第2曲 落ちこぼれの打楽器奏者
夕日の斜陽が、立ち止まるふたりの足元に、影を作る。もう、日が沈もうとしていた。
「優乃絵……ちゃん、だっけ?」
「………うん」
先刻、ユラムは、この優乃絵という少女に、話しかけられた。
「………なにか、困っていることでもあるの?」
「うん……。すっごく困ってる」
優乃絵の声は、深海のように沈んでいる。だが、ユラムのことを見る目は、純粋な羨望の眼差しそのものだった。
「………おねえちゃん、すっごく楽器うまいよね」
すると、彼女は、演奏技術を褒めてきた。
………いや、だからおねえちゃんじゃない。僕、男なんだよ?そんなに、女の子の顔立ちしてるかな?
「まぁ、僕、男なんだけど。あ、ありがとう」
「私ね、お願いがあるの」
「え………?」
ユラムは、お願いを聞くつもりはなかった。
………というか、小学校低学年くらいの子だよね?
間違いなく、関わったらロリコン判定されるよね?
本当はね、助けてあげたいけれど、年齢的に無理なんだ。
だが、ユラムの苦渋に歪めた表情も、彼女は無視して言葉を紡ぐ。
「………それで、お願いっていうのはね」
「………なぁに?」
仕方ない。
なんか、必死そうだし、可哀想だから、聞いてみよ。
結局、自分自身の甘さと人の良さに、負けてしまうユラム。彼女の願い事とやらを、聞くことにした。
「………私ね、楽木小学校の吹奏楽部にいるの」
「小学校……か……」
(じゃあ、僕の後輩なんだ)
楽木小学校は、ユラムの出身校だ。
何より、小学校の吹奏楽部を設立したのは………。
彼の言葉を待たずして、少女は再び口を開く。
「それで、私、だ、打楽器やってるの」
「ああ、打楽器ね………」
ん?
………何だろう?
この……嫌な胸騒ぎっぽいやつは?
まぁ、いいや。話しを聞こう。
「私、全然うまくなれないの」
「なるほど。それは大変だね」
「こういうの……なんていうんだっけぇ?……お、落ち………お……」
「えっ?落ちこぼれってやつかな?」
「そう!上級生にも言われてるの!」
その言葉に、ユラムはなぜか、強い憤りを感じた。
おいおい、名前の知らない上級生よ。落ちこぼれとか言ってねぇで、指導しなさいよ。
あ、いや、そういう子ほど、指導は下手だったりする。
「………それは、辛くない?」
ユラムの心が、優乃絵の心情に移入される。
「………辛いよ。すごく」
だろうなぁ。
いや、なんで、僕ってば、この子の気持ちが、痛いほど分かるんだろう?
生まれてから、1度も、楽器の演奏に苦労したことがないのに………。
それに、この胸の奥が、意味不明な言葉を叫んでいるような感覚………。
気持ち悪すぎる………!!
「それで、優乃絵さん、何年生?」
「小学5年生だよ」
「えっ………?」
その時、ユラムの表情が、白紙のように白くなる。
うっ、うわ!優乃絵さん……ゴメンナサイ!
あなたのこと、てっきり……小学3年生くらいかと思っていました!
いや、それでも、小学6年生!
駄目な所が分かっているのなら、優しく、的確に教えてあげなさいよ!
いや、言っても無駄なことは、分かっている。
「………ちなみに、始めて何年?」
「小学4年生のときから始めたから、2年目」
「ああ、パート内で仲の良い子は?」
「ひ、ひとりもいないよ」
(………ああ、なるほど。孤立してるから、相手にされないタイプね)
ユラムは、冷静に分析していた。
だが、それでも心中で憤慨した。
………な〜に、孤立させてるんだ!
いや、小学生は仲の良い人で、冬鳥の如く群れるから仕方ないか。
それでも、せめて、話しかけてあげてよ。
まったく、年相応の仲良しこよしにも、困ったものだ。
「………うーーーん。すっごく助けてあげたい」
「ほんとっ!?私ね」
「ん?」
すると、優乃絵が沈んだ声で言う。
「………きっと……才能ないんだ。ただ、上手になりたいのに、才能がないから、置いていかれちゃうんだぁ」
自嘲するように、優乃絵は笑う。
明らかに、無垢な子供が見せる表情ではない。
(………ここまで、追い込むなんて。どれだけ放置してたんだ。上級生たち)
ユラムはそう思いながら、彼女へ手を差し伸ばす。
「いいよ。君が上手になるまで、僕が教えてあげる」
そう言うと、優乃絵はようやく、年相応の笑顔を見せてくれた。
どれだけ才能がなくても、こういうタイプはきっと化ける。
目標は大きく、下剋上を目指す。
ユラムと優乃絵の物語は、この日から始まった。




