第八〇〇話 生々流転(一)
大みそかの一二月三一日に、一体、何があるのか、といえば、群馬県は岩花市にて就農する斯波遼太郎が現地へとたつ。帰省ラッシュを避けたがために、年内ぎりぎりの日取りとなった。その見送りだった。
「兄貴ー。来たよー」
昼前に、歓送の場となるSO101へ乗り込むなり、孝子は先着していた斯波に突っ込んだ。
「お帰り。どう。司法修習は?」
「修習よりも、ルームメートとの勉強のほうが、ハード。ものすごいがり勉で」
「いいじゃない。しっかり勉強できて」
室内には風谷涼子もいた。
「度が過ぎてるしなー。あの子は」
「励みなさい。今日は、一人?」
「いや。斎藤さんが」
言ったそばから、みさとがSO101に姿を見せた。
「お前、さっさと行きやがって。荷物を、持て」
叫んだみさとの手には、斯波に渡すはなむけ入りの巨大な紙袋がある。
「うっせ」
二人が相対したところに剣崎が現れた。
「そろいましたね」
斯波がつぶやいた。見送りの人員が、だ。
「あ。郷本君も来るはず。別口がある、とか言ってたけど」
孝子とみさととの行動は謝絶した尋道になる。到着が、少し遅れているようだ、と思いきや、
「いや」
なぜか、斯波が笑った。
「別口がある、とは言ったけど、その別口でもって、ここに来る、とは言わなかったんじゃないの、彼」
記憶が蘇る。確かに、言わなかった。
「兄貴。何か、知ってるの?」
「うん。郷本君に車の運搬をお願いしたんだ。僕は、剣崎さんに乗せていってもらう。で、郷本君は、もう行っちゃったよ」
聞いていない。
「いつ!」
「つい、さっき。涼ちゃんと一緒に見送った」
つい、さっき、とな。稚気がむくむくしてくる。
「涼子さんは一緒じゃないの?」
「今日は、行かないよ。まだ部屋が、全然、片付いてないの。休みごとじゃ、なかなかはかどらなくて」
今にして気付く。ダウンコートを丸めて、机の上に置いている斯波と、ジャケットを抱えている涼子との、アウターの差に、だ。
「なんだよー。二人とも離ればなれになって寂しくないのかよー」
「別にー」
張り合いがない。
「ねえ、おじさん」
孝子は矛先を剣崎に向けた。こちらを足掛かりにしようというのである。
「え?」
「おじさんは幼妻を放っていくの?」
彼と同棲中の正村麻弥についての言及だった。
「まず、妻じゃないし」
剣崎は苦笑いだ。
「せっかくの年末年始に。寂しがるよ。斯波さんを送るの、代わってあげましょうか?」
「やめなよ」
涼子が言った。
「はたから見てるよりも、おじさんたちの仲は、いいみたいよ。一緒に行かせてあげよう」
頬を膨らませているうちに思い至った。
「そうか。あのやろう、私が付いていきかねない、と思って逃げたな」
「帰りは、俺と一緒なんでね。俺の車、後ろ、狭いでしょう? 押し込まれるのは絶対に自分になるし、って」
姿さえ見せなかった尋道の真意が判明した瞬間だった。
「こそこそしやがって」
「どうする? 追撃する?」
カラーズの詐欺師ともあろう者が手抜かりといえた。孝子の傍らには、だてと酔狂の化身のような女がいる。
「よし。追い付いて、締め上げてやる。飛ばせよ」
「言われなくても」
気炎を吐く二人を見て、なぜか、涼子たちが笑いだした。
「ああ。小娘ども。冬の岩花は、とんでもなく寒いらしいから、来るなら暖かくしてね、だって」
思わず、舌打ちだった。一応、発言の主について問うてみる。
「涼ちゃんさん。誰の発言でしょうか?」
「そりゃ、郷本君よ」
孝子一人なら、一〇〇パーセント。みさとがいるので、一二〇パーセント。なんのことはない。完全に読まれていた。
その上、
「岩花へのお土産は任せた、だって」
とどめまであった。このまま引き下がってはいられなかった。
「みさとー。行くぞー」
「よしきた。風谷さんは行かれませんか?」
「行かなーい。行ったら、それだけ片付けが遅れちゃう。できるだけ早く、合流したいしね。気を付けて行っておいで」
「はあい。行ってきます」
微笑たちに見送られて、孝子とみさとはSO101を飛び出した。もちろん岩花へ着く前に尋道を引っ捕らえるつもりでいる。




