明星祭
11月の最初の週末の土日。
明星祭が催された。
海道さんのステージは。
2日目の日曜日。
祭の最後を飾るイベント。
しかも。
海道さん。
ノーギャラで引き受けたみたい。
朝倉先輩とは幼馴染みだからって。
それに、その方が著作権とか気にしないで歌えるからと。
それで。
私たちサークル部員にリクエストを求めてきた。
「歌って欲しい曲は、なんでもいいよ。女性ボーカルでも男性でもね」
椋梨先輩は、西野カナさんの『Dear...』。
栗原先輩は、石川さゆりさんの『天城越え』
私は、嵐の『Love so sweet』。
海道さんは。
私たち3人の顔を見て。
パチン
と。
指を鳴らして。
「みんな、恋してるんだ。うらやましい」
自分が恋する乙女みたいに。
体をくねくねさせていた。
「任せて。僕の声で心を震わすほど、恋に浸らせてあげるから」
颯爽とサングラスをかけて去っていった。
夏よりは早くて。
冬よりは遅い。
儚さと哀しさの間。
秋の日暮れは切ない。
地面に落ちた楓の葉が。
夕焼けの名残のよう。
キラキラの斑点を施した。
宵の垂れ幕が空を覆う。
その闇に抗うように。
煌々と白い光線が照らし出す。
中央広場の特設ステージ。
私は知らなかったけど。
今をときめく海道さんのライヴとあって。
学生たちでごった返している。
照明と観客の熱で。
冷え込んでいる筈の空気も。
少し季節を勘違いしているようだった。
知らないとは。
損していることもあるんだと知った。
別に損得が基準じゃないけど。
そう想えるほど。
海道さんの声は。
耳に心地よさを残す。
低く。
どこか憂いと物悲しさがあるのに。
伸びやかで逞しい。
関係者として。
私たちサークル部員は。
舞台袖で聞いていたんだけど。
海道さんが言ったように。
恋に浸ってしまって。
一曲。
一曲。
ただ。
聞き入って。
涙を流していた。
そして。
『焔の海』
『君と腰かけて眺めた、あの日の海。
覚えているよ。
何も疑いもせず。
怖ささえ知らず。
君と過ごした毎日。
僕の言葉一つで。
拗ねて笑う。
君の笑顔一つで。
踊る心。
君と手をつないで歩いたあの日の道。
覚えているよ。
なんでもない話も。
肩寄せ未来を語り。
君と見上げた星空。
僕の想い一つを。
伝えられなくて。
君の想い一つを。
量りかねて。
君が旅立ったあの日の夕暮れ。
燃えるような焔の水面。
君に届けと叫んだ。
好きだよと』
ビアノの透明感のある、緩やかな旋律が曲全体を包む。
静謐で、どこか郷愁を呼び覚ますバラードだった。
ふと。
なぜか。
卒業という言葉が彷彿した。
曲の終わり。
ポロン。
ポロロロン。
鍵盤が流れて。
吐息混じりの歓声と拍手に包まれた。
私も無意識のうちに手を叩いていた。
このステージ。
ライヴの最後を飾るのは。
サークルの優秀作品。
この時点まで、誰の歌詞が選ばれたのかは知らされていない。
「次はここの文芸サークルの人が描いてくれた歌詞に。自分が曲をあてました。『寄り添う』。聞いてください」
海道さんが、言ったタイトルに。
みんな、心当たりがなくて。
それぞれ、お互いの顔を見合わせて首を捻った。
「ワン……ツー……ワン、ツー、スリー」
小さな掛け声がして。
ジャーン。
ジャ、ジャ、ジャーン
アコースティックギターが奏でるメロディ。
『焔の海』よりは少し明る目な曲調で。
スローテンポなバラード。
ん?
え?
歌詞が……
私のものだった。
爽やかなひだまりの中。
出逢った。
光る風を連れて。
笑う君に。
緑の波。
梢に溶ける息遣い。
私を呼ぶ声。
震える小さな胸
膨らんだ名もなき蕾
芽生えた知らない種
またね。
二人の頬が。
茜に染まる町並み。
君と交わした約束は
心の道標
会いたくて。
声が聞きたくて。
募る想い。
溢れそうな時
髪を撫でる風が
空へと導いて
今も呼吸している。
あの夏の日の
鮮やかな匂い
はしゃぐ水しぶき。
注ぐ蝉しぐれ。
金色の夕凪
宵の一番星
膨らんだ名もなき蕾
芽生えた知らない種
またねは
さよならの代わり
未来へ向けたともしび
君と交わした約束は
心の道標
音楽がついて。
海道さんの声が発する言葉たち。
自分が綴った筈なのに。
不思議な感覚に包まれて。
でも。
想い出が。
よみがえっちゃって。
唇を噛みしめながら。
泣いていた――
さっきと同じくらいの。
喝采の波が押し寄せていた。
ほとんどの人が、私が詞を書いたことを知らないのに。
今さら。
気恥ずかしくなって。
唇を噛みながら。
小さくその波に加わった。
大盛況のライヴが終わり。
満たされたような。
寂しいような。
振り子なような気持ちを抱えたまま。
サークル部屋で、簡単な打ち上げ。
「みんな、どうだった?」
海道さんは。
缶ビールを片手に。
一人一人に感想を聞き回ってた。
まだ。
お酒が飲めない私は。
オレンジジュースを片手に。
窓際のソファに腰かけて。
窓の外の闇を見つめていた。
余韻が抜けきらなくて。
窓に映る。
私の顔の奥では。
部員たちが海道さんを囲んでいた。
あっ。
窓越しに海道さんと目が合った。
海道さんは、微笑みを落として。
私の方に歩み寄って来て。
向かいの席に腰を下ろした。
「お疲れ様。陽向さんが、書いたんだ。気の強さと裏腹で意外だったよ」
缶ビールを掲げた。
私も小さくオレンジジュースを持ち上げた。
ニコッと笑い。
喉を鳴らす海道さん。
「あー。旨い」
私は肩をすくめてオレンジジュースを一口。
「あの詩。想いがつまってて良かったよ」
「ありがとうございます。海道さんの歌声、素敵でした」
パチン。
指を弾く海道さん。
「でしょ? 今度から聞いてよ」
「あ、はい。でも、なんか懐かしい感じがしました。初めて聞いたのに」
小さくうなずく海道さん。
「そう? 嬉しいな。ぼくは地声に近い歌い方をしてるんだ……自分の声だって、海道喬悟の声だって分かってもらえるように」
「意外です。ちゃんと考えてるの」
「まあね、高音も出せるし。裏声も出せる。男性も女性も高い声で上手い人はたくさんいる。一般の人でも」
海道さんは。
目を閉じると。
高音で歌い始めた。
透き通るような。
少年みたいな声。
にわかにおこる拍手。
海道さんは片手を挙げて応えると。
「でもね。代わり映えしなくなる。高音は練習さえすれば誰でも出せるから。でもね。低音は違う。粘りや強さが出せる歌い手は少ないんだ」
「へぇ」
「だから自分は自分の低音を磨いたし。自分の魂を言葉に乗せるためにね」
「ふーん」
「懐かしいと感じたのは、陽向さんが昔の音楽を聞いてるからかもね」
「そうなんですか?」
「自分は昔の歌手やボーカルの人を参考にしたからさ」
「なるほど」
「でも、あいつの誘いで、歌って良かったよ、こうしてファンが少し増えた」
「確かに」
「それに、言葉に想いを乗せるみんなに出逢えて、勉強にもなった」
「こちらこそ」
「陽向さんの恋が叶いますように」
「え……!?」
海道さんは。
また、缶ビールを掲げた。
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