトサックスをベンチに置き、彼の手にはトランペットがあった。
(音だけは抑えないと……怒られちゃう)
ユラムは、音量だけを肝に銘じて、マウスピースを唇へあてがう。
誰か、聴いてきてくれますように……!
マジで頼む!
このまま、ずっと窓際族ならぬ、廊下族は嫌だよ。
そう祈りながら、彼はピストンを、細い指で押す。
刹那、うるさすぎず、迫力のある都合の良い音が、廊下を突き抜けた。ベルから飛び出す音色に、空気がビリビリと震える。
曲はまだ、鳴らさない。
3分ごとに、吹く楽器をサイクルしていく。
まぁ、次はフルートでいいかな。
取り敢えず、誰かに聴いてもらわないと。
思考と並列して、楽器を吹き鳴らすことが、容易にできる。
そんな技術、難しいとは思わないのに、なぜだか、心の奥底では自分を称賛したくなった。
♪ ♪ ♪
1曲目を吹き終えると、彼はすかさず、銀色の筒へ手を伸ばす。
「………次は」
彼が手にしたのはフルートだ。木管楽器の一種で、澄んだような美しい音を出すことが、最大の特徴だ。
「………なにを吹こうかな?」
彼は口に出して思案する。
その時、耳のイヤフォンが反応する。
《【助言】クラシックも良いですが、聴いた方が、話しかける取っ掛かりを作るなら、流行りのポップスがお勧めです》
ちなみに、特殊素材で透明なイヤフォンだ。
「………なるほど。じゃあ、最近の流行曲、おすすめのやつ、流してくれないかな?」
《【承諾】………では、先週の週間ランキング1位の曲を流しましょう》
「ドンカマとメトロノームもお願いします」
《【了解!・メトロノーム接続完了】いつでも大丈夫です。吹いてください》
いやぁ……… とても頼もしい!!
これがあれば、大抵の曲はなんとか、吹けるだろう。
まぁ、最悪……、無くても吹けなくは、ないけれど……。
円滑に吹きたいなら、このイヤフォンは欠かせないね。
ユラムはフルートを吹き鳴らした。甘美な音色は、空気を催眠術のように、静かに支配していく。伸びやかで心地のよい音色。
プロの賛美歌手が歌う以上の、軽やかで、美しい音を、ユラムは響かせていた。
彼の細い指が、キイを止め処なく動かす。流行りの曲は、I音I音の処理が大変だ。だが、ユラムはプロ奏者以上の手つきで、丁寧に音を鳴らしてみせる。
その時、通り過ぎようとした1年生が、足をとめる。すると、まるでフルートの歌声に引き寄せられるように、ユラムの元へと走り出す。
通り過ぎようとした子よ、興味を持ったみたいだな。
まぁ、綺麗な音だもんね。フルート。
僕も大好きだよ。
ユラムは心内で喋りながらも、機微な音程も、易易とくぐり抜けていく。
美しい音は、彼の上がった機嫌と同調するように、甲高く天井すらも貫いた。
彼がフルートの歌口から、唇を離す。すると、拍手が飛んできた。
「すっごいですっ!おねえさん、プロの方ですか!?」
「あ、いや、僕、男の子なんだよね」
ユラムはそう言いながら、女性のような目元を細めた。
「………すごい……!!疲れないんですか?」
「うーーーん。まだ吹けるよ」
「ヤバっ!?」
ちなみに、誇張ではない。ユラムにとっては、まだ準備体操レベルだ。これを堂々と言えた自分でも、あまりの高慢さに驚くばかりである。
「………じゃあ、リクエストいいですか?」
「あ、いいよ」
女子は、彼の胸元に下げられた看板を見たのか、目をキラキラと輝かせて問うてきた。
彼はそれに頷くと、再び吹き口へ息を吹き込んだ。
その後、ユラムはフルートのソロを、1年生の彼女へと見せつけた。
フルートの魅力が伝わるよう、彼は吹くときの体勢、音色を意識した。
♪ ♪ ♪
「すごかったです!私、琴城 久希って言うんですけれど……、フルートに興味を持ちました!!」
「え!?ほんと!?」
マジか!
こんなに上手くいくんだなぁ……。
なんと………ユラムは初日であるにも関わらず、フルートソロだけで、体験入部の予約を取り付けることに成功した。




