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ワタシ死ねないみたいです。あと○○になる方法、探してます。  作者: マナマナ


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68/79

堕天使なんかじゃない

 あれからどれくらい歩いたのだろう。

 時々休憩を入れては歩くそんな繰り返しが続いた。

 進むにつれ周辺の色は濃くなってゆくしおまけに微かだが血の臭いすら感じる。


「この辺りのはずなんだか・・・」

「やっと・・・来たんだ。真っ赤な靄のせいで視界が悪いね」

「ああ。ミュリエル。絶対にはぐれるなよ」

 ヴィヴィの方から差し出された手をしっかりと握った。目的を果たすまでこの手は決して離してはならない。

「もしはぐれたらこれで連絡・・・」

「よく見てみろ。ここは圏外なんだ」

 私は端末をよくよく見てみる。

「・・・ホントだ。これじゃ役に立たない」

「ここはまだ整備がされてない。というか整備したところでほとんど誰も来ない場所なんだ。だから必要ないってことなんだろうな」

「そっか・・・気をつけるよ。ヴィヴィとはぐれたら私一人だと絶対に帰れないと思う」

「私だって分からない。ずっと昔、社会見学で来た以来だし、その記憶だけが頼りなんだ」

「へ〜なんか凄いね。そんな昔のことちゃんと覚えているなんて」

「私は『追憶の天使』だからな。言ってなかったっけ」

「初めて聞いた。追憶・・・みんなそういう名前持っているんだ・・・私は持ってないから」

「そっか・・・どんな天使になりたいかは自分で決めることもできる。だからミュリエル自身考えてもいい。後はその資格を認められたら登録される」

「・・・どんな天使ならいいのかな・・・私にもなれるかな」

「なれるかじゃなくてなるんだ。決意は固く、信念は強く。一度決めたら途中で変えることなんてできない。死ぬまで続くことなんだ」


 死ぬまで続く・・・私は死ぬまで天使を続けているのだろうか?

 美有のことを現世で待っている人達のことを考えるとこのまま天使でいる方がもしかしたら最善のことなの?


 いろいろ考えてしまう。


 天使として生きることと念願の女の子で人として生きること。

 どっちが私には相応しいの?


 私が生き返ったことってどんな意味があったの?

 そんなことすら考えてしまう。

 私の願いは人として女の子として生きたかった。ただそれだけだったのに・・・

 今はまだ結論を急ぐ必要はない。それよりもハニエルのために集中しなきゃ、だよね。


「あった・・・ここだ」

 立ち止まるヴィヴィ。それはずっと待っていた言葉。

 やっと来たんだ。薔薇はもう目の前にある。

 あとは私が・・・たった一輪でいい。摘むことで一歩進むことができる。

「ありがとうヴィヴィ。ここまで一緒に来てくれて。感謝してる」

「お礼を言うのはまだ先だ。ここからが本番なんだ」

「うん。分かってる。絶対にやり遂げてみせる」

「じゃないとな。絶対に」

 ヴィヴィは翼を広げる。私も片方しかない翼を広げる。

「準備はいいか?その前に先ずは自分がどれくらい飛べるか知る必要がある。やってみろ」

「分かった。やってみる。こうしている間だって時間はどんどん過ぎてゆくから」

「もしミュリエルが落ちそうになったら助けに行く。それくらいなら私にだってできる。だからって気を抜くなよ」

「大丈夫。きっとヴィヴィの手を煩わせることなく終えてみせるから」


 目を閉じて翼に意識を集中させる。

 ゆっくりと少しだけだけど宙に浮いてゆくのが分かる。

 私は下駄をその場で脱ぎ捨てる。少しでも軽く。


「前に進んでみろ」

 言われたように前に進むことだけに意識を集中。ゆっくりだけど進んでいるよね。

 どうしてもスムーズにいかないのは仕方のないこと。

 感覚的には自転車を片方だけのペダルで漕いでいるみたいな感じが近いかな。


「ゆっくりならなんとか進める」

「じゃあ今度は右に曲がってみせろ」

 意識を右に曲がるイメージをする。

「ぎ、ぎこちないけど・・・」

「なら今度は左」

 同じような感覚で左に舵を切ろうとした瞬間

「わ!!!」

「大丈夫か」

 左に意向としたのに地面に落ちた。

 やっぱり左の翼がないことが原因なんだろうな。

「やはりか。でも右になら旋回できる」

 私は立ち上がってもう一度チャレンジする。ちょっとだけ足を捻ったけどこんなことで挫けてたまるか。

 こんな私でも飛ぶことはできるんだ。堕天使なんかじゃない・・・絶対に。

 でもどうして?

 カーリ様とルシェルは知っているの?

 知っていたから敢えて翼のことには触れなかったってことなのかな?

 ホントなら今すぐ聞いてみたい。聞いてどうする?何か変わるの?


 ふともう一人の顔が浮かぶ。

「ミウリル・・・あなたも片翼なの?それとも違うの?」

 見上げる空は燃えているように真っ赤な色。

 炎の色。夕焼けの色。そして血の色。

 私には血の色になんて見えない。命が燃えている色だと思うことにする。


「ヴィヴィ」

「もう?平気か?」

「コツは掴んだ。左にさえ行かなければ落ちることはない」

「分かった。油断はするな。無理そうならすぐ声を掛けろ」

「ありがとう。心強い友達に感謝」

「友達か・・・そう言ってくれるのは嬉しいな。私達は友達だ。そして共通の友達のことでここまで来た」

「うん。それに私が半端な天使じゃないってこと証明しなきゃ」


 ヴィヴィの隣りに立って同じ方向を見ている。

 その先にはかつて血の池と呼ばれた場所。

 まだその姿は見えていない。けれど真っ赤な薔薇が咲いている場所。


 今まで見たことのあるどの赤い薔薇よりも濃くて深い色に違いない。

 血の色を想像しながら対面の瞬間を待つ。


「待っていてハニエル。もうすぐだから」


☆★★☆☆★★


「それで?無事購入できたのか?」

 お茶の準備を終えてラフィが席に着くと聞いてきた。

 あの後。私達はすぐに家に帰った。それは薔薇のこともあったが荷物も多かったこともあって店に入るのは諦めた。

 私としては真っ直ぐ帰ることに異論はない。早くラフィの家に帰りたいって思っていた。

 もちろんリリエルだって同じ意見だった。


「ホントありがとう。嬉しい。ほらこの通り」

 私は左手を見せる。

「そうだ。ラフィに初電話したけど出てくれなかったよね」

 ちょっと・・・いや、かなり残念だった。折り返しがなかったことも寂しかった。

 今なら理由を聞くことができることに安心している。

 淹れてくれた紅茶を一口飲んでからお茶受けで用意した『天使のウエハース』を一口。

 サクッとしたウエハース。その間に挟まっているクリーム。このバランスが絶妙なのだ。楽しい食感に程よい甘さ。これが紅茶に合わないわけがない。


「そういえば登録のない番号・・・あれか」

「そうだよ。多分。ラフィならきっと気が付いて掛け直してくれるって期待してたのに」

 その時の感情を表すみたいに上目遣いでラフィのことを見る。

「期待に添えなくて申し訳ない。実はその前に電話をしていた」

「電話?リリエル?」

「あたしじゃありませんよ」

「ふ〜ん」

「気になるか?」

 何よ。その言い方。気になる・・・に決まっている。

 私の電話は無視して一体どこの誰と話していたっていうのよ。

 なんてこと言葉で言えないよね。ここは強がって

「べ、別に。ラフィはお友達多いんでしょ」

 強がって言っても身体は素直だ。自然と口を尖らせていた。

「それほどでもない。ただ・・・話しておいた方がいいだろう。ミウリルにも関係しているからな」

「私?」

「ああ」

 ラフィはウエハースを半分まで齧る。

 みんな結構なペースで食べている。一箱なんてあっという間になくなってゆく。

 ほら。たくさん買っておいて正解じゃん。

「うむ。初めて食べた。良い味をしているな」

「でしょ。試食した時『これだ』って思ったんだ」

 かなりの高評価に胸が高鳴る。

「その試食。あったの全部食べたのって誰でしたっけ」

「リリエル。そこは言わなくてもいい。だって勧めるんだもん。断れなかったし。その分たくさん買ったからいいでしょ」

 私は二つ目を開封してお皿の上に置いた。

「それで?私に関係って」

 ラフィはさらに一つ。ウエハースを手にして

「その前にミウリルがまだ話していないこと。それを先に聞きたいな」

 まだ話していないこと・・・ああ、そうだった。確かに話すって言ってたよね。

 ホントはリリエルのこと見送ったら、だったのに端末のために一緒に天界に行っちゃってたんだ。

 ・・・・・・もしかしてこれって・・・ラフィはなんでもお見通しなんだよね、多分。

「それってミュリエルのこと?」

 私に関係して今と過去のことで浮かび上がることといったらこれしかない。

「ミュリエル?誰です?その天使」

 リリエルは紅茶を手にしたまま聞いてくる。

「知っていたのか」

「えっと・・・うん」

 ラフィの質問に正直に答える。

 でも。ちゃんと知ったのは昨夜。半月が私達を引き合わせてくれた。

「人間だった時の名前は最初に言ったよね」

「ああ。ミウだな」

「本名は『相楽美有』元々の私の名前。そして・・・ミュリエルも『相楽美有』なの」

「はい?どういうことです?誰が誰ですって?」

「まあまあ。リリエル。最初から説明するから聞いて」

 ラフィは黙ったまま紅茶を飲んでからのウエハース。どうする?もう一箱開けた方がいいのかな。


 私はこれまでの自分の人生を話す。

 たった16年・・・天使目線からみたら少ない時間かもしれない。

 私にとってはいろいろあった16年なんだよね。


「そうだったんですね。魂が・・・天界のミスですね、完全に」

「それでね。もう一人の私は事故というか自分で命を絶った。後には今の私の魂だけが肉体に残った。そしたら急にもう一人・・・ミュリエルって名乗る天使が入ってきた」

「なんでそんなこと?先生、こんなこと可能ですか?」

「そうだな・・・まずは全部聞こう」

 ラフィもリリエルもウエハースには手を出していない。


 そのまましばらくは私の独壇場で時間が過ぎてゆく。紅茶だって冷めていた。

「私達は半月の瞬間だけお互い繋がれるって分かったの。昨夜二回目だった。向こうも天使になっていることはその時に知った」

 まだある。

「身体を入れ替えたって」

 リリエルは何か言いたそうな顔をしたが黙ったまま耐えているみたい。

「最初に一緒にいたもう一人の私は現世で男として普通に暮らしているって教えてくれた」

「じゃあなんですか。そのミュリエルって天使は元々男だった」

「そう。でも姿はこのまま。私とそっくりなんて生易しいことじゃなくて全く同じ。私だって何が起こっているのか全然分からない」

「向こうはなんでそんなこと」

「この姿で生きていたいんだって。女の子になりたかったって」


「ふふふ」

 今まで黙っていたラフィが静かに笑っている。

「そうか。実に面白い。カーリの仕業だな。こんな所業、アイツにしかできない」

「カーリ・・・閻魔大王様」

「そうだ。何が目的なのか分からないが間違いないだろう」

「先生。いいんですか?死んだ人間を勝手に生き返らせるだけじゃなく身体ごと入れ替えるなんて」

「ありえない前例を作ったものだ。完全にルールを無視している」

「そんなこと主は黙っていません」

 主・・・天界で一番偉い存在。神と言ってもいいんだろうな。

「当然なにかしら手を出してくるだろうな」

 そう言えば・・・この世界に来る直前のこと・・・これも話す必要があるよね。

「あの・・・はっきりと思い出したことがある」

 新月の夜のこと。

 私は無理矢理身体から離されそうになった。けれど拓哉のおかげで無事だったんだ。

「そうか。手が早いな。だが、ずいぶん強引過ぎた。そのことが原因で二つの魂はリンシとなって地獄にやって来たってところか。これまでの筋が通ってきたな」

「誰なんですかね、直接人間に手を下した天使って。確かに強引ですね」

「『主』直属の中級の天使だろうな」

「あと不思議なんですが、私は治らない病にかかっていた。けれどあの子が入ってきた時から嘘のように元気になった」

「それもカーリのやったことだろうな」

 そんなに簡単にいろいろ書き換えることが出来るものなの?

 だったら神社やお寺での願い事って簡単に叶えてもらえるってこと?

 私は今は人間じゃない。天使なんだ。だからこの世界のシステムを聞いても問題ない。むしろ知っておいた方がいいのでは?

 そんなことを思ったところで一体なにから聞いたらいいのだろう。

 私は今のことにどんな解決があるのか知りたい。 

 果たして解決なんてできるのだろうか。

 それに向こうも現世に帰りたいって思っていたとしたらどうなる?

 そんなこと考えるまでもない。現世だと身体は一つしかないんだ。この世界のようになりたい姿になれるわけじゃない。

 このままだと魂の渋滞が発生してしまう。

 ミュリエルだって同じことを考えているに違いない。だったらあの子はどっちを選ぶの?

 人間?それとも天使?


「ミウリル。私はミュリエルに会った」

「え?・・・そうなの?初めて聞いた」

「初めて話しているからな」

「なんですぐに教えてくれなかったの?」

「それは君たちの事情を知らなかった。それと違和感があったからだ。もっと知る必要があると判断した。故意に隠していた結果になってしまったかもしれないがワタシとしては話すタイミングを見計らっていた。許してくれるか?」

「・・・そうなんだ。私は・・・許すとか許さないなんて言ってないよ。きっとラフィのことだから私達のことを考えてのことだと思いたい。そうでしょ?」

「そうだ。ミウリルのことを考えてのことだ」

 真顔で言われると・・・ちょっとだけ顔が熱くなる。

 私ってば・・・嬉しくて顔が綻んでいるよね。


「長い話になりそうだ。ここいらで一旦区切って夕飯にしよう。みんなで作らないか?」

「とても良い提案だと思います。先生」

「いいですよ。お腹減ったしラフィの手料理食べたい。辛いものかしょっぱいものがいい。ずっと甘いもの食べてたから」

「よし決まりだな。なら・・・そうだな、ワタシ自慢のジャンバラヤはどうだ?」

「思いっきりスパイシーがいい」

「そのつもりだ。ところでミウリルは料理ができるのか?」

「そこ聞く?ずっと眠っていた人生だよ。出来るわけないってはっきり言っとく」

「なぜ自信満々で話す?」

「自信満々じゃなくて本当のことを言っただけ。でもラフィならなんとかしてくれるんでしょ」

「ふむ。これは手ほどきのしがいがありそうだ」

「楽しくなってきたね」

「先生。あたしはトマトスープ作ります」

「リリエルって料理できるの?」

「だからこうやって提案しています」

「へ〜トマトか。美味しそう。楽しみ」

「この際です。ミウリル自身も何か一品作るべきです」

「え〜・・・何なら作れるかな」

 ラフィにチラっと視線を送る。気付いているよね。気付いて欲しい。


「ミウリルは好きな食べ物は何がある?」

「えっと・・・ナス」

 素直に即座に答えた。

「ナスなら・・・そうだな、素揚げしてジャンバラヤの付け合わせにしよう」

「すあげ?」

「ただ油で揚げるだけ。実に簡単だ」

「え!いきなり揚げ物?ハードル高くない?」

「大丈夫。ワタシが付きっきりで教えてあげよう」

「決まりですね。頼みましたよ。それにしてもバナナについでナスですか」

 リリエルはニヤニヤしている。この顔をしている時はロクでもないことを考えている証拠。

「バナナ?なんのことだ?それよりミウリル、料理は楽しいぞ」

「バナナはバナナだから気にしないで・・・やってみる。絶対離れないでよ。絶対」

 今は楽しいから言い返すのはちゃんと料理が出来てからにしよう。

「ナス・・・こっちに来て初めてかも。楽しみ」

 

 みんなで夕飯の支度って家庭的でいいよね。

 家族なら当たり前の光景かもしれない。

 人間だった頃に経験できなかったことに心が踊っていた。


★★★★★★


 いよいよ始めるんだ。

 薔薇を手に入れるために静かに深呼吸と共に気合いを入れる。

 大丈夫・・・きっと。

 上手くいく・・・きっと。

 だから・・・私に・・・ううん、私達に祝福をください。


 目の前には柵で囲まれたかつて『血の池』と呼ばれている場所が広がっている。

「薔薇・・・見えないね」

「気をつけろ。この柵より先に足を踏み入れるとキケンだ」

 ヴィヴィは小石を投げ入れると『ポス』って乾いた音がしてそのまま飲み込まれるように土の中に消えてゆく。

 いくら埋め立てたとはいえ表面は水のように緩い。絶対に落ちるわけにはいかない。

 この下にはずっと蓄積されていた血が未だ乾くことなく渦巻いているのかもしれない。


「ここからじゃどこにあるか分からないね」

「もっと中心に行かないと薔薇は咲いていない」

「そっか・・・そのための翼だもんね」

「ああ。先に私が行って確認してくる」

「確認・・・ヴィヴィお願いしてもいい?」

 ヴィヴィは翼を広げると柵と同じくらいの高さで池の上を羽ばたいてゆく。

 私はじっと目を離すことなく姿を追っていた。

 赤い霞に消えてゆく。少し不安になるがすぐに戻ってきた。


「どうだった?あったの?」

「ああ。咲いていた。やはり真ん中辺りに集中している。そこ以外の近いところにあるか見てみたんだがなかった。そこまで行くしかなさそうだ」

「そっか。ありがとう」

 深く呼吸して私も羽ばたかせる。

「近くまで手を繋いで行こう。その方が安定するから任せておけ。ミュリエルがいなくなったらハニエルだって悲しむ。そんなことは絶対にしない」

「ホント心強い。感謝しかない」

 手を差し出すとヴィヴィは受け取ってくれた。

 ゆっくり。だが確実に薔薇のある場所を目指す。

「あまり高くならないように今くらいをキープするんだ」

「わ、分かってる・・・む、難しい」

「しっかりしろ。さっきは出来ていた。とにかく今は集中するんだ」


 集中。集中。

 真っ直ぐ。低く。それから慌てるな。ここまで来たら目標達成したも一緒なんだ。


 ハニエル・・・すぐに持って帰るからね。


 強く想うとあの日のことが鮮明に頭の中に蘇ってくる。

 肌の温もりや匂い、それとお互いの気持ち

 私には素敵な瞬間だったし忘れたくない思い出

 同じ気持ちで想っていてくれたらどんなに嬉しいことだろう。

 身体が熱くなってくる。


 ・・・・・・匂う


「え?」

「どうした?」

「今なにか聞こえなかった?」

「いやなにも」


 気のせい?


・・・・・・堕天使の匂いがする

・・・・・・・・・人間の匂いがする


「聞こえる。間違いない」


・・・こっち

・・・欲しい

・・・もっと低く

・・・手が届くまで低く


「精霊の声か・・・聞くなミュリエル!ロゼッタに言われただろ。声に耳を貸すな」


・・・あっちの血は苦い

・・・こっちの血は甘い

・・・こっちの闇は甘い

・・・あっちの闇は苦い


 耳を塞ごうにも手を離したらバランスが崩れる。

 声は容赦なく聞こえる。

 これがロゼッタの言っていた精霊の声。

 誘われている・・・身体の感覚が麻痺するみたい・・・


「うあ!ミュリエル」

 ヴィヴィの手に力が入る。ハッと我に返った。

「これ以上低くすると落ちる」

 地面スレスレに飛んでいた。急いで元の高さに立て直す。

「・・・ご、ごめん。さっきから声が・・・」

「一旦戻るぞ」

 ヴィヴィは急旋回して最初の場所に戻った。


「・・・ごめん」

「仕方ない。全部が初めてなんだ」

 私は薔薇のことを強く求めている。

 そんなこと当たり前じゃない。そのためにここに来たんだから。

「どうだ?行けそうか?」

 気力も体力もまだまだある。けれど薔薇のことが頭の中にある以上また声を聞くだろう。

 あの声にはかつての池の中に引き込むような感じを受ける。耳を傾けるだけで身体が反応してしまう。

 ヴィヴィにそう伝える。

「そこは気力でカバーするしかないと言いたいがなかなか難しいな」


 お互い水を一口だけ飲んで頭を落ち着かせる。


 声を聞くなといっても耳を塞ぐことはできない。そんなことをしても無駄かもしれない。

 私の心に直接響いてくる。

 一体どうしたらいい?

 また飛んだところで同じ結果が待っているだろう。

 いや。今度こそ本当に落ちてしまうかもしれない。

 そんなことになったら全部終わり。何もかも終わってしまう。

 私・・・そして多分ミウリルも。現世に帰るという目標は失ってしまうだろう。


 簡単に終わると思っていたのに先に進めずフリダシで止まっている。

 薔薇は目の前。

 なのに・・・私は真っ直ぐ飛ぶことすらままならない。

 私は堕天使なんかじゃない。

 いろいろあったけど地獄で天使として生まれ変わったんだ。

 また区別されるの?黒天使、そして堕天使・・・もう嫌なの。ホント嫌なの。


 病院でリハビリ中にいきなり立ったこと。奇蹟だと周りを驚かせた。

 今までだって奇蹟の積み重ねなんだ。私の運命は奇蹟で成り立っている。


「私は奇蹟の天使。見合う代償を払えばきっと奇蹟は起こる」

 足元の落ちている石の中からなるべく鋭いモノを探して

「これならどう?血を吸う薔薇。ならこっちから吸わせてあげる」

 覚悟は出来ている。ハニエルのためならこれくらいなんてことない。

 躊躇無く左手手首に石を当てて思いっきり引く。


「くっ・・・」


「おい!ミュリエル。何している」

「見ての通り私の血をあげるの。薔薇を貰う代わりに。ただでなんて都合良過ぎだから・・・」

 ポタポタと音を立てて落ちる私の真っ赤な血。

「馬鹿!早く止血・・・」

「・・・平気だよ・・・これくらい・・代償だと思えば安いものよ」

「だからっていつまで持つか分からないんだぞ」

「すぐ終わらせる。今度は一人で行くね」

「それこそ無謀だ。ロクに飛べないのに」

「私はみんなと同じ地獄で生まれた天使。堕天使なんかじゃない」

 同じことを口にする。

 私の存在はみんなと変わらないって主張しているみたい・・・・・・


「飛べない私にはこうするしかない。さあ。ここまでおいで。私の血はどんな味?」


 柵のギリギリの所に行って血を池の中に落としてゆく。


「な、なんだ?」

 ヴィヴィが驚くように周りをキョロキョロと見る。

 その理由は分かっている。


 ざわざわ・・・

 

 それは精霊のどよめきなのか。はっきりと耳で聞こえる。

 けれど何を言っているのかは分からない。

 空気が震えているような音にも聞こえるからだ。


「どう?甘いの?苦いの?」


 ざわめきがイッキに大きくなって私達の周りを取り巻いてゆく。

「うわ!なんだ、何が起こっている」

「お願い・・・薔薇を・・・たった一輪でいい。私にください。代わりに血をあげる。もっと欲しいなら持っていきなさい。これは取引なの。あなた達と私の」


 どうか応じて欲しい。願いを叶えて欲しい。

 私は奇蹟の天使。だから奇蹟を私に。

 奇蹟は祝福となって私の元にやってくる。


 久し振りに見る自分の血。流れる鮮やかな赤い色がキレイだと見つめていた。

立秋と聞くと暦の上では秋になったということ。

読んでいただきありがとうございます。

まだまだ夏は終わらない。

強いて言えば『暑中見舞い』が『残暑見舞い』に変わったくらい?

これからお盆ということで(都内は先月)大変ですね。

新幹線に高速道路。

皆さま帰省の際はもろもろ気を付けてくださいませ。

私は静かに物語を書いています。

ではまた。次はお盆中にアップかな。よろしくお願いします。

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