第七八四話 踊り場(一六)
祥子は考えた。何はなくとも状況の把握だろう。大体、漫画化だのと言い出してきたやつは、どこのどいつだ。そやつの正体を探ることを第一とする。
「あの、小早川さん。そもそも、漫画って、どういう経緯で出てきた話なんですか?」
「うん。イラストレーターの変更にまつわって、ね」
イラストレーターの変更、とは。
「正村さんが税理士事務所の仕事の関係で、イラストレーターの仕事をこなすのが難しくなってきて、それで、来年からは別の方に変更する、って話があってね」
知らない話だった。
「そりゃ、私も、つい先日、聞いたもの」
「残念ですよね。私、正村さんのイラスト、かっこよくて好きだったのに」
まどかの感想など、どうでもよい。先に進める。
「小早川さんは、郷本さんに?」
「そう。暇そうだし、やってみないか。就業前なので手弁当で、って。いやあ、あの男、こき使う気満々で、さあ。全く、もう」
そう言う割には、まんざらでもない様子の基佳であった。この女性は動くことが好きなのだ。
「それで、小早川さんの見つけてきた新しいイラストレーターさんが、漫画も描きたい、と言ってきたわけですか」
「いや。既に郷本君が目星を付けた人がいて、どう思う、もし何かしら感じるものがあったら、交渉を一任してもいいか、って言われて」
進展があった、ということは、感じるものがあった、ということになる。祥子の言葉に基佳は何度もうなずいた。
「うん。もちろん、イラストレーターなんだから、イラストは上手だし。SNSに、バスケの応援イラストとか、よく挙げてたし。相性、よさそうだな、って思って。で、みにょーりさん、っていう方なんだけど、当たってみると、そういう構想を持っていた、と。ちなみに、その構想、形にすべき、って漫画化をあおったのは、私だったり」
「え」
「高遠さん、漫画に、あまり興味なさそうだったから、ぴんとこないかもしれないけど、当たると、競技人気を爆発的に高めるぐらい強烈なのよ、漫画って。グッズなんかも、すごく大きい。でね、私の知る限り、バスケの漫画って、男子のほうは、いくつか超有名なのがあるけど、女子のほうは、そこまでのはない感じで」
「小早川さんのおっしゃるとおりで、私も女バスの漫画って知りません。男バスは、三つぐらい、ぱぱっと思い浮かぶんですけど」
「ふうん」
「もし、当てられたら、カラーズはもちろん、バスケ界、特に女子バスケ界にとって、すごく大きいと思うんだ。なんとか頑張ってみたいな」
「ははあ」
気宇壮大、と称えるよりは、夢物語、と憂う感覚が、どうにも拭いきれない。
「まあ、そういうふうになるのも、わかるよ。何しろ、いきなりずっこけたんだし。練り直ししてきまーす。じゃあ、行くね」
そそくさ去っていった基佳を、まどかと二人、玄関先まで見送って、振り返ると、ガラス戸の向こうに静がいた。更衣を終え、帰途に就くところなのだ。
「見送り?」
表に出てきた静が言った。
「はい」
「誰が来てたの?」
「小早川さんが」
「あ。静先輩。念のために聞いてみるんですけど」
漫画への出演依頼があったら、どう感じるか、というまどかの問い掛けだった。
「漫画?」
静は眉間にしわを浮かべている。誠にわかりやすい意思表示であった。そして、祥子は、予想どおりに出現した同志の存在に安堵している。
「そうなりますよね。この分だと、須之内先輩も望み薄かな」
「サチ。まどかは、なんの話をしてるの?」
オフィスでの話題を語れば、
「へえ」
まるで気のない返事がきた。祥子の心根はさらに休まる。
「そんな、うまくいかないでしょう」
「ですよね」
「まあ、そうかもしれませんけど、何事もやってみないと。あ。静先輩。お疲れさまでした。また、夕方に」
「なんだか、追いやられているような」
違う。これ以上、この連中と話していても、らちが明かない、無駄、というまどかの機転だった。
「後で小早川さんに連絡しよう、っと。漫画化、諦めないでくださいよー、って。で、澤井真由佳ちゃんだけは出してー、って」
息むまどかを見て、視線を合わせた二人の顔には、同じ色彩の感情が漂っていたことである。




