ミス……
淡い光がキャンパスを包んで。
瞬く星の散らばりのように。
青々とした葉が。
うららかな風に抱かれている。
どうしようかな。
私は昼食を済ませて。
次の講義までの空いた時間。
本を読むための場所を探している。
サークルの部室でもいいのだけれど。
道端に咲くタンポポを見つけたら。
朗らかな春の日だまりの中。
外で読書もいいかなって。
中央広場を歩いている。
「倉科さん? ですか?」
不意に。
脇から声をかけられた。
「はい。そうですけど……」
声の主は。
眼鏡をかけた男性。
小脇に冊子を抱えていた。
「実物のが、かわいいなぁ」
男性は広げた親指と人差し指で。
眼鏡の端を持ち上げた。
「はあ……?」
「いや、ごめんね。僕は安堂といいます。ミスコンの運営委員をやってます」
「ん……?」
安堂さんは。
口元にうっすら笑みを浮かべ。
「倉科さんを推薦された方がいましてね。他薦。つまり他人に推薦された場合。参加の意思を本人に確認する必要がありまして」
通販番組のセールスマンのような景気の良い口調でまくし立てた。
「はぁ……、なら、出ません」
「そう。え……? 出ないの?」
「はい」
「いや、でも君かわいいし」
安堂さんの視線が上下する。
「私は、興味ないので。ごめんなさい」
「え? でも、せっかく推薦してくれた人もいるわけだし。君ならいけると思うけど」
「いける?」
「ああ、うん。ミス明星もってこと」
「それはないですよ。じゃあ、お断りしましたから」
「いやいや、本当に興味ないの?」
「はい」
「ふーん」
また、じろじろと這う視線。
「僕は君に興味がわいたな」
「ありがとうございます。でも。彼氏いるんでごめんなさい」
私は小さく頭を下げて。
歩き出そうとすると。
安堂さんは行く手を遮るように。
手を広げて立ちはだかる。
「いや、そんなの関係ない」
「は……?」
「一度、僕と……ドライブでも行かない?」
「行かないです。じゃあ……」
反対方向に歩き出す私。
「ちょっと、じゃあ、連絡先交換だけでも」
獲物を見つけた芸能レポーターのように。
まとわりついてくる。
「ごめんなさい」
「いやいや、ちょっと……」
真面目そうな見た目と違って。
意外にしつこい。
「ごめんなさい、急いでるんです。講義に出ないといけないので」
やっと。
離れてくれたけど。
外での読書の一時は。
残念ながら奪われた。
でも。
誰だろ?
私をこんな厄介ごとに巻き込んだの。
サークルの先輩たちは。
私が目立つ事が不得手なのは知ってるし。
友達の絵美ちゃんも。
私の性格は理解してくれてる。
首をかしげながら。
サークル棟までやって来た。
部室には誰もいなくて。
背負っていたリュックを抱えて。
窓際のソファに腰かけた。
座面のじわりとした温かさが。
ほっと。
一息をつかせた。
それにしても。
美瑠から教わった。
ナンパ撃退法の『彼氏いる』。
それが、通用しない相手もいるんだね。
「世の中変な男もいるからね。いい梨花。絶対隙を見せちゃダメだから。大概ナンパしてくれるやつなんてろくなやつはいないから」
恋愛先生の美瑠の言葉のお陰で。
災難に遭わずにすんでいる。
今度、美瑠に聞いてみよう。
何かいい手がないか。
私はリュックから本を取り出した。
三神千里さんの『島へ……』。
高校の時に買った本で。
何度も読み返している。
本の中には。
私が10歳の時に。
目にした風景が。
写真として数枚。
掲載されている。
三神さんは。
この作品を契機に夕凪島に移住されて。
インスタグラムで長閑な島の瞬間を紹介されている。
先日。
思い切って。
コメントしてみたら。
メッセージが来たんだ。
そこから。
自己紹介をして。
交流が始まって。
まさか。
ご縁を頂けるとは。
想ってもみなくて。
これも。
島が結びつけてくれたのかな。
なんて。
想えてしまう。
それに――
5ヶ月後。
とうとう約束の時がやってくる。
私は唇を噛みしめながら。
そっと。
ページをめくった。
一枚の風景写真に微笑みを落とす。
高く広い青い空。
緑の山々に。
鏡のような凪いだ水面。
そう。
彼と出会った。
高台の公園から見える。
どこまでも。
穏やかすぎる眺めに。
「あれ、梨花ちゃん、来てたんだ」
「静香先輩、こんにちは」
「さすがだね。隙間時間に読書」
「いえ」
静香さんは。
向かいのソファに腰を下ろすと。
私を見るなり。
眉を上げた。
「あれ? 何かいいことあったの?」
「ん?」
「いい顔してたから」
静香さんは。
膝の上に肘を立て。
両手で頬杖をついた。
「へ?」
「優しい目をして、大切なものをそっと抱きしめてるような。そんな笑顔だった」
私は咄嗟に。
両手を頬に添えた。
「フフ。梨花ちゃんは変わらないな。しっかり自分を持ってるのに、どこか初々しいんだよね。羨ましいな」
「そうですかね」
髪を耳にかけながら。
肩をすくめる私。
「うん。たくさん使ってる。色んなものを書き留めたノートなのに、手垢にまみれてないというか」
「なんか、照れますよ。静香先輩」
「そういうとこも。かわいいよね。余計なお世話だけどさ、変な男にだけは引っ掛からないようにね」
「はい……あっ」
さっきの出来事が。
頭をかすめた。
「どうしたの?」
「あの、さっきミスコンの実行委員の人に声をかけられたんです」
眉間にシワが寄る静香さん。
「もしかして、安堂?」
呆れたような口調の静香さんは。
ソファに凭れた。
「あ、はい。お知り合いですか?」
「知り合いもなにも、私も被害者だったから」
静香さんは。
首をひねりながら。
両手でお手上げのポーズ。
「被害者? 何かあったんですか?」
「あいつ、こう言わなかった? 君を推薦した人がいてね。本人に意向の確認をしに来たとか」
安堂さんの口調を真似た言い方がおかしくて。
口を結んで。
笑いそうになるのをこらえる。
「ええ。そんな感じでした」
「その推薦人が安堂なのよ」
「え!?」
「好みの子を見つけては。そうやって推薦して、声を掛けまわるの。ナンパの手段」
「はぁ……」
「それと、もう一つ」
静香さんは顔の前に人差し指を突き立てた。
「安堂、写真が趣味でね、しかも、被写体は女性。ほら、ミスコン水着審査とかあるでしょ?」
「なるほど……」
「安堂に興味はなかったけど、友達がね、折角だからって、ミスコンは出たんだけど……」
「え? 出られたんですか?」
首をかしげて。
苦笑する静香さん。
「その後で、安堂のインスタグラムに、当時のミスコンに出た女性の水着写真が投稿されててね。みんなで抗議して削除させたんだ」
「引きますね。それ」
笑いがひきつる私。
「でしょ? それ以来、SNSの投稿はしてないみたいだけど。懲りずにやってるんだ」
語尾に吐息を混ぜて。
腕組みをする静香さん。
「そう、みたいですね」
「安堂には、私から大事な後輩にちょっかい出さないように注意しとく。もし、しつこく言われたら……」
「ん?」
「我らが部長に一肌脱いでもらおう?」
静香さんは。
ウインクを一つ落とした。
「朝倉先輩に? ですか?」
大きく深く。
うなずく。
静香さん、
「安堂は、朝倉の中学の同級生」
「ハハハ……」
驚くよりも先に笑ってしまった。
我らがローゼンバーグの交友関係って……
ふと。
うねる長髪をかき上げ。
得意気に高らかに笑う姿が。
脳裏に浮かび上がった。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




