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約束の木の下で ―欠片―  作者: ぽんこつ


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30/30

ふーん。

黄金に染まる銀杏が、キャンパスに彩りをもたらしている。

大学生活も半年があっという間に過ぎた。

図書館司書を目指す私にとって。

夏休みはあってないようなものだった。

履修科目が多いから。

集中講義に出たりして。

それに。

今年のうちに出来ることはやっておきたかった。

これも全て……

見上げたひつじ雲が漂う空。

その中を光をまとわせた飛行機が雲隠れに飛んでいた。

少し跳ねた鼓動を感じて。

目尻が下がる。


来年の夏休み。

いよいよ――

彼との約束の時。

スケジュール。

何がなんでも空けないとね。

「ふぅー」

胸に抱えた教材をぐっと引き寄せた。

一歩踏み出しかけた時。 

ん!

二の腕を強い力で掴まれた。

ハッとして。

のけ反りながら振り向くと。

サングラスにニット帽を被った、背の高い男性がいた。

え?

な……に?

眉を寄せて見上げた男性の顔。

口の端がくいっと上がる。

「いいね、そういう顔。君、文学部でしょ?」

「……いえ」

私が掴まれた腕に視線をやると。

さっと、男性の腕が引いて。

私は腕をさする。

にわかに残る痛み。

「気強いね。ふーん。そっか。本持ってる奴は、文学部だって聞いたんだけどな」

男性は。

人差し指でこめかみを押さえている。

パチン。

その指を鳴らした。

「あのさ、朝倉勇樹って知らないかな?」

あっ。

眉が動いてしまった。

「あいつ、スマホの電源切っててさ、繋がらないんだよ」

男性は片手でスマホを操作して。

それを持った手を。

私に向かって伸ばしてきた。

一歩後ずさりをすると。

画面を見せるように。

私の顔の真ん前に持ってきた。

「近いですけど」

「あ、そう」

顔から少し離れた、スマホの画面には。

朝倉勇樹の名前と呼び出し中の文字。

『お掛けになった……』

男性はそこで手を引っ込めた。

「あいつの居場所知ってるなら案内してくれない?」

あんまり関わりたくないけど。

朝倉先輩の、知り合いなら仕方ない。

肩をすくめた私。


「あの、3階建ての建物の奥に……ちょっ……」

男性はまた私の二の腕を掴む。

「連れてって」

「離してもらえます?」

男性は頬を上げて。

手を離し。

お手上げの仕草をする。

私は小さく肩を落とす。

どっちかって言うと。

こっちがお手上げ気分なんですけど……

「じゃあ、着いてきて下さい。また腕を掴んだら警備員呼びます」

「ヒュー」

口笛を吹いて。

親指を立てた。

なんか。

免疫のない人に出逢うと疲れる。

男性は私の隣を歩こうとする。

早足にしても。

ぴたりと横に並ぶ。

ゆっくりにしても。

同じ。

間を空けようとしても。

埋めてくる。

男性は、どこか楽しんでいるように笑っていた。

そんなことを気にして歩いていたら。

あっという間に、サークル棟の入り口に着いていた。


私は男性をサークル棟の『明星文芸会』の部室へ案内した。

室内にいた朝倉先輩は、男性を見るなり顔を綻ばせハグをして喜んでいた。

陽向笑ひなた えみさん、ありがとう」

って。

何でフルネーム?

サークル活動中。

朝倉先輩は、みんなのことをペンネームで呼ぶ。

「紹介するよ、海道喬悟かいとう きょうご聞いたことあるだろ?」

男性は帽子とサングラスをとって。

決めポーズのような笑みを浮かべて。

ぱっと。

片手を差し出す。

私は教材をぎゅっとする。

「ごめんなさい。知りません」

「え?」

朝倉先輩と海道さんは。

互いの顔を見合って。

二人揃って、首を捻りながら、私を見た。

「陽向さん、本当? それ?」

こくりと、うなずく私。

「え? 君マジで? 『焔の海』って曲知らない?」

首をかしげる私。

「アハハハ、こりゃあいい。天下の海道喬悟を知らない。実にいい。お前もまだまだ、ということだ」

海道さんの肩を、バシバシ叩く朝倉先輩。

海道さんはその手を払い除けると。

私に歩み寄って。

視線を合わせるように私を覗き込む。

「マジで?」

「はい、聞いたことないです。ごめんなさい」

海道さんは。

項垂れて、その場にへたりこんだ。

「そうだな。確かに陽向さんは、今時の音楽を聞かないもんな。実にいい」

さらりと追い打ちをかけている。

朝倉先輩。


どうやら、海道さんは有名人らしい。

私は、部屋の奥。

窓際にあるソファに腰かけた。

抱えていた教材をテーブルに置いて。

スマホで海道喬悟を検索してみる。

21歳。

シンガーソングライター。

焔の海でブレイク。

ふーん。

「陽向くん、こいつにね、例の優秀作の詩に音楽をつけてもらったんだよ」

「ああ、そうなんですね」

「来週の明星祭。こいつに歌ってもらうんだ。みんなびっくりするだろうな。うんうん」

跳ね散らかした髪をかきあげて。

天井に向かって。

大きくうなずいている朝倉先輩。

焦点の合ってない瞳で。

地面を見つめ。

項垂れたままの海道さん。

ちょっとおかしくて。

口をすぼめて。

肩をすくめた。



お読み下さりありがとうございます。

感謝しております。

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