↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王家の小図書館  作者: 朝庭零
春が終わるまで
PR
15/20

【エピローグ】窓際の席

 非番の日の小図書館は、同じ部屋なのに、少し広く見えた。

 庭師の女は、窓際の席に座った。いつもは、扉が見える向きに椅子を置く。今日は、窓のほうへ向けた。低い窓から入る光が、机の上まで届く。

 窓の外を、荷車の軋《きし》む音が通っていった。今日の当番は、男だ。

「これですか」

 声は、後ろからした。勤めの日なら、足音で先に振り返っている。

 エルが、草木の図譜《ずふ》を両腕で抱えて運んできた。見習いの仕事だ。東屋《あずまや》から出てきたときも、本の包みを、こうして胸の前に抱えていた。

「はい。ありがとうございます」

 女は、春告《はるつ》げの頁《ページ》を開いた。白い花の絵と、土の下の根の絵。根の脇に、次の年の芽が、小さく描いてある。

 花が散ってから、芽が育つ、と書いてある。春に咲いて、春に散る花の話だ。秋に咲いている花のことは、どこにも書いていない。

「その頁、ぼくも読みました」

 エルは、まだ机の端にいた。

「秋のことは、書いてありませんでした」

「書いてございません」

「エミーリエが、分からないことは、分からないままにしておきます、って」

「春までは」

「春までは」

 エルは、言われたことを、小さな声で繰り返した。布のときも、そうだった。それから、札の束のほうへ戻っていった。

 女は、頁に目を戻した。

 勤めの日は、ここまで読めたことがない。殿下が棚を移るたびに、目が上がる。目が上がれば、線を見失う。

 今日は、目を上げなかった。棚の奥で本を抜く音がしても、上げなかった。

 根の線は、細い。十年、春に掘り返してきた根と、同じ形だった。描いた人も、春に掘ったのだろう。秋に掘った絵は、ない。

 読み終えて、女は図譜を閉じた。栞《しおり》は、挟まなかった。

「お返しします」

 エルが受け取って、両腕で抱えた。棚へ運ぶ背中を、女は見送らなかった。見送らなくていい日だった。


 外へ出ると、客間の下の花壇が白かった。温め石の上で、春告げは今日も咲いている。

 隣の花壇は、土だけだ。春に咲いて、春に散った株が、土の下で冬の支度をしている。

 女は手袋を外して、土だけの花壇に手を置いた。冷たい。こちらが、今の季節だった。

 白い花壇の春告げが、次の春にまた咲くかどうかは、誰も知らない。試した人がいないのだ。

 女は、冷たい土から手を離さずに、しばらくそうしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。