第七八八話 踊り場(二〇)
市営体育館の駐車場、その片隅に車をとめて、孝子はダイニングセットに戻ってきた。ここで他の参加者たちを待つ態勢に入る。
「コーヒーを持ってきましたよ。一杯、いかがですか」
ロンドを解放すべく、ペットキャリーに手を伸ばしながら尋道は言った。
「いただくけど、まず、コーヒーの準備をしてよ。犬を外に出すのなんか後でいいんだよ」
「何かおっしゃいましたか」
取り合わず、尋道は抱き上げたロンドを孝子に手渡す。
「くそ。なんだかんだで、一番、私に当たりが強いのって君だよね」
「そんな。まさか」
こちらも取り合わず、コーヒーを淹れにかかる。といっても、水筒に入れてきたものを紙カップに移し替えるだけのことだが。
「ありがとう。で、茶菓子は」
供された紙コップを手に取って相対の孝子が言う。
「ありませんが」
「気の利かない男だな」
「僕に求めないでくださいよ、そういう機微を。あなたこそ、せっかくスーパーの駐車場にいたんですから、買っておけばよかったのに。もう営業していましたよ」
営業時間外の駐車場に押し入るわけにはいかない。その点、きっちり開店時間を調べ上げていた尋道だった。
「なんで私が買わなくちゃいけないの。一線を退いてるとはいえ君の元上司だよ。接待しなさいな」
唇をとがらせた孝子は視線を動かして駐車場の入り口付近へと向けた。
「もつなら何か持ってくるかもしれない。そこの男と違って気が利くはず」
「どうでしょう」
「さすがに、まだ来ないか」
「五〇分あたりじゃないですかね」
時刻は午前九時二七分。読みどおりに後続が到着するとしても、まだ二〇分以上ある。
「何をするの、今日は。こら。お前はコーヒー、駄目でしょう」
紙コップの中身に興味を示すロンドをあしらいつつ孝子がつぶやいた。
「顔合わせと方向性の確認あたりでしょうか」
「相手の人、なんていったっけ」
イラストレーター、みにょーりこと坂井稔氏だ。
「稔さんだからみにょーりか」
「はい。三五歳。長沢先生や井幡さんと同い年です」
「どんな感じの人」
「大きくて恰幅のいい男性ですね。バスケは学生時代に打ち込んでいて、今でも一番、好きなスポーツだそうで。あと、奥さんと娘さん二人の四人家族」
「そんなことまで調べてるの?」
違う。小早川基佳からのまた聞きだ。容姿については送り付けられてきた写真で知った。
「現場主義は違いますね。ばりばり動いてくれていますよ。拾いものでした」
基佳の他、那美、祥子、清香ら新世代の戦力たちも、それぞれ、実にいい働きを見せている。
「今や四輪駆動と呼んでも差し支えありません」
カラーズに「両輪」だのという言葉が幅を利かせていたころを思えば隔世の感がある。ようやくに組織としての体裁が整ってきた。
「冷たい。斎藤みさとも、すっかり過去の人扱いか」
「能力だけでいえば、四人合わせたよりも斎藤さんのほうが上なんですけどね。僕とも、まあまあ、あうんで、やりやすい。あの人を使えなくなるのは、本当に惜しいし、痛い」
ただ、彼女は致命的に尋道の理想と合わぬ部分がある。
「あなたとはカラーズ創設以来の同志でしょう。時々、減らず口が出る」
激情の人であるカリスマ、孝子に対して、心より控えてほしい行為だった。あれをやられるぐらいだったら、みさとほどの力量を誇る者でも、いらない。尋道の意をくみ、孝子を刺激しない者どもだけで、穏当にやっていく。
「かくして君の一強体制が完成した、と」
「ええ。あなたの活動を阻害しない体制がね。どうぞ、存分に羽を伸ばしてくださいな」
それがカラーズのためにもなる。
「そこまで買ってくれてるくせに、茶菓子を用意しないとは、これいかに」
「まだ言いますか」
「何度でも言うよ。私を甘やかせ」
蒸し返されて、口答えすれば、当然、孝子は黙っていない。愚にもつかぬ応酬のうちに時間は過ぎていく。




