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未知標  作者: 一族
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第七九七話 踊り場(二九)

 後悔先に立たず、という。この適例の渦中に祥子はいる。孝子の感情のうねりには気付いていた。もっと強力に那美を制していたら。清香の庇保を遮っていたら。いや。それ以前に、孝子への陳情は別に機会を作って行っていたら。そうすれば……。

「郷さん。なんとかなりません?」

 みさとが祥子の肩を抱いて言う。自責の念に駆られる自分を気遣っての行為なのだ。

「高遠さん。気に病まれる必要はありません」

 だが、続いた言葉には、なんの救いもない。

「いずれやらかしていたでしょう。それを、あぶり出せたんですよ。もっと重大な局面で起こらなくてよかった。僕は評価していますが」

「一〇月、一一月の給与を見ると、二人、結構、出てたんですよね。いきなり抜くのは、つらくないです? まあ、私が軸足をこちらに移せば、フォローは可能ですけど」

 今度はからめ手から攻めようというみさとらしい。

 ふーむ、と尋道がうなり、やがて、

「高遠さん」

 とつぶやくように言った。

「はい」

「当日の様子を聞かせていただけますか」

 孝子と合流してからの流れを、余すところなく、と言われ、祥子は、そのようにした。

 二度目の、ふーむ、だ。

「一般的には、それしきで、と思われる事案なんでしょうね。一〇〇人中九九人が、やり過ぎ、と感じるはずです。言葉を選ばずに言えば、病的、狂的に、気が短くて、荒い。それでも」

 尋道は言葉を継いだ。

「僕はあの人を阻害しません。玉にきずですよ。大したことじゃない。引き締め直しましょう。あの人に異を唱えてはいけません。あの人の不興を買った者を擁護してもいけません。切り捨てなさい。不服なら絶縁すればいい。止めませんよ。以上、カラーズに、現在、所属する者、および、将来、復帰を希望する者および参加見込みの者に対して宣告します」

 尋道、らんらんと目を光らせての大放言に引き続いて開始した作業の内容は、およそ一〇分の後に知れた。先ほどの口語を文語に直した、すなわちいかめしい限りの、メッセージが祥子のスマートフォンに届いたのだ。隣ではみさともスマートフォンを取り出して眺めている。同様のものを見ているに違いなかった。

「郷さん。これ、他は、誰に?」

 みさとが問うた。

「サーヤさん、川相倫世さん、正村さん、小早川さん、北崎さん、須之内さん、静さん、池田さん、那美さん、以上の九人です。ああ。神宮寺美幸さんは、どうしましょうね。出資をしていただいている社員ですが、カラーズの実務には関わってこない方ですし。斎藤さんは、どう思われます? 送ったほうがいいなら、送りますが」

 問い返されて、みさとは大仰にかぶりを振った。

「いや。やめてください。絶対、バトルになるし。修羅場は困りますわ。現場だけの話、ってことでいいんじゃないです?」

「わかりました」

「で、これは、返信、したほうがいいです? 口頭でも?」

「口頭でいいですよ」

「ほい」

 みさとが挙手した。

「一番乗りー。私、この条件で、オーケーです」

「おっと。どちらが早かったかな。川相倫世さんも、オーケーだそうで」

 早速の返信があったようだ。

「ここは、私、ってことにしておいてくださいよ」

「わかりました」

 祥子ははっとした。あぜんとしている場合ではなかった。元々、孝子にとやかく言うつもりなど皆無なのだ。那美たちの失態に巻き込まれてなるものか。

「郷本さん。私も異存はありません」

「結構です。まずは、三人。あと何人、残っていただけるのでしょうね。僕を含めて四人もいれば、取りあえずは回りますので、ゼロでも構わないのですが」

 尋道の言には、さながら鳴動の響きがあった。

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