第五話 「味覚」
「うぅ⋯⋯こんなヒラヒラした格好⋯⋯ッ」
ミリアは紺色のジャンパースカートに袖にフリルのついた白色のTシャツを合わした格好をしていた。恥ずかしそうにスカートの裾を掴み、ヒラヒラした部分を何度も押さえ込もうとする。それでも収まらないのでキッとメルトを睨みつける。
「お子さんにはとてもお似合いですよ」
そう齢六十は超えたであろう店のおばあちゃんが孫でも見るような微笑ましい目線を向けた。
「お子⋯⋯さんん?」
「どうやらミリアと俺を家族と思っているようだな」
ミリアは十四歳。メルトは三十前半。離れた年齢から見れば無理はない。
「-てっ、なんで私が着替えなきゃいけないんだよ!」
ミリアは今朝からの出来事を思い返す。
朝起きてすぐに歩きだし、暫くすると商人に出会い、馬車に乗せてもらって街に着いたら有無を言わさずこの服屋に入り込まれ-今に至る。
「仕方ないだろ。あの服じゃ分かる人には分かってしまう」
「昨日からお風呂も入れてないのに⋯⋯」
ミリアの身体は汗が混じっており少し臭う。さらにメルトの服の匂いも混じってもはやカオス。
そんな服屋さんに大迷惑だろうがメルトはお構いなし。適当に服を見繕うと「着てみろ」と手渡してきて、強引に試着室に押し込んだ。
「どうせ買うんだから問題ない」
「そういう問題じゃない!」
そもそも歩いているだけで迷惑を掛けているんじゃないかと心配になる。
「そもそもそんなに臭うかなぁ」
このメルトという男は匂いに鈍感なのだろうか。それとも自分の匂いだと気付かないもんなのだろうか。
「ふむふむ。なかなか似合うじゃないか」
メルトはミリアを上から下まで品定めするように見やった。
「ヒィッ!」
ミリアは小さく悲鳴をあげるも、メルトはキョトンとする。そこには下心がちっとも感じない。ムカつく。
「まるでこっちだけ意識してるみたいじゃん!」
「意識してるのか?」
「してない!」
二人の会話を微笑ましそうに見るおばあちゃんに、ますますミリアは顔を赤くするのだった。
二人は服屋を後にして宿へ向かう。
メルトによると第二王子殺害についての話をする為、あまり公の場では話せないとのこと。
そして風呂もまた入りたいという二つの意見の合致から宿へ向かうことになった。
「どうした?」
メルトの後を歩いていたミリアが、ふと足を止める。
「素直に服を買ってくれた事、感謝する」
ミリアは俯いて服の裾をギュッと掴んだ。
「元から俺が買うつもりだったしいいよ」
「それでも感謝する。なにか返さねばならんな」
「んな大袈裟な」
メルトは笑い飛ばすもミリアはいたって真剣な目をしていた。
「なにか欲しいものはあるか」
そう言ってミリアは巾着を開く。覗き込むと、あるのは僅か数枚の硬貨のみ。
「おまっ⋯⋯これでよく昨日飲み屋に居たなぁ。あと一杯呑んでたら終わりじゃないか」
「考えて呑むから問題ない」
「普段からそんなに持ち合わせ無いのか?」
「必要無いからな」
借宿と職場の往復。たまに商店で必要最低限を食材と雑貨類を買うのみで、ミリアはそれ以上望みがなかった。
「は~あちゃっかりしてるのなぁ」
「買えるものは限られるが、それでも何かないか?」
メルトはうーんと思考を凝らして辺りを見渡すも、その金額で買えるものはほとんど無い。
「いや、こんだけしかないなら無理をするな。自分の為に取っておけよ」
「駄目だ」
ミリアの瞳は固く揺るがない。
「いや-⋯⋯あぁ。やれやれ」
メルトはもう一度辺りを見渡して「おっ」と指さす。
「ならばあれを一つ買ってくれ」
指さした先、それは駄菓子だった。
「あんなのでいいのか?」
ミリアはまだ納得していないように眉を寄せるが、言われたとおりにそれを買ってきた。
「はい」
それは二つ連なったシェア用のクッキーのようなお菓子。
「一つやる」
「はぁ?要らない」
「二つは多いんだよ。それにお礼として受け取ってくれ」
「なんのだ?」
「昨日言ったろ?出逢えたお礼。あの日あの場所に来てくれたお礼だよ」
「なんだそれ」
「いいから」
メルトにまたも強引に押されてミリアはしぶしぶ半分こにして、片方をメルトに、もう片方は口に運んだ。
「⋯⋯甘い」
ミリアの大きな瞳がさらに大きく開かれた。
「な、美味しいだろ?」
メルトの声はもうミリアは聞こえないようだ。ミリアは好奇心に目を輝かせ、子供のように目の前のお菓子に夢中になって頬張っていた。
「まだまだお子ちゃまだな」
メルトがミリアの口元についたものを拭おうとして咄嗟に弾かれる。しかし二回目はもうメルトの手を叩こうとしなかった。
あっという間に食べきったミリアは満足そうに頬が緩みかけたが、ハッと気付いて元に戻る。
「あぁ。ありがとう。美味しかったよ。あんな甘いなんて思わなかった」
「そんなに驚くほどか?」
「あぁ。⋯⋯村を出て以降初めて甘さを感じた気がする」
その言葉を聞いてメルトは返事に困ったが、「そうか」とだけ短く返して、二人はまた宿へと歩き始めた。




