絵本の世界・・・ではない
「ここだ」
到着したのはこぢんまりとした絵本に出てくるみたいな可愛い家だった。
煉瓦で出来た煙突があって木枠の丸窓、木で出来た扉。
周りに他に家はなく代わりに大きな木々に囲まれている。
「絵本の世界みたい」
もし本当に絵本の世界だったらとても素敵な場所。
視線がキラキラしているのが自分でも分かるくらい見入っていた。
「そんな立派のモノじゃない。入るぞ」
明りが灯る。温かくて優しい光。やがて見える部屋はもっと絵本だ。絵本を参考にしているのか絵本が参考にしているのか・・・
メルヘンを具現化すると自分自身が絵本の中に飛び込んだような気分になる。
今までの疲れが嘘みたい。テンションが上がる。思わず
「かわいい・・・」
言葉が自然と漏れていた。
「なかなか素直な感想だ。気に入ったか」
「はい。感動しました」
「かんどう?」
「はい。私の部屋って殺風景っていうか可愛い要素なかったから。それって仕方ないです。だってもう一人のセンスだったから」
「もう一人?ミウは双子だったのか?」
「えっと・・・」
素直に言ってもいいのかな?ちょっと言葉を選んでいると
「そのことは夕飯を食べてから話そう。今は腹が減っている。悪いがメニューは決まっている。嫌いなものはないか?」
「あ、はい。嫌いなもの・・・特にないと思います。たぶん」
「たぶん?妙な言い方だ・・・・・・まあいい。今はお互い空腹を満たすことだな」
「あの、私、手伝います」
「助かる、と言いたいが並べるだけだ。椅子に座って待っているといい」
自称『癒しの天使』様は被っていた真っ黒なフードを外してケープを脱いで椅子の背凭れに掛けた。
やっと全身が見える。
顔は見たからだけど。髪の色・・・きれいな銀色。けっこう背があると思っていたが実際はもっと高く感じる。比べると二十センチは差があるみたい。
それと・・・暗くて見えなかっただけなのかもしれないけど首筋に星の形をした刺青?痣?が見えた。そんなに大きくないから遠目で見たらホクロに見えなくもない。今は近くだから形がはっきりと見えた。
「どうした?座らないのか?」
「あ、座ります。ありがとうございます」
癒しの天使様は私が座ったことを見てから奥に入ってゆく。きっと台所なんだろうな。
「あ・・・いい匂い」
美味しそうな匂い。知ってるこの匂い・・・えっと・・なんだっけ・・・絶対知っている匂いなのにすぐに答えが出てこない。
そうこうしている内にすぐに分かる匂いが混ざってくる。
パンが焼ける香ばしい匂い。それにお皿を用意しているカチャカチャと陶器が触れ合う音。
ぐうぅぅぅ・・・・
お腹が素直に反応する。もう待てないという意志の象徴みたいに。
「もう待てない。そんな音だな」
癒しの天使様は両手にお皿を持って戻ってくる。
「え!・・・あの聞こえてました・・・ってことですよね」
「ははは。気にすることはない。むしろ元気でいい」
微笑みながらお皿を置く。一瞬湯気で見えなかった。
「・・・ビーフシチュー・・・いい匂い」
匂いの正体が分かってもう一度匂いを吸い込むとますますお腹が催促をしてくる。
私達の間にパンとサラダが置かれる。どの料理もキラキラ光っているみたい。
「さ、いただこう」
「・・・いただきます」
スプーンを手にしようとする・・・と
癒しの天使様は手を組んでお祈りをしている。慌てて同じように手を組む。
こういう時ってどんな言葉でお祈りをするのかな?
(・・・えっと・・・神様ありがとうございます・・・ん?それとも癒しの天使様ありがとうございます、の方がいいのかな・・・天使・・・ホントなのかな?そんな冗談言うようにはとても見えないけど・・・)
「ミウにはお祈りしたいことたくさんあるのだな」
お祈りは終わっていた。ゆっくり目を開ける。
「いただきます。遠慮は要らぬぞ」
「はい。いただきます」
癒しの天使様はビーフシチューを一口。とても美味しそうな笑みをこぼしている。
私も続いた。先ずはデミグラスソースを一口。
「・・・・・・」
「どうした?なにか感想を言ってもらえると作ったワタシとしては嬉しいのだが」
すぐにでも感想を言いたい。でも感動のあまりなかなか言葉が出てこない。
「(ゴックン)・・・お、おいしい・・・美味し過ぎて言葉を失ってました」
「うむ。そうだろう。素直な感想。受け取った」
私達はしばらく食事に集中する。
ソースのコクの深み・・・ああ・・・このまま溺れてしまいたい。
お肉・・・口の中に入れただけで溶けてゆく・・・ああ・・・一緒に溶けちゃいそう。
パン・・・小麦の香ばしい匂い・・・ああ・・・・・・言葉が思いつかない。
サラダ・・・どの野菜も味がはっきりとしているのに調和が取れている。まとめ役のドレッシングは最高位の指揮者のようにタクトを振っているのが聞こえるみたい。
「おかわりもあるが」
目の前にはすっかりキレイになっているお皿がある。いつの間に?
それに私のお腹はまだまだ余裕がある。
「あの・・・いいんですか?」
食いしん坊って思われるよね、絶対。
「遠慮は要らぬと言った」
「・・・お言葉に甘えさせてもらいます」
「うむ。素直だ。私ももう少しいただこう」
相変わらず優しい笑顔のまま戻って目の前に置く。
食べ終わる。
さすがにお腹いっぱい。そう素直に言う。
「お茶にしよう」
「あの。片付け手伝います」
お腹が満たされて元気も気力も戻ってくる。それに私はお客じゃないから。
「なら食器を運んでくれるか」
「はい」
お皿を持って台所に入るとちょうどお湯が沸いている。ヤカンの蓋がカタカタ音を立てていた。
「皿はここに。ついでだ。茶葉は何がいい?」
棚に並んだたくさんの紅茶の缶。紅茶に詳しくない私は
「おススメでお願いします。実は紅茶ってあまり知らないくて」
「フッ・・・ならミルクティーにしよう。ハチミツで甘くして」
なんて素敵な提案。
「甘いもの欲しいなって・・・思ってました」
「ミウは素直でよろしい」
そう言われて悪い気がしないけどよくよく考えてみると
「あの・・・それって思考がだだ漏れってことですよね」
「気にすることはない。これからいろいろ聞くのだから」
そうだ・・・一体何を聞かれるのだろう。
それと私がいろいろ聞くってこと・・・許されるのだろうか。
お茶の用意が整って再びテーブルに向かい合って座っている。
「まずは飲みなさい」
「ありがとうございます。いただきます」
厚手のカップに入ったミルクティー。ゆっくり持って・・・
「・・・熱・・・(フウフウ)・・・甘い・・・」
癒しの天使様はじっと見つめている。これって感想求めてるよね。
「おいしいです。甘くて」
素直な感想。優しい笑顔。伝わったみたい。
「それとすごく落ち着きます・・・それで・・・あの」
「そろそろ話でもしようじゃないか。聞きたいこともあるだろう」
癒しの天使様は私とは別の紅茶を飲んでいるみたい。匂いで分かる。
「先ずはミウの質問を聞こうか」
紅茶を一口。
「私からでいいんですか?」
「そうだ。自分が置かれている状況を知った方がいい」
「分かりました」
ミルクティーを一口。
「あの。ここって・・・どこなんですか?気がついたらここにいたんです。眠っていたはずなのに・・・無理矢理叩き起こされた気分がします」
「最初にしては当たり前の質問だな。素直な疑問にはワタシも素直に答えよう。最初に言っておく。ワタシの言葉は真実だということ。そして真実として受け止めること」
「わ、分かりました。信じます」
「よろしい。最初の質問の答え。ここは地獄だ。といってもかなり外れたところだ。ワタシ以外の者はいない」
・・・・・・え?・・・いま・・・じごく・・・って?
「じ・・じごく?」
「そうだ。間違いなくここは地獄だ」
・・・それ以上言葉がなかなか出てこない。なんで?なんで?何も悪いことなんてしていないのに。
「・・・絵本の世界」
「そんなことを言っていたな。けれど現実は違う」
「現実・・・私、いつ死んだんですか?」
死んだという自覚がまるでない。元気になった。だからそんなこと考えなくなっていた。
「誤解している」
「・・・?ごかい?」
「ああ。完全ではないが今のミウはリンシに近い」
「リンシ・・・それってなんなんですか?」
温度がだいぶ下がってミルクティーは飲みやすくなっている。ついイッキに飲んだ。
「人は死ぬと必ず地獄に来る。誰でもだ。そして閻魔大王と謁見してその後の行き先が決まる。罪を償う必要がある。そして役目を終えると天界に行き再び現世に生まれる。魂のサイクルだと理解するといいだろう」
地獄・・・本当にある・・ってこと?天界・・天国もある。
「それでリンシって」
「人は死ぬとリンシという存在になる」
「やっぱり・・・私、死んでるんですね・・・」
事実なんだ・・・ろうな・・なんで死んだんだろ・・・なんで死んじゃったの・・・
これからやっと自分の人生を始められるかもって思っていたのに・・・・・・・
「ここからはミウに当てはまる事例だ。完全に死んでいないリンシは・・・」
え?今・・・・・・
「あの!」
「どうした急に大きな声で」
「あの、私、まだちゃんと死んでいないってことですか?」
「ああ。稀なケースだ。聞いたことないか?臨死体験という言葉」
「・・・確か・・・死後の世界を体験するみたいな・・・合ってますか?」
「まあ大体そんなところだ。それは本当に一瞬で夢のように感じられる。でもミウのようにこんなに長い間現世と繋がっているリンシなど見たことない」
私はまだ生きている・・・戻れるかもしれない。みんなのいる世界に。
「帰れるんですか?」
「まあ、焦るな。気持ちは分かるが、すぐに、というのも難しいだろうな」
「そんな・・・なんでですか?まだ生きているなら帰りたい。お父さん、お母さん、大切な人に会いたい。みんな心配しているの。私は生きてる。そのことだけでも伝えたい」
「気持ちは理解しよう。ミウには今は無理なのだと理解してもらいたい」
お腹は満たされた。なのに気持ちは満たされない。伝えることすら今はできない。心配なんて掛けたくないのに・・・ささやかな願いすら叶わない。理解なんて分からない。理解しないと分からない。
気持ちは焦っている。感情が追いつかない。
「・・・・・・・なん・・で・・・こんな・・・」
勝手に涙が溢れる。次から次に涙がぽろぽろ溢れる。
「これを使うといい」
渡されたタオルは花のような匂いがする。肌触りだって優しい。
「・・・・ありがと・・・ございます」
「そのまま聞いているといい」
タオルに顔を押し当てたまま黙って頷く。
「実に面白いことだ。実際になにがどうなっているのかワタシには分からない。ただ一つ言えることがあるなら」
私はタオルをずらして目だけ出して天使様の言葉を待つ。
「何かの力が働いている。それはとても大きな力だ」
力・・・そんな力なんて知らない。
「この力のせいでミウの魂は身体から弾かれるように飛び出してしまった。そしてリンシとして地獄に来てしまった。だがまだ生きていもいる。もしかしたら何かの加減で戻れるかもしれない、が、逆のパターンだってある。繋がりが切れてしまえば完全に死んでしまう」
「・・・・んな・・・くない」
「よく聞こえない」
「・・・にたくない」
「もう一度」
私は大きく息を吸い込んで
「だから。死にたくないって言ったの!」
「だろうな。気分転換になにか持ってこよう」
台所に消えてゆく姿を見つつ、だんだん腹も立ってくる。自分では分かっていないのに何かに巻き込まれている。それはきっと勝手に入ってきたあの子のせい。それしか思いつかない。
生きて帰る。そのためにはもっともっと知らなきゃならないことがたくさんある。
泣くのはやめよう。ちゃんと帰れた時。それまで涙は封印しよう。
このことは私の決意の印として。
「これを飲めば気分も変わるだろう」
置かれたのは
「・・・クリームソーダ?」
「最近凝っててな。見たまえこの色のグラデーション。美しいだろ」
クリームソーダと言ったら単色しかイメージがなかった。けれど天使様が作ったものは上から透明、真ん中辺りで青色になって、さらに下の方は赤い色になっていた。
確かにこんなの見たことない。
「すごくきれい・・・初めて見ました」
「うむ。よい感想だ」
ストローで一口。シュワっと舌の上で弾けてからの甘味。間違いないくクリームソーダなのに私の知らないまったく新しい出会いになった。
「おいしい・・・気分も落ち着きました。でも今は怒りモードです」
「面白い」
「面白くなんてありません。私はただ元の世界に帰りたい。みんなに会いたい。それだけを願っています。さっきお会いしたばかりです。でもあなたは運がいいって言ってくれました。だったら私はどうしたら帰れるのか教えてくれませんか」
「そうだな。ちょっと退屈していたんだ。面白いと言ったのはミウがそう言ってくるって分かっていたからだ。これから面白いことが始まると」
手を差し出される。私も手を出していた。繋がれた手。冷たいのに温かい。
「ワタシの名前は『ラフィ』とでも呼んでくれ」
「ラフィ・・・さん」
「それでいい。ただし『さん』は要らぬ」
私は死んでいない。
そのことがはっきりしただけで心底安心した。あとは元の世界に帰るだけ。
でも今すぐってことは無理なのはやっぱり私の出生とあの子のことが関係しているのだろうか。
もっと私の事情を話せば解決が早くなることに繋がるのかな。
それとももっとややこしいことになってしまうのだろうか。
どっちがいいの?
判断に迷っている間にアイスクリームは溶けてソーダに溶け込む。飾られていたサクランボは埋もれるようにグラスの底に沈んでいる。
浮かばれない魂みたい・・・今の私と重なる。
ずっと隠れててなかなか表に出てこない。
ふと、もう一人のことを思い出す。
ここが死んだ後に来るべき世界なら私達って会うことできるのかな?
あれ・・・だんだん視界がぼやけて・・・
「どうした?疲れたか?」
「・・・地獄でも・・・疲れることあるんですね」
「当たり前のこと。腹だって空く。この世界にだって生活という面がある以上、感覚も通常通りある」
・・・もっと話したい・・・自分のこと。
ウトウト仕掛けている。身体って正直・・・
お腹いっぱい。気持ちだって不安だったのが安心に変わっている。
こんなに安心するのに地獄だなんて・・・ホント・・・絵本の世界なら良かったのに
「今夜はもう寝るとするか。あいにくベッドは一つ。一緒に寝ることになるが」
「は?・・・・・・一緒?」
「ほとんど寝ているが理解できるか?」
理解できる・・・理解できない・・・今は天使様のこと信じてる。全てをまかせ・・・ます・・・
「・・・・・・うん・・・いい」
返事から先の記憶は・・・知らない。
そして・・・・・・・
・・・・・・今まで経験したことない驚きで目が覚めた。
☆★☆☆★★☆☆
ナスのおかげで上機嫌だよ。
メインはチキン南蛮なのに私の中ではナスがいつだって主役なんだ。もちろんチキン南蛮はおいしい。タルタルって世界に誇れる偉大なソースだよね。
「美味しかった。ごちそうさま」
「気に入ったかい?」
女将は温かいお茶を持ってきてくれた。
「はい。また食べにきてもいいですか?」
「もちろん。あんたが天使じゃなかったら即バイトにスカウトしたのに。残念たらありゃしない。まあそれは同じ顔のリンシに期待しようじゃないか」
どうしても私のことバイトに雇いたいらしい。
というかこの容姿ってそんなに気に入ったのかな?
「あの、そんなに私の顔って、その、いいんですか?」
好奇心でつい聞いてしまった。なに聞いてんだろ、って自分で自分にツッコミをしてみたりして。こんなに嬉しいことってなかなかないよね。可愛いってだけで罪深い。拓哉が聞いたら『浮かれてるだろ』と言うだろうな。その顔が浮かぶ。
・・・会いたいよ・・・声だって聞きたい・・・
・・・私のこと待っていてくれてるのかな。
一日も早く戻れるように頑張るから。だから絶対・・・他の女に目移りしないでよ。なんて。
もう十分このお店は見たと思う。それにすれ違っても女将さんなら放さず無理矢理でもバイトにしそう。だからここは任せて次に行こう。
「ごちそうさまでした」
「もう行くのかい?」
「はい。他も探してみたいし門限もあるんで」
「もし見つけたら連れて来るんだよ。そしたらタダでごちそうしてあげる」
「ほんとですか」
「ホントホント。こっちはホンキだから。それとあんた名前は?」
「名前・・・まだでしたか。私はミュリエルといいます」
「それでリンシは」
「彼女は『さがらみう』って言います」
「ミウだね。覚えた」
経費で支払いを済ませて人の集まっていそうな店を目指す。
表通りはさらに人が増えているように感じる。歩くのだって一苦労だよ。
「ん?」
もしかしてイチイチ店に入らなくても表通りを観察しているだけでも収穫があるにでは?
「・・・その手がある」
つい言葉に出るほど自分ではナイスアイデアだと思った。
「あ、ごめんなさい」
立ち止まったせいで後ろからぶつかられてしまう。反動で帽子が飛んだ。
「急に止まるな。危ないだろ、黒天使が黒い格好して歩いてんじゃねえよ」
すれ違い様、男の天使にそんな言葉を浴びせられる。相手の言葉が耳に残る。
・・・今、はっきり黒天使って言ったよね。つまりあれって天界の天使。白天使だっけ?
見た目では私達と何も変わらないのに黒天使のことは下に見ているように感じる。
なんだか釈然としない。
ランヴェルの言葉を思い出す。生まれた場所が違うだけで偏見を持つなんて、そんなの絶対間違っている。私達はそんなこと関係なく同じ天使じゃないの?
昔の記憶が蘇る。なんで、なんで、区別って。必要なの?なぜ必要なの?
気持ち悪い。気持ち悪い。最悪な気分になった。
せっかくいい気持ちだったのに。心無い一言で台無し。たった一言で台無しだよ。
たった一言のせいで私は自分が蔑まされて、穢されて、認められない存在だって。
考えたくないのに・・・区別される者の気持ちなんてやっぱり理解なんてされない。
いつの間にか後を追うように歩き出していた。
「待ちなさいよ」
私の声に反応したのか振り返る顔。
「なんだ?何の用だよ。黒天使」
「さっきのこと。私はちゃんと謝る。だからあなたも謝って」
「はあ?何に対して」
「同じ天使でしょ。いい加減区別するのやめない?」
「なにを言うかと思えば。下らんこと言ってんじゃねえ」
鼻で笑って歩き出す。
この態度・・・なんなの?天界の天使って優しくて温かいって思っていたのに・・・
「天界の天使ってこんななの?地獄の天使の方がよっぽど・・・」
「なんだなんだ?文句なら地獄に生まれたことに文句を言うんだな」
踵を返して向かってきた。正直ちょっと怖い。けどこんな人通りが多いところで何かがあるなんて思えない。
「お前・・・」
相手は私のことをじっと見つめている。
「なかなか良い女じゃねえか。おまけに威勢もいい」
そういうと断りもなく私の手を取って
「ちょ、ちょっとなに?離してよ」
「俺と遊びたいんだろ。いいぜ、今夜はお前と遊んでやる」
力が強い。簡単に振りほどけそうにない。
「いいの?ここは天界じゃない。地獄なの」
「強気だな。どんな声で鳴くか聞いてみたいぜ」
大きく息を吸い込んで大声を出そうとした。
その瞬間。
「大声でも出すつもりか」
大きな手で口元を塞がれる。振り解こうにも相手は男。掌だけで私の顔のほとんどを覆ってしまう。
「・・・・・・・」
「ざまあねえな」
怖い・・・なんで・・・こんなこと・・・いや・・誰か・・・ルシェル・・・カーリ様・・・助けて・・・いや・・・いや・・・
「泣いて謝れ。今なら許してやる」
くやしい・・・ホント泣きそう・・・怖い・・・でも・・泣かないって決めたんだ・・・泣くもんか・・・今泣いたら自分に負ける・・・
「いいねぇ。その目付き。謝る意志はない。じゃあ遊ぶか。ここじゃなんだ、裏通りだ」
ま、待って・・・は、離して・・いや・・いやだ・・・・
なにされるか・・・そんなのなんとなくわかる・・・わかりたくないのに・・・
だめ・・・ほんとは泣きたい・・・でも・・・でも・・・
たくや・・・・・・・・・ごめん・・・わたし・・・
「おっと。そこの白天使様。ウチの黒天使がなにかしたんです?」
・・・・この声・・・ランヴェル
「取り込み中だ。失せろ」
「それがそうもいかんのですよ。俺はソイツの送り迎えしてるモンでして。そろそろ門限なんで迎えに来たってわけです。仕事なんですよ。その黒天使を無事に帰さないと責任問題になりやす。信用もんです、はい。それにそこの黒天使になんかあったらカーリ様が黙っていませんよ。ホントですよ。カーリ様の息がかかっているんです。いいんですか?知ってるでしょ。カーリ様と天界の繋がりを」
カーリ様の名前を出した途端相手の力が弱くなったのが分かる。
「すぐにでも通報してもいいんですよ。こっちは画面をタッチするだけなんで。地獄で嘘は通用しないってご存知ですよね」
私は急に放り出されて
「チッ。さっさと消えろ」
相手はそのまま夜の街の中に消えていってしまう。恐怖からの安心でその場に座り込んだ。
「おい、大丈夫か?立てるか?」
ランヴェルに支えられながらなんとか立ち上がる。
「ここは目立つ。つうかかなり注目されている。外に出よう」
確かに周りの視線が集まっている。目立たないようにしていたのにかえって目立っている。
やっと街の外に出て人力車のシートに身体を預ける。
今頃になって体中が振るえてくる。おまけに耐えていた涙が勝手に出てきそう。
両手で押さえて必死に耐えた結果。涙は全部鼻水となって出てきた。
「おい」
「・・・・・・」
「おい。聞こえてるか」
「・・・・とう」
「え?よく聞こえない」
「・・・あり・・がと」
「ったくミュリエル、なにやってんだよ」
視線を合わせると
「うわ!ひでえ顔だな、おい。とりあえず鼻をかめ」
大量のティッシュを渡される。私は人目も構わず何度も鼻をかんだ。
「どうだ、少しは落ち着いたか?」
鼻をかんでスッキリした。大きく深呼吸して
「ありがとうランヴェル。怖かった〜ほんと怖かった」
「俺がたまたま通りかかったから良かったけどよ。こっちも焦ったぜ。一体なにがあった?」
何があった・・・・・・そんなの
「許せなかった・・・同じ天使なのに・・・黒天使とか白天使なんて」
「そんなことで喧嘩売ってんのか?」
「違うよ。向こうが先・・・でもここまで大きくなったのは私のせい」
「それで?」
「なんか天界の天使ってあんなヤツばっかりなのかなって思ったら腹が立った」
ランヴェルは小さな溜息をして
「そうでもないけどな。でもたまにいるんだよ。ああいう天使がな」
「じゃあなに運が悪かったってこと?」
「そう考えろ。もっと昔はほとんど交流なんてなかったんだ。時代が変われば考え方だって変わる。今日だって何組か天界の天使を乗せたぜ。みんな親切で丁寧だった」
「・・・・・・・帰る」
「分かった。今夜はゆっくり休め」
門限まではまだ時間があった。
心の中はモヤモヤした気持ちでいっぱいで自分ではどうしたらいいか分からない。
「ハニエル・・・」
気がつくと部屋に戻る前にハニエルの部屋のドアをノックしていた。
すぐに返事があってドアが開く。
「おかえりミュリエル」
「ただいま。お風呂・・・一緒に入らない」
私の笑顔・・・ぎこちないよね。
「うん。いいよ」
ハニエルの笑顔が眩しくて安心する。やっと落ち着いてゆく心を感じる。
今日は私の方がハニエルの腕を取る。
「今夜のミュリエルは甘えん坊だね」
「・・・甘えたいの・・・だめ?」
「じゃ行こっか」
昨日よりは早い時間だったから廊下には何人かの天使がいる。それぞれ自由時間を楽しんでいる。そんな中、私達がどんな風に見えているのかなんて少しも気にならなかった。
今は癒しを求めている。天使の癒し。うっかり出そうになる涙を押さえるのが精一杯だった。
まだ五月なのに夏日の連続で皆さま体調は大丈夫ですか?
読んでいただきありがとうございます。
こう暑い日々が続くとかき氷を求めてしまう私です。
メロン、マンゴー、ピスタチオ・・・種類はさまざま。
茹だった頭には最高のアイテムです。
読み返すといかに自分の頭の中が沸騰しているか分かります。
これからはかき氷で冷やしながら書かないとね。
このままだととんでもない方向に走りそうで怖いです。
皆さまに見捨てられない程度に節度を持って楽しく書いていく所存です。
さて。次に向けて冷やしに行くかな。←行動力のあるお調子者
そんな物語ですが次回もよろしくお願いします。




