第二話 「協力者(きょうはんしゃ)」
「-で、お前はいったい何者なんだ?」
歩いて暫くして商業地区を抜けた薄暗く細い路地。あれから黙々と歩き続けたミリアはピタりと足を止めて声を掛ける。
「あー⋯⋯ただの殺し専門の、しがない男さ」
男は歩き続けながら単調に答える。
「それは答えになっていない」
前を歩き続けた男は振り返ると、ミリアを見て「おいおい」と呆れたように手をひらつかせる。
「どうしたんだ。いきなり小刀なんて抜いて」
ミリアは腰に刺した小刀を正眼に構えていた。
「此処は帯刀禁止だろう」
「安心しろ。この辺りに人気はない」
ミリアは視線を外す事なく言葉を続ける。
「どうして”第二王子”の事を知っている?」
ミリアはまるで確信を突くように鋭い瞳をきつく絞り、小刀を握る手に力が篭もる。回答次第では”斬る”という覚悟が伺えた。
「アルダン・オールドマインのことか?」
「そうだ」
「ははっ、それは単純だよ。少し接点があったから、だよ」
「接点だと?」
「あぁそう。あ、でも勘違いしないでくれよ。王子側じゃない」
「どう信じろと?」
「伯爵の件」
ミリアはそれを言われて小刀を握る手に動揺が見られる。
「⋯⋯貴様は確か”死んでいない”と言ったな。どうして分かる?」
「言っただろう。俺がやったと」
「答えになっていない」
しばらく向かい合った二人の瞳が交錯する。先に沈黙を破ったのは男からだった。
男は背に手をやると、ミリアは警戒を一段階あげる。しかし殺気は微塵も感じ取れない。
武器を出す際誰しも殺気を纏うものだ。それは訓練でも変わらない。
ミリアの武器はそれを五感に伝えてくれるのだが、目の前の男からは何も伝わってこない。
不思議な感覚にミリアは顔をしかめていると、男は躊躇うことなく背から何かを引き抜く。それは長剣だった。
「長剣。だけど只の長剣ではない」
ミリアが男の言葉を反芻していると、その一瞬の隙を突いて男が迫る。
「なっ-」
咄嗟に拳を放つも男は顔色一つ変えずに去なすと、腕を掴んでミリアを抱き寄せる。
ミリアが声をあげようと口を開くも塞がれ、男は流れるように近くの扉に体当たりして入り込んだ。
「ん~ッ!んーーんッーーー!」
あえなくミリアは手にした小刀を男めがけて振るう。それは男の首元に触れるすんでの所で止まった。
どうしてこの男は小刀がある手を自由にしておくんだ?これでは斬って逃げるなど容易だ。なのにどうして?
少し遅れて、足音のような物音が聞こえたミリアはハッとして思わず息を止めた。
「この辺りに入っていった気がしたんだが」
「もう行ったか。早いな」
暗がりの空間、そこから視界の端で捉えたのは武装した二人組だった。
「ったく、どこに行ったんだよ。あの青髪の子は」
「やれやれ。今回はさっさと終わらなそうだ」
扉越しに聞こえる声の主たちは誰を狙っているのか一目瞭然だった。ミリアの小さな身体は恐怖で震えた。
「シー⋯⋯」
そんなミリアに男はゆるりと口を近付けて耳元でそっと囁く。それはまるで背中に電流が走り抜けたかのようにぞわっとした。
だが恐怖と言うよりもどこか心地良い感覚だった。男はミリアを包み込むようにして自身へと寄せている。そのせいだろうか。
「ん⋯⋯」
その何かのおかげでミリアの身体はほぐれるのを感じて身を委ねる。自分からその暖かな温もりを求めるように。
「とりあえず二手に別れるぞ」
武装した二人の足音が遠ざかっていく。暫く男に縋り付いていたミリアだったが、ハッとして顔を赤らめると突き放そうとする。
しかし男は手放してくれないどころか離れないようにより一層強く力を込めてミリアの身体を包み込む。
「ちょ⋯⋯もういいから」
「ねぇ」と何度か男の身体を叩くと、ようやく解放してくれた。
「あぁ。すまない。もう行ったか」
男はパッと離れると顔を背けて頬を掻いた。
「さっきのはなんだいったい。あんな武装した連中に追われる様なことしてないぞ」
「命が下ったんだろう。第二王子の。そして俺の身の確保を」
「何故?」
「そんなの第二王子の事を嗅ぎ回っているからに決まっているだろう。なぁ、ミリア・スティール・ウーマン」
「わざわざフルネームで呼ぶな。⋯⋯ミリアでいい」
「あぁ。ならミリア。お前はどうして伯爵を”死んだ”ということにして英雄を追う?」
「⋯⋯手っ取り早いからだ」
「第二王子に接近するのがか?」
男の問いにしばらくの間が空き、ミリアは小さく頷いた。
「どういう事か今回の件、英雄に渡す報奨金と勲章の授与は第二王子が行うこととなっている」
ミリアはそこで大きな瞳を切れ長に絞る。
「そこで奴の首を落とす」
「まぁ伯爵は第二王子の息の掛かった一人だからな。それを行った俺と、そして自分を告発しようと目論む君の命を取りたいんだろう」
ミリアは何故そんな事情を知っている?とはもう聞かなかった。変わりに自身の小刀を男の前に差し出した。
「私の小刀。能力は超感覚。直接自分に向けられた殺気を感じ取る事が出来る⋯⋯お前のは長剣なのか」
「あぁ。紹介が遅くなったな。能力は石化。斬りつけた相手を再生させてその場に固定する。命は止まってないが、もう一度斬りつけるまで静止ってところかな。つまりは”仮死状態”」
男は嬉しそうに長剣を回してこちらに差しだす。ミリアが手を伸ばして触れようとした瞬間、青い燐光を放って手が弾かれた。
「ッ-やっばりだめか」
「この武器に選ばれたのは俺だからな。残念」
「チッ」とミリアは舌打ちして目線を落とす。
「おおかた俺から武器を奪い、授与されるタイミングで第二王子を殺そうとしているんだろうが-それは二つの理由で難しい」
男はミリアの前に指を二本立てて話を続ける。
「一つ。さっきのようにもう君は狙われている立場だと言う事。二つ、運良く掻い潜って城に入ったとしても、第二王子を傍には何人かの付き人が存在するって事だ」
「そうならないよう私はこの日の為に準備を-」
「勿論それは否定しない。ただな、単身では難しいって話なんだ。いったいどれだけの護衛がいると思っているんだ。無理なんだよ」
「それでも!」
ミリアは思わず声を張り上げた。
「それでもッ⋯⋯それでも、私は第二王子を-⋯⋯アルダン・オールドマインを殺さなくてはならない。そうしなきゃいけないんだよッ⋯⋯」
ミリアは下唇を噛み締め、握る拳に震えるほどの力が篭もる。そして俯いたその瞳には、怨嗟の如き怒りを露わにしていた。
男はその様子を見て暫くすると、ニッと笑った。
「だから協力するって言ってるだろう?」
「⋯⋯それをする事でお前になんのメリットがある?」
男はまた真顔で黙りをする。
「うーん⋯⋯⋯⋯強いて言えば、贖罪かな」
「贖罪?なんだ、伯爵を仮死状態に追いやったことか?」
その時、男は小さく何かを呟いた。
「?なんて言ったんだ?」
「いいや何でも。まぁ手伝うってだけだ。それ以上でもそれ以外でもない」
ミリアは煮え切らない答えにまだ訝しむが、男の態度に一々思考するのも疲れ、一先ずはそれを信じる事にした。
「とりあえず今晩中に城下町を出よう。じゃないと明日にでも死体として上がってしまうだろう」
男はそう言ってまたミリアを着ている服で包み込んで隠した。その大きな服でミリアはすっぽりと身体を覆われてしまう。
「やっぱり変態なのか」
「⋯⋯悪いがそういった趣味はない」
だったらその間は何だと問いただしたくなったが、先程の一件もあり、大人しくしておく事にした。
「ん⋯⋯」
ミリアはぎゅっと内側から男の服の裾を掴んだ。
「積極的だね」
「見つからないようにする為だ。密着しないと服の膨らみでバレる」
「んじゃ、行こうか」
そうして今度は身を隠す為に、一度街を出る事となった。




