第七九五話 踊り場(二七)
孝子が乗ってくれた、とみるや、祥子は、がぜん身を乗り出してきた。
「はい。やっぱり、私たちも漫画に出していただきたいな、って思いまして」
「え。なんのこと? 漫画って?」
当然、那美が首を突っ込んできて、当然、孝子は無視する。
「ほう」
「先輩と須之内先輩にも話を通してあります。お許しを、いただけますか?」
「ちょっとー。無視しないでー」
「うるさい。今、祥子と話してるんだよ」
「私も混ぜてー」
言い返したな。この愚妹が。許さん。孝子が火を吐こうとした瞬間だった。
「那美さん! 黙っていていただけませんか!? こちらは切羽詰まってるんです!」
祥子の怒声だった。びくりとして、さすがの厚顔無恥も押し黙る。演技派め。やる。にやりとして、孝子、発射準備は万端となっていた業火をのみ込んだ。
「祥子。構わなくていい。続き」
「はい。いよいよ郷本さんが動きだしたみたいなんです。それを受けて、小早川さんも本気になられて。もう、ここまでカラーズが乗りかかってることに、その一員たる私が与しないなんて、あり得ません」
尋道氏は基佳に一任姿勢だったはずだ。その男が動きだした、とは。一体、何をやったのか。孝子はさらなる説明を祥子に求めた。
「お姉さん。アストロノーツのウィノナ・ルイスは、ご存じですか?」
知らぬ。が、アストロノーツの、と枕詞がある以上、アストロノーツが招いた外国籍選手の名であろうことは、容易に想像できた。
「はい。そのウィノナ・ルイスなんですけど、日本の漫画が好きなんですね。日本語を覚える参考書に漫画を使っているぐらいで。で、例の漫画にも興味を持って」
「取り込んだ?」
「はい。電光石火でアドバイザーとして迎え入れられました。出演も、するみたいです。留学生扱いで、結構な早期から」
なるほど。いつもながら、手が早い。
「静ちゃんは、なんだって?」
「正直に申し上げますと、依然、さっぱり興味はないみたいです。ただ、そのままでいいし、読まなくてもいいので、私の顔を立てると思って、協力してください、って頼み込みました」
「別に、あの子ごとき、そこまでしなくてもいいでしょうに」
「そういうわけにはいかないんです。須之内先輩には快諾いただけたので、先輩が一人だけ不在だと悪目立ちしてしまいます。変な勘繰りを招かないためにも、参加していただくべき、と判断しました。発端は、漫画、あんまり興味ないし、みたいな態度を取った私にあるのはわかっています。謝罪して、撤回します。お許しをいただけなかったら、私、立つ瀬がありません。伏してお願い申し上げます」
伏して、ときた。まさしく、そこまで、言わなくてもよいのだが、ここは、祥子の誠意を買うべきだった。許そう。
「ありがとうございます!」
「うん。あ。そうだ。あの男は、何か言ってた?」
「はい。ご自身に存念はないので、お姉さん次第、と。それぐらいの用事だったら、繁多とはいえ伺ってもいいでしょう。ただし、長話はせず、許可だけもらったら、即刻、打ち切るように、と言い付かってます」
尋道め、孝子の飽きっぽい性質を把握している。行き届いていた。よろしい。孝子は莞爾として笑った。
「さあ。今ごろ、もつは頭を抱えているだろうな。みにょーりさんも、どう裁いていくのやら。見ものだね」
「ケイちゃん。そろそろ教えてよ。なんの話ー」
孝子は舌打ちした。またぞろ、こいつか。無関係の者が首を突っ込んでくるんじゃない。聞き流すことだ。収まりきっていなかった火の気が勢いを取り戻し始める。
「孝子ちゃん。私も知りたいな」
決定打となった。前方左側にコンビニの立て看板が見えた。ウインカーを左に出し、ルームミラー、サイドミラー、目視まで全て確認よし。駐車場に乗り入れる。
直ちに降車し、取り出したるはスマートフォン。尋道に向けて発信し、つながり次第、発したのは、
「ナミスケとサーヤちゃんは、切れ」
この指示であった。




