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未知標  作者: 一族
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第七八九話 踊り場(二一)

 尋道の読みは当たり、午前九時五一分、基佳の駆る車が市営体育館の駐車場に現れた。会議の間、居残るロンドへ、

「犬。行ってくるよ」

 これは孝子で、

「ロン君。すぐに戻ってきますからね。寂しいでしょうけど、我慢していてくださいね」

 こちらは尋道、それぞれに言い残し、二人は車外に出た。入り口の至近に車をとめた基佳たちに接近すれば、まず二人を感知したのは春菜だった。

「お姉さん。郷本さん。ご無沙汰でした」

 駆け寄ってきた春菜は、春に渡米し、LBAへの参加から、サッカー、イギリスリーグでのコーチ業と経て、今は冬。およそ八カ月ぶりの帰国である。

「中継で、よく見るから、こちらはご無沙汰じゃないけどね」

 孝子、実はベアトリスFCの中継を、欠かさず視聴している、という。

「イオケンが点を取るたびに、スタンドで見てるおはるが映るの。で、おはる、基本的には無反応なんだけど、イオケンが技ありで点を取ったときだけ、ちょっと表情が動く。それが、かわいい」

「お姉さん、よく見てますね」

「私、ベアトリスファンだよ。特に紳ちゃんとサンデーのプレーが好き」

「あの二人はベアトリスでも別格です」

「ああ。神宮寺さん。北崎さんとの積もる話は後ほど。小早川さんに紹介していただきましょう」

「ほい」

 春菜の背後で控えていた基佳と、連れの男性が一歩、進み出てきた。事前の情報どおり巨漢だ。一八〇センチ台、一〇〇キロ超、といったあたりか。黒縁眼鏡の奥で細められた目が温和そうな印象だ。

「坂井さん。ご紹介いたします。私どもカラーズの前社長、神宮寺孝子と、現社長、郷本尋道です。神宮寺さん、社長。こちら、イラストレーターのみにょーりさんこと坂井稔さんです」

 二人と一人の間に立ち、基佳が取り仕切る。

「初めまして、坂井さま。神宮寺です」

 孝子のあいさつを受けて坂井がしゃちほこ張った。外づらのよさでは、孝子、なかなかのものなのである。

「はっ。こちらこそ、初めまして。坂井稔です。このたびは貴重な休日に、お時間を割いていただきまして、誠にありがとうございます」

 体躯にふさわしい豊かな低音が響く。

「坂井さん。郷本です。よろしくお願いします。小早川さん。中ですよね」

 基佳が予約を入れていたのは体育館内の会議室だった。

「もっさん。茶菓子は」

 全員が着席するや否や孝子が始めた。

「あるある。ちょっと待ってね」

 孝子の視線が来たが尋道は無視する。

「小早川さん。僕は結構ですよ」

「一応、前には置かせて。坂井さんに遠慮させちゃうと思うし。坂井さん。郷本君って、間食とか、一切、しない人で」

「左様でしたか。いや、僕は、割と、ぽりぽり、やってしまうほうで。妻にも言われますよ。塩分、とか、糖質、とか」

 飲み物と茶菓子とが行き渡ったところで尋道は口を開いた。

「小早川さん。今日は、どういった趣向で?」

「はい。あの、例の、漫画の話ですけど、坂井さんと私が練ってきた案っていうのをお話しますので、それについて、率直な意見を伺いたいな、と」

「では、早速、どうぞ」

 孝子の発議および中村の例示を元に二人がひねり出した新案は、こうなった。

 主人公格として北崎春菜相当のキャラクターを配する。

 そのライバルとして市井美鈴、武藤瞳、伊澤まどか相当のキャラクターを配する。

「いつもご機嫌なミス姉と漫画一番乗りの伊澤さんはいいとして、須美もんは、どうかな。あの子、あれで、割と乗りは悪いよ」

 自らをモデルとするキャラクターの登場について、瞳は、どう反応するか、という孝子の指摘だった。

「髪を、あなたぐらいの長さにしてほしいそうです」

「あの子が言ったの?」

「ええ。スポーツをやる上では、自分ぐらいの長さが適しているのは明白として、漫画の中でぐらい、そういった髪型にしてみたい、とか」

 おそらくは、静、祥子と同様、漫画への登場について好感触を得られなさそうな瞳を、先に押さえておいた尋道なのだ。

「え。郷本君。武藤さんに、もう?」

「ええ。快く、了解、いただけましたよ」

「どうせ、ね。おっかない人が妙なことを言ってきたなあ。断ったら、たたられそうだなあ。取りあえず、受けておくかあ、ってなったんだよ」

 考えなしに拒絶するような静や祥子よりましである。

「そういうところが、おっかないんだよ。まあ、いいや。坂井さま。市井と武藤を出すとして、もう、役名は決まってるんですか? 伊澤さんの澤井、みたいな」

「はい。市井さんが五十鈴三智(いすずみち)、武藤さんが不動愛(ふどうあい)です」

「ふどう!」

 瞳の持つ堅牢なイメージと、不動、の語感との取り合わせが、大いに気に入ったらしい。孝子は大笑しつつ、髪型は私と同じ、だの、走り書きでいいのでイラストを描いてくれ、と坂井にねだる、だの、ご機嫌である。これで、帰途、重工へと立ち寄って瞳にイラストを届けてこい、との下命がなされなければよかったのだが。

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