第一話「英雄記録調査員ミリア・スティール・ウーマン」
少女-ミリアの凄惨な過去。
救いなき世界で青年は少女に手を伸ばした。
それは少女をより復讐の怨嗟へと導いていく-。
オールドマイン王国。
地図上で南に位置しており一年を通して寒暖差の少ない比較的住みやすい土地となっている。
城から扇状に十キロにも伸びる広大な王国は、中世ヨーロッパのような建物が建ち並び、民衆の多くは商いをして日々を過ごしている。
秋の陽気も相まって活気あるこの王国は、一見すれば温和な雰囲気が漂っているように感じる一方で、先に冬を迎えたような冷気を放つ場所が存在した。
その建物は今日のように雲一つない日ですら陽の光をまともに通さない造りとなっている。さらに一人の少女の存在によってより一層の冷気が漂っていた。
おかげで常に蝋燭で灯りを確保しているのだが、そこには一人の男の顔が照らされていた。
「次」
少女が機械的に男に言い放つ。
それは誰が見てもイケメンだった。
彫りの深い顔に艶のある黄金色の髪。そして神々しく開かれた金色の瞳は蝋燭の弱い光ですら十分な威光を放っていた⋯⋯筈だった。
「えっ、いやッ-」
「-聞こえなかったか?もうお前に用はない」
いま現在浮かぶのは酷く狼狽した男の顔。そこにはもうイケメンの彼の姿はない。
「だからッ、その⋯⋯」
男がなにか言おうと口元を震わせるも、それを遮るように「消えろ」と少女に終止符を打たれた。
「うわぁぁぁあああああああああんっ!!」
これまでの少女の対応に耐えきれず男は発狂すると、何事かを喚きながら脇目も振らずに逃げ出した。その姿はさっきまでの威光はどこへやら、脱兎のごとく外へ駆け出していく様は、まるで負け犬のような哀愁を漂わせていた。
いや、実際に”敗者”なのだ。
「ふぅ⋯⋯」
その勝者であり論者である少女は小さく鼻を鳴らすと、ぐいっと黒子頭巾の位置を直す。
辺りからはまばらな拍手と、その何倍にもあたるどよめき。これは今に始まったことじゃない。
少女は辺りの様子をみてさも不機嫌になったように脚を組みかえて眉をつり上がらせ、「次」と実に事務的で温度の無い声で言い放った。
こうなっては誰も話し掛けられる雰囲気ではない。
「ひいぃ⋯⋯」
少女がそんな様子だから”次”の人は震え上がった。
大の大人が情けなくも身体をガタガタと震わせ、それでも少女の目の前の椅子に腰かける様子はまるで魔王に対抗する勇者そのものだった。
恐い⋯⋯だが報奨金はどうしてもいただきたい。そんな想いを胸に男性は勇気を振りしぼり声を張る。
「わ、私は!あの現場を真近で見た者でしてッ!それで―」
しかしそこまで言って「ほう?」と少女のなんとも短い言葉が男性の僅かな勇気すら断ち切ってしまう。
「いま”見た者”と答えたか?」
「えっ」
少女は机に両肘をついて両指を口元で絡ませ、訝しむように目が細められる。
「もう一度聞こう。お前は現場を”見た”だけなのか?」
そこで男性は自分が犯したミスに気が付く。
この目の前に鎮座する魔王が、そんな生半可な答えを求めていないことに。
「さっきのやり取りを見ていなかったのか?その場に居合わせただけではなんの価値もないと言っただろう」
男性からは見えないはずなのに、黒子頭巾の奥から覗く少女の眼光がさらにきつく鋭くなった気がした。
「あの、そのぅ⋯⋯ですね」
男性は押し潰されそうになるも必死に言葉を探すが、少女の視線から逃れるように目線を伏せた時点で勝負は決した。
少女は嫌味たっぷりに大きなため息をついた。
「お前のような有象無象はいくらでもいるんだ。現場に居ただけで何も行動を起こすことなく、ただじっと身をすくめて変革を待ち望むだけの凡人は。その様子だと見ただけでその者の特徴すら覚えていないのだろう?”アルダン”を使う価値すらない。これ以上は時間の無駄だ。邪魔だ。まだ列は長いんだ。とっとと去れ」
黒子頭巾の中に仕舞い込んだ髪と同じ青い冷気を纏つ少女の眼力と強烈な物言いは、目の前に座る男性には到底耐えうるものではなかった。
「うわぁぁぁあああああああああんっ!」
先ほどの男性同様、椅子から飛び上がって建物を飛び出していく。
またしてもどよめきが起こり、後ろに並んでいた自分を”英雄”だと語ろうとする連中はたじろいだ。
「次」
そんなことを気にした風もなく、少女は端的に言葉を告げた。
数時間後、業務時間が終了した。
あれから少女の圧に負けて半数は逃げ帰り、それでも残り半数となっても建物を覆い尽くさんばかりの長蛇の列を、少女は一人残らず片づけてしまった。
「はあ~⋯⋯」
少女は深く息を整える。それはまるで武闘のような構えだった。
少女は黒子頭巾を剥ぎ取るとふわっとした短めの青髪を振った。そこからは先程の物言いとは裏腹に可憐な少女の顔が現れた。
「まったく、朝から不機嫌だと言うのに」
しかしその少女の瞳からは凄まじい怒りが溢れており般若の面をしていた。そのオーラのせいか仕事が終わったというのに誰一人として少女に声を掛けてくる者はいない。
「それはあんたの私情じゃないの?」
「うるさい」
唯一、隣の卓に座る胸の大きな茶髪の女性がなにも気にしないで話し掛ける。
「いいの?あんなにいい男ばーっかりだったのに勿体ない」
女性は黒子頭巾を取ると美しいストレートな茶髪を櫛でとかす。
「いい男?ただの嘘つきの間違いだろう?」
少女はさも当然と言わんばかりにそう言い返す。女性は「あらら。流石は英雄殺しね」とこぼすも、少女は鼻で笑い飛ばす。
「英雄殺しなんてちゃんちゃら可笑しいわ。だったら本物の英雄を出せって話よ」
少女は毅然した態度で言い放つも、どうやら怒りが収まらないようだ。脚をダンダンと床に打ちつけ始める。
「それを自分を英雄だなどと宣うからにはそれ相応の確証があるのかと思えば!全く!話にならんッ!」
少女がダンッ!と拳を机に振り下ろすと、「ヒィ!」ともう隣にいる女の子が小さく悲鳴を上げて、片づけていた書類を取りこぼした。
「あわわわわ⋯⋯」
少女と女性はそんなこと無視するかのように言葉を続ける。
「そう?なら私が貰っちゃえばよかった」
ペロッと舌を出して妖艶な笑みを浮かべる艶やかな身体をした同僚に、少女はケッと舌打ちをかます。
「今度からそうしてくれ」
女性の挑発的な言葉に噛みつくように応えると「ふんっ」と鼻を鳴らして「全く」とまだ冷めない熱に絆されるまま最近の口癖となった呪詛を吐き連ねる。
「どいつもこいつも自分は英雄だと言い腐りやがって。今回の影騎士については本当に酷いぞ」
「し、しかたないんじゃないかな」
すると書類を拾い終えた女の子が弱々しくも口を開く。
「仕方ない、だと?」
少女の眼光に「ひいい!」とまたも悲鳴を上げるも、グッと力を入れて少女の机の前に近寄ってきた。
「そ、そそ、そうだよ!今回のマルントボーン伯爵は不毛な土地から三年間に渡り文字通り血税を民から毟り取っていた悪魔中の悪魔なんだよ!それがこの都心部に来て誅殺されるのは仕方ないこと⋯⋯なんじゃないでしょうか?」
女の子は少女の圧力に屈して最後の方はもごもごと小さく敬語になってしまう。その態度は
少女よりも歳が上とは思えなかった。まるで上司と部下だ。
「普段なら”英雄”だと名ばかり件を挙げて報奨金を貰いにくる連中は居るが、今回は訳が違う」
少女は短く息を吐いて続ける。
「れっきとした殺人だ。今回の件で重税で苦しんだ民が英雄は俺だ俺だと報奨金目当てに易々と名乗っていいものじゃないんだよ」
少女はそう言い残して、目の前にある数枚の書類を破棄して職場を後にした。
少女は帰路、普段近付きすらしない商業地区に足を踏み入れる。昼間は人で賑わい楽しげな雰囲気ともとれる場所だが、夜は客層が悪い。なにしろ騒がしい。
それでも今日足が向いたのは、家に帰ってご飯を作る手間が煩わしかったから。
そう思うほどに最近の仕事は手に余るほど忙しい。
「はぁ、ようやく手が届き掛けたってのに」
少女は苦虫を噛み潰したような思いに苛まれながらも、商業地区を練り歩いていく。
すると店の殆どから立ちこめる料理という名の匂いの暴力-。肉や魚、油など入り混じったそれらにやられ、少女は思わず鼻をつまんでしまう。
「うぅ⋯やっぱり匂いキツい」
たちまち少女は立ち止まってその場に蹲る。
その行動に何人かは不思議そうに少女の方を見やるが、さすがは商業地区。自分たちの興味あるものが移り変わる速度は凄まじく、すぐさま少女から別のものへと視線を巡らせた。
なんでもいい。そう思っていた少女は、出来るだけ煙が出ていない店を見つけ、店名すら確認せず暖簾をくぐる。
すると少女は一瞬、あまりの眩しさに目を覆う。
そこはいかにもそれらしい風体をしていた。
上から吊るしてある調整のミスった照明に、一貫性のない並びをしたカウンターや机。乱雑に積み上げられた食器。食べ残されたままの料理。そして壊れたスピーカーの如き声量で何事かを騒ぎ立てる人達。
先ほどまでいた商業地区をそのまま詰め込んだかのような空間に少女は辟易した。
まさかこんな衛生面もへったくれもない場所でバカ騒ぎとは。
「いらっしゃい!お一人ですか?」
バタバタと忙しなく仕事をこなす一人の女性が少女を尋ねる。
少女は喋るよりも効率的だとこくりとだけ頷くと、すぐさまカウンター席に案内される。見ればそのカウンターの上にはまだ前の人の食器が残されていた。それを女性が片手で器用に持つと、反対の手に持った布巾でサッと拭いた。この間五秒未満。
「どうぞー!」
女性の声に少女がカウンター席に座る。少女はふと机を見下ろすと、まだ汚れが取れていないのが見える。
「はあ、なってない」
それでもとメニューを開いて適当に頼む。
すると数分もしないうちに「お待たせしました」と明るい声。まだ入って間もないというのメニュー全てが届いた。見れば店員がせわしなく動き回り、その倍の注文の声が上がっていた。
「⋯⋯騒がしい」
だが明日から二日は仕事がない、ほとんどの人が仕事から解放される日。皆パーっとしたい気分なのだろう。そして少女もまた同じ気分だった。
少女は水の入ったグラスをゆすり目の前の小鉢をつつき始める。
やっぱりと後で頼んだ酒も届き、小鉢はあてに変わる。
ゆっくり呑むつもりだったが、最近のストレスから解放されるように一気に飲み干し、注文していたもう一杯もすぐに飲み干してしまった。
そうして少女は全身に心地よい火照りを感じて目がとろんと溶けだして気分が高揚する。
「隣いいかな?お嬢さん」
振り向くと、そこに壮年の男が立っていた。
「おや?前よりもよっぽどおっかない顔をしているな」
男はなぜか少女の顔を見るなり嬉しそうに頬を綻ばせた。
「ようやく出逢えた祝福に。いっぱい奢るよ」
男は少女の答えを待たずして座り、近くの店員にさっさと注文してしまった。
-なんだこいつ。少女は警戒するように男をじとりと睨む。
齢三十くらいだろうか。ぼさぼさの茶髪に少しひげを伸ばした、どこにでもいるおじさん。身なりもこの辺りでは珍しく風来坊のような見た目だが、盗賊のような卑しさは感じられない。
ふと、こっちを向いた男と目が合う。
反応遅れて少女は目線を逸らすと、誤魔化すように酒を煽った。
「まだ未成年だろ?こんなところで呑んでいて大丈夫かい?」
少女はまだこちらを覗き込んでくる男を無視して料理に手を付ける。見た感じ二倍近いくらいは歳が離れている。それなのに話しかけてくるのは変態か、ただのお節介のどちらか。
自慢ではないが年頃のなかでは綺麗な方の少女は、このような事が多かったために自炊が常となった。
はぁ最悪。どっかいけ。なんで隣に座るんだよ。
ちらりと辺りを見渡せばここ以外に開いている席は無かった。ならば仕方ないじゃないか。
少女はそう自分に言い聞かせ、それでも溢れでようとしている溜飲を料理と共に流し込む。
「んぐっ!?」
少女は喉を詰まらせて必死に胸を叩く。
「ほら、あんまり無理しない」
男はちょうど来た飲み物を一つ手渡してくる。
「酔わせてどうするつもりだ?」
「ん?それジュースだよ?酒は、こっち」
少女の思惑を当てるように男は手にしたグラスを揺すった。
喉を詰まっていても冷静な少女は、それでも疑り深くそれに何か仕込まれていないか視覚、嗅覚で確認する⋯⋯異常なし。
少女はそれを一気に身体へと流し込んだ。同時に詰まりが取れる。
ふぅ、と少女はため息を漏らすと、視界の端に動く手が見えた。それはこちらの胸元へと迫っていて、思わず叩き落とした。
「なんだ貴様は!変態なのか!?」
少女は勢いあまり立ち上がって男を指さす。
周囲の人間が一斉にこちらを凝視する。
しかし渦中の男はキョトンとした様子で首を傾げる。
「んん?いや、この胸元の-⋯⋯」
また伸びた手は胸元の前で形を変えて指さす。
「君、英雄記録調査員だったのか」
「なッ-」
何故それをこのような風体をした男が知っている?男はそれに答えるようにべらべらと喋る。
「この紋章、王家に仕える者かそれに属する者が身に付ける栄誉あるものだからな。なるほど、だから酒も許されている訳か」
「⋯⋯貴様はいったい、何者なんだ?」
少女は耐えきれなくなり、絞り出すように声を漏らす。
急速に酔いが覚めていくのを感じ、ゆっくりと後ろ腰に刺してある小刀に手を伸ばして警戒をあげる。
そんな少女の様子に男はヘラっとした笑顔を作り、そのまま口元を少女の耳へと寄せた。
「マルントボーン伯爵誅殺事件。殺したのは⋯⋯-俺だ」
少女の目は一瞬見開かれたが、すぐにきつく鋭利に絞られた。
「嘘だな」
「訂正しようか。厳密には”死んでいない”」
そう聞いた瞬間少女の目は再び見開かれ、思わず男を見つめた。
「当たっただろう?」
男は心底嬉しそうに笑みをこぼす-むかつく。
しかし男は相変わらず掴みどころのない飄々とした態度をみせるも目が笑っていない。嘘をついているようには見えなかった。
「拾った情報では無さそうだな」
断定は出来ないがこの男がやったので間違いないのかもしれないと少女は推察した。
「で。それを私に教えてどうする?英雄は自分だと言いたいのか?悪いが今回指し示す英雄と殺人事件とは同列に考えられる。報奨金は貰えどその倍の請求と牢獄行きは確定だぞ」
少女は務めて冷静に事実を述べる。
「もちろん知っているさ。だから後で捕まえてくれて構わない」
「後だと?どうして私が待つと思う?」
「待つさ。きっと」
男は先程までとはうってかわり真剣な表情をしていた。そして少女の耳元へと口を近付けて小声で言い放った。
「第二王子の暗殺」
「⋯⋯なんだと」
少女の可愛らしい顔に、険しく深い皺が額に刻まれる。
第二王子。
少女を救ってくれた初恋の人でもあり⋯⋯そして大切な人達を殺した張本人。
少女が英雄記録調査員になると決意した理由でもある。
私が殺したい人物⋯⋯。
少女はゆっくりと離れると、男は変わらない表情でこちらを見つめていた。
一体こいつは何者なんだろうか。
男は顔だけで「手伝ってくれるか?」と言葉を告げていた。
少女はとっくに酔いが覚めていた。
「ようやく顔の朱が引いてきたな」
男は揶揄うように少女に笑いかけるが、対照的に少女の顔は鉄の仮面のように硬い表情をしていた。
「場所を移そうか。ミリア・スティール・ウーマン」
鉄の女-これ以上笑うことのないようにと、少女が自身に掛けた呪いの名であった。
なぜその名を-とは少女もう聞かなかった。
少女-ミリアはこくりとだけ頷くと、さっさと勘定を済ましてしまう。
そして男と共に、二人は喧騒な夜闇に紛れ込むようにして店を後にした。




