8 地獄に、行こう
――知ってたのか。シア殿。
のどの痛みも気にならなかった。
涙と、鼻水と唾で、顔がぐちゃぐちゃになっても、どうでもよかった。
静かに降る雪がすでに冷たい体に追い打ちをかけた。
シア殿の……あの時の言葉!
『セラフィン様は、よく頑張られましたよ?』
何笑ってるんだ、知っていたなら、助けてやってもいいじゃないか。
責任転嫁だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。
そうだ。本当は私が気づくべきだったんだ。
黒と赤の自分の髪を引っ張った。
痛みで少し冷静になる。でも、すぐにセラフィンが視界に入って来て、冷静さを見失う。
気づいてただろう。なんで、目をそらした!
助けられただろう。どうして、動こうとしなかった!
もしやり直せるのなら。
やり直すことで私が何を失っても。
絶対に。
絶対に。
後悔も。
躊躇も。
存在などするものか。
「は、は、はぅ、ゔう~、ああ、ッ~~!」
気づけば涙は枯れていた。
今まで流した涙と比べると、今までのものが百分の一にも満たないのではないかと思えるほどに、泣き叫んだから。
でも。
でも。
最後に。
一度だけ。
「あ゙あ゙あ゙アア゙ああーーーー!!!!」
座り込んでいる地面から氷が広がって、枯れ枝が燃えて、闇が広がった。
お前らが『神の使い』だと呼んだ子どもに、殺される気分を味わえばいい。
「アル……」
小さな声が聞こえてきた。
見覚えのある、王太子だ。
「アーク様……」
「これは? この……燃えてる木も、暗い空も、凍ってる地面も……キミがやったのかい?」
憐れむような表情で聞いてきた。いつもとは違い、少し距離がある所から。
顔をぬぐって、立ち上がる。じっ……とアーク様を見つめた。
数秒見つめ続けると、アーク様は「そうか」と呟いた。
王太子の少し後ろの地面に視線をやった。
そこには、王太子の影がある。
「んゔっ」
闇魔法で王太子を縛った。
余計なことをされると面倒だ。動きは封じておく。
「ゔあ、んんう」
何か言っている。必死に訴えかけてくる。
私はそんな王太子を無視し、セラフィンの体をハンカチで拭いた。
ハンカチと言っても、派手な刺繍が施されていて、使い勝手は最悪。ほぼ飾りだ。
ハンカチがびしょびしょになったから、真っ赤に燃える木に向かって投げた。
気づいたのだ。ハンカチを使うより、氷の魔法で水を取った方が早いって。
昔一度やったことがあるが、難しかったんだよなぁ。でも、今ならできる気がした。
昔……その時は、結局失敗して、セラフィンの風魔法でカラッと乾かしてもらった。
「んんー!」
闇魔法は便利だ。極めれば極めるほど使い勝手がよくなる。威厳の為に使いやすさを捨てたハンカチとは真反対だ。
セラフィンを持ち上げて、ポンポンと背中を叩いてやった。
さっきから何かを訴えかけてくる王太子に向き直る。
水色の瞳を細めて、口角を上げる。
今まで世話になった王太子に、最後くらい極上の笑みを向けて。
「お世話になりましたっ」
――ぐさ
「……ぐぁ」
王太子は、自分の胸を貫通する影を見つめて、情けない声を出した。
――地獄絵図を、作ってやる。
我ながら展開早……。




