第八〇四話 生々流転(五)
年末年始の休日をぎりぎりまで使った孝子が舞浜に戻ったのは、実に一月五日の夜になる。無論、元気者の斎藤みさとも一緒だ。二人して岩花の寒気を満喫してきた。
解散前の一仕事は舞姫館へ土産を届けることだった。満載した荷物と共に現地へ赴いてみると、様子がおかしい。車窓から見えたのは、暗がりの中、舞姫館の前にとまるバスの後背、テールランプの明かりになる。
「お。ちょうど戻ってきたところだ」
ぞろぞろとバスから降り立つ者たちの列を指してみさとが言った。全日本バスケットボール選手権大会を終えて、である。孝子は、帰途、みさとが、一度、その話題を持ち出してきたことを思い出していた。興味がなかったので黙殺したらば、すぐに彼女は取り下げたが。
「試合、四時前には終わってたのに、大変だわ。取材とか、いろいろあったんだろうね」
現在の時刻は午後七時になんなんとしている。なるほど。ご苦労ではある。
「こらー! たーちゃん、よくも置いていったな!」
孝子たちの乗った車に気付いた市井美鈴が突っ込んできた。車内まで聞こえてくる大音声だ。
「うるせえ」
車から飛び出して、孝子は迎え撃つ。
「ミス姉は試合だったでしょう。負けた?」
「負けるか。でも、いい試合だったよ。重工、ウィニー・ルーとラクウェルがフィットしてきて、強い。これで、須之内がアーリーエントリーで加わったら、舞姫も、ちょっと危ないかもな。まあ、それはいいんだよ。私も温泉、行きたかったぞ」
「ミス姉、休みの日は試合ばっかりじゃない。誘えないよ」
「そのとおり。オフがないのも考えものだな。辞めるか」
戯言に、背後にいた美鈴の同僚たちは、そろってひくついている。
「辞めたら冬の間はカラーズでこき使ってやるよ。岩花で農作業させてやる」
「お。いいな!」
「自分で抜いたネギで天ぷらを作って食べたよ。おいしかった」
「よし。抜くのは私がやって、揚げるのはたーちゃんな」
「抜くの、結構、大変だったけど、ミス姉の筋肉なら余裕だろうね」
いさめるでもなく、やり合っていると、来た。静だった。
「二人とも」
苦言は、両者の軽挙に関して、となる。孝子は、なんの連絡もなく岩花に出掛けた件について、であり、美鈴は、先ほどの妄言について、である。
小うるさいやつ、とにらみ付けた面の向こうに、孝子は見た。舞姫スタッフの土居と権藤が、顔を見合わせ合っている。静をいさめたいが、家族の問題に口出ししていいのか、と考えあぐねているのだ。他人に、こうも気を遣わせて、はた迷惑な姉妹よ。
孝子は思いにふけった。姉妹、か。先日に応じた美咲との養子縁組が実現した暁には、面前でまなじりを決している娘とも疎遠になろう。姉妹といとこでは縁故の濃さに雲泥の差がある。このように対峙する機会も少なくなるはずだった。
「ごめんね。次があったら、気を付けるよ」
謝罪、といっても、口だけだ。自分でもわかる。今、ひどく侮蔑的な顔をしている、と。いとこ相手に、種々の報告など、いちいち行ったりしない。よって、次は、訪れない。疎隔を、これより開始する。
「神宮寺」
車をとめて近づいてきたみさとが蒼白となっている。鋭敏に孝子の変化を感じ取ったようであった。面倒なので取り合わずにおく。
「お。もっさん、いたんだ。お土産、中に入れるの、手伝って」
舞姫に同行していたのだろう。小早川基佳の顔をがん首の中に発見し、孝子は声を掛けた。
「う、うん」
基佳も、気付いたか。そういえば、この二人は、美咲が画策する孝子の移籍を承知している。だからといって、どうなるものでも、どうするものでもない、が。
「ミス姉も手伝って。いっぱい買ってきた」
言って、孝子は歩きだす。全ての視線をはじき返して、堂々と、不敵な、闊歩であった。




