七夕……ね。
蒸し暑さが残る夜。
大学からの帰り。
北万住駅の改札を出たら。
あっ。
赤、青、黄色、銀や緑。
鮮やかな短冊が。
人の流れの中で。
ひらひらと揺れていた。
駅ビルに通じる入り口脇の柱に。
結わえ付けられていた笹。
もうすぐ。
七夕か。
子供の頃は。
家や学校でも短冊を書いた記憶がある。
いつからか。
そんなことも。
しなくなった。
私は人を避けながら。
笹に近寄った。
『智哉くんとデートできますように』
『電車の運転手になれますように』
『織姫さまが彦星さまと会えますように』
ちらちらと目に入る。
祈りや願い。
柱の前に横長のテーブルがあって。
そこに、色とりどりの短冊とペンが。
それぞれ箱に入って置かれていた。
どうやら。
ここで書いて。
短冊につけるみたい。
私は。
そっと。
指先で色を探して。
少し迷って。
赤い短冊をつまみあげた。
ん?
タンタンタン。
足音を響かせて。
息急き切って。
駆け寄って来た女の子。
テーブルに体を押し付けると。
手を伸ばして。
短冊の上で。
どれにしようかなって。
人差し指でリズムを取っている。
水色の短冊を引き抜くと。
女の子は黒いペンを取った。
ペンの端を顎に押し当てて。
口を尖らせて。
宙を見据えた。
やがて。
ぺろりと。
舌舐めずりをして。
髪を耳にかけると。
短冊にすらすらと書き始めた。
あまり見ては良くないのだろうけど。
女の子が何を書くのが気になって。
目が逸らせなかった。
かわいらしい文字が綴ったのは――
え……?
『美瑠とずっと友達でいれますように』
女の子は箱にペンを戻すと。
両手で持った短冊を眺めて。
微笑んだ。
そして。
笹に結び付けようと。
踵を上げ上げ。
両手を伸ばして。
ふらふらしている。
「ねえ、良かったら付けてあげようか?」
手を伸ばしたまま。
くるりと顔を向けた女の子は。
「いいの?」
きょとんと。
首をかしげた。
「いいよ」
「じゃあ、お願いします。一番高いところがいいの」
「うん。分かった」
私は背伸びして。
短冊を結わい付けた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
女の子はにこっと笑って。
短冊を見上げて。
手を合わせた。
それから。
私にぺこりと頭を下げて。
小さく手を振ると。
スカートを翻して。
人の波の中に駆けて行った。
でも。
美瑠って。
同じ名前なんて不思議。
そっか。
ここしばらく。
美瑠に会えてないもんね。
後で連絡してみよう。
私は。
ペンを取り。
顎にペンの頭を当てて考える。
何を書こうかな……
くすりと。
わいた微笑み。
そうだね。
さっきの子と。
同じこと書いてたな昔。
そのお陰なのかな。
美瑠とは。
今は。
お願いしなくても心友だしね。
あっ!
私はペンを走らせる。
『私を大切にしてくれた人たちが、ほんの束の間でも、幸せを感じられますように』
うーん。
ちょっと。
傲慢かな。
けど。
いいよね。
たまには。
私は赤い短冊を。
水色のそばに結び付けた。
そっと手を合わせて。
はらりはらりと。
揺れる短冊を見つめる。
ふと。
それらが。
あの約束の木に付いていた。
絵馬や短冊と重なって見えた。
彼と会えますように。
って。
書けば良かったかな。
なんてね。
だって。
あの約束の木で。
彼と二人で絵馬に書いたから。
ね。
二人だけの。
秘密の約束を。
肩をすくめて。
視線を逸らした先。
ん?
『おばあちゃんの病気がなおりますように』
黄色の短冊に記された祈り。
そう。
彼の弟も病気で。
『おとうとのびょうきが治りますように』
ぎこちない字で。
書かれた絵馬を見せてくれた。
彼の名前。
真治の治の字だけが。
漢字で書かれていたんだっけ。
弟くんの病気。
良くなったのかな。
かさかさ……
ふわりと。
通路の出入り口から迷い込んだ風。
笹と短冊を燻らせていく。
なんか。
懐かしい匂いと声が聞こえた――
気がして。
辺りを見回す。
「梨花ー!」
ん?
美瑠?
声の方へ振り向くと。
両手を振りながら。
人の合間を駆けてくる。
「梨花、久しぶり」
美瑠は私の頬を両手で挟む。
少し汗ばんだ。
あったかい手で。
「もう。美瑠、痛いよ」
「へへ。ねぇねぇ、ケーキ食べようよ」
むぎゅっと。
さらに頬を挟む美瑠。
私は美瑠の頬を両手で挟む。
口がタコみたいになった美瑠の顔を見て。
笑いが込み上げて。
肩を揺すって笑い出す。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




