銘柄選定
梶原主任と居酒屋に行った日から、一週間。
あれ以来、僕と主任の間には少しだけ空気の変化があった。
以前は業務のことしか話さなかったのに、今は休憩時間にちょっとした雑談をするようになったのだ。
ニュースの話だったり、映画の話だったり。
実は主任には弟がいて、その影響で意外と昔の少年漫画を知っていたりした。
そんな小さな変化が、僕にとっては驚くほど嬉しかった。
◆
その日も、昼休みの執務室。
「主任、実は――証券口座、開設できました!」
報告すると、主任はふっと笑みを浮かべる。
「そう、やっと一歩目ね。じゃあ、次は実際にどう投資するか、考えないと」
「はい。でも……迷ってるんです」
僕は少し声を落として続けた。
「以前主任に教えていただいたオルカンやS&P500の投資信託を長期で持つというのがおそらく最適だとは思うんです。
でもネットを見てると、数十万円の資金から一つの銘柄に集中して大きな利益を得てる人の話が溢れてて……頭では分かってても、心が揺れてしまうんです」
主任は柔らかな目でこちらを見て、小さく首を振った。
「それでいいのよ。大事なのは“自分で考える”こと。投資はあくまで自己責任。アドバイスはするけど、最終的に決めるのは林くん、あなた自身よ」
真剣な声で主任は続ける。
「大きな失敗をする前に、少額で試してみるのはいい経験になるわ。理屈どおりにいかないのが株式市場だから。経験者として言うなら――個別株を買うなら、必ず決算資料は読むこと。特に大事なのは“来期の業績予想”」
「来期ですか?今期の結果じゃなくて?」
「そう。株価というのは未来を先取りして動くもの。今期の数字がいくら良くても、それは折り込み済みであることが良くあるの」
「なるほど…」
「後は、これも良く言われることだけど、投資は余裕資金で。あとリスク許容度ね。どのくらいの損失まで耐えられるか。これは人によって違うし、やってみないと分からないわ。毎日株価が気になって頻繁にチェックするようなら、リスクを取りすぎているサインね」
「分かりました!肝に銘じておきます!」
僕が真剣な表情で返すと、主任はクスっと笑った。
その笑顔が、あまりにも柔らかくて綺麗で。
昼休みが終わっても、胸の高鳴りがしばらく収まらなかった。




