第七八六話 踊り場(一八)
彫像の群れを見かねたのだろうか。それとも、何かしらの興を覚えたか。カラーズ島に届いた声の主は中村だった。
「小早川。なんの話だね? 北崎がどうとか。漫画がどうとか」
「あ。中村先輩。お騒がせしてすみません。実は、来年をめどに、イラストレーターの変更を考えてまして」
「おや。正村さんは、あちらに専念、ということかい?」
「はい。かなり忙しいみたいで、両立は難しい、ってなって。で、次のイラストレーターさんとの交渉を、もう始めてるんですが、実は、その方が、女子バスケの漫画の構想を練ってらして」
「ほう」
うなずき、中村は立ち上がった。カラーズ島に近寄ってくる。
「昨今の女子バスケって、結構、ドラマチックじゃないですか。それを下敷きにした漫画なんですけど。ちょっと、カラーズで推していこうかな、って」
「すると、私も、端役ぐらいは振ってもらえているのかな」
「ユニバースの優勝コーチを端役なんて。ああ。ただ、このままだと役どころが大きく変わるかも」
イラストレーター、みにょーり氏による構想では主人公が静相当の人物だったものを、孝子の介入により春菜相当の人物へと変更、されるやもしれぬ、という話である。
「ああ。それで、無敵過ぎる、と伊澤が言っていたのか」
「です。実際、あの人って、日本だと敵なしでしょう。そんな人が主人公じゃ面白くないですよ」
ふむ、と中村は腕組みした。
「では、こんなのは、どうだ。主人公は北崎でいいとして、ライバルたちに着眼するんだ。表立っているだけでも、市井、武藤、神宮寺あたりがいるな。ライバルと呼んでいいのか、どうか、シェリルも北崎を強烈に意識している」
「なるほど」
祥子はうめいた。春菜を中心としたライバルたちの群像劇とするわけか。
「待ってください。そうなってくると真由佳ちゃんの出番がなくなるんですけど」
「さっきもちらりと聞こえたが、まゆか、とは?」
「澤井真由佳。私をモデルにしたキャラクターです。私、北崎さんとは、全日本選手権で一回、戦っただけですよ。全然、ライバルじゃないし」
「そこは、ノンフィクションじゃないんだ。どちらかの年齢を、上げるか、下げるか、したらいい」
まどかと中村の会話する傍らで黙然としていた基佳が猛然と動きだしたのは、この時だった。スマートフォンを取り出し、ぴしりと構える。
「みにょーりさん、サラリーマンだから。この時間に電話しても、出られないんだよね」
始まった猛烈な速度の操作についての説明だった。
「プロ、ではないのか」
「たまに、お金が絡む仕事もあったりするそうですけど、基本はアマチュアですね。郷本君、よく、こんな人を知ってたな、って思いましたもん」
中村の問いに答える間も基佳の指の動きは止まらない。
「おお。彼の紹介かね。そういえば、彼、情報は僕の生命線、と言ってたな」
「随分と太い生命線ですこと、っと。はい。終了。どうかな。みにょーりさん、こっちの話に、ぴんときてくれたらいいけど」
述懐は続いた。
「何せ、根底から覆すような要求だもんね。ただ、神宮寺さんの意見も、わかる。実話をなぞっただけの漫画なんて、そのまま実話のほうを見ればいいでしょう、っていうのも」
「実話ベースじゃなくなるなら、真由佳ちゃん、大活躍の可能性も?」
「あるかも」
やおら基佳は立ち上がった。
「逐一、報告に来るよ。あと、リクエストのあったイラストのコピーも」
「お願いします!」
「じゃ、今日は帰るよ。中村先輩、井幡先輩、皆さま、失礼します。ではでは」
玄関に向かう基佳を、いそいそまどかが追っていく。祥子も席を立つ。
「あ。小早川さん」
「はい」
「北崎さん、いつ帰国されるんですか?」
「今週末だって。なので、早ければ、今週。遅くとも来週には、ミーティングができるようにしないとだ」
「平日にやりませんか。週末だと、試合があって、私、出られない」
うーむ、と基佳はうなる。
「御前会議を予定してるんだよね。神宮寺さん、今、カレンダーどおりに動いてるから。難しい」
「イラストレーターの方も、サラリーマンってことは、多分、平日は駄目ですよね?」
祥子は、さらに指摘した。
「そう。まあ、ここは、伊澤さん。楽しみに待っていただいて」
「はーい」
三日前と同じ組み合わせの送迎となった。まどかと共に玄関先に立ち、去りゆく青い車の後背を見送りつつ、そういえば、と祥子は思っている。ミーティングへの参加希望を出し忘れた。
「まあ、いいか」
「え?」
御前会議にて無関心をとがめられれば、とんだ目に遭いかねない。深追いは、するべきではなかった。つぶやきを、妥協の結果、と説明し、祥子はきびすを返すのであった。




