第七九一話 踊り場(二三)
御前会議の散会後、舞姫館を訪ねた基佳は、その時間に意を用いていた。午後一〇時は、夕刻に千葉県での試合を終えた舞姫が、帰館し、一息つき切ったころ合いだ。また、この時間は、唯一、寮住まいをしていない静が帰宅の途に就いてから、十分にたったころ合いでもあった。カラーズのツートップと、いまいちそりの合わぬ彼女には、御前会議の内容を聞かせぬほうがよい、と判断したのである。
舞姫館の玄関先に車を乗り付けると、あらかじめ来意を告げておいたことを受け、祥子とまどかが立ちん坊をしていた。一二月の寒空の下だというのに。慌てて基佳は車外へ飛び出した。
「ちょっと。寒いのに。いいんだよ。気を遣わなくて。入って、入って」
二人を抱き込み、館内に飛び込む。
「コーヒー、淹れようか。この時間だと、もうやめておく?」
「私は平気です。いただきます」
「私も」
祥子、まどか、と返答を得て、基佳はコーヒーメーカーの前に立った。
「座って」
一杯目の抽出を始めたところで、基佳は持参のトートバッグに手を伸ばした。
「伊澤さん。お待たせ。真由佳ちゃん」
坂井にねだってきた彼のサイン入り澤井真由佳のイラストだ。
「おーっ! 真由佳ちゃん、かわいいじゃないですか! 先輩、見て。見て」
「見てるよ」
色紙を押し付けられて、祥子は苦笑いを浮かべている。
「高遠さんにも、お土産」
取り出したのは、高梨翔子の、同じくサイン入り色紙である。
「高梨翔子さんもかわいい!」
横から伸びてきた手が色紙をかっさらっていった。そういえば、こちらもまどかの依頼であった。
「小早川さん。他は、ないんですか!?」
「他に、描いてもらったやつは、郷本君が持っていったしね。スマホで撮りはしたけど。誰か、わかる?」
スマートフォンの画面に映して、二人に示したのは、不動愛のイラストだ。
「誰、です? 目つきの悪い」
孝子から長髪を許された不動愛のモデルが、まどかにはわからないようだった。
「あーあ。伊澤。言ってやろ。これ、武藤さんですよね?」
「高遠さん、ご名答」
「えっ! 武藤さん、こんなじゃ、ないですよ」
まじまじと画面をのぞき込んだまま、まどかが言う。
「武藤さん、ね。スポーツをやる上では、今の長さが適しているけど、漫画の中でなら、伸ばしてもいいだろう、って。で、それを聞いた神宮寺さんが、じゃあ、私の髪型にしろ、って」
「あーっ! これ、お姉さんのヘアスタイルだ! 確かに!」
「お姉さんも、乗り気なんですね」
まどかを押しのけた祥子がスマートフォンの画面に接近する。
「あ。先輩。独り占めしないでくださいよ」
「うるさい」
しばらく続いた、それ、が終わり、祥子は嘆息しながら、大きくのけ反った。
「武藤さん、こういうことに興味持ちそうにない感じだったのに」
「多分、興味はなかった、と思うよ。でも、神宮寺さんのお気に入りでしょう、武藤さんは。郷本君が先回りして、言い含めたっぽい。ここは乗っておいてくれ、って」
「ああ。もう。なんで私にも言い含めてくれないの。上司ー」
「いや。あの人も、最初は、漫画? はあ? みたいな感じだったんだよ。でも、風向きが変わった。当たるかも、って」
「なぜでしょう?」
「神宮寺さんが関与したから。あの人、前にも言ってたよね。神宮寺さんのこと、いろいろ引き寄せる人だ、って。今回の件も、それ、に該当するんじゃないか、成功を引き寄せてくれるんじゃないか、って」
「はあ」
「伊澤さん」
ほうけた声の主を、基佳はきっとにらんだ。
「やめてね。うちのツートップの前で、そういう態度は。真由佳ちゃん、消えてなくなるよ」
「は、はい。すみません」
「神宮寺さんに盾突くのって、カラーズでは万死に値するよ」
「いえ、私、盾突いたりは」
「それを決めるのは、あっちなんだよ」
だから、恐ろしい。だから、危ない。そんなつもりでは、などと言ったところで孝子や尋道には通じないのだ。特に、前者。身を慎むに越したことはない。カラーズにおける処世の道だった。




