【エピローグ】窓際の席
非番の日の小図書館は、同じ部屋なのに、少し広く見えた。
庭師の女は、窓際の席に座った。いつもは、扉が見える向きに椅子を置く。今日は、窓のほうへ向けた。低い窓から入る光が、机の上まで届く。
窓の外を、荷車の軋む音が通っていった。今日の当番は、男だ。
「これですか」
声は、後ろからした。勤めの日なら、足音で先に振り返っている。
エルが、草木の図譜を両腕で抱えて運んできた。見習いの仕事だ。東屋から出てきたときも、本の包みを、こうして胸の前に抱えていた。
「はい。ありがとうございます」
女は、春告げの頁を開いた。白い花の絵と、土の下の根の絵。根の脇に、次の年の芽が、小さく描いてある。
花が散ってから、芽が育つ、と書いてある。春に咲いて、春に散る花の話だ。秋に咲いている花のことは、どこにも書いていない。
「その頁、ぼくも読みました」
エルは、まだ机の端にいた。
「秋のことは、書いてありませんでした」
「書いてございません」
「エミーリエが、分からないことは、分からないままにしておきます、って」
「春までは」
「春までは」
エルは、言われたことを、小さな声で繰り返した。布のときも、そうだった。それから、札の束のほうへ戻っていった。
女は、頁に目を戻した。
勤めの日は、ここまで読めたことがない。殿下が棚を移るたびに、目が上がる。目が上がれば、線を見失う。
今日は、目を上げなかった。棚の奥で本を抜く音がしても、上げなかった。
根の線は、細い。十年、春に掘り返してきた根と、同じ形だった。描いた人も、春に掘ったのだろう。秋に掘った絵は、ない。
読み終えて、女は図譜を閉じた。栞は、挟まなかった。
「お返しします」
エルが受け取って、両腕で抱えた。棚へ運ぶ背中を、女は見送らなかった。見送らなくていい日だった。
外へ出ると、客間の下の花壇が白かった。温め石の上で、春告げは今日も咲いている。
隣の花壇は、土だけだ。春に咲いて、春に散った株が、土の下で冬の支度をしている。
女は手袋を外して、土だけの花壇に手を置いた。冷たい。こちらが、今の季節だった。
白い花壇の春告げが、次の春にまた咲くかどうかは、誰も知らない。試した人がいないのだ。
女は、冷たい土から手を離さずに、しばらくそうしていた。




