第八〇三話 生々流転(四)
のれんに腕押しの適例だった。期待に反して「双璧」の議論は盛り上がらない。ワサビにふける尋道めが、ひいひい言うばかりで、乗ってこないのだ。
「辛い。辛いけど、おいしい。神宮寺さんも、いかがです?」
「いらない」
そんなものよりも、真面目にやれ、と言いたい。
「真面目も何も。思い付きで言っただけなので。言うは易く行うは難し、でしたね。無責任な発言を謝罪して取り下げさせていただきます」
ついには撤退だ。なんと度し難い男であろうか。
「郷さん。つれないよ」
「つれないよ、じゃないです。そもそも出資者として岩城ファームを支えようというカラーズのトップが、農業のあり方について語ること自体が不見識だったんですよ。現場を萎縮させる可能性のある差し出たまねでした。自重しませんと、ね」
傍らではみさとが返り討ちに遭っている。敵の理論武装は完璧だったようだ。
「郷本君」
斯波が手を上げた。今、夕食の会場となっているいろりの間では、孝子、みさと、尋道、岩城がいろりを囲み、剣崎、斯波、正雄らは少し離れた小卓にて、という配置となっていた。小卓組は杯を傾けており、これはアルコールを受け付けない体質の孝子に障りがないよう、と置かれた距離となる。
「なんでしょう」
「当事者として、ご尊見を伺いたいんだけどね」
見かねての仲裁、といったところか。
「やめてくださいよ。尊見なんて」
言いながら、尋道は食器を持って小卓に移っていく。かの鉄面皮も年長者の心遣いをむげにはできなかったようだ。
「最終的には、岩城ファームさんと、斎藤英明税理士事務所さんと、ナジコさんで出した方針が正義ですので。僕の俗見のとおりになっていないから、と出資を渋ったりは、絶対にありません。現場の声を尊重します」
「うん」
「何はなくともスマート化でしょう。どれだけ人力を減らしていけるか、が勝負になるかと。行き着く先は植物工場ということになろうかと思うのですが、これも、確定ではない。実際、どれほどのものなのかは、僕も、よくわかっていませんしね。業界の先駆者が、おられると思うのですよ。そちらを研究してみて、これはいい、となるか、これは駄目、となるか」
尋道の独擅場は続く。
「さて。どうも、今の技術で建てられる植物工場、期待ほどではないぞ、となった場合は、現状をブラッシュアップしていくしかありません。スキームを徹底的に見直したり、最新鋭の農具を導入したり、ですか。前者は斎藤さんのところやナジコさんにお任せするとして、後者はカラーズが出しゃばりましょう」
「ありがたい話だけど、結構、するよ?」
正雄がつぶやいた。
「カラーズも、これで、それなりには蓄えていますので。ただ、大物になってくると、いささか難しい。正雄さん。この間、連れてきた金髪さんがいるじゃないですか」
秋口だったか。尋道が岩花にアーティ・ミューアとシェリル・クラウスを連れてきたことがあった。その時の話であろう。
「ああ。あれは驚いたな」
「当社とは極めて友好な関係にある方です。頼めば、いくらでも出してくれる大腹中ですが、どうせなら六次化で名物を作って、勧誘のねたにできれば、と思いますね。正雄さんと斯波さんの営農部に対して、風谷さんの営業部、なんていかがでしょう」
「おお。涼ちゃん、自分もトラクターとかに乗らなくちゃいけないのか、って戦々恐々としていたんだけど、そういう区分けなら一安心だ」
「風谷さんは、トラクター、って感じじゃないですね。お名前のとおり、涼やかにあってほしいものです。ま、こんなところですか」
「このやろう。やっぱり、いろいろ考えていたじゃない」
なじれば、しけた顔からしけた声が返ってくる。
「言うは易く行うは難し、ですよ」
「それを実現させるのが敏腕ってものでしょう」
「いえ。しょせん俗見。あとは現場の方たちに任せますよ」
「怠けるな」
「そこまでおっしゃるなら、まずは社長職を解任していただけますか」
突然、何を言い出すのやら。孝子以下、息をのむ。
「こちら、実地での活動が不可欠です。社長職との兼務は僕の体力的に無理だ。やるなら専任にしていただきましょう」
「郷さん。私もできるだけサポートしますんで」
「遠慮します。他に負担を強いてまで使うほどの存在じゃない」
「いや。負担なんて」
「くどいな」
「わかった。君は今までどおりに黒幕でいていいよ」
「恐れ入ります」
潮時だろう。見掛けによらぬ武闘派め、戦闘態勢に移行しかけている。それに、彼が蒲柳のたち気味であることは、孝子も把握している。残念だが、仕方なかった。諦める。




