目を閉じたら・・・おやすみなさい
太陽がすっかり顔を出す。
私達は画面越しやガラス越しじゃなく正真正銘目の前でお互いの顔を見合わせている。
鏡を見るよりはっきりと・・・想像していたよりも可愛く・・・
こんな天使がいたら誰からも好かれそう・・・ってお互いそっか・・・
私の瞳には彼女がいて、彼女の瞳には私がいる・・・とても不思議な気持ちだ。
「こうやって会うのって初めてだね」
「・・・変な気分」
「私も」
いつしか涙は終わっていて、今の笑顔は生まれたての光に照らされている。
ミュリエルはなんとなく申し訳なさそうに
「あ、あのさ・・・」
「?」
「こんなタイミングで会うなんて思ってなくて・・・」
「そうだね。私だってそうだよ」
「・・・怒ってるよね」
多分、私に対してずっと思っていたことなんだろうな。
今さらどうこう言っても始まらない。怒っていると言われるとそうかも。
でも・・・今はそんな気持ちはどこにもない。それってさ、私自身も不疑義なんだよね。
「もちろん最初はね。絶対責任取ってもらうって思ってた・・・けど同時に感謝もしていた」
「そうだよね・・・・・・感謝って・・・嘘じゃなく?」
「ここは地獄。嘘は言えない世界って知ってるよね」
「そ、それは・・・うん。でも聞いてみたかった」
「なら分かったでしょ。今の私の気持ち」
「・・・ありがとう」
「いいえ。こっちこそ。あなたがこの身体をケアしてくれたおかげで肌も髪もとてもキレイになっている。正直不安だったんだ。女の子なのに身体の使い方は男そのものだったから。足に傷が付く度に溜息が出たくらい」
「私も感謝している。女の子になれたこと。この身体が私の理想になったこと」
やっとミュリエルの笑顔を見ることができた。
「そうでしょ。可愛いもん、私」
「うん。可愛い」
やっぱり不思議。同じ身体なのに魂が違うだけで私とミュリエルは別だとはっきり分かる。
彼女・・・彼は自分の理想を手に入れた。
もう一人の私だった彼の方も現世で上手くいっているみたいだし、なにより私は病気で死ぬことなくこうして生きている。
理想が形となって全てが上手く廻っているみたい。
でも
これからはこの問題と対峙しなきゃならない。だから今は少しの間だけ満たされている気分を味わうことが唯一最後のことかもしれない。
「今度は私が聞いてもいい?」
「・・・うん。いいよ。心配・・・してくれたんだよね」
「そう。花びらがなくても上手くいったのかって。あのね、駄目だったらもう一回天界に行こうって・・・でも一度摘んだら向こう一年無理って言われたんだ。なんか責任感じちゃって」
「ミウリルは何も悪くないよ。悪いのは私。彼女のことよく知らないのに頼り過ぎていた」
それってどんな天使なのかな。気になる。
「それで・・・どうだったの?」
聞くのが怖い。でも聞かないとならない。思わず息を飲んだ。
「ありがとう・・・ミウリル、本当にありがとう」
そう言ったミュリエルの顔は眩しいほどの笑顔だ。いや、たまたま太陽の光と被っただけなのかもしれないけど。私には最上の笑顔に見えていた。
「ってことは・・・」
「うん。まだ目を覚まさないけど上手くいったよ」
「よかった・・・・・・ほんとよかった」
胸を撫で下ろすと同時に膝の力が抜ける・・・というか飛んで来た疲れが今になってドッと押し寄せてきた。
思わずその場に座り込んでしまう。
「あ!・・・ちょっと、ミウリル」
?・・・そのリアクション・・・ん?何?
「ちゃんと言ってよ。なんなの?」
「パンツ・・・見えてる」
「え!」
あわわわわ・・・制服のスカートってやっぱり頼りないよ・・・
「そんなに睨まなくても同じ身体でしょ」
「そうだけど・・・やっぱり恥ずかしい」
「それになんで制服?」
「だってこれしかないんだもん。そういうミュリエルこそ、なにそのカッコ」
「これは儀式のために着ていたの。私も同じ制服、部屋にあるんだよ」
「ふ〜ん・・・ねぇ、もっと詳しく聞いてもいい?儀式のこと」
「ミウリルには協力してもらったから。いいよ。わかった」
「その前になんか飲みたい。ずっと飛んでたし、安心したら喉が乾いた」
ミュリエルの案内で寮の中に招かれる。
廊下にはたくさん扉があるのに私達以外誰もいない。
「他の天使はまだ寝ているの?」
「そうだね。みんながいろいろ準備してくれたんだ。どんなお礼をしたらいいか分からないよ」
「準備か・・・大変だった?」
「そうかも。私も疲れた。でもね。それは必要なこと。みんながいたから上手くいった」
「そっか。じゃあさ、私があなたのために祈っていたこと知ってた?」
ミュリエルは立ち止まって
「そっか・・・ミウリルだったんだ。はっきりとじゃないけど、私には伝わったよ」
「ほんと!良かった」
「ありがとう・・・あ、こっちね」
「え?地下?」
「うん。自販機あるから」
「自販機!あのさ、やっぱりここって変な場所だよね」
「地獄のこと」
「そう。現世みたいにいろいろあって、でもいろいろ違っていて。そう思わなかった?」
「確かにね。私も最初は思った」
「でしょ。ここもそうだけど天界だって似たようなものだった」
「天界か・・・行ってみたいな」
「簡単に行けるよ。あれで・・・えっと・・・」
「ヘブヘルタワー」
「そう!それ」
「授業で造った人に会ったよ。まあ人っていうかレイスだけど」
「知ってる。天使にリンシにレイス。いろいろだよね」
「地獄の階層には精霊もいる」
「そうなの?どう見てもこの世界ってファンタジー要素が強いよね」
「ホント。知れば知るほど転生したんじゃないかって思った」
「でも転生とは違う」
「そう。死後の世界って実は良い世界なのかもしれないね。あ、好きなモノ選んで」
目の前にはたくさんの自販機が現世のように買いに来る天使のために並んでいる。
「いろいろあるね・・・ホントになんでもいいの?」
「うん。経費があるから」
「経費?なんでミュリエルはお金持ってるの?私なんて全然ないのに」
「これはミウリル、いや、相楽美有を探すため必要経費として渡されているの」
「私を?」
「そう。でもさ、説明は今度でいい?」
「まあ、うん。それより・・・何に・し・よ・う・かな」
喉が乾いているから飲み物は必須として・・・ホントになんでもいいなら
「じゃあ、ホットのカフェオレとこれ、バームクーヘン。美味しそう」
「飲み物だけじゃないの?」
「なんでもって言った。それに一つだけとは言ってない」
「はいはい。いいよ」
お互い購入してテーブルに向かい合わせて座るとミュリエルは静かに話し始めてゆく。
☆★☆★☆★
ヴィヴィに案内されて石畳の通路を歩いてゆくと正面には扉が見える。
それはすでに開かれていて中からたくさんの天使の気配を感じる。
「さあ。着いた。みんなミュリエルが来るのを待っていた」
「そう・・・なんだ」
実際に中に入るとなかなかの大きさの空間が広がっている。明りがなければ真っ暗な空間にしか見えない。
みんなも私と同じ真っ白な服を着ていて、何も言わずに私のことをじっと見ている。
天使達の真ん中にはさらに道があってその先には祭壇なのか、腰くらいの高さのある台が見えて・・・その上には
「・・・ハニエル」
ホントならすぐにでも駆け出して顔を見たかった。でも衝動を必死に抑えて我慢した。歯をグッと食いしばって呼吸を乱さないように・・・どうしても気持ちと身体が噛み合っていない。
「見えるだろ。行こう」
今度は私が先に立って歩く。ヴィヴィは後ろを同じ早さで歩いている。
だんだんはっきり見えてくるハニエルの姿。
走り出したい・・・抑えろ。
声を出して名前を呼びたい・・・抑えろ。
気持ちと頭の中が狂いそう・・・抑えろ・・・抑えろ・・・
「え?ハニ・・・エル?」
手を伸ばせば触れるところまで近づいて私の足は止まった。
「・・・・・・こんなことに」
ハニエルの姿に胸がかき乱される。
あの夜とは程遠い姿が私の視界を曇らせてゆく。
現世に帰るまで泣かないって決めたのに・・・・・・こんなの無理・・・
「始めてもいいか?」
「・・・・・・」
真っ白で美しい肌は錆びたような赤色に変わっている。
美しいはずの飴色の髪からは一切の艶が消えていた。
「聞こえているか?しっかりしろ」
ヴィヴィの手が私の肩に触れる。
「・・・うん。ごめん・・・始めよう。お願いヴィヴィ。手伝って」
顔を振って涙を払う。
ハニエルをこんな姿にしてしまったのは私だ。
「いいんだな」
「うん」
自分の意思をはっきりと伝えるとヴィヴィはそれぞれの薔薇を大きな盆の上に置いた。
薔薇を見た他の天使達のざわめきが耳を翳める。
それも仕方ないこと。青い薔薇は茎しかないのだから・・・
道中にヴィヴィから大体のことを聞かされていた。
最初に渡された赤い薔薇。
私は何の躊躇いもなく血を吸い上げさせるために一度傷つけた場所に薔薇を置く。
「吸っている・・・もっと吸いなさい」
花びらが鮮やかな赤色に変わってゆく。血の色なのにキレイだと思ってしまう。
やがて
花びらから朝露みたいに赤い色の雫が滲んでくる。
「今度はこっち・・・お願い・・・上手くいって」
青い薔薇に真っ赤な雫を吸わせる。
「・・・吸ってる・・・・・・お願い」
期待と願いを込めて見つめていた・・・けれど
「駄目・・・なの?」
雫を吸い上げてもそのまま茎を通るだけで地面に落ちてゆく。
その結果を見て見守っていた天使達の動揺が大きくなって聞こえてくる。
「やはり無理なのか」
ヴィヴィまで・・・みんな諦めている。いや・・・むしろこうなると分かっているみたいに。
「まだ終わらない。私の血はまだ枯れていない」
「これ以上は無駄だ。終わろうミュリエル」
「いやだ。終われない・・・終わらない」
「まだ時間はある。もう一度薔薇を集めよう」
「そんなの無理。今しかないの。知ってるでしょ。私は一人じゃ飛ぶことだってできない」
「いい加減にしないか。このままだとお前だって危ないんだ。お前が倒れたらハニエルはもう二度と私に、お前に微笑んではくれない」
くやしい・・・ここまでなの?
本当に駄目なの?
青い薔薇・・・奇蹟を・・・
「もっと血を吸って。もっともっと」
「もう止めろ!」
ヴィヴィが強制的に止めに入った。
「・・・くやしい・・・失敗なんて・・・認めない・・・私は認めない」
血薔薇は元々私の血で出来たようなもの。私の血には薔薇を咲かせることが出来るかもしれない。
「青薔薇に私の血を吸わせる」
とっさに赤い薔薇と同じように青い薔薇も傷口に当てると
「・・・吸っている・・・私の血」
でも
意識がだんだん遠くなる・・・目の前も翳んで見えてくる。
「・・・お願い・・・奇蹟を・・・ミウリル・・・無駄なんかじゃ・・・」
まだ儀式の中・・・なのに・・・耳鳴り?
「おい。ミュリエル。しっかりしろ」
ヴィヴィに抱きかかえられていた。
「・・・ヴィヴィの言う通り・・・失敗しちゃったね」
「これを見てみろ」
目の前に映っているのは
「・・・青い・・花びら?」
「ああ。小さいけど・・・ミュリエルの血を吸ったら出てきたんだ」
「・・・ほんと?」
「ああ。小さいが花びらだ。これならハニエルを助けられる」
奇蹟が起こった?・・・奇蹟の天使・・・・・・なれたのかな?
少し休んで意識が回復すると
「青い花びら・・・きれい・・・見たことないきれいな色」
「不思議なことが起こって、みんな驚いている。それに見ろ。赤い雫を吸って・・・」
「だんだん紫色に変わってゆく」
色が完全に変わると
「出てきた・・・ヴィヴィ、紫色の雫」
「ああ。あの時見た色と同じだ。これで助かる。待ってろハニエル」
ヴィヴィは自分の掛けた能力を解放してハニエル自身の時の流れを戻す。
人形のように動かなかったハニエルの胸が動き始める。呼吸をしている。それに苦しそうな表情になって・・・ゆっくりと目を開ける。意識が戻ってゆく。
「・・・ミ・・・ミュリ・・エル?」
「おかえりハニエル。今すぐ楽にしてあげる。そのままこれを飲んで」
ハニエルの耳に私の声は届いたみたい。口を開けて待っている。
たった一雫。
零さないようにハニエルの口元から落す。
たった一雫。
飲み込んだかどうか分からない。でも確実にハニエルに取込まれた。
静かに目を閉じるハニエル。
みんな黙って見ていた。
あまりにも静か過ぎる。それだけ不思議なことが起こったのかもしれない。
誰もこの静寂を壊そうなんて思っていない。
「寝ちゃったの?」
「そうだな・・・今はこのままそっとしておこう。しばらくは眠っている」
「終わり?ねぇ・・・終わりで・・・いいの?」
「ああ。終わった。なぜ急に花びらが出てきたのかは分からない。奇蹟としか・・・」
「・・・・・・・」
「どうした・・・ミュリエル?」
そこからは記憶がない。
再び目を開けた時には私は自分のベッドの上で、夜はまだ開けていないみたいだった。
多少ふらついたけど部屋を出てみるといつもの寮みたいに感じた。
もう一度。
ハニエルの眠っている場所に行こうとしたが階段もなくなっていつもの自販機コーナーになっていた。
夢でも見ていたのだろうか?
でも、夢じゃない。手首の包帯がそのことを証明している。
「まだ・・・早いかな」
ハニエルの部屋の前に立って声を掛けたかった。
「元気になるよね・・・なってくれなきゃ許さないから」
一人外に出ると薄らと空の色が変わってゆく。
そのことがなんだか嬉しくて涙が止まらなかった。
★☆★☆★☆
「そっか・・・そこに私が登場した」
「うん。びっくりした」
「ごめん。驚かせるつもりはぜんぜんなかった。それで?最初になんで『ごめん』なんて言ったの?」
「それは・・・泣き顔なんてみせたから」
「そっか」
「これで全部。でもホント不思議だった」
私は青い薔薇のことを思い出していた。
「それって・・・もしかして私のおかげかも」
「そうかな」
「だってずっと祈ってたんだよ。ミュリエルに祝福がありますようにって」
私はアイスコーヒーを飲んでバームクーヘンを一口。
頭に糖分が与えられたことで一つの可能性を感じている。
「正しいかどうか分からないけど・・・私達は魂は違う。でも身体は何もかも一緒だよね」
「不本意ながら」
「でね。私は自分の血で赤い薔薇を咲かせることができた」
「それで?」
「でね、天界の天使のあなたなら青い薔薇を咲かせることができるんじゃないかって」
「ふ〜ん。でも私は血を出していない」
「だからもしもの話なの。ミウリルが祈ってくれた。私はそれを感じることができた。だから私とあなたは同調した」
「う〜ん・・・それは・・なんとなくわかる?ような」
「で、あなたの祈りが私の血を天界の天使の血に変えたってならないかな」
「それって・・・」
「そう。私は地獄の天使。さっきも言ったけど一緒なの。身体は何もかも」
「祈りの一つで変わることができたってこと?」
「そう考えた方がしっくりくるんだ。今回のことに関しては」
「そんな不思議なこと起こるのかな?」
「だからさ、今まで私達はこうなるまで不思議なことだらけだったの」
「確かにね。ねぇ空腹に火がついた。もっと買ってもいい?」
「え!まあ、いいよ。私もお腹空いてきたから」
私はヨーグルト、ミウリルはプリンを選択。
「結構美味しいよね」
「そうだね。私も初めて食べた」
「この調子でガンガンいこう」
「え!私はいいよ。このあと朝食になるから」
「え!まさかの食事付き?」
「うん。朝と夜」
「そうだ。ミュリエルってこっちでも学生しているんでしょ」
「そう。通えって半ば強制みたいな感じで」
「いいなぁ。楽しそう。私も通えないかな」
「えっと・・・どうだろう」
「なんで?駄目なの?一緒でしょ」
「だからさ、ここは地獄の天使の学園であってミウリルには天界の学園があるのかなって」
「そっか・・・それは考えなかったな。帰ったらラフィに聞いてみようかな」
こんな話をしていると
なんだか急にいろいろと力が抜けてゆく。疲れもものすごく感じる。
「今日は、っていうか今回はいろいろありがとう。私、少し眠くなってきた」
「お役に立てて良かった。ん〜・・・そんなこと言ったら私も眠くなってきた」
「もう帰る?門のところまで送るよ」
「それもいいけどミュリエルの部屋で休ませてよ」
「え!ベッドは一つしかないんだけど」
「一緒でいいじゃん。同じでしょ。私達」
「そうだろうけど狭いよ」
「気にしないよ。ね、見るだけでも。いいでしょ」
実際にベッドを見たら諦めて帰ってくれるかもしれない・・・
「いいよ。見るだけなら」
「やった」
・・・ホントにいいのかな?部外者だよね。はっきり言って。
☆・・・・・・・★
「ここ」
「お邪魔します」
「ね、狭いでしょ」
「そう?平気平気」
「ちょ、なに勝手に入っているのよ」
「いいからいいから」
私のことはお構いなしに制服のままベッドに入ってゆくミウリル。
なんなの?この天使。もしかして結構雑な性格とか?
「ん〜気持ちいい。ミュリエルも早く来なよ」
「言われなくても。私のベッドだし」
私が入ったら狭いことを実感して諦めて・・・くれる・・・よね。
私も着替えることなくそのまま横になる。
やっぱり狭い。けど身体は素直だ。
「・・・目を閉じたらすぐ眠ってしまいそう」
「それでいいじゃん」
ん?諦めない?本気?
でも
今の私には言い返す気力すら・・もうないよ・・・
「目を閉じてミュリエル」
言われるままに瞼を閉じる。
「私も・・・」
もう・・・どうでもいい・・・このまま落ちてゆくしか・・・
やはり同じ身体からなの?
私達は同時に同じ言葉を口にしていた。
「・・・おやすみ・・なさい」
9月最初のアップです。
読んでいただきありがとうございます。
残暑厳しい毎日が続きます。秋とはいつやってくる?
ニュースで知りましたがインフルエンザが流行っているそうで・・・
これは大変です。皆さまもお気をつけ下さいませ。
うがい、手荒いを徹底して予防します。じゃないと書けなくなる・・・
それではまた次回。よろしくお願いします。




