第七九二話 踊り場(二四)
瞳の所属する高鷲重工アストロノーツが遠征先より帰還する時間、および自分の新舞浜通過時間を照らし合わせた結果、尋道は孝子から拝命した任務の遂行を一日、伸ばした。先方を何時間も待つのはごめんだし、当日のうちに出直してくるのも、また、ごめんだ。どうせ首尾を確認してくるような孝子ではない。二四時間程度は誤差、と独りうそぶく尋道であった。
明けた月曜日の正午過ぎに尋道は瞳を訪ねた。先日、訪ねた折に面会した体育館のカフェラウンジで、再び、相対する。
「早速ですが、武藤さん。これ」
坂井のサインが入った不動愛のイラストだ。いかめしい表情にセミロングという組み合わせが、意外に似合っているような、そうでもないような。
「なんですか、こいつは」
わかったとみえて、言葉とは裏腹に瞳はにやついている。
「目つきの悪い女だな。セミロングも、全然、似合ってない。あ。どうでした。春谷もんは」
「須美もん、こういうの乗ってこないと思うよ、なんて言ってましたけど、いざ乗ってきたとわかったら、ご機嫌で。髪は、私と同じにしろ、なんて。後で、メッセージを送っておいていただけませんか。モデルがいいから髪型も映えますな、とか書いて」
瞳は鼻で笑う。
「冗談にもほどがある。こんな、お嬢さまみたいなの、あの人の顔だからこそ、でしょうに」
「そうですか。まあ、内容は、あなたにお任せしますが、メッセージはお願いします」
「わかりました。そうだ。結局、静たちは、どうなりそうなんです?」
鶴ヶ丘勢は、伊澤まどか以外、登場しない模様、と前回の面会時に語っていた尋道だった。
「確定的になりましたね」
絵にならないしみったれなど、いらぬ、と孝子は断定した。よって、まどかのみ。静たちの登場は、ない。
「多分、話すら届いていない須之内さんが、不憫といえば不憫ですが、これも、あの人と付き合っていく上での、あるある、なので。甘受していただきましょう」
「一見すると、いい人っぽいのに、言っていることはひどい」
「あの人の不興を買うリスクを冒してまで、他人のために働こうとは思いませんね」
相手に言葉を失わせてしまった。潮時だろう。
午後の活動の準備に取り掛かってくれ、と瞳の見送りを謝絶し、体育館の廊下を歩いていると、前方に姿を見せたのは、アリソン・プライス、ウィニー・ルーことウィノナ・ルイス、ラクウェル・ヒメノら、アストロノーツのアメリカ人たちだ。
「あら。ヒロじゃない」
アリソンとラクウェルが突っ込んできた。いずれもポジションはガードで、バスケットボール選手としては小柄な二人だが、近寄られると、さすがに鍛え抜かれた迫力を感じる。一方、一人、抜けて背の高いウィノナは、寡黙な人で、親しげに駆け寄ってくる、などということはなく、のっそり近づいてくる。
「どうも、お三方。ご無沙汰してました」
「ヒロ。今日は、どうしたの? 一人?」
ブラウンヘアのラクウェルが気さくにくる。
「ええ。アイと、少し打ち合わせを」
「アイと?」
「アメリカでも、マンガ、で通じるんですかね。コミックを、手掛けようかと思ってまして」
「マンガ?」
ウィノナが、ぬっと入り込んできた。褐色の顔の中で双眸が光っている。
「マンガです。女子バスケットボールのマンガ。アイをモデルにした登場人物が出るので、その許諾をもらいに」
「そのマンガは、日本人だけのマンガなの?」
どうせ反応は薄かろう、軽く流された後は、昨今のアストロノーツの好調を称えた上で別れよう、と考えていたが、何やら妙な様相を呈してきた。
「いいえ。最終的にはアメリカと戦うような展開につなげられれば、と思いますが」
こればかりは、当たらなければ、どうしようもない。需要のないものを引っ張るなど愚挙以外の何物でもない。
「私は、出る?」
ウィノナは、元々、日本の漫画を愛好しており、日本語を覚えるテキストにも日本の漫画を使うほど、という逸話は会話の中で知った事実となる。
「許諾をいただけるなら」
「もう、その漫画は始まってるの?」
「まだです。あと、僕が描くわけではないので、どういった形になっていくのかは、なんとも」
ふと思い付いたことがあった。
「紹介しましょうか?」
興味を引いたのであれば、いっそ巻き込んでしまおう。細部の作り込みに、また話題の提供に、現役LBA選手は、大いに寄与してくれるはずだった。いい兆候といえる。尋道は、そう思う。




