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未知標  作者: 一族
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第八〇二話 生々流転(三)

 群馬県岩花市山前(やまさき)の岩城ファームに、旅の道連れたちがそろったのは、とっぷりと日が暮れたころである。到着の順は、僅差でトップを飾った孝子、みさとのペア、続く剣崎、斯波のペア、一人、大きく遅れての尋道となった。

「すっかり暗くなりましたね」

「遅いんだよ。最初に出たくせに、なんで、ここまで差が付くの」

 一時間遅れもなんのそので、のうのうと玄関先に現れた尋道に孝子は当たった。

「さては、ネギを引っこ抜くのが嫌で、わざと遅れたな」

「やっぱり、重労働でした?」

「重労働だったよ」

「悪いね。うちの、片手間程度の規模じゃ、収穫機は入れられないんだ」

 笑う正雄に孝子は蹴りを入れるまねをした。

「あ。結構ですよ。斯波さんの荷物、少ないので」

 話のながらに荷物の搬入を手伝おうと動きかけていた一同を尋道が止めた。

「ほい。とにかく、働かざる者は食うべからず。君にはネギあげない」

「甘んじて受け入れましょう」

 痛くもかゆくもない様子で尋道はうなずき、いったん、孝子の視界から消えた。そして、戻ってきた時には、一抱えの段ボールを持っていた。

「やあ。ありがとう」

 受け取った斯波が礼を言う。

「兄貴。それだけ?」

「これだけ。だいぶ、処分してきたからね」

 会話の横で、再び、尋道が車のほうへと向かっていく。

「まだ何かあるの?」

「僕だって着の身着のままで来たわけじゃありませんよ」

 やがて、とって返してきた尋道は、小ぶりのトートバッグと白いビニール袋とを提げていた。

「あ。正雄さん。藤岡さんにワサビをいただきました。おろし器は、ありますか?」

 小さく掲げられたのは、白いビニール袋だ。察するに、中身はいただきもののワサビ、か。

「あるけど、尋道君は、あいつ、知ってたっけ?」

「下のコンビニで声を掛けられました」

 最近、山前の農家界隈は、正雄が若い後継者を見つけた話で持ち切りだそうな。そこに現れた舞浜ナンバーの車を駆る若い男。さては、こやつが、と正雄なじみの老農家、藤岡氏、尋道に声を掛けてきた、という次第であった。

「藤岡さんも後継者問題では頭を痛めているそうですね。息子さんがいらっしゃるものの、もう一〇年以上、帰省すらされていない、と伺いました」

 ちなみに、その子息とやら、東京で、そこそこの企業の役付きに出世していて、帰農は絶望的とか。

「やけに聞き込んできてるじゃない。何をたくらんでるの?」

「聞き込んだわけではありません。先方が勝手にしゃべっていた内容を記憶していただけです。赤の他人に愚痴りたくなるほど憂えている、ってことなのでしょう」

「わかるよ。こちらも、ついこの間までは、人ごとじゃなかったんだよな」

 正雄が嘆息する。

「岩城ファームさんは、今でも、れっきとした農業法人ですが、今後は、さらなる組織化、そして、スマート化を推し進めていく必要があるでしょうね。将来、斯波さんが藤岡さんのような境遇に陥らないようにするためにも」

「具体的には」

「さあ。そこは、正雄さんと斯波さん、コンサルを担当する斎藤英明税理士事務所の関係者が考えることですよ」

「いいや」

 そんな放言をする男ではない。腹案があるはずだ。孝子は追求する。

「買いかぶり過ぎですよ。具体的な考えは何もありません。ただ、単純に、楽にもうけられる仕組みを持った企業があって、それを継いでくれ、と言われたなら、次代を期待される方も、そこまで嫌がりはしないだろう、と思っただけで」

「確かに!」

 みさとが賛意を示した。

「どうしても農業には、よろず大変なイメージが付いて回るけど、左うちわでいけるなら忌避されない可能性は高くなるよね。よし。郷さん、続きは中で。取りあえず、ここは寒い」

「いえ。続きは関係者でお願いしますよ。僕はワサビを堪能したいので」

 聞きはしない。みさとは尋道を抱え込んで、ずるずる引きずっていく。「双璧」の競演とは、実に興味深かった。好勝負が展開されることは間違いない。間近での観覧を欲して孝子は二人の後を追う。

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