ふーん。
黄金に染まる銀杏が、キャンパスに彩りをもたらしている。
大学生活も半年があっという間に過ぎた。
図書館司書を目指す私にとって。
夏休みはあってないようなものだった。
履修科目が多いから。
集中講義に出たりして。
それに。
今年のうちに出来ることはやっておきたかった。
これも全て……
見上げたひつじ雲が漂う空。
その中を光をまとわせた飛行機が雲隠れに飛んでいた。
少し跳ねた鼓動を感じて。
目尻が下がる。
来年の夏休み。
いよいよ――
彼との約束の時。
スケジュール。
何がなんでも空けないとね。
「ふぅー」
胸に抱えた教材をぐっと引き寄せた。
一歩踏み出しかけた時。
ん!
二の腕を強い力で掴まれた。
ハッとして。
のけ反りながら振り向くと。
サングラスにニット帽を被った、背の高い男性がいた。
え?
な……に?
眉を寄せて見上げた男性の顔。
口の端がくいっと上がる。
「いいね、そういう顔。君、文学部でしょ?」
「……いえ」
私が掴まれた腕に視線をやると。
さっと、男性の腕が引いて。
私は腕をさする。
にわかに残る痛み。
「気強いね。ふーん。そっか。本持ってる奴は、文学部だって聞いたんだけどな」
男性は。
人差し指でこめかみを押さえている。
パチン。
その指を鳴らした。
「あのさ、朝倉勇樹って知らないかな?」
あっ。
眉が動いてしまった。
「あいつ、スマホの電源切っててさ、繋がらないんだよ」
男性は片手でスマホを操作して。
それを持った手を。
私に向かって伸ばしてきた。
一歩後ずさりをすると。
画面を見せるように。
私の顔の真ん前に持ってきた。
「近いですけど」
「あ、そう」
顔から少し離れた、スマホの画面には。
朝倉勇樹の名前と呼び出し中の文字。
『お掛けになった……』
男性はそこで手を引っ込めた。
「あいつの居場所知ってるなら案内してくれない?」
あんまり関わりたくないけど。
朝倉先輩の、知り合いなら仕方ない。
肩をすくめた私。
「あの、3階建ての建物の奥に……ちょっ……」
男性はまた私の二の腕を掴む。
「連れてって」
「離してもらえます?」
男性は頬を上げて。
手を離し。
お手上げの仕草をする。
私は小さく肩を落とす。
どっちかって言うと。
こっちがお手上げ気分なんですけど……
「じゃあ、着いてきて下さい。また腕を掴んだら警備員呼びます」
「ヒュー」
口笛を吹いて。
親指を立てた。
なんか。
免疫のない人に出逢うと疲れる。
男性は私の隣を歩こうとする。
早足にしても。
ぴたりと横に並ぶ。
ゆっくりにしても。
同じ。
間を空けようとしても。
埋めてくる。
男性は、どこか楽しんでいるように笑っていた。
そんなことを気にして歩いていたら。
あっという間に、サークル棟の入り口に着いていた。
私は男性をサークル棟の『明星文芸会』の部室へ案内した。
室内にいた朝倉先輩は、男性を見るなり顔を綻ばせハグをして喜んでいた。
「陽向笑さん、ありがとう」
って。
何でフルネーム?
サークル活動中。
朝倉先輩は、みんなのことをペンネームで呼ぶ。
「紹介するよ、海道喬悟聞いたことあるだろ?」
男性は帽子とサングラスをとって。
決めポーズのような笑みを浮かべて。
ぱっと。
片手を差し出す。
私は教材をぎゅっとする。
「ごめんなさい。知りません」
「え?」
朝倉先輩と海道さんは。
互いの顔を見合って。
二人揃って、首を捻りながら、私を見た。
「陽向さん、本当? それ?」
こくりと、うなずく私。
「え? 君マジで? 『焔の海』って曲知らない?」
首をかしげる私。
「アハハハ、こりゃあいい。天下の海道喬悟を知らない。実にいい。お前もまだまだ、ということだ」
海道さんの肩を、バシバシ叩く朝倉先輩。
海道さんはその手を払い除けると。
私に歩み寄って。
視線を合わせるように私を覗き込む。
「マジで?」
「はい、聞いたことないです。ごめんなさい」
海道さんは。
項垂れて、その場にへたりこんだ。
「そうだな。確かに陽向さんは、今時の音楽を聞かないもんな。実にいい」
さらりと追い打ちをかけている。
朝倉先輩。
どうやら、海道さんは有名人らしい。
私は、部屋の奥。
窓際にあるソファに腰かけた。
抱えていた教材をテーブルに置いて。
スマホで海道喬悟を検索してみる。
21歳。
シンガーソングライター。
焔の海でブレイク。
ふーん。
「陽向くん、こいつにね、例の優秀作の詩に音楽をつけてもらったんだよ」
「ああ、そうなんですね」
「来週の明星祭。こいつに歌ってもらうんだ。みんなびっくりするだろうな。うんうん」
跳ね散らかした髪をかきあげて。
天井に向かって。
大きくうなずいている朝倉先輩。
焦点の合ってない瞳で。
地面を見つめ。
項垂れたままの海道さん。
ちょっとおかしくて。
口をすぼめて。
肩をすくめた。
お読み下さりありがとうございます。
感謝しております。




