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未知標  作者: 一族
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第七八七話 踊り場(一九)

 度々の独り言は、実に独り言ではない。聞き手がいたし、きちんと伝わっている、と尋道は考えている。御前会議に臨むため、埼玉県埼南市は孝子の仮寓に向かう途中、同伴したロンドへの声掛けなのである。孝子が司法修習にたって、早一カ月。赤柴は最愛の飼い主に、さぞ会いたがっていよう、と気遣っての行動だった。

「ロン君。少し時間を調整しますね」

 日曜朝の交通は良好で、予定よりも三〇分ほど早く一人と一匹は、孝子の仮寓への接近を果たしていた。通りに面したアパートに駐車スペースは存在せず、待ち合わせの午前九時四五分きっかりに乗り付ける必要があった。故の時間調整だ。

 目星を付けていたスーパーマーケットの駐車場に進入すると、途端に、ロンドが鳴き始めた。何事か。はっと周囲に気を配って得心した。なるほど。尋道はロンドが感応した対象の立つ場所まで車を進めた。

「寒い。早く来て」

 車が静止するなり、フードを目深にかぶった白いダウンコートの不審者が車内に押し入ってきた。

「何をされていたんですか、てるてる坊主」

 ウオークスルーを抜けて迎える。

「誰がてるてる坊主だ」

 コートの中から現れたのは孝子だ。

「お。やっぱり犬もいた。犬ー」

 ペットキャリーからロンドを取り出し、抱え込むと、孝子はダイニングセットに着いた。

「読んでいたよ。完璧に」

「何を、です?」

 問えば、抜かりない男のこと、事前の調査で孝子の仮寓に駐車場がない事実と、キャンピングカーをとめ得る最寄りの大型店舗の位置とを把握し、時間調整のため、当地の駐車場を寸借するはず、と読んだそうな。

「ついでに言うと、犬も、きっと連れてくる、と思っていたよ」

「あまり端正に生き過ぎるのも考えものですね」

「言ってろ」

「時に、お一人で?」

 学友、鶴見智美は一緒ではないのか、と尋道は問うた。

「来ないよ。あの人、勉強しか興味ないもん。この間、もっさんが来た時も、すごく迷惑そうだったし」

「左様で」

「いいよね。さばさばしてて。がり勉なところだけ、うまくいなせれば、付き合いやすい。それはそうと社長さん、よ」

「なんでしょう」

「部下を、ちゃんと取り締まれ」

 つまらない話を持ち込ませるな、と孝子は言ってよこした。

「陣中見舞いについては、僕は関係ありませんよ」

「そこで仕事の話をさせるな」

「その点については、確かに。ただ、あなたも、相手にしなければよかったんですよ。うっかりお気持ちなんて述べたものだから、小早川さんを前のめりにさせた」

「だって、スー公なんか漫画にしたって、面白くなさそうなんだもん。絶対に当たらない」

「王道的ではありますけどね」

「君はスー公派だったのかね」

「いいえ。あの分野には疎いもので。関与しないつもりでした。以降も小早川さんへの一任を基本に考えています」

「奪っちゃってよ。で、私に話を持ってこないで。何が会議だ。郷本尋道なら一人で勝手に進める、っての」

「おっしゃるとおり、僕なら、そうしたでしょうが、事ここに至って横取りすれば角が立ちます。あなたは多忙なんだ、以後、巻き込むべからず、ときつく言っておきますので勘弁していただけませんか」

「仕方ないな。ねえ、犬。お前の前の飼い主は本当に困ったやつだよ」

 なで回されたロンドは恍惚としている。

「大事にしちゃって。これで当たらなかったら目も当てられない」

 どうであろう。水物の分野とはいえ、孝子の介入の、あった、ことによって目が出そうな気も、しなくもない。

「また、信心を。冷徹なくせに、そこだけ、おかしいんだよ、君は。ねえ、犬」

 孝子に話し掛けられてもロンドは反応しない。

「いや、尋道君に同意するわん、だそうです」

「結託して。もう。あっち行け」

 愛犬、次いで脱いだコートと押しやってきて、孝子は運転席へと去る。

「せめて畳んでくださいませんかね」

「畳ませてあげる。出すよ」

「わかりました。畳ませていただきます。あと、ロン君をキャリーに入れますので、しばしお待ちを」

 御前会議の場となる市営体育館までは、ここから五分とかからぬ。現在、午前九時二〇分。午前一〇時の集合には、いささか早いと考えても異は唱えぬ。従順は、これ孝子と良好な関係を築く上においての秘訣なのであるからして。

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